レディ・プレイヤー 1 (スティーヴン・スピルバーグ監督 / 原題 : Ready Player One)

e0345320_23394459.jpg
言わずと知れたスピルバーグの新作である。まず、この題名について誤解をしている人がおられるといけないので書いておくと、ここの「レディ」は淑女という意味ではありません (その場合は綴りが Lady で、日本語表記は「レイディ」になるはず)。Ready という言葉は、もちろん「準備 OK」という意味であり、この題名の意味は、「準備はよいか、1人目のプレイヤー?」ということである。そこまでは明らかであったが、さらに調べると、この "Ready Player One" という言葉は、この作品の原作の題名でもあり、それはまた、1980年代にゲームを始めるときに、画面に出た言葉であるという。 なるほど、1980年代か。それがこの映画のキーワードである。登場人物が "Space Invaders" (これはもちろん、一世を風靡したインベーダーゲームのことだ) という言葉の入った T シャツを着ているとか、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の主題曲であった「ステイン・アライブ」が劇中の重要なシーンで使われているとか、スタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」がモチーフになっているとか、あらゆる要素が 1980年代に結びついている。加えて、この映画のラストシーンを見て、私の脳の奥の記憶が疼き出したのである。そのシーンは一種の文明批判になっていると思うのだが、1980年代にほかならぬスピルバーグ自身が、文明批判のラストシーンを持つ映画を作ってはいなかっただろうか。そう、それはホラー映画「ポルターガイスト」(1982年)。実はこの映画においてスピルバーグは監督ではなく、共同脚本と製作に回っていて、監督はトビー・フーパー (昨年惜しくも死去) であったのだが、やはりこれはスピルバーグの映画であったと私は思っている。何がそこで文明批判であったかというと、深夜のテレビが子供たちを巡る怪奇現象の原因になっているところ、ラストシーンで父親は、その怪奇現象の原因たるテレビを、家の外に放り出してしまうのである。36年前のこのメッセージは、対象を VR (ヴァーチャル・リアリティ) の世界に変えて、ここでも繰り返されているように私には思われる。VR 体験はこんな感じ。
e0345320_00022414.jpg
そして、そのような舞台装置は興味深いものの、何よりこの映画が凡百の映画と異なっているのは、それはもうめくるめく膨大な情報量を含む、眩暈を覚えるような映画でありながら、その情報力に観客が辟易としてしまうことがない点だろう。実際、ごく単純に見ても、こんなに面白い映画はちょっとない。例えば伝統的なヒーロー物が、もう後戻りできないような救いがたい悲惨さを伴って作られることが多い現代において、仮想リアリティを常に保ちながらテンポのよいストーリーを紡ぐなど、なかなかできることはない。この仮想世界では、誰でもなりたい自分になれるのである。そのような化身をアバターと表現するのは、同名の大ヒット映画で既に一般化しているであろうが、これが男女の主人公のアバターたち。ここでは彼らは完全に現実を離れている。
e0345320_00164784.jpg
この映画が面白いのは、このアバターによる理想の自分と現実の自分の区別が曖昧となり、仮想世界での関係が、いつの間にか現実世界に入ってくることではないか。このような設定を説得力を持って描くことは、簡単そうでいて、なかなか難しいことに違いない。つまり、例えば私のように仮想世界でバリバリに活躍したいなどと別に思わない人間であっても、数々の人間的な弱さと強さを併せ持つ主人公が仮想世界で活躍して、それが現実世界での戦いに移行するという流れに感情移入できるという点こそが、素晴らしいのだ。決して万能ではない主人公たちが、その限界をなんとかして超えようとトライすることを嫌味なく描ける監督が、そうそういるとは思われない。頑張れ、現実世界の主人公たち!!
e0345320_00263209.jpg

この作品でもうひとつ印象的なことは、主人公たちを含む俳優たちの中にビッグネームがないことであろうか。日本ではしばらくこの映画と並行的に公開していた (私が以前の記事でやはり大絶賛した)「ペンタゴン・ペーパーズ / 最高機密文書」は、メリル・ストリープとトム・ハンクスという、名実ともに現代ハリウッドを代表する俳優たちを起用していたことを思うと、大変な違いである。そのように、俳優も、題材も、設定されたトーンも全く違う作品を相次いで撮れることこそ、まさにスピルバーグの偉大なる手腕でなくてなんであろう。そんな中、いい味を出していた俳優の名前をひとり挙げるとすると、サイモン・ペッグ。彼は「スタートレック」シリーズや「ミッション・インポッシブル」シリーズでおなじみであり、スピルバーグの「タンタンの冒険 / ユニコーン号の秘密」での声の出演もよく覚えている。だが、もしこの記事をご覧の方が陰謀好きであれば、彼が脚本を書いて出演もした「宇宙人ポール」という映画を是非ご覧頂きたい。その映画、私は飛行機で見て、もう抱腹絶倒。涙まで流してしまったものだ。
e0345320_00372359.jpg
多分、映画やゲームの通の人は、この映画を何度も見て、いかなるキャラクターが出て来るかを繰り返し確認することであろう。私はそうではないし、ここでは詳細を述べることはしないが、映画のプログラムにも、夥しい数のキャラクター紹介があるほか、ほかの映画のパロディ・ネタ (例えば、「バラのつぼみ」= Rose Bud は、もちろん「市民ケーン」からきている) も、文字通り満載であるようだ。また、ガンダムが活躍するシーンを喜ぶ人も多いだろう。だが私としては、やはり「シャイニング」の再現シーンこそ、心震える思いがしたものだ。音楽ファンなら、流れる時間はごくわずかではあるが、バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の絶大なる効果を実感することであろう。
e0345320_00500921.jpg
そんなわけで、いくら称賛しても足りないくらいの素晴らしい映画なのであるが、せっかく「シャイニング」に触れたので、ひとつ、面白い映画をご紹介しよう。それは、「ROOM237」という作品。2012年の映画で、私は封切時に劇場で見たが、現在DVD は簡単に手に入る。
e0345320_00562364.jpg
この「レディ・プレイヤー 1」にも出て来る通り、「シャイニング」において主人公は、この 237号室で不気味な体験をするのだが、この映画によると、部屋番号を含む「シャイニング」の様々な部分に、ある秘密が隠されているという。ここではネタバレを避けてその点に言及はしないし、ネット検索するとこれが全くのヨタ話であるという言説も目にすることができるのだが、それにしても滅法面白い映画だ。キューブリック・ファンならば必見の作品である。スピルバーグがこの映画を見たか否かは定かではないものの、この「シャイニング」という心底恐ろしい映画の中に、様々な記号を読み解くことは、まさにこの「レディ・プレイヤー 1」の謎解きの痛快さと通じるものがあるとも思われるのである。・・・と書いていると、私自身がこの映画の DVD を欲しくなってきて、今発注したのだが、Amazon の新品在庫は 1点しかなかったので、それを私が買ってしまいました (笑)。でも、中古でも沢山出展されているので、大勢に影響ないと思います。さて、"All work and no play make Jack a dull boy" とは、一体いかなる意味なのか。是非ご覧頂きたい。

by yokohama7474 | 2018-06-09 01:06 | 映画 | Comments(0)  

<< サバービコン 仮面を被った街 ... フランツ・ウェルザー=メスト指... >>