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ハンス・グラーフ指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : カティア・スカナヴィ) 2018年 8月25日 サントリーホール

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8月も下旬。子供たちはそろそろ夏休みも終わりである。だが音楽シーズンの開始は 9月。この時期は未だ新シーズンの開幕には早い。私自身も、東京でフルオーケストラの編成でのコンサートを聴いてからそろそろ 1ヶ月が過ぎ、早くコンサートシーズンの再開が待ち遠しいのであるが、もう少しの我慢である。だが、東京でのオーケストラの競争過多によるものであろうが、この 8/25 (土) には、早くも 2つのオーケストラが海外から指揮者を呼んで、9月に先立つかのような「本格的」なコンサート (いずれも定期演奏会ではない) を開始した。ひとつは東京芸術劇場でコンサートを開いた読売日本交響楽団、そしてもうひとつがこの東京都交響楽団 (通称「都響」) である。この日の都響のコンサートは、サントリーホールにて 14時からの開催。実はその日の 15時からは、同じサントリーホールの小ホール (ブルーローズ) では別の演奏会も開かれていて、そちらも大変興味深いもの。それは何かというと、既にほかの日の公演をここでご紹介した、サントリーホール サマーフェスティバル 2018 の一環として開かれた、イェルク・ヴィトマンの作品による演奏会である。実はどちらに行こうか結構悩んだのであるが、ヴィトマンの作品及びクラリネット独奏は、以前カンブルランと読響の演奏会で聴いたことがあり、このブログでもご紹介した。それゆえ私が選んだのはこの都響による演奏会。それというのも、 指揮者に対する期待があったからだ。
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ハンス・グラーフ。1949年生まれのオーストリア人の名指揮者で、今回が都響との初共演である。私のイメージにおける彼の主要な功績は、ザルツブルク・モーツァルテウム管の音楽監督であり、ウィーン・フィルの指揮台にも登壇して、充実のモーツァルトを聴かせてくれていた人であるというもの。ここであえて過去形を使ったのは、最近の活動にあまりイメージがなかったからだが、2001年から 2013年まではヒューストン響の音楽監督であったという。なるほど、ということは、クリストフ・エッシェンバッハの後任であったわけである。ほかにも彼がポストを持ったオケは数々あり、決して超一流ばかりではないが、上記のようなモーツァルト演奏だけではない、様々なオケとの多様な経験が、必ずや彼の芸術に奥行を与えているはずだ。彼は決して派手さはない指揮者なのでであるが、ちょっと安心したことに、会場はほぼ満席状態。東京のファンの趣味のよさが分かろうというものである。そして今回グラーフが指揮するのは、以下のように多彩なプログラム。
 モーツァルト : 交響曲第 34番ハ長調 K.338
 サン=サーンス : ピアノ協奏曲第 2番ト短調作品22 (ピアノ : カティア・スカナヴィ)
 ドヴォルザーク : 交響曲第 8番ト長調

なるほど、オーストリア、フランス、チェコという組み合わせ。だがこの曲目、なんとも楽しそうではないか。やはり私はグラーフのモーツァルトが聴きたいと思ったし、ドヴォルザークも面白そうだ。サン=サーンスはモーツァルトと通じる明るさもあり、その一方で、時に劇的にオケを鳴らす際には、チェコのような中央ヨーロッパの味との共通点も出て来る。それから、1曲目のモーツァルトと 2曲目のサン=サーンスの意外な共通点は、双方ともタランテラ舞曲またはそれに類するパターンで書かれていること。タランテラとは、毒蜘蛛 (タランチュラ) に噛まれると、その毒を抜くために踊り狂わなくてはならないといういわれをもつという激しい舞曲。シンフォニーの分野では、なんと言ってもメンデルスゾーンの 4番「イタリア」の終楽章がその舞曲であることはよく知られている。だからここでも、メインを「イタリア」にする手もあったかもしれないが、ドヴォルザーク 8番も、タランテラではないにせよ、大いに盛り上がる終楽章を持っている。これは面白そうだ。

実際に聴いた感想を一言で要約すると、この演奏会は大変に素晴らしい内容で、このクラスの指揮者を今の都響で聴くことのできる幸運を噛みしめることとなった。特に最初のモーツァルトは、弦楽器の多様なニュアンスが随所に溢れていて、指揮者の要求する流れを万全に音にしていたと思う。このような演奏を言葉であれこれ語る虚しさを覚えるのであるが、例えてみれば、キラキラと様々な方向からの光を反射するような美しいモーツァルトであった。グラーフも終演後は満面の笑みで、オケの貢献を称えていた。これは、モーツァルトの生地ザルツブルクの、その名もモーツァルテウム管弦楽団を指揮した、ハンス・グラーフによるモーツァルト全集のジャケットである。
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2曲目のサン=サーンスのコンチェルトを弾いたのは、1971年モスクワ生まれのカティア・スカナヴィ。ロシア人ながら、ギリシャ人の血も入っているという。
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このサン=サーンスの 2番のコンチェルトは、それなりに知名度のある曲であるが、妙にドラマティックな箇所と軽妙な箇所との交代が多く、とりとめなさは否めず、結構厄介な曲かもしれない。部分部分では、大変いい曲だと思わせる要素はあるが、その興奮はあまり継続せず、オケが沈黙を決め込んでピアノがソロで頑張らなくてはならない箇所も数多い。だがこのスカナヴィの演奏は、とにかくドラマ性も軽妙さも引き受けるという度胸を感じさせるもので、その確信に聴き手も圧倒されることとなった。響きも大変に美しく、なかなかの技量を持ったピアニストである。ここでも都響は隅々まで神経の通った音で伴奏をして、こちらも見事。スカナヴィがアンコールとして弾いたのは、ショパンの夜想曲第 20番嬰ハ短調。あの「戦場のピアニスト」で印象的に演奏されていた曲だ。ここでスカナヴィは、感情の高揚に応じてテンポも上げ、極めてロマンティックな音楽を聴かせた。

そしてラストのドヴォルザークも、職人的な音の流れを持った質の高い演奏。どこかが特に個性的ということはないのであるが、時に民俗的な旋律美に溢れたこの曲の持ち味を、十全に引き出していたと思う。指揮者の身振りと出て来る音の相関関係を注意して見ていると、とても初顔合わせとは思えない呼吸のよさである。もちろん、第 3楽章冒頭の流れるような弦楽器の美しさも万全で、これがアンサンブルの基本というのではないか。ただただ、オーケストラ音楽の楽しさを堪能させてもらった。指揮者もきっと、都響の演奏に満足したのであろう。カーテンコールのときのグラーフは再び満面の笑顔であった。スケジュールを見ると、今回の顔合わせでのコンサートはこの日の 1回きり。これは少しもったいないような気がする。是非またマエストロ・グラーフには、都響の指揮台に帰って来て頂きたい。現在 69歳であるから、これからきっと円熟の境地に入って行くことは間違いない。東京にいながらにして聴くことのできる指揮者の水準は、世界でも稀に見るほど高いものであるが、アンサンブルのしっかりしたオケなら、彼の持ち味をきっちりと音にすることができるのであり、それは実に豊かな音楽体験になるのである。
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by yokohama7474 | 2018-08-26 22:50 | 音楽 (Live)