川沿いのラプソディ


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ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団 2018年10年月20日 NHK ホール

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まずはこのコンサートの終演間近の情景の描写から始めよう。そこには、未だ 20代の作曲者が、青春の懊悩を爆発させる音楽が鳴っていた。その血気盛んな音楽は、様々な紆余曲折を経て (その冗長な紆余曲折が若気の至りだとして、この作曲家の作品を積極的に採り上げた指揮者で 93歳まで生きた朝比奈隆も、この曲だけは結局生涯演奏しなかったわけだが)、ついにクライマックスに到達し、ホルン奏者 8人と、そしてトランペット奏者とトロンボーン奏者が各 1人ずつが起立した。そして鳥肌立つ圧倒的な音量の中、彼らは曲が終わるまで起立したままであった。このような若々しい音楽を若々しく指揮した人は、やはり 20代であろうか。いやいや。この人である。
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91歳の指揮者、NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の名誉指揮者である、スウェーデン出身のヘルベルト・ブロムシュテット。今回私が幸いにも聴くことができたのは、この老巨匠が指揮する N 響定期の 2つめのプログラム。内容は以下のようなものであった。
 ハイドン : 交響曲第 104番ニ長調「ロンドン」
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

なるほど面白い。これは、ブロムシュテットと N 響の前回のプログラム、すなわち、モーツァルト 38番「プラハ」とブルックナー 9番という組み合わせと非常に似ている。前半には古典派の 30分程度の曲、後半には後期ロマン派の 1時間程度の曲という点においてである。また、それぞれの初演年を比べてみると、初回プログラムの曲目は、モーツァルトが 1786または 87年 / ブルックナーが 1903年。今回のプログラムでは、ハイドンが1795年 / マーラーが 1889年。それぞれの 1曲目、それぞれの 2曲目は結構近い年代であり、その隔たりは約 100年。さらに面白いのは、モーツァルトはハイドンの弟子筋、マーラーはブルックナーの弟子筋であるにも関わらず、この 2つのプログラムにおいては、年長の作曲家の作品の方が年少の作曲家の作品よりも早く初演されている。さらに考えると、この 2つのプログラムが似て非なるものである理由は以下の通り。
① 今回のプログラムでは、交響曲の基礎を最初に作った作曲家の「最後の」交響曲と、交響曲の概念を最終的に打ち破った作曲家の「最初の」交響曲という、象徴性がある。
② 前回の 2曲はこの指揮者が繰り返し取り上げてきた曲であり、録音もあるのに対し、今回の 2曲は、私の知る限り、この指揮者による録音はない。つまり、90歳を超えてなお、これまでの経験をなぞるという安易な姿勢をこの指揮者は取らない。
③ それゆえであろうか、前回の 2曲は暗譜での指揮であったのに対し、今回はスコアを見ながらの指揮であった。
④ 2曲ともニ長調。

繰り返すが、91歳である。その年にして、ただこれまでの人生の繰り返しでなく、新たな挑戦を行っているこの指揮者は、まさに現代の奇跡以外の何物でもない。そして、鳴り始めたハイドンの「ロンドン」交響曲の冒頭の響きは、一般的な演奏ほど重々しくない。前回の表現と共通するが、強い布をさっと洗ったような新鮮かつ強靭な響き。これこそがブロムシュテットの音楽なのである。ただ、モーツァルトとハイドンもまた、似て非なるもの。前者においてはアポロ的な、喩えて言えば宙を舞うような響きが駆け巡るのに対し、後者にはさらに人間的なユーモアがある。今回聴いてみて分かったことには、ブロムシュテットの場合には、もちろんモーツァルトもハイドンも素晴らしい演奏だが、ハイドンの人間性よりもモーツァルトの天上性の方に、より適性があるかもしれない。だが、先日の記事でご紹介したブロムシュテットの自伝には何度かハイドンの名前が出て来ている。それは例えば、彼がライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のカペルマイスターの地位をクルト・マズアから引き継いだとき、オケの音があまりにも重かったので、モーツァルトとともにハイドンも頻繁に演奏することで、表現の幅を広げたという逸話でも理解できる。なるほど。
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そしてメインの「巨人」であるが、これは実に流れのよい演奏で、老人めいた動脈硬化の一切ない音楽であった。当然ながら奇をてらった箇所は全くなく、マーラーの若書きの傑作を、まさに虚心坦懐に音にして行くイメージだ。スコアを見ながらでもブロムシュテットが真摯に音楽に対峙していることがよく分かったものである。そもそも私の記憶の中にあるブロムシュテットのマーラーは、サンフランシスコ響を指揮した 2番と、N 響を指揮した 4・5・9番くらいである。この 1番「巨人」はいつから彼のレパートリーであるのだろうか。上記の自伝によると、彼は既にドレスデン時代に、マーラーの 1番と 2番を指揮していたという。それは知らなかった。自伝からブロムシュテットのマーラーに関する言葉を引用しよう。

QUOTE
(「屋根の上のバイオリン弾き」の原作「牛乳屋のテヴィエ」を書いたユダヤ人のショーレム・アレイヘムという作家の全集がマーラーへの門を開いたとして) 最初はとくべつにマーラーが好きだったわけではありません。マーラーの音楽は理解できませんでした。(中略) いまでは私は、マーラーの音楽には深い感動があり、それはまったく真実のものだと感じています。マーラーの交響曲でははなはだしく極端なものが一体になっていますが、このようにさまざまな要素を大きな交響曲へと組み込むやりかたは、感嘆に値します。そのようなことは偉大な芸術家にしかできません。
UNQUOTE

なるほど。ユダヤ文化からマーラーに入ったブロムシュテットはしかし、この作曲家をことさらにユダヤ的に表現することはない。今回の「巨人」で聴かれたのは、無類なほど流れのよい音楽であったのだ。もちろん、自然な感情に任せて、ごくわずかテンポが上がったり下がったりすることはあったとしても、これはまさしく、清潔な布のようなピシッとした音楽。これはどう聴いても老人の音楽ではない。ブロムシュテットはまさに現代の奇跡なのである。だから私は、「巨人」のクライマックスに大いに感動した。これこそ東京に住む我々が心して聴くべき音楽であろう。指揮棒を持たない両手で、重量級の音楽を引き出すその手腕は、実に傾聴すべきものなのである。
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by yokohama7474 | 2018-10-21 00:03 | 音楽 (Live) | Comments(9)
Commented by 行人 at 2018-10-21 01:31 x
「なるほど」が口癖 常套句なんですね(笑)
いつも意味がハッキリしなくても必ずというほど「なるほど」と書かれているので苦笑しています。
ある年齢以上の世代の方々は自己内面でとりあえず結論づけないと話をすすめられないとも聞きます。
「なるほど」と書いて話を先に進めるのもけっこうなのかもしれませんが、無理に結論づける必要性もないのではとも思います。
よく書かれている「なるほど」は失礼ながら読み手としては意味不明なことが多いと言わせていただきます。
Commented by yokohama7474 at 2018-10-21 02:12
> 行人さん
なるほど、興味深いご指摘です。なるほど、そういう解釈もあるわけですな。なるほどなるほど (笑)。・・・でも私は、そんなに意味不明なことを書いてしまっていますかね。真面目な話、それでは、「なるほど」と結論づけることなく文化の奥深さを表す文章を、是非見せて頂きたいと思います。今後の参考とさせて頂きたいと思いますので。
Commented by usomototsuta at 2018-10-21 18:09 x
こんにちは。この行人という方は酷い。直に会ってみたいものです。直に助太刀コメントを送る手段は有るんですかね?
 私も以前失礼なコメントをしたので大きな事は申せませんが。「なるほど」が多いとは思いませんし、あったとしてもそこがいつも「意味不明」等と思ったことはありませんよ。これがSNSの良くない所ですね。
 ブロムシュテットの「巨人」は駆け出しの私でも珍しいと思いました。最近この曲は仰るように若々しすぎて50歳近くなった者としてはやや敬遠気味ですが、仰るような老巨匠の若々しい演奏をTVで楽しみに待ちます。ブロムシュテットの定期が確か三週連続ですね🎵
Commented by yokohama7474 at 2018-10-21 21:34
> usomototsutaさん
いえいえ、助太刀なんて、そんな物騒な (笑)。様々な意見を皆さんに見て頂くためにコメント欄を設けているのであって、別に (以前頂いたコメントを含め) 失礼ということはありませんよ。人って本当に様々だなと思いますし、ネットに上げるものは全世界から見えるようになっているわけで、それが面白いではありませんか!!
Commented by 行人 at 2018-10-23 01:06 x
このusomototsutaという人は酷く殺伐な人のようですね。
人それぞれの意見があるわけですから、気に入らない意見を言う人間を抹殺するが如く「助太刀」などという旧時代の殺伐とした言葉で切り捨てようとするなど、今の時代にあってはとても正気の沙汰とは思えませんね。
私はこのブログで「なるほど」という言葉が乱発されているのを感じたので素直に疑問を呈したのです。
今の時代に50歳手前の人間が「助太刀」などという殺伐とした言葉を使うこと自体が驚きです。
それに対するyokohama7474さんの懐の深い対応にはとても感心しましたけど。
Commented by yokohama7474 at 2018-10-23 02:46
>行人さん
もうそこまでにして頂けませんか。ブログをご覧になる方も、あまり気持ちよくないでしょうから。
Commented by 行人 at 2018-10-23 07:28 x
> yokohama7474さん

わかりました。

言葉を荒げることなく懐の深い対応ができるyokohama7474さんに感嘆しました。

Commented by kato at 2018-11-12 09:06 x
昨日、NHKで演奏を聞いて調べているうちに辿りつきました。マーラー好きでもないしクラッシック好きでもないですが、いままでにないマーラーの1番だったのでCDを購入しようと調べていたのですが、どうも無いようです。たいへん残念です。

Commented by yokohama7474 at 2018-11-12 22:28
> katoさん
コメントありがとうございます。徒然なるままに雑多なブログを書いている身としては、マーラー好きでもクラシック好きでもない方にお読み頂き、またコメントまで頂けるとは、大変有難いことです (笑)。そうですね、ブロムシュテットの指揮するマーラー 1番の録音は未だないようですが、あれだけ元気なブロムシュテットのことですから、そのうち登場するかもしれません。期待して待つことと致しましょう。是非またお立ち寄り下さいませ。
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