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東京二期会公演 プッチーニ : 三部作 (ベルトラン・ド・ビリー指揮 東京フィル 演出 : ダミアーノ・ミキエレット) 2018年 9月 9日 新国立劇場

東京二期会公演 プッチーニ : 三部作 (ベルトラン・ド・ビリー指揮 東京フィル 演出 : ダミアーノ・ミキエレット) 2018年 9月 9日 新国立劇場_e0345320_23043212.jpg
これはちょっと変わった公演で、何が変わっているかというと、9月に入って新国立劇場のシーズン開幕公演かと思いきや、さにあらず。これは東京二期会が、新国立劇場で行った公演なのである。普通、世界のどの都市でもオペラハウスは専属のカンパニーを持っているもので、よしんばハコ (つまり劇場) を他の団体に貸すことがあっても、それは大体シーズンが終わったあとではないか。我が東京のオペラハウス、初台の新国立劇場は、今シーズンから芸術監督に新たに大野和士を頂き、注目のシーズンになるはずであるが、その最初の曲目「魔笛」の開演は 10月。しかも指揮は大野ではなく、別の指揮者なのである。そのことも若干奇異なのであるが、それに加えて今回のように、注目の新国立劇場の新たなシーズン開幕前に、ここの座付きではない団体が、本格的なオペラを上演するということは、これまで例があるのだろうか。もし初めてだとすると、それには何か背景があるのだろうか。因みにこのオペラハウスには専属のオケは存在しないが、大半の公演は東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) による演奏で、今回もそうである。芸術監督大野は、かつてこのオケの音楽監督も務めた人。だが、10月からのシーズンで大野の指揮する 2演目 (これも、新芸術監督としてはいかにも少ない) の演奏はいずれも東フィルではなく、ひとつは東京都交響楽団、もうひとつはなんと、バルセロナ交響楽団と、いずれも現在の大野の手兵。このあたりもハテナマークが飛び交う、楽都東京のオペラハウスである。
東京二期会公演 プッチーニ : 三部作 (ベルトラン・ド・ビリー指揮 東京フィル 演出 : ダミアーノ・ミキエレット) 2018年 9月 9日 新国立劇場_e0345320_23483560.jpg
ともあれ、気を取り直してこの公演について語るとしよう。ここで上演されたのは、プッチーニのいわゆる三部作、つまり、「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」の 3本である。これらはいずれも、上演時間ほぼ 1時間、1幕の作品で、内容的には一見共通点のない 3本。初演されたのは今からちょうど 100年前、1918年にニューヨークのメトロポリタン・オペラでのことだ。この 3本がオリジナル通り続けて上演されることは決して多くない。それは、3本を通してのべ 40人以上の歌手が必要という事情があるからだろう。今回の公演では、計 4回の上演のうち 2回ずつキャストが入れ替わるダブルキャストという壮大な規模のソリストたちが出演。しかも合唱団は、二期会合唱団、新国立劇場合唱団に、藤原合唱団という 3団体合同。こんなことも前例があるのか否か分からないが、ともかく珍しいことづくめの演奏である。上述の通りこれは東京二期会の公演であるが、デンマーク王立歌劇場、アン・デア・ウィーン劇場との提携公演。東京二期会は、通常のオペラハウス座付きのカンパニーではなく、小屋もオケも専属のものを持っていないが、多くの歌手を抱え、その企画力や資金力が、海外のオペラハウスからも高く評価されているということだろうか。しかも、今回登場する指揮者は第一級。1965年フランス生まれの、ベルトラン・ド・ビリー。2002年から務めたウィーン放送響の音楽監督として一躍その名を上げ、以来オペラにコンサートに、日本を含めた世界各地で大活躍の指揮者である。私も常々、彼の手腕には感嘆しているのである。
東京二期会公演 プッチーニ : 三部作 (ベルトラン・ド・ビリー指揮 東京フィル 演出 : ダミアーノ・ミキエレット) 2018年 9月 9日 新国立劇場_e0345320_23351750.jpg
このプッチーニの 3部作は、作曲者円熟期の作で、この次は最後の部分が未完に終わった「トゥーランドット」しかない。つまり、その甘美極まりない音響で数々の名作を書いてきたプッチーニの作曲技法が、素晴らしい洗練度をもって、ここに凝縮しているのである。上記の通りこの 3作には、一見すると共通性がない。最初の「外套」は、セーヌ川で小規模な輸送船を営む夫と、その若い妻の不倫を巡る陰鬱な話。「修道女アンジェリカ」は、貴族出身の過去を持つ修道女の苦しみと、そこからの解脱の話。「ジャンニ・スキッキ」は、古都フィレンツェを舞台に、富豪の遺産相続を巡って展開するドタバタ喜劇。歌手を揃えるだけでも大変なのに、この 3作それぞれを説得力のある演奏で聴かせるのは、指揮者とオケにとってもかなりの難易度であるに違いない。その点、さすがはド・ビリーである。東フィルを率いて実に見事な音楽の描き分けを聴かせたと思う。「外套」においてはオケが暗い情念をもって盛り上がる場面には鬼気迫るものがあったし、「修道女アンジェリカ」の甘美さ、「ジャンニ・スキッキ」の目まぐるしく駆け巡る機知、いずれも見事なもの。

さて私は、最初の「外套」を見ているうちにつらつらと、この 3作に共通するテーマはないだろうかと考え、すぐに思い当たった。それは「死」である。しかも、既に起こってしまった死。「外套」では、歌詞で暗示される夫婦の間の子供の死。「修道女アンジェリカ」では、生き別れになってしまった息子の死。「ジャンニ・スキッキ」ではもちろん、冒頭から登場している富豪ブオーゾの死である。深刻な悲劇であると同時に、一歩間違えると喜劇になる死というものは、オペラにおける取り扱いはなかなかに難しいかと思う。プッチーニほどの技量で音楽を紡ぎ出すからこそ、この三部作においては、様々な人間感情が迫力を持って見る者に迫ってくるのであろう。そして、当日会場で購入したプログラムを読んでみると、なんのことはない、演出家の言葉に、3作の共通点として「死」があり、「亡くなった人がまるで目に見えるかのような存在感を持っている」ことが述べられている。だが演出家はそれに加え、「暴力」もこの 3作の共通点だという。正直この点は、私としてはあまり共感できない。だがこの演出自体は、なかなか面白いもので、「なるほどこう来たか」と思わせるものがあった。最初の 2作が続けて上演され、30分の休憩を経て「ジャンニ・スキッキ」という上演方法であったが、それにはちゃんと理由がある。つまり「外套」の若い妻ジョルジェッタが、そのまま「修道女アンジェリカ」のアンジェリカを演じたのである。舞台装置は、コンテナが開いたり移動して、修道院 (というよりも、精神病棟のようなイメージであったが) に早変わり。そして「外套」の夫ミケーレ役が、ジャンニ・スキッキを演じ、装置も、フィレンツェの富豪の家が最後には、もとのコンテナに戻るという趣向。これはなかなかに面白いものであった。これが「ジャンニ・スキッキ」の装置が「外套」の装置に戻ったあとのカーテンコールの写真。
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全く異なると思っていたこと同士の間に共通点があると気づくことは、ある意味で知的なゲームのようなものである。ただ原作と離れることのみに汲々とした、ひとりよがりで浅薄な演出と違って、この演出にはそのような知的な遊び心があって、見ごたえは充分であった。このようなスマートな演出を手掛けたのは、1975年生まれのイタリアの演出家、ダミアーノ・ミキエレット。既にこの演出は、ウィーン、コペンハーゲンに加え、ローマでも上演されて好評であったようだ。彼はザルツブルク音楽祭、ミラノ・スカラ座、英国ロイヤル・オペラ、パリ・オペラ座など世界の檜舞台で演出を手掛けているとのこと。このような演出なら、ほかの演目も見てみたい。
東京二期会公演 プッチーニ : 三部作 (ベルトラン・ド・ビリー指揮 東京フィル 演出 : ダミアーノ・ミキエレット) 2018年 9月 9日 新国立劇場_e0345320_00132719.jpg
それから今回も二期会は、すべて日本人歌手だけで公演を行った。私の見た日は、ミケーレ / ジャンニ・スキッキ役のバリトンの今井俊輔が達者な歌と演技を披露し、ジョルジェッタ / アンジェリカ役のソプラノの文屋小百合も大健闘であった。私は常々思うのであるが、イタリア語を母国語としない世界のどこの国でもよいから、これだけの人数の歌手を、しかもダブルキャストで揃えられるところが、日本以外にあるだろうか。もちろん、これだけの人数であるから、全員が世界トップクラスということではないにせよ、それでも、相当に文化度の高い国でなくては、こんなことは実現しないに違いない。このことを、ヨーロッパから来た演出家と指揮者に、一体どう思ったか訊いてみたいものである。

新国立劇場の運営自体には、今後も当然あれこれ課題があるには違いないが、この音楽都市東京のオペラハウスとして、是非この二期会のような民間オペラカンパニーの活動に刺激を受けて欲しいと思う。冒頭に書いたような不思議な要素はいくつかあるが、実際の公演のクオリティによって、ハテナマークを消して行ってもらいたいものだと思う。一方の東京二期会も、世界に類を見ない形態のカンパニーとして、ますます気を吐いて欲しいとも願っているのである。東京の音楽ファンは本当に忙しいわ (笑)。

by yokohama7474 | 2018-09-11 00:29 | 音楽 (Live)