川沿いのラプソディ


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内田光子 ピアノ・リサイタル 2018年10月29日 サントリーホール

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内田光子のピアノを聴く。これはやはり、現代音楽界のイヴェントとしては、特別なことなのである。このブログでも、2015年11月15日のリサイタルについての記事を書いたが、以来 3年ぶりのサントリーホールでの彼女のリサイタルを、聴き逃してなるものか。正直なところ、連日のオーケストラコンサートで若干の疲れはあったのであるが、まぁそれも誰に強制されたわけでもなし (笑)、ここはひとつ、オケの大音量ではなく、ピアノ 1台で紡ぎ出される音楽の深みを堪能したい。今回の内田のリサイタルは 2回で、いずれもシューベルトのソナタが 3曲ずつ演奏される。今回の曲目は以下の通り。
 ピアノ・ソナタ第 7番変ホ長調 D.568
 ピアノ・ソナタ第14番イ短調 D.784
 ピアノ・ソナタ第20番イ長調 D.959

1980年代にモーツァルトで名を上げた内田は、以来ドイツ・オーストリア系のレパートリーを中心とした活動を展開してきており、シューベルトもまた、彼女が心血を注いで取り組んでいる作曲家である。2017/18 シーズンにはそのシューベルトのソナタ 12曲を世界各地で演奏しているらしく、今回東京ではその半数の 6曲が披露されることになる。そもそもシューベルトのピアノ・ソナタは、晩年の作品以外にはそれほど一般的なレパートリーとして人口に膾炙しているとは言えず、番号でいうと一応 21番まであるが、欠番あり未完ありで、なかなかその全容は掴みにくい。私も、随分以前にアンドラーシュ・シフの連続演奏会の FM 放送をエアチェックして頑張って聴いたこともあるし、ウィルヘルム・ケンプのドイツ・グラモフォン全録音 34枚組をすべて聴き通したときにも、やはりシューベルトのソナタ全集が含まれていたはずだ。だがやはり、今回の曲目の前半、つまり 7番と14番にはあまりなじみがない。いや実は、手元にあって、これも以前確かに聴いたはずの内田によるシューベルト作品集 8枚組 (ソナタは 12曲含まれているが、今シーズン内田が世界で演奏している 12曲と同じなのだろうか) には、7番も14番も入っているのだが、恥ずかしいことに、あまり覚えがないのである。
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そのように、私にとっては、曲によるなじみにばらつきのある曲目であったのだが、それにしてもこの人のピアノには、曲にかかわらず、何度聴いても特別な味わいがある。表現する言葉を見つけるのが難しいが、例えば、音楽における技術の重要性を感じさせない演奏、とでも言おうか。つまり、ピアニストの中にはひたすら高い技術を誇示する人もいれば、とにかく華麗に弾きこなすことを身上とする人もいる。それぞれにタイプというものがあるので、私はそのようなピアニストを否定する気は毛頭ないが、しかし内田のピアノを聴くと、音楽の持つ真実の美は、このような演奏の中から立ち現れるのではないかと思われてくるのである。それをもって不要な精神論を唱える気はさらさらなく、音という物理現象に虚心坦懐に耳を傾けることこそが重要であると思う。そうすると、上に書いたことと矛盾するかもしれないが、内田の持つ超一級の技術に段々と気づかされるから不思議である。シューベルトの音楽には歌が満ちているものの、その歌はともすると大変なナイーヴさに遮られてしまい、例えば最近の内田がレパートリーとはしていないショパンなどと比べると、気の利いた作りにはなっていない。でもそのような音楽の機微を、様々に表情を変えながら聴衆に伝えることは、超一級の技術なしにはできないことではないだろうか。もちろん今回の曲目にも、14番の終楽章のように、ただ美しいだけでなくスピード感や音量が必要な音楽が含まれているのだが、美感を保ちながら進んで行く音楽には、よく聴くと素晴らしい美が常に存在している。そう、帰宅してからこの 14番の CD をもう一度聴いてみたが、この 2000年の録音よりも今回の演奏の方が、より曲想のコントラストが大きいような気がする。この見事な演奏を、シューベルト自身が聴いたら何と言うであろうか。
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さて、内田は 2011年に、シューベルトの最後のソナタ 3曲、つまりは第 19・20・21番を一晩で演奏したことがあるようだ。そう言えばそうだったが、私はその時にはそのプログラムではなく、ハーゲン・クァルテットとの共演でベートーヴェンの弦楽四重奏曲 14番とブラームスのピアノ五重奏曲という演目を選んだのであった。今回の 20番を聴いてみると、その時の 3曲を聴き逃したことが悔やまれる。晩年には音楽が巨大化して行き、同時に死への憧れを感じさせるようになったシューベルトだが、その音楽は時に、ぞっとするような深淵を覗かせる。この 20番においても、何か空元気のような装った広壮さを持つ第 1楽章から、部屋にこもってひとりで歌っているような第 2楽章に入ると、ぐっと孤独感が募るのだ。音楽はその後高揚も見せるものの、そこにある壮絶な孤独こそ、晩年のシューベルト特有のものであり、内田がピアノから紡ぎ出すこの音楽の神髄なのである。今回のプログラムに、2011年の演奏会の前に内田が「シューベルトを語る」という会で喋った内容として、この 20番のソナタの第 2楽章アンダンティーノを、「もっとも地獄に近い音楽」と表現したとある。さもありなんである。実は今回も、このコンサート前日に同様のスペシャルトークがあったようで、いかなる内容であったのか興味が募る。もともとこの人は、日本語であれ英語であれ、語ることにも重きを置いている音楽家であり、私はその姿勢を常々尊敬しているのである。これは 2013年のスペシャルトークの様子。
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このようなシューベルト・リサイタル、大きな拍手に応えて演奏されたアンコールは、意外なことにシューベルトではなくモーツァルトだ。ピアノ・ソナタ第 10番 K.330 の第 2楽章アンダンテ・カンタービレ。これもまた、モーツァルトのピアノ音楽の中では深い孤独を宿したもの。いつもの通り決して安っぽい感傷には陥らない内田の素晴らしいピアノが、しっかりと音を紡ぎ出して、音楽の奥深さを雄弁に語ったのである。客席はすぐにスタンディング・オベーションとなり、この偉大なピアニストを称えたのであった。

さて最後に余談だが、内田が「もっとも地獄に近い音楽」と称したこのシューベルトのピアノ・ソナタ 20番の第 2楽章を使った素晴らしい映画があった。それはトルコ映画で、2014年のカンヌ映画祭パルムドールに輝いた「雪の轍」という作品。私も 2015年 7月25日付の記事で採り上げているので、ご興味ある向きは是非ご一読を。DVD にもなっているので、お薦めしておこう。
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by yokohama7474 | 2018-10-30 00:40 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2018-10-31 23:10 x
私の知人が講演会にでて、その概要を聞きましたが、シューベルトの音楽は、自らの悲劇を他人に語れないタイプの悲劇性を帯びている、という趣旨のことをおっしゃてたようです。その対比としてモーツァルトの音楽はすぐ人にみづからの過ちを謝れる人のものだ、とのことです。シューベルトの最後の3つのソナタなどは、梅毒による死の宣告を受け、それを友人達もあからさまに語れない異様な悲劇的な状況下の作品、との理解で、イ長調であっても全く明るさは無い、という解釈とのことでした。そう思いながら聴いていたので、疲れましたが感動しました。
Commented by yokohama7474 at 2018-11-01 02:55
> 吉村さん
貴重な情報ありがとうございます。ウィーンには、シューベルトが死んだ部屋というのが、普通のアパートの中の一室として未だに残っていますよね (管理人も常駐せず、鍵もかかっておらず、料金もかからない場所だったと思います)。あの部屋に入って、この作曲家が抱えていた孤独に思いを馳せると、なんとも感傷的になります。そこで感じるものは、我々がシューベルトの音楽を聴いて感じる壮絶な孤独感に通じるものがあると思います。奥深い世界ですね。
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