川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

貴田正子著 : 香薬師像の右手 失われたみほとけの行方

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古今東西を問わず、美術品の盗難はあとを絶たない。なにせ、あの「モナ・リザ」ですら盗難に遭ったことがあるし、その作品すべてが貴重なことこの上ないフェルメールも、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガーディナー美術館から盗まれた「合奏」は、30年近く行方が分からない。また、いくつか同テーマの作品があるとはいえ、ムンクの「叫び」がオスロの美術館から盗まれたときには大騒ぎになったものだ (幸いなことに、その後奪還されている)。日本でも、例えばこのブログでも以前ご紹介した、宇治の地蔵院から盗まれた阿閦 (あしゅく) 如来像のような痛ましい例もある。だが、多分日本の盗難仏像で最も有名なものは、奈良の新薬師寺所蔵の香薬師像ではないだろうか。地蔵院の阿閦如来と同じく、これも白鳳時代の金銅仏。実はこの愛らしい仏さまは、戦時中の 1943年に盗難に遭って以来、今日でもその行方が分かっていない。この新薬師寺には天平時代の建物が現存していて、それは小さいものだが国宝に指定されており、現在はこの寺の本堂になっている。そしてその本堂の中には、やはり国宝の薬師如来坐像 (平安初期の代表的作品)、そしてこれまた国宝 (一部を除く) である等身大の十二神将像が立ち並び、まさに天平の空気をそのまま伝える場所。私も少年時代から、もう何十回足を運んだか分からないほどのお気に入りの場所である。
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私が子供の頃、このお堂は今よりも薄暗く、本尊と十二神将のような脚光を浴びる名品たち以外の仏像が、薄暗がりに並んでいた。その中に古い白黒の写真があって、そこに「香薬師」と書いてあった。そして、当時仏像に関する本を読むと、この仏像が盗難に遭ったまま行方不明であることが、よく書かれていたものだ。白鳳期の金銅仏の遺品は幾つかあるが、例えば法隆寺の夢違観音とか、東京深大寺の釈迦如来椅像などの優品はいずれも国宝に指定されていて、この香薬師と同じような雰囲気を持っているのである。
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さて、これでこの仏像について知識のない方でも、この香薬師がいかに貴重な仏像であるかについて、少しイメージを持って頂けたものと思う。この本は、70年以上行方の分からない香薬師の足跡を執念で追い求めた元ジャーナリストが、遂にその右手を発見するに至るという過程のドキュメンタリーである。発見されたこの仏像の右手はこちらである。専門家の鑑定を経て、本物の香薬師のものであるという結果が出ている。確かに、この優美な曲線には、1300年前、白鳳時代の人々の純粋な信仰心が現れているようにも思われる。
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このような貴重なものがいかなる経緯でどこから出て来たのかについては、ここで書いてしまうとネタバレになるので避けるとして、この本が感動的であるのは、ひとつは、70年以上も行方不明であるこの仏像が、未だに人々から慕われているという事実と、そして、本当に僅かな痕跡に食らいついていく筆者が、努力と幸運によって手がかりに迫って行く過程が、下手なミステリーよりも面白いということによる。その意味でこの本は、あらゆる人に推薦したくなるだけの内容を持っているのである。もう少し背景を書いてみると、実はこの香薬師、最後に盗まれるより前、明治時代に既に 2度、盗難に遭っている。最初が明治 23 (1890) 年。2度目が明治 44 (1911) 年。この 2度とも、仏像は無事発見されたが、その過程で無惨にも手足が切り取られてしまっている。どうやらそれは、当時この仏像が「黄金仏」と呼ばれていたことによるらしい。仏像を盗んで手を切り落としてみると、中身は黄金でもなんでもなく、銅であることが分かり、犯人はこの仏像を廃棄したという事情のようである。現在のように文化財という概念が確立する前の話であり、寺の方の管理も充分でなかったのであろう。だが、最後にこの仏像が盗まれたときには、この仏さまは、独立した香薬師堂というお堂に収められていたということだし、これだけ重いものを運び出すには犯人も苦労したであろうから、この盗難は本当に痛恨事なのである。だが、不幸中の幸いというべきか、実はこの香薬師のかなり精緻に制作された複製がいくつか残っているようで、今回の右手の発見も、その複製制作過程の調査の発展上にあったのである。銅製の複製は現在、この仏さまの本来の居場所であった新薬師寺、奈良国立博物館、そして鎌倉の東慶寺に安置されている。これが現在新薬師寺にある複製の香薬師。きれいな光背つきだ。
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このような素晴らしい仏像を盗んだ輩は、間違いなく今頃地獄に墜ちているに違いないが、だがそれにしても、戦時中の闇に永遠に消え去ったかのようなこの逸品が未だに人々の心を動かすのだという事実は、本当に大変なことだ。大がかりな窃盗団の仕業か、あるいは狂人か、はたまた金に困ったヤクザ者か、残念ながら、犯人の手がかりは今後出て来るようにはとても思えない。なにせ戦時中のこと、何か不透明な事情が絡んでいるようなことがないと断言することも難しかろう。だがせめて我々は、残された貴重な右手から、この仏像の数奇な運命に思いを馳せることとしたい。いや、実は、この新薬師寺自体が、過去の大寺院から縮小に縮小を繰り返し、ようやく現代にまでその命を長らえたという事情もある。近年の発掘調査で、この寺の巨大な規模が明らかになっており、そこには壮大な歴史の波が感じられる。その点については、私も何年か前に読んだこの本をお薦めしておこう。歴史好きなら、ゾクゾクするような本である。
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歴史とはあらゆるものを押し流してしまうもの。だがその中で、数百年、あるいは千年を超えてその歴史の荒波を乗り越えた遺品は、それゆえにこの上なく貴重な存在なのである。香薬師は、姿を消してしまったがゆえに、その素晴らしさを改めて私たちに教えてくれる、やはり貴重な存在なのだと改めて実感する。

by yokohama7474 | 2018-06-18 23:25 | 書物 | Comments(0)
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