川沿いのラプソディ


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メモ帳

マウリツィオ・ポリーニ ピアノ・リサイタル 2018年10月18日 サントリーホール

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11日前、10/7 (日) のリサイタルの様子を先にレポートした、現代最高のピアニストのひとりであるマウリツィオ・ポリーニの東京での 2度目のリサイタル。実は、上のチラシにある通り、これは本来 3度目のリサイタルであったはずだが、ポリーニが腕の痛みを訴えたとのことで、10/11 (木) に予定されていたリサイタルが 10/21 (日) に延期されてしまった。それに伴い、曲目も変更になって、2度目と 3度目のリサイタルは同じ内容となった。だが実は今回会場に到着して、曲目がさらに変更になったことを知った。もともと発表されていたのは以下のようなプログラム。
 シェーンベルク : 3つのピアノ曲作品11
 シェーンベルク : 6つのピアノ小品作品19
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 8番ハ短調作品13「悲愴」
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」

なるほどこれは本来のポリーニの持ち味がよく出るプログラムであった。先鋭的なシェーンベルクと、ベートーヴェンのソナタでも人気曲である「悲愴」と、そして多大なエネルギーを必要とする「ハンマークラヴィーア」である。だが、腕の痛みがあるというポリーニには、このプログラムはつらかったのだろう。変更されたプログラムは以下の通り。
 ショパン : ノクターンヘ短調作品55-1、変ホ長調作品55-2
 ショパン : ピアノ・ソナタ第 3番ロ短調作品58
 ドビュッシー : 前奏曲集第 1巻

こうなると、前半のショパンは、先の 10/7 のリサイタルの後半と同じ。後半のドビュッシーは、本来 10/11 に弾くはずであった曲目で、確かにピアニストの負担は減るだろう。この時点でポリーニは日本の聴衆に対し、「これが日本で 3回のリサイタルを演奏するという約束を果たせる唯一の方法であることをご了承いただきますよう、お願い致します。数十年に亘り愛情と尊敬の念をもって続いてきた日本の聴衆の皆様との関係は、私の宝です」というメッセージを出した。

だが最終的にはさらに変更がなされて、以下のような内容になった。
 ショパン : ノクターン嬰ハ短調作品27-1、変ニ長調作品27-2
 ショパン : マズルカロ長調作品56-1、ハ長調作品56-2、ハ短調作品56-3
 ショパン : ノクターンヘ短調作品55-1、変ホ長調作品55-2
 ショパン : 子守歌作品57
 ドビュッシー : 前奏曲集第 1巻

なるほどこれは、ピアニストが渾身の力で鍵盤を叩く場面はほとんどない曲目である。それだけ腕の回復具合が思わしくないということなのかもしれないが、上記のメッセージにもある通り、このピアニストが日本の聴衆のために最善を尽くしてくれたものであると思われる。ポリーニのショパンとドビュッシーを聴けるのである。これはやはり、是非聴きたい内容であると私は思ったものである。
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通常、曲目変更だけではコンサートチケットは払い戻しにはならないが、今回はその変更が大幅であったため、主催者は払い戻しも受け付けた。そのせいもあったのかどうか、実際に会場に行ってみると、客席にはあちらこちらに空席がある状態であった。もともとピアノ・リサイタルとしては異例の高額チケット (であるがゆえに、今回も私は最安値席での鑑賞であった) ということも一因だったかもしれない。

今回のポリーニ、特に前半のショパンは、気のせいか少し疲れが見えるような気がしないでもなかったが、その底光りのする音は随所に聴き取ることができたことで、このピアニストならではの明晰性と独特の抒情は、充分に感じることができた。ドビュッシーの前奏曲は、確か前回の来日で第 2巻を聴き、今回はよりポピュラーな曲を含む第 1巻。高度なテクニックを駆使しながら立ち現れるその乾いた抒情性には、この作曲家の最良の面が出ていると思う。前回の記事にこのピアニストが克服して来たであろう壮絶な孤独に思いを馳せたが、それは今回も同じ。真摯にピアノに向き合うその猫背を見ているだけで、そこで鳴っている音に孤高の美学を感じるのである。また、技術的破綻は皆無で、腕の疲労という心配材料は、聴く限りにおいてはほとんどなくなっているように思われた。今回のプログラム冊子に、ポリーニ自身が語る言葉が掲載されているが、ドビュッシーについて、「それまで誰も聴いたことのなかったような音とハーモニーを用いて実験を行い、それによって、外面的印象の中から内面的な情調絵画を創り出しました。(中略) "印象主義" というレッテルでは言い尽くせるものではありません。ドビュッシーをひとつの方向から見るのでは不充分だと思っています」と語っていて興味深い。そう、印象主義は Imporessionism、一方で表現主義は Expressionism。日本語にすると全く語感の異なるこの 2つの美学は、実は表裏一体のものだと私は以前から思っている。限られたステージの照明の中でピアノに向かうポリーニの姿からは、芸術の流派とかスタイルを超えた、音楽の力を感じることとなった。

今回も終演後、花束を贈呈する人たち (男女 1名ずつ) がいたが、前回と異なり今回は、ピアニストが喝采に応えて再登場し、左手をピアノに軽くかけてステージ中央前面に立ったとき、正面から花束を差し出した。これならポリーニも無理なく受け取ることができ、作戦は大成功 (笑)。そしてポリーニが弾いたアンコールは、同じドビュッシーの前奏曲集第 2巻の終曲「花火」。これも華やかな技巧による粒立ちのよい音が散りばめられた演奏であった。

残る 1回のリサイタルには私は出掛ける予定はないが、この様子であれば当日券もあるのではないか。音楽ファンであれば、是非聴いておかねばならないリサイタルだと思いますよ。

by yokohama7474 | 2018-10-19 02:51 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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