川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
by Crop Stock
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
> 吉村さん 私もヤン..
by yokohama7474 at 22:38
マーラーの3番を聴けるの..
by 吉村 at 22:24
> eastさん コメ..
by yokohama7474 at 22:54
昨日の深夜(H30=2..
by east at 13:38
> カギコメさん はい..
by yokohama7474 at 23:17
> michelange..
by yokohama7474 at 18:19
yokohama7474..
by michelangelo at 15:02
> usomototsu..
by yokohama7474 at 00:16
こんばんは。少し珍しくや..
by usomototsuta at 00:52
> usomototsu..
by yokohama7474 at 00:20
メモ帳

オレグ・カエターニ指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : 藤田真央) 2018年 6月17日 サントリーホール

e0345320_20570633.jpg
スイス出身の指揮者、1956年生まれのオレグ・カエターニは、特異な才能を持つ指揮者である。もちろん、彼の父が鬼才の名をほしいままにしたイーゴリ・マルケヴィチであることを無視するわけにはいかないし、年を経て彼の指揮姿が (私は実演に接することは残念ながら叶わなかったが) 父マルケヴィチを彷彿とさせるという点にも、かなり心理的な思い入れが生まれてしまうのだが、今回のような演奏会を聴くと、彼がどこの国の人であるとか親が誰であるとかいうことは関係なく、ただ偉大なる指揮者がこうして東京にやってきてその演奏を披露してくれることへの感謝が沸いてくる。東京都交響楽団 (通称「都響」) とは 2009年の初顔合わせ以来これで 4度目の共演ということであるが、このコンビの相性はかなりよいと思うので、これからも是非コンスタントに演奏を続けて欲しいものである。
e0345320_21073465.jpg
この素晴らしい演奏会のプログラムは以下のようなもの。
 チャイコフスキー : 歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ
 チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第 1番変ロ短調作品23 (ピアノ : 藤田真央)
 カリンニコフ : 交響曲第 1番ト短調

上のチラシに「あふれるロシアの名旋律!」とある通り、これはロシア・プログラムであるが、メインの曲目だけがかなり渋いものになっている。実は、この演奏会の翌日、6/18 (月) に同じサントリーホールで、スロヴァキア・フィルの演奏会があり、その内容は、最初の 2曲が同じで、メインがチャイコフスキーの「悲愴」交響曲である。つまり、そちらの方は本当のロシア名曲プログラムで、チャイコフスキーの夕べなのであるが、正直なところ私は、もし当日券があれば明日そちらにも行こうかと思っていたが、やめることとした。それは、今回のカエターニ指揮都響の演奏会が、あまりにも素晴らしかったからである。国内オケでこれだけのクオリティを聴くことができるなら、何も外来オケの演奏会にい出掛ける必要はないようにすら思われる。だが、今回の演奏に関しては、もう一人、賛辞を捧げるべき音楽家がいる。
e0345320_21154086.jpg
この少年は、現在19歳のピアニスト、藤田真央である。現在、東京音楽大学に在学中だが、既に 2013年に初リサイタルを行い、数々の国内でのコンクール制覇を経て、昨年はクララ・ハスキル・コンクールで優勝するという快挙を成し遂げた。まさにこれから世界に羽ばたこうという才能がたまたま日本人であるがゆえに、我々は彼の演奏を聴くことができるのである。今回彼の弾いたチャイコフスキーのコンチェルトは、もちろん大人気曲であり、派手な演奏効果とロシア情緒がないまぜになった、ある意味では極めて自由なタイプの曲であるので、とにかく若いピアニストがガンガン弾くだけでも大変な聴き物となる。だが今回の藤田の演奏、もちろん技術的な完璧さもさることながら、弾き飛ばすこともなく、前のめりになることもなく、細部まで血の通った音楽を堂々と聴かせてくれた点、実に非凡なものであると聴いた。つまり、曲の求める冒険心と、しんみりする情緒が両立していたのである。衣装は学生服 ? のようであり、ステージマナーは初々しく、19歳という実年齢よりもさらに若く、いや幼くすら見えるのであるが、明らかに彼は既に一流の音楽家である。聴いている間には感心しきりであったが、終楽章の終結部手前でピアノが激しく鳴る部分の凄まじい迫力には、鳥肌立つ思いがした。これは大変な逸材である。もちろんこれから、様々な経験を経て彼の音楽は変わって行くものと思うが、是非是非、スリリングで感動的な音楽を聴かせて欲しいものと思う。アンコールで弾いたショパンのマズルカ嬰ハ短調作品 63-3も大変に抒情的な演奏で、彼が既にして持っている表現のパレットの多さの一端を垣間見せてくれた。

そしてカエターニの指揮は極めて好調。冒頭の「ポロネーズ」からして、金管の歌い方にワクワク感があり、木管のそれぞれが音の流れを何本も作り出すと思うと、チェロが纏綿と抒情を表現する。実に素晴らしい音楽だと思わせること、これこそが音楽家たちの目指すところであろうし、今回はそのような演奏になっていた。そして、メインのカリンニコフ 1番も圧巻の演奏。そもそもこの曲、私にとっては、トスカニーニが NBC 響を振った放送録音をアナログ時代にトスカニーニ協会作成の LP として持っていたことから、そのロシア的抒情と洗練されたオケの扱いには、以前からそれなりのイメージがある。だがこの曲はあまり演奏されないし、録音も少ない。容易に手に入るのは、スヴェトラーノフが N 響を指揮したライヴ盤くらいではないか。
e0345320_21512678.jpg
作曲者カリンニコフについては、交響曲を 2曲書いたこと以上のことはあまり知識がなかったが、今回のプログラムによると、1866年生まれだから、マーラーやシュトラウスの世代。だが 35歳の誕生日前に結核で亡くなっていて、短命であったとは初めて知った。
e0345320_21444250.jpg
実際のこの交響曲第 1番は、親しみやすいメロディに溢れた曲であり、今回のカエターニと都響のコンビのようなクオリティの高い演奏で聴くことができるなら、これから人気も上がって行くのではないだろうか。上述の通り、ロシア風の旋律がそこここに聴かれるのだが、それがモッテリした音楽にとどまっておらず、朗々と歌う場面、ユーモラスに響く場面、迫力を持って突き進む場面と様々で、現在の都響の能力をもってすれば、この曲のあらゆる細部にまで光を当てる演奏が可能であり、それを率いるカエターニの自信と活力漲る指揮が大きな流れを作り出す。粗野にはならず、かといって曲の素朴な面もおざなりにしない、実に見事な演奏。曲の真価をすら再認識させるようなクオリティであったと思う。

60を超えてますます充実の名指揮者と、これから羽ばたく新しい才能。こんな刺激的な組み合わせによって、また忘れられないコンサートとなったのである。

by yokohama7474 | 2018-06-17 21:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)
<< 貴田正子著 : 香薬師像の右手... ウラディミール・アシュケナージ... >>


最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧