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マウリツィオ・ポリーニ ピアノ・リサイタル 2018年10月 7日 サントリーホール

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10月にして真夏日となり、蒸し暑かったこの日の東京は、三連休の中日の日曜日。私も、青空に促されるように、最近サボり気味であった美術館巡りを決行、3ヶ所で 4つの展覧会を見て、眼福という意味ではもう満ち足りた日になったのだが、最後に耳のイヴェントが残っていた。19時からサントリーホールで開かれる、現代最高のピアニスト、マウリツィオ・ポリーニのリサイタルだ。今回東京で開かれる 3回のうち最初のもの。ポリーニについては、音楽ファンにとっては今さら何の説明も不要だが、1942年ミラノ生まれのピアニスト。長らく世界のトップを走り続け、現在 76歳である。
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このブログでは、2016年 4月10日の記事で、彼の前回の来日公演をレポートした。今自分でもそれを読み返し、これから今回の演奏について語ろうとして、何か私の心の中に沸きあがってくるものがある。それを言葉で表現する必要があるのだが、さて、どうしよう。うまく言い当てられるか否かは自信がないのだが、一言で言ってしまえば、ピアニストという孤独な芸術家として、ポリーニが積み重ねて来たものが、いかに偉大であるかということ。そして、この芸術家と同じ時代に生きることができる我々はいかに幸運であるかということだ。いきなり大上段に振りかざしてしまったが、今回サントリーホールを埋めた聴衆のほとんどが、そのような思いを抱いたのではないだろうか。2年半前の記事に書いたが、私が彼の実演を初めて聴いたのは 1986年 5月16日。NHK ホールでの青少年のためのコンサートと題されたベートーヴェンのソナタ 4曲からなる演奏会であった。私の記憶に鮮明に残っているのは、巨大な NHK ホールの 3階からでも、音の粒がピアノから放射されているような硬質で情報量の多いピアノである。当時 20歳であった私はその日の夜、帰宅してからも興奮さめやらず、その演奏を終えた偉大なピアニストが、同じ東京の夜空の下で今現在、休息を取っているのだなと思うと、その夜空に神秘的なものすら感じたものである。その 9日前にポリーニは、小澤征爾指揮新日本フィルとともに、シェーンベルクのピアノ協奏曲の日本初演を行い、私はそれも聴いていた (当時確かこの曲の唯一の録音であった、グレン・グールドとロバート・クロフトによるレコードを、名曲喫茶でリクエストしてかけてもらって予習したものだ)。あ、そうそう、その小澤とポリーニが、東京文化会館でのカルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団の演奏会に並んで姿を見せ、終演後には 2人とも聴衆に混じって熱心な拍手を送っていたのも、この前後 (確か 5月10日のベートーヴェン 4番、7番のプログラム) だった。因みに、そのシェーンベルクのコンチェルト (メインのマーラー 5番も、特に前半が凄まじい演奏だったのを覚えている) のプログラム冊子はこちら。終演後に小澤さんのサインをもらいに行ったが、ポリーニは出て来なかった。
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ポリーニはその後も数年おきに来日し、通常のリサイタル以外にも、ブーレーズ・フェスティバルやポリーニ・プロジェクトなどの意欲的な活動を日本でも展開してきた。今回のプログラム冊子には、1974年以来の彼の過去の来日公演曲目がすべて載っていて興味深いのだが、彼が演奏してきたレパートリーは、本当に彼自身が厳選したものだけであり、東京の聴衆はそのようなこのピアニストの神髄に、何度も触れてきたのであると思う。

そのようなポリーニが今回演奏したのは、以下のような曲目だ。
 シューマン : アラベスク作品18
 シューマン : アレグロ ロ短調作品8
 シューマン : ピアノ・ソナタ第 3番ヘ短調作品 14 (初版)
 ショパン : ノクターン ヘ短調作品55-1、変ホ長調作品55-2
 ショパン : ピアノ・ソナタ第 3番ロ短調作品58

つまり、前半はシューマン、後半はショパンで、前半と後半のそれぞれにおいて、小品のあとには、どちらもピアノ・ソナタ第 3番を配している。シューマンもショパンも、ポリーニがこれまで真摯に取り組んできた作曲家であるが、特にシューマンの 3番のソナタは、一般的な知名度はそれほど高くないにもかかわらず、彼は随分以前からレパートリーにしていて、私が初めてこの曲を聴いたのも、ポリーニのライヴ演奏を収録した FM 放送であった。「管弦楽のない協奏曲」という副題を持ち、その名の通り、華麗な音のつながりに満ちた曲である。一方、ショパンの 3番のソナタは、2番と並ぶ有名曲であり、こちらはコンサートのメイン曲目にふさわしい。

今回の演奏について、細部をあれこれ書きたいとは思わないので、全体を通した感想を記すとすると、老いによる技術の衰えを自らに対して決して許すことのないこのピアニストが、何かさらに一段高い境地に達したような気がするのである。つまり、私は過去 10年くらいの間において、若い日の完璧なスタイルを貫こうとするこのピアニストが、その思いとは裏腹に、ミスタッチを犯してしまうところを何度か目撃したことがあるので、今回の演奏においてミスタッチが皆無であったことに、まずは驚嘆したのである。だがその代わりと言うべきか、ポリーニの唸り声が始終聴こえてくる。その唸りは、音楽の曲想に合わせて絞り出されていて、ピアノを弾く行為と密接に関係していたと思う。ここにあるのは、常に自らの限界に挑戦する、非凡なる芸術家の姿である。つまり、普通であれば、年齢を経たピアニストの場合には、技術ではない何かがその音楽の内面に充溢することで、聴く人を感動させる。だがポリーニの場合には、技術的に完璧であり続けることで、その音楽が自然に何かを語り出す、そんな印象なのである。華麗な音が連なる箇所でも、静かな歌が流れる箇所でも、そこには感傷がないがゆえに、聴いているうちに不思議な美的世界が聴衆の前に広がってくる。それは、ただ無機質な音の世界かと言えば、そうではない。そこには、唸り声を出しながら懸命に音楽を進めている、マウリツィオ・ポリーニという一人の人間がいるからだ。孤独を抱える人間の手になるものであって、しかも人間世界を超えた響き。こんなピアノを聴けることは、そうそうないと思う。今回ポリーニはアンコールを 2曲弾いたが、ひとつはスケルツォ第 3番嬰ハ短調作品39。そして、会場の照明が明るくなって、聴衆がそろそろ席を立ち始めたときに思いがけなく始まった 2曲目は、子守歌変ニ長調作品57。いずれも見事であったが、特に後者は、私にとってなじみのない曲であったものの、何かこの世のものではないような清澄さに、深く心を打たれたのである。この子守歌は同じ主題が繰り返されるが、調べてみると、最初は変奏曲と題されていたとのこと。独特の情緒ある曲で、ポリーニは 1990年にスケルツォ全集に、舟歌とともにこの曲も録音している。
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以前の記事にも書いたが、ポリーニは、最近の 70代にしては老けて見える。歩く姿もトボトボしていて、猫背である。だが一旦ピアノの前に座るや否や、そこには音楽への情熱に満ちた人間が立ち現れる。その姿には、壮絶な孤独がある。1960年にショパンコンクールで優勝して以来 (最初の頃に休業期間があったものの) 既に 60年近いキャリアを持つ彼であるが、その間に克服してきた孤独は、いかなるものだろうか。
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今回は 2人の女性の聴衆がステージに花束を届けようとしたが、ポリーニはそれに目をやりながらも、受け取りに行くことはしなかった。ファンへのサービス精神を欠く人ではないから、決して無視したわけではなく、恐らくは、袖とステージの間の直線での往復からそれて歩くのが嫌だったのか、あるいは、年齢的なこともあって、腰をかがめてステージ下から花束を受け取ることに不安を感じたのかもしれない。女性ファンたちはその様子を見て、ステージの端に遠慮がちに花束を置いて、この稀代のピアニストへの尊敬を表することとなった。心温まる光景であった。そうして今、深夜に記事を書いている私は、32年前に初めてポリーニを聴いたときと同じく、あの素晴らしい音の粒を立ち昇らせたピアニストが、今同じ東京の空の下で休んでいるのだと思うと、心が高揚する。彼が克服して来た孤独が、人々の心を動かす大きな力になっていることを、改めて感じながら。

by yokohama7474 | 2018-10-08 01:42 | 音楽 (Live)