川沿いのラプソディ


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メモ帳

サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団 (ヴァイオリン : ジャニーヌ・ヤンセン) 2018年 9月29日 サントリーホール

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サー・サイモン・ラトルと、彼が音楽監督を務めるロンドン交響楽団の来日公演も、今回が最終日。私はサントリーホールにおける 3回のコンサートを聴いたけれども、それ以外に大阪で 1回と、NHK ホールでの NHK 音楽祭の一環としてのコンサートが 1回、そして横浜で 1回と、一週間で合計 6回のコンサートが開かれた。ファンの関心も高いようで、このささやかなブログでも、最初のコンサートの記事は昨日までの 4日間で累計アクセス 549、2回目のコンサートの記事は 3日間で333 (お、語呂がよいですな。笑)。これはなかなかの数である。ベルリン・フィルの芸術監督を 16年務めたサイモン・ラトルと、その新たなパートナーであるロンドン響のコンビでの初来日には、それだけ注目が集まっているということだろう。だがその一方で、今回の 3回の公演のチケットはいずれも完売ではなく、当日券も販売していたし、招待かと思われる中高生の姿も見られた。その点をどう評価すべきだろう。ベルリン・フィルとロンドン響の一般的な知名度に差があるという点は否めないだろうが、加えて、今回は曲目がかなり凝っていることも、理由のひとつではないだろうか。これまでの 2回は既にご紹介した通りだが、最終日の今日はこんな曲目だ。
 ラヴェル : バレエ音楽「マ・メール・ロワ」全曲
 シマノフスキ : ヴァイオリン協奏曲第 1番作品35 (ヴァイオリン : ジャニーヌ・ヤンセン)
 シベリウス : 交響曲第 5番変ホ長調作品 82
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この曲目を見て、渋いというのは当たっていないと思う。だが、この配列から感じる気配は、何やらただならぬ音楽の深淵ではないだろうか。決してマニアックというわけではないが、内容がぎっしり詰まった音楽ばかりと言えるように思う。ここで真ん中のシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第 1番に注目してみたい。オランダの名花ヤンセンが東京で演奏するのに、チャイコフスキーとかシベリウスではない、このシマノフスキのコンチェルトが選ばれたということは、なかなかに興味深い。あれ、そういえば「チャイコフスキーとかシベリウスではない」というフレーズをつい最近使ったような気がする。あ、そうだ。昨日のシルヴァン・カンブルラン指揮読売日本響の演奏会で、諏訪内晶子が弾いたのがまさにこの曲で、そのことを書くときに同じフレーズを使ったのであった (笑)。いや、誤解を避けるために言っておくと、私とても、チャイコフスキーやシベリウスのヴァイオリン協奏曲は大好きである。だが、本拠地での定期公演はともかく、どのオケも海外遠征ともなると、万人受けする曲目を選びがちであるところ、あえてシマノフスキという点に、ラトルの意気込みが感じられるし、また、このような、内容が充実している割にはそれほど知名度の高くないコンチェルトが、同じホールで 2日連続で演奏される東京という都市の文化度を、我々は誇ってもよいと思うのである。

そんなわけで、まず最初の「マ・メール・ロワ」であるが、これは予想通りの繊細かつクリアな名演となった。今回ラトルはヴァイオリンの左右対抗配置は取らず、指揮者のすぐ右手はチェロであり、一方で、今回も (協奏曲以外) 暗譜での指揮である。私は前回の記事で、このオケの音には情念がもともとあまりないと書いた。もちろん人によって感じ方は様々であるから音楽は面白いのであって、異論のある方もおられるかもしれない。だが私はやはり、かつてロンドンで散々聴いたゲルギエフとのコンビでも、コリン・デイヴィスとのコンビでも、あるいはその前に東京で驚愕すべきマーラー 6番を披露したマイケル・ティルソン・トーマスとのコンビでも、このオケの特色はクリアな音色と柔軟性であると思っていて、そこには情念の要素はあまりないと思う。そう思うとこの「マ・メール・ロワ」の演奏の素晴らしさには、このオケがもともと持っている持ち味が活きていたと考えたいのである。この「マザーグース」の童話の世界を、だが子供には絶対に分からない繊細さで音にしたラヴェルの天才を改めて感じることとなった。
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そう言えば、昨日のカンブルランと読響の演奏では、締めくくりがラヴェルの作品で、その前にシマノフスキのコンチェルトであったが、今日の場合は、最初がラヴェルの作品で、それがシマノフスキに続くということとなった。ラトルのシマノフスキというと、バーミンガム時代に既に歌劇「ロジェ王」と交響曲第 4番を録音していて、それらは素晴らしい内容だが、ここで彼の美麗でありながら劇的でもあるヴァイオリン協奏曲第 1番を指揮するのを聴けるのは嬉しい。シマノフスキはポーランド人で、ラヴェルより 7歳下の 1882年生まれだが、この 2人は偶然にも同じ 1937年に死去している。なかなかダンディであった点も共通している。
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ソロを弾いたジャニーヌ・ヤンセンは、日本でもよく知られたオランダの名ヴァイオリニストで、今年 40歳。オランダ人女性らしく大変に大柄な人だが、その気さくな容姿そのままに、素直な音楽性に好感度の高い音楽家である。
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彼女は同じ曲を昨日弾いた諏訪内よりも少し年下ということになるが、近い世代のヴァオリニストであると言えるだろう。諏訪内がチャイコフスキーコンクールの優勝で一躍脚光を浴びたのに対し、ヤンセンの場合は、その経歴を見てもコンクール優勝という記載は見当たらない。現在世界のトップで活躍しているヴァイオリニストには何人かそのようなパターンもあるものの、どんなに優れた才能でも、世に知られるきっかけは必要なもの。その点、彼女には何か特別な、人を幸せにするような才能があるのだろうか。今回のシマノフスキは、一部譜面を見ながらの演奏であったが、前日の諏訪内の演奏が、先鋭的な音響を志向する華やかなものであったとすると、ヤンセンの演奏はさらに情熱に依拠する要素が強いものであったように思う。その音楽への没入は凄まじく、繰り出される音のうねり方は聴衆を圧倒した。そして何度かのカーテンコールを経て、彼女がラトルとともにステージ奥に行ったと思うと、そこにあったピアノの横に陣取り、ラトルが大きな声で「ラヴェル!!」と宣言して始まったアンコールは、そのラヴェルの「ツィガーヌ形式の小品」。バスク人の血を引くラヴェルならではのスペイン情緒溢れる曲であるが、そのスペインから遠く離れたオランダ生まれのヤンセンが、なんとも粋で小股の切れ上がったヴァイオリン演奏を披露したのは驚かないのだが、シマノフスキのコンチェルトの編成に含まれていたピアノは、そのコンチェルトではロンドン響の奏者が弾いていたはずだが、アンコールの演奏終了時にヤンセンとラトルが抱き合っているのを見て、おっとあのピアノはラトルであったかと気づいた次第 (私の席からはステージ奥が全く見えなかった)。このあたりにもラトルの機知が見えるではないか。

そして最後のシベリウス 5番。英国ではこの作曲家が好まれていて、歴代の英国の名指揮者は、この作曲家の作品を得意にしている。ラトルも例外ではなく、1981年からフィルハーモニア管とバーミンガム市響と組んで録音した彼にとって最初のシベリウスの交響曲全集でも、この 5番は確か最初の録音であったはず。
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この演奏ではたまたま、冒頭部分を含むいくつかの箇所で、ホルンが僅かなミスをしていたが、やはりラトルが導くロンドン響は、音がクリアで流麗だ。シベリウスについては先にクレルヴォ交響曲 (パーヴォ・ヤルヴィと N 響の演奏) の記事であれこれの思いを書いておいたが、今回のこの 5番の凝縮度と清澄さには、本当に特筆すべきものがあったと思う。いや、この曲のそんな持ち味は既に承知であるつもりであったが、それにしても、なるほどこれが、ラトルと新たな手兵が紡ぎ出したい音楽なのであろうか。途中ラトルはコントラバスに細かい注意をしたり、あるいはオケ全体を見渡したりして、音の流れをよくしようとしているように見受けられたが、オケは指揮者の意向をよく汲み取って、この作曲家らしい抽象性もよく表現していたと思う。そう考えると、これはなんとも幸せなコンビではないだろうか。英米をはじめ、自国の利益に回帰する先進国において、英国の巨匠ラトルと英国を代表するオケであるロンドン響が今後いかなる方向性を目指すのかについて、考えるヒントを与えられる、素晴らしい演奏であった。

この曲の後のアンコールというと、同じシベリウスの「悲しきワルツ」あたりが定番であると思うが、「ミナサマ、ドウモアリガトウゴザイマス」と日本語で挨拶したラトルは次に、「ドヴォルジャーク、スラヴィック・ダンス」とアナウンスし、慌てて入ってきた 3人の打楽器奏者とともに演奏したのは、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第 2集作品 72の第 7番。そう、このコンビの演奏会の東京での初日に 8曲すべて演奏した曲集からの有名なナンバーである。これはやはり、楽しいだけでなく、ただならぬ音の炸裂が聴かれる音楽。広がりと推進力を両立させた演奏で、さすがのクオリティであった。その後ラトルは、このツアーで引退する第 1ヴァイオリン奏者に花束を渡し、なんとも親密な雰囲気のうちに、彼らの日本ツアーは幕を閉じたのであった。これは本拠地での写真。
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実は前回のコンサートの幕間で、ある方の紹介により、ロンドン響の Managing Director であるキャスリン・マクドウェルさんと少しお話する機会に恵まれた。彼女によると、Sir Simon はここ (= ロンドン交響楽団) で Happy であるとのこと。なるほど、それは今日の演奏会を聴いていてもよく感じることができたことである。今回の 3回のコンサートの内容を振り返ってみると、作曲家の生地は、チェコ (マーラーも生まれは現在のチェコである)、ポーランド、米国、英国、フィンランド、そしてフランスという具合で、ドイツ系は (そのマーラーを除けば) 慎重に避けられているように思う。ラトルが長年コンビを組んだベルリン・フィルは、もちろん世界を代表するスーパー・オーケストラであり、その存在はグローバルであるが、やはりドイツの楽団であるのも確かなこと。英国人ラトルがベルリン・フィルとのコミュニケーションで使っていた言語は、メディアを見る限りにおいては、ほとんど英語である。カラヤン以前はもちろん独墺系の芸術監督しかいないし、彼の前任者であったイタリア人のクラウディオ・アバド (奇しくもロンドン響の音楽監督としてもラトルの先輩だ) もウィーンに学んだ人だから、当然ドイツ語は流暢であったはず。そう考えてみれば、歴代のベルリン・フィルの芸術監督でドイツ語をメインの言語としなかったのはラトルだけではないだろうか。カッチリしたドイツ気質を持っているベルリン・フィルとしては、そのようなラトルと一旦袂を分かつことは、やむないことなのかもしれない。もちろん、言語の問題は本質ではないかもしれないが、少なくともひとつのきっかけにはなっているのかもしれない。そう言えば、映像で見るバーンスタインとウィーン・フィルのリハーサルで、バーンスタインはなんとドイツ語を喋っている。ラトルの気配りはそれとは異なるところにあったのだろうか。

もともとラトルはロンドンのオケではフィルハーモニア管との関係が近く、実際問題としてロンドン響との過去の共演経験には未だ充分ではないであろうから、この顔合わせが独自の世界に達するには時間がかかるのではないかと、若干危惧していたのだが、なんのことはない、音楽監督就任 1周年にしてこれだけ見事な演奏を聴かせてくれれば満足だ。これから先は、より深い関係性の中で、また、新たなレパートリーを取り入れて、充実の演奏活動を繰り広げて欲しいものである。21世紀のクラシック音楽のスタンダードを創り上げてくれることを期待して、この 3回の演奏会の総括にしたいと思う。

by yokohama7474 | 2018-09-29 22:35 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by ジョン三太郎 at 2018-10-03 20:48 x
はじめまして。
ラトル・LSOで検索していたら、こちらにたどり着きました。

東北の田舎町で音楽を聴くジョン三太郎と申します。
地方に住み家庭を持っているので、交通費や日程によっては宿泊をしながら行かないといけないです。本当に行きたいコンサートだけを、日程&財布と相談しながら行くことにしています。

この日、私もラトル・LSOのコンサートを聴くために上京しておりました。

奏法や楽器などは詳しくはありませんし、専門的な感じでお話できませんが、シベリウスの5番の冒頭は音に少し違和感を感じておりました。やはりわずかではありますがミスだったのですね。

ラトルの来日メッセージでLSOは若いという表現をしたことも気になりながら聴いておりました。
ラトルとロンドン交響楽団は、素晴らしい演奏会であったことは間違いないのですが、ラトルのLSOの本格的な活動しますという日本のファンへのお披露目のような感じもしました。
聴き終えたとき、これからラトルとLSOが親密になってどのようにして発展していくのが、今後が楽しみだなって感じました。次の来日でも聴きに行きたいと思いながら、サントリーホールを後にしておりました。

余談でありますが、昨年のラトル/BPOの来日最終公演も聴いておりました。お邪魔させていただくことがあるかもしれませんが、そのときはよろしくお願い致します。
Commented by yokohama7474 at 2018-10-03 23:05
> ジョン三太郎さん
コメント、誠にありがとうございます。クラシックコンサートのほとんどは東京での開催なので、地方からわざわざおいでになるのは大変ですよね。ただそれだけに、一回一回のコンサートが貴重だと思います。ご指摘の通り、ラトルと LSO の今後がどのようになって行くか、大変楽しだと思います。このブログは、音楽だけではなく、美術や映画などの文化分野全般、あるいは歴史的な場所の旅行記など、気ままに綴っておりますので、またお気軽にお立ち寄り下さい。
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