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コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール

コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール_e0345320_22030081.jpg
読売日本交響楽団 (通称「読響」) の首席客演指揮者、ドイツの俊英コルネリウス・マイスターの登場である。おりしもこの日、サッカーワールドカップの日本の初戦、対コロンビア戦が 21時からということもあってか、サントリーホールのあるアークヒルズは全く閑散としており、ホールの中も、このコンビの演奏会としては信じがたいほどの空席 (半分くらいの入りであったろうか)。思えばマイスターはなんと真面目な指揮者であることか。彼の祖国ドイツは初戦でメキシコに敗れ、彼が今回日本に滞在しているうちにスウェーデン戦と韓国戦がある。集中力を必要とする指揮者という職業の人にとっては、なかなかに厳しいスケジュールではないだろうか (笑)。

このような軽い話題のあとには、そのワールドカップ開催地であるロシアから、悲しい話題を。このブログでも、2016年、2017年という最近の演奏会をご紹介した、この読響の名誉指揮者のひとり、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが、去る 6月17日に、87歳で世を去った。ロジェストヴェンスキーは、私がクラシックを少しかじりはじめた小学生のときに、我が家にあったクラシックレコード名曲集のようなアナログ LP のセット物のうち何枚かで指揮をしていた人。長じてからは、主としてこの読響との共演を何度も聴いて、その長い指揮棒から繰り出される分厚い音に魅了されたものであった。会場には、この名指揮者を偲ぶ遺品の数々が展示されていた。
コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール_e0345320_23285879.jpg
コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール_e0345320_23291570.jpg
演奏会に先立って、ロジェストヴェンスキー追悼として、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」から「情景 / 冬の松林」が演奏された。これは第 1幕の大詰めで演奏される音楽で、決してしんねりむっつりした暗い曲ではなく、雪の降る冬の情景を彷彿とさせる、なんとも懐かしい抒情を湛えた美曲であり、打楽器も入って盛り上がる部分もある。これは、最後まで感傷とは無縁の職人性を持ち続けたロジェストヴェンスキーを偲ぶにふさわしい曲。暗譜で指揮をするマイスターに応えるオケも大熱演で、聴いているうちに胸が熱くなるのを禁じ得なかった。私の近くの席の女性は、「いろいろ思い出しちゃって」と連れの人に語りながら、オイオイと泣いていたし、場内ではほかにも、ハンカチで目を拭う人たちの姿が見られたものだ。巨匠よ、安らかに。日本の聴衆は決してあなたを忘れませんよ。
コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール_e0345320_23373976.jpg
さて、気を取り直してコンサートに戻るとしよう。私はこのプログラム、本当に素晴らしいと思うし、東京のオケの日常はこのレヴェルに達しているということを理解する一助となろう。オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラムである。
 交響詩「ドン・キホーテ」作品35 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太)
 歌劇「カプリッチョ」から前奏曲と月光の音楽
 歌劇「影のない女」による交響的幻想曲

最初の「ドン・キホーテ」は、作曲者がキャリア前半に書いた様々な傑作交響詩のひとつであり、もちろんあのセルバンテスの「ドン・キホーテ」を音にしたもの。ドン・キホーテを表す独奏チェロと、その従者サンチョ・パンサを表す独奏ヴィオラが活躍する。ここでチェロを弾いたのは、日本を代表する若手奏者、石坂団十郎であり、ヴィオラの方は、このオケの首席である柳瀬省太であった。面白かったのは、通常ヴィオラ・ソロは立って演奏するものだが、今回は指揮台の左右にちょっとした台と椅子が置いてある。そう、チェロだけではなく、ヴィオラも椅子に座っての演奏。それには理由があって、オケの一員でもある柳瀬は、ソロの部分以外はオケのメンバーと一緒にヴィオラ・パートを演奏したのである。改めてその情景を見ながらこの音楽を聴いてみると、やはり独奏チェロの活躍がオケを引っ張っていて、独奏ヴィオラは多少なりとも従属的であることを実感した。いやもちろん、それでも、ソロを弾きながらオケのパートを弾くなどという離れ業は、なかなかできるものではない。また、石坂のチェロは、もう少し粘ってもよい箇所もあったかもしれないが、実にすっきりと洗練されたもの。この二人のソリストとともに読響も、この多彩な響きに満ちた複雑な曲を、マイスターのストレートな表現に従って堂々と再現した。この写真で、左が石坂、右が柳瀬。尚、柳瀬は、前半でこの曲を弾いたあと、後半では何食わぬ顔で (?) オケのトップを弾いていた。大したものである。
コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール_e0345320_23564287.jpg
さて、前半の「ドン・キホーテ」もさることながら、それ以上の聴き物は、やはり後半であったろう。シュトラウス最後のオペラ「カプリッチョ」の絶美の音楽と、その 30年近く前に書かれた、オーケストラ音楽の極致とも思われる「影のない女」から編曲された演奏会用の作品。正直なところ、オペラが日常的な存在であるはずのヨーロッパでは、このような曲目に対する聴衆の一定の理解はあるだろうが、日本ではなかなかなじみがないと言えると思う。それゆえに、若い頃からオペラ経験を積んでいて、今年の 9月からは (奇しくも読響の常任指揮者シルヴァン・カンブルランの後を継いで) シュトゥットガルト歌劇場の音楽監督に就任するマイスターを指揮台に迎えてこのようなレパートリーを演奏することは、読響にとっても大きなチャレンジであり貴重な経験であろう。尚マイスターは、「ドン・キホーテ」は何やら必要以上に部厚いスコアを見ながらの指揮であったが、後半の 2曲は完全暗譜による指揮。
コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 (チェロ : 石坂団十郎、ヴィオラ : 柳瀬省太) 2018年 6月19日 サントリーホール_e0345320_00040623.jpg
この「カプリッチョ」は、戦争中の 1942年に初演されている。台本を名指揮者のクレメンス・クラウスが書いていて、オペラにおいてセリフが先か音楽が先かという議論をするという、まぁそれはとてもとても戦時中に書かれたものとは思われない、浮世離れしたものなのであるが、その音楽はまた、とてつもなく素晴らしい。前奏曲は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ各 2本ずつで演奏される。マイスターの取るヴァイオリン左右対抗配置では、ちょうど指揮者の左から右に向かって、1列目にいる奏者たち 6人が演奏することとなって、好都合であった。その前奏曲のあと、このオペラの終盤で登場する「月光の音楽」につながったのだが、これはカラヤンも晩年に録音を残しているような曲。本当に美しくて、深々と鳴る音に陶酔するような演奏。そして最後の「影のない女」であるが、私は上に、この曲が「カプリッチョ」より 30年近く前に書かれたと述べた。実際、このオペラの初演は 1919年 (これは第一次大戦終戦の年だ)。だが、この交響的幻想曲が作られたのは、「カプリッチョ」より後の 1946年。戦後の非ナチ化裁判に巻き込まれた作曲者は、一体いかなる思いで自身の大作をコンパクトな管弦楽曲にまとめたものであろうか。但し、作曲者自身による編曲では、オペラの編成よりも小さくされている (それによって演奏頻度を上げたいという思いだったのだろうか) ところ、今回の演奏では、作曲家ペーター・ルジツカ (1948年生まれ) が 2009年に編曲した大編成の版を使っている。ステージ上にはチェレスタが 2台並んでいるし、オルガンも入る。そして驚いたことには、終結部では、グロッケンシュピールの腹の部分を複数の奏者が弓で擦る奏法が使われていた。これは現代音楽では結構ある手法だが、シュトラウスのオリジナル・スコアにあるのだろうか。とにかく今回のマイスターと読響の演奏は、ダイナミックなシュトラウスの音楽に必要な推進力と、充分な音の重みが実現されていて、それは見事なもの。やはりこの指揮者とオケも、東京に新たな存在意義を生み出しているのだということを、再認識することとなった。

6月も終わりに近づき、そろそろシーズンを終えるオケもある (例えば N 響・・・但しこのオケは、ロジェストヴェンスキーより 1歳下であるだけの、つまりはもうすぐ 86歳の!!、ウラディーミル・フェドセーエフと 7月に九州各地で演奏会を行う点、注目される)。だが、この読響をはじめとして、まだまだこれから充実のプログラムを組んでいるオケもあるのである。このマイスターも、もうひとつ絶大なる期待を持てる曲目が用意されている。願わくば、マイスターの集中力が、ワールドカップの行方によって左右されませんように。

by yokohama7474 | 2018-06-20 00:23 | 音楽 (Live)