川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

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ローマ歌劇場が 4年ぶり 4度目の来日公演を行っている。このオペラハウスは 1880年に開場しており、歴史的にはいくつかの重要なオペラ (「カヴァレリア・ルスティカーナ」や「トスカ」を含む) の初演の場になった場所であるが、昨今の世界の音楽界においては、実際のところ、残念ながら超一流とはみなされていないように思う。1930年代に音楽監督を名指揮者トゥリオ・セラフィンが務めた時代には相当盛り上がったようだが、その後はイタリアにおいてもそれほど高い地位を保たないままの状態であった。だが、今世紀に入ってからひとつの転機が訪れた。イタリアオペラ最高の殿堂、ミラノ・スカラ座に 20年近く君臨した「皇帝」リッカルド・ムーティが、2010年に、このローマ歌劇場の事実上の音楽監督、実際には終身名誉指揮者に就任したのである。前回のローマ歌劇場の来日公演は 2014年 5月から 6月。ムーティが「ナブッコ」と「シモン・ボッカネグラ」を指揮したことが大変話題になった。私もその両公演を見に行ったが、若干複雑な感想を抱くこととなった。特に、ムーティ得意の演目であり、1988年のスカラ座との初来日となった公演での演奏が大変に感動的であった「ナブッコ」に期待したのに、このときのローマ歌劇場との公演では、意外なほど低調であったことを思い出す。その失望を裏打ちするように、実はムーティはその直後、2014年 9月に、終身であったはずの地位を辞任。オペラハウス自体が存亡の危機に瀕したのである。今日においてオペラハウスのような金のかかる施設を維持することは、いかにオペラ大国イタリアであっても簡単であるはずはないが、それにしてもこのローマ歌劇場を巡る騒動は、音楽ファンとしては胆を冷やすような非常事態であった。2014年の来日公演のプログラムは、あらゆる箇所にムーティ、ムーティとあるが、今回のプログラムを見ると、彼の名前は当然見受けられるものの、このオペラハウスの人気と実力を盛り返す立役者になったというニュアンスに変更されている。そんなことであるから、スター指揮者の去ったこのオペラハウスの引っ越し公演を実現するに際しては、きっと関係者の多大なる尽力があったのだろうと思う。これがローマ歌劇場の入り口。上記の通り 1880年にコスタンツィ劇場としてオープンして以来の建物を、一部改修して使用している。
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私はこのオペラハウスには 1度だけ行ったことがあって、それは 1995年のこと。エヴェリーノ・ピノの指揮、ジョナサン・ミラーの演出で、モーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」を見たのであるが、知らない歌手ばかりによるアンサンブルが実に見事であったのをよく覚えている。そんなローマ歌劇場、今回の来日公演では 2演目を披露するのであるが、その 2演目には共通点がある。それは、ともに娼婦という職業にある女性の哀しい運命を扱った作品であり、そして、ともに父親が有名な芸術家である女性演出家が手掛けた舞台であるということだ。最初の演目「椿姫」は 9/9 (日) から上演が始まっており、ここで採り上げるプッチーニの「マノン・レスコー」は今回が初日。私がチケットを購入したのは結構期日が迫ってからであったが、未だ安い席を購入することができた。直前になっても様々なメディアでこれらの公演の宣言が盛んになされているのを見て、観客動員に苦労しているのかと思っていたが、今回の「マノン・レスコー」はほぼ満席の入り。ちょっとほっとしたのである。さて、今回の舞台の演出家はこの人。彼女はもともと女優で、名前はキアラ・ムーティ。
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もちろんその名で判る通り、彼女の父親は、上で名前の出た巨匠指揮者、リッカルド・ムーティなのである。
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今回の「マノン・レスコー」の演出は、そのムーティがローマ歌劇場の実質的な音楽監督であった 2014年、アンナ・ネトレプコを主演として制作されたもの。父娘の共同作業にはいろいろと周りの雑音もあったのではないかと思うが、ここで面白いのは、作品の選択である。イタリアオペラの巨匠として知られるムーティであるが、ヴェルディと並ぶイタリアオペラ作曲家の雄であるプッチーニのオペラ全曲の録音は、この「マノン・レスコー」と「トスカ」だけである。これは若干意外なことであるが、スカラ座で彼の前任者であったクラウディオ・アバドに至っては、プッチーニのオペラ全曲を採り上げた形跡が一度としてない。この事実から、プッチーニの音楽の特質について考えることもできようが、例えばヴェルディとの比較においては、なんと言っても陶酔的なオーケストラの活用と、必ず悲劇の女性が主人公になっていることが挙げられるだろう。そんなプッチーニの作品の中で、この「マノン・レスコー」は第 3作目のオペラで、彼の出世作なのである。これが 1893年の初演の際のポスター。
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よく知られている通り、このオペラの原作は、フランス人アベ・プレヴォー (「アベ」は彼の職業であった聖職者を意味し、本名はアントワーヌ・フランソワ・プレヴォー) の小説。このプッチーニの作品以前にも、オーベールやマスネによってオペラ化されていた。特にマスネの作品 (1884年初演) は、プッチーニの時代に既に人気を博していたらしいが、プッチーニはこの作品のオペラ化に非常に熱心に取り組み、「マスネは白粉やメヌエットでマノンを作ったが、自分はイタリア人として、情熱の激しさで捉えるのだ」と言ったという。なるほど、その通りである。マスネの作品とは採り上げる場面も若干異なり、ラストも異なっているが、天性の「魔性の女」でありながら、愛こそが自らの生きる道と悟りながら息絶えるマノンの生き様は、このプッチーニ作品では、より強烈に描かれているのである。私は不勉強で、プレヴォーの原作は、その近代性から、てっきり 19世紀の作品と思い込んでいたのだが、実は 1731年の刊行。フランス革命よりも半世紀以上前なのである。これは初版から 20年ほどあとの版だが、いかにこの物語が古いか分かろうというものだ。
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さて、今回の演出であるが、細部にまで気配りをしながらも、決して音楽の進行を邪魔しないもので、大変に優れた演出であると思った。プログラムに記載されている彼女の言葉によると、「父は私が音楽を裏切らないと信頼してくれています」とのこと。リッカルド・ムーティこそは、オペラ芸術においては、歌手や演出家ではなく、指揮者が主役であると強く主張する人。なるほどその父の薫陶を受けた娘は、このように音楽を妨げない演出を手掛けるのである。だがそれは、旧態然とした面白みのない演出では全くない。このオペラの主人公は、最後は米国の砂漠で息絶えるのであるが、今回の演出では、冒頭のアミアンの広場のシーンから、途中の屋敷のシーンや牢獄から船に乗るシーンでも、一貫して砂漠はそこに存在している。そして、第 1幕において、舞台上手側には何やら平らな岩のようなものの上に、青っぽいドレスのようなものが皺になってこびりついているように見える。その点はちょっと分かりにくいが、これが第 1幕の情景。
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それを見たときに私が直感したことには、きっとその岩にこびりついたものは、最後に息絶えるマノンのドレスなのではないか。案の定、クライマックスではマノンは平らな岩のようなものの上で息絶える。青いドレスを着たまま。つまりこれは、マノンのいうひとりの女性の苦難の生涯は、かたちを変えて、時の移り変わりの中で繰り返されているという意味ではないだろうか。よく注意しないと見落としそうな細部であるが、音楽を助けるドラマ性が感じられる。
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その他の場面もそれぞれによく考えられていて、本当に音楽を邪魔することがない。キアラ・ムーティ。親の七光りでない才能を発揮していると思う。そしてまた、肝心の音楽も、素晴らしい充実感で鳴り響いていて圧巻であった。主役のクリスティーネ・オポライスはラトヴィア出身。現代最高のプッチーニ歌いと称賛する向きもあり、このマノン・レスコーも、MET でロベルト・アラーニャと、英国ロイヤル・オペラではヨナス・カウフマンと共演している。容姿も舞台映えするもので、素晴らしい歌手だと思う。ただ、基本的には強い声に最良の美点があると思うので、(「トスカ」や「蝶々夫人」もそうだが)、後半が圧倒的な出来であったのに比して、無邪気さも求められる前半は、さらによくなる可能性を秘めているのではないか。尚このオポライス、やはりラトヴィア出身の名指揮者、アンドリス・ネルソンスと最近まで結婚していたという。このコンビでは、同じくプッチーニの「修道女アンジェリカ」の録音があり、さらに彼女は、ラトル指揮ベルリン・フィルと「トスカ」を録音している。
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対する騎士デ・リュー役は、テノールとして実績充分のグレゴリー・クンデ。既に 64歳。40年のキャリアを持ちながら、その声は繊細かつ伸びやかなもの。これまた見事な歌唱であった。
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また、2016年のウィーン国立歌劇場の来日公演における「フィガロの結婚」(それこそ指揮はムーティだった) でタイトルロールを歌ったアレッサンドロ・ルオンゴがマノンの兄レスコーを歌っており、これまた達者な歌唱であった。
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それから是非特筆しておきたいのは、オーケストラの雄弁さである。前回来日時の「ナブッコ」が嘘のように、ここでは伸びやかで、かつあでやかな音が、オペラの進行に強い陰影を与えた。それは、この作品自体が要求する音の密度を持っており、失礼ながら、このオペラハウスのオケのレヴェルを見直すようなものであったと思う。第 3幕の終結部分の強烈な迫力も、第 4幕における死に向かってのあがきと諦念も、実に見事なものであった。今回の指揮は、ドナート・レンツェッティ。私も初めて聴く名前であるが、その指揮には、本物のイタリア音楽が詰まっていて、素晴らしい説得力がある。生年に関する資料が見当たらないが、60代であろうか。相当な経験の持ち主であることは明白だ。1980年、グィド・カンテルリ・コンクールの優勝者であるらしいが、言うまでもなくこのコンクールは、その 13年前にリッカルド・ムーティが優勝している。そんなご縁もあってなのか、御大ムーティの評価も高い指揮者なのだという。調べてみると、数々のイタリアオペラの録音・録画を世に問うているし、来年 6月の新国立劇場での「蝶々夫人」の指揮を取ることになっている。これまで知らなかった無知を恥じて、また彼の指揮を聴いてみたい。
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このように、大変充実した舞台であり、本当にこれを見ることができてよかったと思う。では最後に、ムーティが自伝の中に書いている言葉を引用しよう。

QUOTE
娘のキアラが劇場での仕事に就くと決めた時、私は彼女に宛てた手紙にこう書いた。「もしも女優になれなかったら、君の人生は孤独と絶望に占領されるだろう。もしも女優になれたとしたら、君の人生は孤独と仕事に占領されるだろう」
UNQUOTE

偉大なる父を持った娘は、今回の終演後にも舞台に姿を見せていたが、そこで浴びる喝采の裏には、当然多忙な日々や、芸術家としての孤独もあるだろう。だがそれゆえに、聴衆からの喝采は、何よりも生きる力になるのだと思う。キアラ・ムーティの今後の活躍に期待しよう。そして、オペラという舞台芸術は、必ずしも特権的な名前がなくとも素晴らしい内容で成り立ちうるし、それこそがオペラの神髄であることを、ムーティの去ったローマ歌劇場が教えてくれるような気がする。

by yokohama7474 | 2018-09-17 00:32 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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