川沿いのラプソディ


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サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団 2018年 9月25日 サントリーホール

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英国の名指揮者サー・サイモン・ラトルと、彼が昨年から音楽監督を務めるロンドン交響楽団の、東京での 2日目のコンサート。今回もまた、大変に意欲的なプログラムである。
 ヘレン・グライム : 織り成された空間 (日本初演)
 マーラー : 交響曲第 9番ニ長調

マーラーが完成した最後の交響曲である 9番はもちろん、西洋音楽史においても屈指の厳粛な内容を持つ曲であり、マーラーファンの多い東京では、当然ラトルの指揮するこの曲に興味が集まるはず。と思って会場に足を運んでみると、前日同様、ほぼ満席とは言いながら、そこここに空席も目に付く状況で、当日券も販売されていた。もちろんチケットの値段は安くはないのだが、これがベルリン・フィルなら文句なしに完売だったろうと思うと、この状況に少し複雑な思いがないではない。だが、音楽ファンとしては、サイモン・ラトルの演奏会は、やはりできる限り聴いてみたいもの。今回も万難を排して行ってみて、様々なことを感じることができる、有意義な演奏会であった。

まず最初の日本初演作品の作曲者ヘレン・グライムは、1981年生まれのスコットランドの新鋭作曲家。
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彼女の経歴については日本語の資料はなかなか見当たらないものの、英語なら Wiki もある。もともとオーボエを学んだ人であるが、経歴は主として英国を中心としたもので、それほど派手な内容は見当たらない。実は今回のロンドン響のプログラムには、ほかの曲目はざっと通り一遍の解説しかないにも関わらず、このグライムの「織り成された空間 (Woven Space)」という作品に関してだけは、楽団提供の資料によって、実に細かい解説が載っていて興味深い。それによると、彼女はもともとロンドン響の委嘱で「尾流雲 (Virga)」という作品を 10年ほど前に発表したことがあり、今回はより規模の大きな新作を作曲した。これは今年の 4月にサイモン・ラトルとロンドン響によって世界初演されたばかりの曲なのである。YouTube にはラトルがこの作曲家について語っている映像があり、それによると、自分が知らない英国の若い作曲家でよい人がいないかと探していて、彼女の作品に出会って即時に魅了されたとのこと。実は今回演奏された曲は 3楽章から成るが、冒頭楽章は昨年 9月のロンドン響のシーズン開始のコンサート (ということは、ラトルの音楽監督としての最初のコンサートだろう) で演奏されたファンファーレであるという。これは、グライムが忙しかったがゆえに、まずは最初のファンファーレだけ書いてもらい、全曲は完成してから演奏することとしたという経緯らしい。これはかなりの驚きではないか。世界最高の指揮者が母国で新たなシーズンを始めるにあたり、未だ実績も多くない 30代の若手作曲家の作品を初演するとは!! 実のところ、上にも触れた 10年ほど前の「尾流雲 (Virga)」という作品、2009年のプロムスで演奏されたとのことなので、手元でその年のプロムスのプログラムを探してみたところ、あったあった。先般惜しくも亡くなったオリヴァー・ナッセン指揮の BBC 響による2009年 8月 7日の演奏だが、私自身は残念ながらこのコンサートは聴いていない。
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演奏前に舞台を見てすぐに気づいたのは、前日には確か取っていなかったはずの、ヴァイオリンの左右対抗配置を取っていたことである。この配置は通常、古典的なレパートリーを演奏するために採用されることが多いところ、この日のように、現代曲とマーラーなのにそれは妙だなと思ってものだが、音楽が始まってすぐに納得した。あたかも音のつづれ織りのようなこの曲においては、冒頭間もないところから、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンが饗応するのである。以前も確かラトルとベルリン・フィルの記事で、様々な写真で見る限り、このコンビは曲に応じてヴァイオリンの対抗配置を取ったり取らなかったりしていると書いた記憶があるが、それがラトルのやり方なのであろう。音響的に見てその方が効果的だと思えば、そのようにするということだと思う。この「織り成された空間」は 20分ほどの曲であり、決して保守的という言葉は似合わないが、誰でも聞き取ることのできる美しさを備えた音楽だったと思う。題名の通り、空間の擬態としての音が織り成されて行く印象だ。解説によると、その作品の霊感の源泉は、ローラ・エレン・ベーコンという彫刻家のインスタレーションであるという。柳の小枝を編んで作品を制作し、時には既存の建物にそれを組み込んだインスタレーションを作るアーティスト。こんな感じの作品であり、人である。なるほど。
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さて、そしてこの日のメイン、マーラーの 9番である。ラトルはもちろんマーラーを得意にしていて、これまでにも積極的に採り上げてきているが、それにしてもこの 9番という天下の難曲を、未だ音楽監督として日の浅いロンドン響と演奏するということは、相当に度胸の必要なことではないだろうか。実は彼は既にベルリン・フィルとの 2011年の来日公演で、この曲を演奏している。だが正直なところ私はその演奏について、あまり記憶がない。そのときに別のコンサートで演奏された細川俊夫のホルン協奏曲とかブルックナー 9番は、それなりに記憶があるのだが・・・。その年は 3月に大震災があって、様々な演奏家の来日公演の中止も相次ぎ、そんな環境における動揺が災いしたのかもしれない。ともあれ今回は、新たなコンビによる演奏であったのだが、やはり冒頭で気づいたことには、この曲には第 2ヴァイオリンの充実が欠かせない。だから、ヴァイオリンの対抗配置は実に効果的なのである。ラトルの思惑通り常にその音像はクリアで、第 2ヴァイオリンは、第 2楽章レントラー (昔ブルーノ・ワルターがリハーサルでどうしても足踏みをしてしまうほど熱を入れた旋律) でのギスギスした音も見事であり、終楽章の終結部での最後の息のようなニュアンスまで、かなり丁寧に曲想の変化を表現していたと思う。第 1楽章におけるホルンのような小さなミスはあったものの、総じて、ドラマ性を纏った一貫した音の渦がそこには聴かれたし、生と死のせめぎ合いを切実に表現した演奏であった。だが、もし若干の留保をつけるとすると、この曲の本当の深奥に迫るには、さらにさらに、情念の世界が必要ではないだろうか。このオケはそもそもが、あまり情念の表出には向いていないきらいもある。クリアな音質でプロフェッショナルな高い水準を常に達成するのであるが、もう身も世もないという断腸の音楽というイメージはあまりない。ラトルの引き出す音の多彩さに圧倒されながらも、聴いていて冷静さを失うほどの衝撃までは受けなかったのは、私だけであろうか。このあたりが音楽の難しいところで、個人の好みも当然関係してくるのだが、もしかすると、60代半ばに差し掛かるサイモン・ラトルと、BREXIT を控えた英国の代表的なオケであるロンドン響の共演は、その成熟度がさらに増したときに、さらに深化した表現を聴かせてくれるのかもしれないと思ったものである。

前日に続き、休憩を含んだ演奏時間は 2時間20分ほどになり、曲の内容が重かったこともあり、今回もアンコールはなし。だが、ひとつ私にとっての朗報があり、会場でラトルとロンドン響の CD を購入すると、終演後にサイン会に出席できるという。以前もこのブログに書いたが、私はラトルの初来日であった 1985年以来 (!!)、彼のサインをもらったことはないので、これは貴重な機会とばかり、以前から欲しいと思っていたハイドンの作品を集めたアルバム「想像上のオーケストラの旅」を購入。終演後しばらく待たされたものの、セーター姿のラトルが出て来て「スミマセン」と日本語でファンにお詫びを言ってくれ、無事サインをもらうことができた。
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今回サイン待ちをしているときに、楽屋につながるドアのあたりに、前日ソリストとして共演したクリスティアン・ツィメルマンの姿が見えたし、さらに興味深いことには、あのパーヴォ・ヤルヴィが楽屋に入って行くところも目にすることとなった。N 響との 3種類の定期公演を振る指揮者は、東京に 1ヶ月近く滞在するであろうから、この街で行われている演奏会に足を運ぶことは、その気さえあればできるはず。ヤルヴィの場合は、以前もバレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンによるブルックナー・ツィクルスに何度か来ていたことをレポートしたが、やはり東京を代表するオケを預かる身としては、東京で行われる音楽イヴェントの質を知ってもらうことには、大いに意味があると思う。ついでに N 響の指揮台にこのような指揮者を招聘でもしてもらえればいいなぁ・・・と、勝手に夢想している私でした。ラトルとロンドン響、サントリーホールでは週末にもうひとつ、これも期待のプログラムが待っているので、それを楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2018-09-26 01:17 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented at 2018-09-26 19:47 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokohama7474 at 2018-09-26 23:23
> カギコメさん
いつもありがとうございます。はい、ようやくラトルのサインをもらうことができて、嬉しいです (笑)。今後のコンサートについては、ちょっと仕事の関係もあって、未だ流動的な要素があります。頑張りたいとは思いますが・・・。
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