川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

文楽「夏祭浪花鑑 (なつまつりなにわかがみ)」2018年 9月 8日 国立劇場小劇場

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人形浄瑠璃、文楽に対する私の深い愛は、このブログで何度かご紹介して来ているが、9月の国立劇場での文楽公演の初日を見ることができて、本当に嬉しい。しかも演目はあの「夏祭浪花鑑」である。私はこの演目には思い入れがあって、それは何かというと、生まれて初めて本格的に文楽公演を見たときの演目であったのだ。それは今を去ること 25年前の 1993年、大阪の国立文楽劇場でのこと。8月の夏の盛りの大阪で、その大阪を舞台とする、そしてそのクライマックスでは忍耐の緒を切らせた偉丈夫が義理の父を泥田の中で殺めるという陰惨な作品を見たときには、大きな衝撃を受けたものだ。人形劇にしてこれだけの生々しい人間感情を表現する文楽の凄まじさへの驚嘆は、あの暑い大阪の夏の思い出とともに、今も私の中に生きている。その後歌舞伎でこの演目を見たことはあっても、文楽ではなかったので、今回、9月公演でこの演目に再会できたことは、私にとってはいわば原点回帰であり、改めて文楽の持つ表現力に浸ることのできるよい機会となった。

この演目は全 9段からなるが、今 25年前のプログラムを手元に持ってきて比べると、その時は 4段の上演であったものが、今回は 6段。上演時間は、16時開演、3回の休憩を挟んで、20時34分 (細かいのである。笑) 終演。実に 4時間半以上である。6段の内容は以下のようなもの (* が、1993年の大阪での上演には含まれていなかったもの)。
 住吉鳥居前の段
 内本町道具屋の段
 道行妹背の走書*
 釣船三婦内の段
 長町裏の段
 田島町団七内の段*

この演目の概要は以下のようなもの。荒くれ者だが義に忠実な主人公団七と、彼と義兄弟の契りを交わす徳兵衛、そして彼らの出身地である備中玉島家の御曹司、磯之丞、その愛人の傾城琴浦に、侠客 釣船三婦 (つりぶねさぶ) と、その女房たちが織りなす苛烈な人間悲劇。そのクライマックスでは、それまで忍耐に忍耐を重ねた団七が、妻お梶の父、三河屋義平次を殺害するというもの。これがその団七が走るところ。
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この文楽には、もとになった実際の事件があるという。それは 1744年、堺の魚売りが犯した殺人が発覚、処刑されたというもの。この演目の初演は 1745年だというから、当時の大坂の人たちにとっては、まさにほとんどリアルタイムでの上演であったろう。これは実にスキャンダラスなことだと思う。だがその一方で、歌舞伎の「宿無団七」という演目はそれより前、1698年に片岡仁左衛門主演で上演されているらしく、どうやらこの文楽は、先行する歌舞伎作品と実際の殺人事件を併せて作られたものであるようだ。その意味でこの演目は、今も昔も変わらない人々の物見高さによって世に出たと思うのだが、そこにはまた、義を重んじる人々の、のっぴきならない生き様が描かれていて、当時の観客はそこに溜飲を下げたものだろう。いや実際、この 6段には、人の情があちらこちらに満載だ。忠義を守って犯罪を犯す者、友を守るために一芝居打つ者、夫婦の間で言葉少なに信頼関係を保つ者、自分の立場を正当化するために姑息な論説を弄する者。そのいずれもに、人間存在の尊さと愚かさを見て取ることができる。これは全身入れ墨の団七。殺しのシーンでは、髷がほどけて実におどろおどろしい状態になる。
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その殺しの場面のおどろおどろしさは、今年の 6月、歌舞伎での上演において中村吉右衛門が演じた団七の映像から感じて頂こう。「親父どの~」のセリフが見る者にまつわりつくような不気味さである。
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私が前回この文楽を見たときの団七は、人間国宝であった初代吉田玉男 (2006年死去) が操っていた。今回は 3代目桐竹勘十郎がその大役を担当し、一方 2代目吉田玉男は、悪者である三河屋義平次を担当していた。このようにして、世界的に見ても最高水準の人形劇である文楽は引き継がれて行くのである。ただ、個々の演目の演出はどのように行うのであろうか。というのも、私が 25年前に見たこの演目では、義父殺しのあとに夏祭の山車が通る場面が、今回よりもさらに派手であったと記憶するからだ。個人間の悲劇と無関係に盛り上がる祭の光景に、人間世界の無常を見たという記憶に照らすと、今回はその点には少し課題が残ったような気がした。だがそれも、私の中で思い出が美化されているということかもしれない。いずれにせよ、文楽の世界は果てしなく深い。これからも是非、その深い世界を味わって行きたいものである。これは今回、幕間に関係者たちが北海道地震などの災害援助の募金を訴えかける様子。おかめのような人形を操っているのは人間国宝の吉田蓑助だろうか。その向かって左にいるのが、桐竹勘十郎だと思う。私もいくばくかの寄付をさせて頂きました。
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日本の伝統芸能の素晴らしさを、若い世代にもなんとかして伝えて行きたいものだと思う。

by yokohama7474 | 2018-09-09 23:14 | 演劇 | Comments(0)
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