川沿いのラプソディ


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メモ帳

シモーネ・ヤング指揮 新日本フィル  (ヴァイオリン : 木嶋真優) 2018年 7月14日 すみだトリフォニーホール

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新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日本フィル」) の今シーズン最後から 2番目の定期公演。今回指揮を取ったのは、新日本フィル初登場の名指揮者、シモーネ・ヤングである。このブログでは既に、彼女の指揮する二期会の「ナクソス島のアリアドネ」公演や、東京都交響楽団、読売日本交響楽団の演奏会をご紹介した。間違いなく現代の指揮界における最も優れた才能のひとりであるヤングは、オーストラリア人である。
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新日本フィルの定期公演は、上記のようなチラシで宣伝される。毎回なんらかのコピーがついているが、今回は「ブルックナーと恋に落ちるつもりで。」・・・は、はぁーっ??? これは一体どういう意味なのか理解に苦しむ。私も過去 40年の間、ブルックナーの音楽を散々聴いてきたものだが、ここで断言してもよいことには、その音楽と「恋に落ちた」ことは、1秒もない。ブルックナーの音楽にはコケットリーは一切なく、愛だの恋だのという要素は皆無なのである。だから私はここで、残念ながらこのチラシの意図を心底図りかねると正直に申し上げておこう。・・・と意気込んではみたものの、ここで気を取り直して、この演奏会の曲目を書いておこう。
 ブルッフ : ヴァイオリン協奏曲第 1番ト短調作品 26 (ヴァイオリン : 木嶋真優)
 ブルックナー : 交響曲第 4番変ホ長調「ロマンティック」(1874年初稿、ノヴァーク版)

最初のブルッフのコンチェルトは、古今のヴァイオリン協奏曲の中でも人気の曲であり、かなり頻繁に演奏されている。実際のところこの作曲家の作品の中で、唯一このヴァイオリン協奏曲第 1番だけは文句のない傑作として知られているのである。3楽章からなるものの、全曲が続けて演奏されるこのコンチェルトを弾いたソリストは、木嶋真優 (きしま まゆ)。
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樫本大進や庄司紗矢香、そして、ヴェンゲーロフやレーピンも指導した、あの名教師ザハール・ブロンの門下であることは知っていたが、多分私は今回初めて、生演奏で彼女のヴァイオリンを聴いて、いやいや、その堂々たる表現力には圧倒された。艶やかな美音でありながら、力強さもあり、ロマン派のコンチェルトとして音楽史に名を留めているこの曲のソロとして、充分聴きごたえのある演奏であった。ヤングの指揮は、動きは単調ながら、オケから大きな壮大でドラマティックな音を引き出すことにかけての手腕は大したもの。うーん、今思い出しても、この曲のそこここで聴かれた情熱には、胸が熱くなる。素晴らしい演奏であった。そして木嶋はアンコールとして、なにやら序奏を弾いたあと、あの「ふるさと」を演奏した。誰もが知るこの曲の旋律を一度通して奏で、その次のフレーズでは、装飾的な音型を交えての華麗なる演奏を披露したが、これは木嶋自身によるアレンジであった。西日本の大豪雨の被災者に対して安らぎを与えるという意図であったのかもしれない (因みに木嶋の出身は神戸である)。さて、このように素晴らしかった木嶋のソロなのであるが、もしひとつ、僭越なコメントをさせて頂ければ、彼女のステージマナーには、もっと堂々たるものがあってもよいのではないだろうか。演奏の前後にはまっすぐ聴衆を見て、その自信を顔に浮かべ、そして音楽に没頭する、そんな流れがないことが不思議であった。彼女は随分以前からソリストとして活躍しているものの、今回初めて知ったことには、2016年には第 1回上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝しているという。ここに彼女の音楽家としての向上心を見ることも可能であろうが、これだけ実際に活躍しているにも関わらず、コンクールを受けるということは、まだまだ自分を認めて欲しいという意欲が強いということだろうか。だが私の見るところ、既に何年も前から一流の演奏家であったはずの彼女は、そのような思いを持つ必要はなく、ただ自分の表現意欲に忠実に、演奏活動を続けて行って欲しいと思うのである。是非、ステージでは笑顔で。

さて、今回のメインの曲目は、ブルックナーの 4番である。上述の通り私は、これまでの人生で、何度も何度も何度もブルックナーの音楽を聴いてきたが、その中でもこの第 4番「ロマンティック」は、最初に知った彼の交響曲である。もちろん、この曲なりブルックナーという作曲家と「恋に落ちた」ような気分になったことは、人生で一度もない私なのであるが、その音楽に圧倒されることはしばしばである。そして今回、ヤングが採り上げたのは、通常の版ではなく、初稿なのであった。これは 1874年に作曲された最初の姿である。一方、通常演奏されるのは 1878/80年版。この 2つの版には、かなりの相違がある。第 3楽章スケルツォは全く別の音楽だし、その他の楽章では、使われている音の素材は同じであっても、音楽の流れが著しく違う。洗練度ではもちろん 1878/80年版がかなり上を行っていると思うが、この初稿には、なにやら野人的で粗削りなブルックナー像がそのまま表れている。我々音楽ファンはこのブルックナー 4番の初稿には、エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響の録音で初めて接したのであるが、その後も実演でこの版が演奏されることは依然として稀である。だが今回の指揮者シモーネ・ヤングは、当時の手兵であったハンブルク・フィルを指揮してブルックナーの交響曲全集を録音しており、その中の第 4番は、この初稿によるものなのである。
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今回の演奏は、ワーグナーやシュトラウス、そしてこのブルックナーを得意とするヤングの面目躍如たるもの。オケは隅々まで音を感じて、高揚したり鎮静化したりする。衣装の袖をめくっているのであろうか、肘から先を露わにして力強く指揮をするヤングの思い切りが、オケを最初から最後まで引っ張っていった感がある。こんな演奏で聴くと、初版も悪くないと思われてくる。だが、やはりこれは、耳慣れた音楽よりもゴツゴツしたもので、盛り上がりの後の突然の休止などは、後年の円熟期の交響曲にはないもので、あえて言ってしまえば、ひとつ前の 3番のシンフォニーと共通する点がある。これはこれで、傾聴に値するブルックナーであろう。それにしてもこのすみだトリフォニーホールにおける新日本フィルの響きの美しいこと。実は今年は、新日本フィルがこのホールをフランチャイズとして契約してからちょうど 30周年。これを称して「すみだ×新日本フィル フランチャイズ 30周年」という企画が進行中だ。以前の記事で、このオケがこのホールに本拠を移して 30周年と書いたところ、それは間違いだというご指摘を頂き、説明が面倒であったのでその記事を改訂したことがあったが、私が言いたかったのはこのことである。ホールのオープンは 1997年、小澤征爾指揮によるマーラー 3番で、私は当然それを聴きに行ったのであるが、開館後しばらくは、どうも音響に納得できなかったものである。その後音響が改善されたのか、またはオケがホールになじんできたのか、最近このホールで聴くことのできる新日本フィルの音楽には、本当に感動するのである。そんなホールとオケの組み合わせを、ヤングはどのように感じたであろうか。東京における音楽文化の発展ぶりを実感してくれればよいのだが。

終演後のサイン会に参加したところ、ヤングは想像通り、ヴァイタリティ溢れるタイプの人であった。私はマーラー 6番の CD を購入してサインをもらったのであるが、これもきっとパワフルな演奏なのであろう。聴くのが楽しみだ。また、コンサートマスター崔文洙以下の楽員たち自らが聴衆に挨拶しながら、西日本豪雨の義援金を募っていたので、僅かながらの寄付を行った。
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さて、新日本フィルの今シーズンの締めくくりとして、今月末にもうひとつ演奏会が控えている。是非また、すみだトリフォニーホールと新日本フィルの 30年間の成果に耳を傾けたい。

by yokohama7474 | 2018-07-15 23:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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