川沿いのラプソディ


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メモ帳

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 レ・シエクル 2018年 6月12日 東京オペラシティコンサートホール

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すごいコンサートだった。1971年パリ生まれの指揮者フランソワ=グザヴィエ・ロトの指揮するレ・シエクルというオーケストラの演奏会だ。これは、上のチラシにもある通り、このコンビのアジア・ツアーにおいて、ただ一度の日本公演。正直なところ、この指揮者もオーケストラも、道行く人々誰もが知り、口々にその名を唱えているような著名なものではないはず。にも関わらず、このコンサートのチケットは早々に売り切れ。2次マーケットでもかなりの高値で売買されていたのである。以前からこのコンビに注目し、数枚の CD を購入して驚嘆していた私としては、これはなんとしてでも行かねばならぬコンサートであったのだが、期待通り、今年上半期のベストを争う衝撃的なクオリティであった。まずこのレ・シエクルというオケであるが、いわゆるピリオド楽器を使用する団体である。もっと平たく言えば、いわゆる古楽器なのであるが、このオケの特徴は、演奏する曲の時代に使われていた楽器を使用することであり、いわゆるバロック専門の楽団とは全くその趣きを異にする。言ってみれば、1960年代から始まったいわゆる古楽という流れが、21世紀に至って究極の姿に進化したような存在と言えようか。2003年に設立以来、ロトとの演奏会と録音によって活動を展開してきた。因みにこのシエクルという言葉はフランス語で「世紀」の意味。
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一方、指揮者のロトについては、2016年 4月 7日に都響を指揮したベートーヴェンの「英雄」等を聴いて驚愕したのも記憶に新しい。今回自分でその記事を読み返してみて発見したことには、その最後で私は、「今後の彼の来日公演には、万難を排して出かけるつもりである」と書いている。あーよかった。有言実行できて (笑)。
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そしてこの貴重な来日公演、曲目が素晴らしい。
 ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
 ドビュッシー : バレエ音楽「遊戯」
 ラヴェル : ラ・ヴァルス
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「春の祭典」

これのどこが素晴らしいかというと、まず、4曲とも、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団の委嘱によって書かれた、1910年代から 20年代の曲。もっと正確に言うと、「春の祭典」の初演が 1913年であることは音楽史上の常識であるが、実は「遊戯」も同じ年の初演。私がこのことを知っているのは、随分以前にシャルル・デュトワが NHK 交響楽団と、「1913年・パリ」というタイトルの演奏会を開いていて、そこに「春の祭典」はもちろん、「遊戯」も入っていたからだ。この 2曲はともにシャンゼリゼ劇場での初演。一方、実は牧神の午後への前奏曲は、その前年、1912年の初演で、その場所はシャトレ座。「ハルサイ」と「牧神」は、同時代の作品であったのだ。それから、「遊戯」にはモダニズムが現れている一方、ラ・ヴァルスには回顧趣味が込められていて、メインの「春の祭典」になると原初の世界に戻るという、この時代ならではの混淆ぶりが面白い。

このオケの特色は、曲が作曲された時代の楽器を使うことだと述べたが、その意味では、外国のツアーでは、今回のように同じ時代の作品を集めたコンサートでないと効率が悪いだろう。だが、私がこのコンビの生演奏を初めて体験して思ったのは、楽器がどうのこうのという前に、各楽員の高いモチベーションと、それを巧みに誘導する指揮があって初めて、これだけの高い水準の演奏が生まれているということだ。最初の「牧神」では、冒頭のフルートからしてニュアンス抜群であり、曲のどの場面においても官能性が知性とともに揺蕩う感じ。次の「遊戯」では一転してくっきりした音を描き出し、通常はあまり面白いとも思えないこの曲を、大変楽しめるものとしていた。そして、ラ・ヴァルス!! ウィンナ・ワルツへのオマージュという能書きのこの曲に聴かれる華麗なる退廃は、ラヴェルとしても少し異色のものであるが、優雅さから凶暴さへ向かうその音のドラマの迫真性。終結部間近のパウゼが、こんなに恐ろしいと思わせる演奏は、ちょっとないと思う。実はこれはメインの「春の祭典」でも言えたことだが、今回はサントリーホールよりも 2割ほどキャパシティの小さい東京オペラシティコンサートホールを使ったことが、よかったのではないか。比較的ドライな残響によって、休符が本当に効果的であった。今回の演奏会の目玉はもちろん「ハルサイ」であるが、実はこのコンビ、この曲の CD を 2014年に出していて、日本のレコード・アカデミー賞大賞を含め、世界で賞を受賞している。私もそれを大変楽しんだ。
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この演奏の何がすごいかというと、1913年の初演時の響きの再現に努めたことである。この曲の初演は名指揮者ピエール・モントゥーが指揮したが、音楽史上に残る大スキャンダルとなったその初演時の使用楽譜は、既に失われているという。だが、作曲者の自筆譜は現存しており、それを基本として、1922年に最初にこの曲が出版された際のスコア、作曲者と親交のあったアンセルメやマルケヴィチといった指揮者たちの作曲者とのやりとり等を参考にして、初演時のスコアをロトが復元したものであるという。ただ、普段耳慣れているもの (1967年の最終版) と、音楽自体として異なる箇所はほとんどなく、弦楽器のリズムの刻みが弱かったり、休符が加えられていたり、弓で弾く部分がピチカートになっていたりといった程度。そのような曲の違いよりも、私が最も感じたのは、オケの音色の違いであった。特にホルン。なんとも古雅な響きでありながら、それが咆哮することで (2名はワーグナーチューバ持ち替えでもあり)、なんとも粗野な響きに変貌するのである。もちろん、弦楽器はこの曲に相応しいスピード感を持ち、木管は自発性豊か、金管や打楽器も、ここぞという時に炸裂するものだから、もうスリル満点。やはりこれは、ちょっとほかにない「ハルサイ」であり、こんな熱い演奏を生で体験できたことは、実に貴重なことなのであり、この曲が本来持つ始原性のようなものを、改めて実感させてもらった。演奏が終わった瞬間、客席は一瞬あっけに取られたように静まり、そして拍手が爆発した。興味深かったのは、オケの面々も指揮者に何度も称賛の意を表明していたことだ。この指揮者とオケのコンビは、お互いを尊敬しあう理想的な関係にあるのだろう。そしてロトは紙を取り出して、そこに書かれた言葉をたどたどしい日本語で読んだのだが、このホールで演奏出来て嬉しく光栄である。オケのメンバーには、日本人打楽器奏者もいる(場内拍手喝采)、ささやかなアンコールですという趣旨。演奏されたのは、ビゼーの「アルルの女」から弦楽合奏による抒情的なアダージェットであった。こういう曲を演奏しても、このオケは大変巧い。

終演後にはサイン会があった。6月30日発売の、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」全曲、「シェエラザード」序曲、「クープランの墓」というラヴェル作品集が、会場先行販売されていたので購入。サインをもらったのである。スペースは充分あるのに、随分小さいサインだなぁ。それから、長い名前なのに、なんと短いサインだろうか (笑)。
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ロトは、アンコール前のスピーチでも分かる通り、大変にサービス精神旺盛な人である。サイン会もこのような和やかな様子で、今回の衝撃の演奏を堪能したファンの方々はみな、長蛇の列をなしながらも、この偉大なる指揮者とのコニュニケーションを楽しんでおられた。
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今回は一度しかなかった東京公演だが、次回以降は是非、複数公演をお願いしたいものである。フランソワ=グザヴィエ・ロト。今後の活躍から目を離せそうにない。

by yokohama7474 | 2018-06-13 00:33 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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