川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

ユベール・スダーン指揮 東京交響楽団 (ヴァイオリン : 堀米ゆず子) 2018年 9月22日 サントリーホール

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指揮者とオーケストラの関係はなかなか一筋縄ではいかないもので、かなり相性のよいと思われた組み合わせが長続きしなかったり、全く違う持ち味が意外としっくり行ったりということもある。また、あるオケの首席指揮者や音楽監督というポジションにいた指揮者が、退任後にそのオケの指揮台に頻繁に戻ってくるケースと、ほとんど戻って来ないケースがある。いずれにせよ、指揮者とオケの相性自体が、その時々でも変わりうるものであるだけに、音楽ファンとしては、様々な顔合わせで様々な曲を楽しみたいと思うものである。そこへ行くと、東京交響楽団 (通称「東響」) の前音楽監督である 72歳のオランダ人指揮者、ユベール・スダーンの場合は、2014年に音楽監督を退任後も桂冠指揮者としてこの楽団を時々指揮していて、その信頼関係には揺るぎないものがある。私の独断では彼はオーケストラ・ビルダーとして一流の手腕を持っていて、現在ジョナサン・ノットのもとで充実した活動に取り組んでいるこのオケの水準は、このスダーンの貢献も大いにあるものと思っている。そしてスダーンの場合、ブルックナーも振るし、フランス物も得意にしているが、やはりなんと言ってもウィーン古典派を聴いてみたい。私にとっては、彼はその分野を指揮する場合にその最良の部分が発揮される指揮者であるからだ。そして今回のプログラムはまさにそのウィーン古典派のみから成るもの。
 ハイドン : 交響曲第 100番ト長調「軍隊」
 モーツァルト : ヴァイオリン協奏曲第 4番ニ長調K.218 (ヴァオリン : 堀米ゆず子)
 ベートーヴェン : 交響曲第 6番ヘ長調作品68「田園」

うーん、実に見事にスダーンのよさが期待できる曲目ではないか。
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この人はもともと指揮棒を使わず、しっかりと譜面を見ながら指揮する人。加えて今回は、指揮台すらない。近代オーケストラの粋を聴かせるというのではなく、これらの曲が作曲された当時の古雅な響きを目指しているのだろうか。彼はモーツァルトの生地ザルツブルクのモーツァルテウム管弦楽団の音楽監督を長く務めた人であり、その功績によってザルツブルク名誉市民になっているような人なのである。ただ、彼の演奏はいわゆる古楽とかピリオド楽器とか言われるスタイルとは無縁で、ヴァイオリンは左右対抗配置を取らないし、ヴィブラートも結構かかっている。要するに、演奏スタイルがどうのこうのということではなく、ただ曲の魅力を最大限に発揮することだけが、彼にとっての興味の対象であると思う。

そしてその期待は裏切られなかった。ヨーロッパを遠く離れたこの日本で、このように充実したウィーン古典派の音が鳴っていることは、考えてみれば不思議なほどである。なんと言えばよいのか、ハイドンの最初から、弦も菅も、呼吸しながらともに音を作り出している感覚。このような高度な音楽は、ただ客席で聴いているだけでも、幸福感に満たされるのである。フルートとオーボエのかけあいから、軍隊調のトランペット、そして千変万化の表情を作り出す弦楽器の洒脱さまで、これは本当に楽しい演奏であった。このブログでは何度もご紹介しているが、今回のハイドンの演奏の後、スダーンが真っ先に立たせたのは、オーボエ首席の荒木奏美。今年未だ 25歳の若手だが、東京藝術大学を 2015年に首席で卒業した後、藝大の大学院に所属しながらもこのオケで首席を務めている。ということは、スダーンがこのオケの音楽監督を辞してから入団しているわけであるが、そのスダーンが、真っ先に立たせるだけの評価をしているということだろう。
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そして 2曲目はモーツァルトの 4番のヴァイオリン協奏曲。ソロを弾くのは、私としても久しぶりに聴くことになるのだが、日本を代表するヴァイオリニストである堀米ゆず子。今年 60歳になったが、1980年のエリーザベト王妃国際コンクールの覇者としての記憶も新しい・・・というのは言い過ぎか (笑)。このコンクールが開かれるベルギーに、今でも在住しているようだ。最近の写真はあまり多く見当たらないが、これは昨年、ピアニストのジャンマルク・ルイサダとともにブリュッセルで行った、東日本大震災の復興支援コンサート。
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このように髪に霜を置くようになった堀米であるが、久しぶりに聴くその音色は落ち着いていてしかも雄弁。例えばマールボロ音楽祭でルドルフ・ゼルキンと共演を重ねるといった、日本人奏者にはなかなかないような奥深い経験が、その音に現れていると思う。今回のモーツァルトは、あえて言えば室内楽的な親密さを感じさせるもので、何とも心に残るものであった。この日のコンサートは結構曲目の合計が長めであったせいか、今回はアンコールもなく、そのあたりも大人の呼吸が感じられた。数年前にフランクフルト空港で、関税の対象としてヴァイオリンが差し押さえられた事件は、これは冗談ではなく記憶に新しいが、その事件は無事に解決しているようだ。文化国家であるはずのドイツたるものが、一体何という恥知らずなことをしてしまったものか。

と、少しばかり息巻いてしまったが (笑)、この日のメイン、ドイツ人たるベートーヴェンの「田園」の演奏を思い出して、心を鎮めよう。この「田園」は、聴きようによってはかなり地味な演奏だったとも言えるかもしれないが、その瞬間瞬間に鳴っている音の、実に感動的であったこと!! これぞ西洋音楽の、そしてウィーン古典派の、神髄ではなかったか。最初から最後まで一貫した音色設計がなされていて、第 2楽章の小川沿いのたゆたいも、第 4楽章の嵐も、そして第 5楽章の神への感謝も、すべて、人間の感情が情景に託されたものであった。これだけ見事な古典音楽を、ヨーロッパから遠く離れたこの東京の地で聴くことが出来るのは、なんと素晴らしいことだろう。きっとこれを聴けば、ベートーヴェンも満足するであろうが、ちょっと待て。この頃のベートーヴェンは既に耳がほとんど聴こえなかったはず。孤立した世界にいた彼の内なる世界は、我々の想像を超えたものであったのだと思う。
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そもそも「田園」の終楽章は、かなり演奏が難しいのであるが、今回の演奏は実に素晴らしいもので、晴れ渡った青空に召されて行く魂が目に見えるようであった。こんな演奏をする東響も素晴らしいが、このスダーンが導く音の充実感に、けだし脱帽である。次回スダーンがこの東響の指揮台に帰ってくるのは、来年 6月。チャイコフスキーのマンフレッド交響曲がメインとなっていて、これもまた聴き逃すことができないものである。東京のオケは今後多様化して行くと思われるが、東響が培ってきた響きには、これまで共演した指揮者たちの美点が残っている。このスダーンも、これから一層円熟の境地に入って行くであろうし、まだまだ東響の指揮台に登場してくれるだろうから、それを楽しみにしたいものである。

by yokohama7474 | 2018-09-23 22:35 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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