川沿いのラプソディ


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準・メルクル指揮 国立音楽大学オーケストラ 2018年 7月15日 国立音楽大学講堂大ホール

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全国で軒並み猛暑日を記録したこの日、準・メルクルの指揮する国立 (くにたち) 音楽大学のオーケストラを聴きに、この大学のある立川市に出掛けた。メルクルについてはこのブログでも何度も記事で採り上げているが、1959年ミュンヘン出身の名指揮者で、ドイツ人の父と日本人の母の間に生まれている。
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世界各地で演奏活動を繰り広げ、多忙な身である彼だが、2013年からこの国立音楽大学の招聘教授を務めている。そしてここの学生オケとは、2006年の定期演奏会で初めて顔を合わせたのち、2012年以降は毎年指揮をしているらしい。優れた音楽家の多くが、自身の演奏活動に加え、後進の育成に力を注いでいるが、メルクルもその例外ではないどころか、かなり多くの時間を割いて教育活動を行っているわけであり、本当に頭の下がることである。そして彼の指揮する曲目がすごい。なにせ初顔合わせがマーラーの 3番、その後 2番「復活」、1番など、マーラーを積極的に採り上げている上、昨年にはメシアンのトゥーランガリラ交響曲を振っている。そして今回、第 129回の定期演奏会の曲目も、ちょっと驚くようなものだ。
 細川俊夫 : 循環する海
 マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

これはプロのオケでも、かなり気合の入る内容ではないだろうか。私もこれまで、このメルクルが指揮した、複数の大学の選抜メンバーによる演奏会に加え、世界的な名声を誇る指揮者が学生オケを指揮する演奏会を何度か経験しているが、学生たちが本気で頑張るのはもちろん、指揮者の方もいつも真剣勝負である点に、感銘を受けることが多い。つまり、音楽を演奏するその瞬間には、オケがプロとかアマといったことは関係なく、ただよりよい音楽を演奏するという情熱だけがそこにあるからだ。結果として、聴く側にしてみれば、プロのオケよりもよしんば技術的に劣る面が時にあるにせよ、そこで鳴っている音楽の真剣度によって、プロの演奏よりもむしろ感動するようなこともある。それがアマチュア・オケを聴く醍醐味であると言ってもよいように思う。それゆえ、灼熱の中、我が家からは決してアクセスのよいとは言えない立川まで、車で向かうこととしたのである。学内にある講堂が今回の演奏会場であるが、客席数 1,200ほどで、ステージ奥には大きなオルガンが設置してある立派なホールである。
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さて今回の 1曲目は、現代日本を代表する作曲家であり、メルクルが録音でも実演でも積極的に採り上げている、細川俊夫の作品で、「循環する海」。メルクルは既に NAXOS レーベルにおける細川作品のシリーズで、ロイヤル・スコティッシュ管とこの曲を録音しており、その CD はもちろん手元にあるので、事前に予習というか、復習してから会場に向かった。実はメルクルは同じレーベルで、当時の手兵であるフランス国立リヨン管ともこの曲を録音しているが、このコンビは何を隠そう、2007年にこの曲を日本初演しているのである。メルクルにとっては、細川作品の中でもとりわけ自家薬籠中の物となった曲なのであろう。
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この曲はザルツブルク音楽祭の委嘱で作曲され、2005年にヴァレリー・ゲルギエフ指揮のウィーン・フィルによるザルツブルク音楽祭の演奏会で世界初演された。演奏時間 20分ほどであるが、たゆたう波の様子から、ドラマティックな嵐の部分までを美しく描いた作品である。だがこれは、(ドビュッシーの交響詩「海」もそうだと思うが) 海の様子を克明に音で再現した描写音楽ではなく、むしろ、海を前にして人間の内部に沸き起こる情感を音に託したものではないだろうか。今回ではオケの美感も大変素晴らしく、忙しい打楽器奏者たちもきっちりと持ち場で仕事をこなしていたし、繊細な弦や管も、大変充実していた。例えば後半にソロが出て来る、あれはアルト・フルートであったろうか、低音の木管などは、大変印象に残る出来であった。

そして後半の大曲、マーラー 5番であるが、さすがにこの曲は世界最高峰の楽団が既に東京で実演を披露しているので、学生オケの音のクオリティ自体は、それには及ばない。だが、上にも書いたことであるが、実際に音楽が鳴っている場に身を置いていると、段々そのようなことが気にならなくなるから不思議である。実際にこのような複雑なスコアを、全員の共同作業で壮大な音にするということは、それだけで大きな意味があるのだということを実感することで、細かい部分でどの音がどうだという感覚が減って行き、マーラーの音宇宙といったような言葉を連想するようになった。もちろん、第 3楽章スケルツォでのホルンは健闘していたし、弦楽器では特にチェロが随所でよく鳴っていて、それらがこの曲の大事な部分を担っていたことも間違いない。メルクルは時にテンポを細かく動かす場面もあったが、それが音楽の緊張感を増していたように思う。終曲のロンドにはあらゆる感情が絡まり合い、大団円に至るのだが、今回もその部分の高揚感には大いに感動させられた。演奏した学生さんたちにとっても、充実感満点のコンサートであっただろう。そして、あの暑い日、準・メルクル先生の下で、皆でともに演奏したマーラーを、いつの日かまた思い出すことだろう。それがひとりひとりの生涯の財産になることは、間違いないことだと思うのである。

国立音楽大学のウェブサイトでは、メルクルとのこれまでのかかわりについての情報を多く得ることができるが、2012年、ということは未だメルクルが招聘教授に就任する前に、副楽長がインタビューしている記事があって、その中で副楽長は、「うちの学生が日本一とは断言できない。正直、ほかにもっとうまい学生オケもあるのに・・・」という内容の発言によって、世界的な指揮者であるメルクルがこのオケを振ってくれることへの謝意が表されるが、メルクルはそれに対し、学生たちが一丸となって練習していること、教授陣もリハーサルを熱心に聴いていること、などを挙げて、この環境は普通ではなく素晴らしい、自分の信じる「進化すること」が可能な点に価値がある、と答えている。その言葉が嘘でないことは、その後毎年このオケを指揮していることに表れているし、それから、今回のプログラムによると、このオケのコンサートマスター使用楽器は、「国立音楽大学所有 (準・メルクル先生より寄贈)」とある。それだけメルクルは、この大学の学生たちとの共同作業に強い熱意を持っているということだ。このような関係がまた、明日の東京の (と言わず、世界のかもしれないが) 音楽界に貢献して行くのであろう。また立川まで出掛ける日を楽しみにしたい。
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by yokohama7474 | 2018-07-16 12:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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