川沿いのラプソディ


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アラン・ギルバート指揮 NDR エルプフィルハーモニー管弦楽団 (ピアノ : ルドルフ・ブッフビンダー) 2018年11月 2日 サントリーホール

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この秋も本格的な来日オーケストラ・ラッシュのシーズンに入った。前日まで 2日連続で、クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンの演奏会が開かれていたサントリーホールでは、もうひとつのドイツのオケが登場した。ハンブルクに本拠を置く、NDR エルプフィルである。もしかするとこのオケの名前に聞き覚えのない音楽ファンもいるかもしれない。だが、北ドイツ放送交響楽団といえば、「あぁ、あれね」と納得するだろう。日本のファンにとってはなんと言ってもあの巨匠ギュンター・ヴァントが首席指揮者を務め、1990年と、それから最晩年の 2000年にも、このコンビで来日して壮絶なブルックナーなどを聴かせてくれたことによって、強く印象に残っている、あのオケである。もともと終戦直後のドイツで、名指揮者ハンス・シュミット=イッセルシュテットが組織したオケであるので、シュターツカペレ・ドレスデンのように何百年の歴史を持つわけではない。だが、その指揮台には数々の名指揮者を迎えてきた、優れたオーケストラである。私の世代では、若い頃 NHK-FM で「西ドイツの放送交響楽団」という特集が年に何度も組まれていて、ほかにも多くあるドイツの (当時の西ドイツの) 放送交響楽団とともに、このオケの演奏にも親しんだものである。それらの放送交響楽団は、最近続々と名称を変更していて、日本のように遠く離れた場所では、その名称変更によって知名度が低くなってしまうことが、集客におけるハンディになっているような気がする。例えば、このオケの冠する「NDR」はもちろん "Nord Deutscher Rundfunk"、つまりは「北ドイツ放送」そのままだが、では「エルプ」という言葉の意味はなんだろう。この言葉にはなじみがなく、私などは最初、「ん? 『猿の惑星』か???」と思ってしまったほど (笑)。もちろん、そちらは「エイプ」であって「エルプ」ではない。調べてみて分かったことにはこの Elp という言葉は、ドイツ語の "Die Elbe"、つまりエルベ川を意味するという。私など、エルベ川と言えば当然古都ドレスデン (エルベ河畔のフィレンツェと呼ばれる) を思い出すのであるが、なるほど地図を見てみると、北海に注ぐエルベ川は、延々遡るとドレスデンに辿り着く大河なのである (ヨーロッパで 14番目に長いという)。この地図で、赤い円がハンブルク。青い円がドレスデンである。つまり、サントリーホールで連続して来日公演を行った 2つのオケは、この川でつながれた 2大都市なのだ。
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ドイツ北部を代表するハンザ同盟都市ハンブルクは、私は過去に出張で 1回だけ訪れたことがあるだけで、それほど街自体に知識があるわけではない。だが、音楽ファンなら誰でも知っている通り、この街はあのブラームスを生んだ街。北ドイツのあのどんよりとした空が、この作曲家の発想の原点にあるということはよく言われるし、それは、南ドイツを代表するミュンヘン (リヒャルト・シュトラスを生んだ街) とは好対照である。だがその曇り空のハンブルクに、昨年 1月、このような奇抜な建物が完成し、大きな話題になっている。
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まあ、話題の多くは、工期の遅れとその莫大な費用 (約 8億ユーロというから驚きだ) であるが、これこそが NDR エルプフィルの本拠地、エルプフィルハーモニーである。この新ホールで楽団の士気も上がっているに違いないこのオケを今聴くことができるのは、大きな喜びである。・・・などと、今回は珍しくオーケストラ紹介を詳しく行っているにはわけがある。前日までのシュターツカペレ・ドレスデンの演奏会がほぼ満席であったのに対し、同じサントリーホールでのこの NDR エルプフィルの演奏会は、なんとしたことか、半分くらいの淋しい入りであったからだ。だがその内容は大変に素晴らしく、もし都内で今後行われるコンサート (11/4 (日) サントリーホール、11/8 (木) NHK ホール) に行こうかどうしようかと迷っておられる方がいれば、是非にとお薦めしておきたいからだ。今回、このオケを指揮するのはこの人。
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1967年生まれの米国の指揮者、アラン・ギルバート。天下のニューヨーク・フィルの音楽監督を昨年勇退し、日本では東京都交響楽団の首席客演指揮者としても活躍している彼は、実は来年 9月からこの NDR エルプフィルの首席指揮者に就任する。いわば今回はその事前のお披露目であるが、ギルバートは以前このオケの首席客演指揮者を務めていたことがあり、2005年にも一度このコンビで来日している (が、私は聴いていない)。私がもともとこの指揮者に大いに注目しようと思ったのは、2004年に、当時首席指揮者であったストックホルム・フィルと来日したときの演奏会 (メインはブルックナー 4番) であったが、当時は「将来有望な日系米国人若手指揮者と、ヨーロッパの名門オケ」という点で注目であったものが、今回は「世界有数の中堅指揮者と、ヨーロッパの意欲的なオケ」の組み合わせとして聴くことになる。今回のプログラムは以下の通り。
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 4番ト長調作品58 (ピアノ : ルドルフ・ブッフビンダー)
 ブルックナー : 交響曲第 7番ホ長調 (ノヴァーク版)

これはかなり演奏時間の長いものだが、大変充実した曲目だ。実は最初のコンチェルトには、もともとフランスの女流ピアニスト、エレーヌ・グリモーの出演が予定されていたが、かなり直前になってキャンセル。そこで代役として登場したのが、ウィーンの名ピアニスト、ブッフビンダーであるとは、なんとも豪華なことではないか。正直なところ、ベートーヴェンのコンチェルトを聴くなら、私だったらグリモーよりもブッフビンダーを好む。あと、このオケのツアーでもう 1曲、ラヴェルのピアノ協奏曲も組まれていて、そちらもブッフビンダーなら面白かったのだが (?)、ロシアのアンナ・ヴィニツカヤが代役となっている。これが、もうすぐ 72歳になるブッフビンダー。
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ベートーヴェンの 4番のコンチェルトは、第 1楽章はピアノ・ソロで始まり、全曲の半分以上を占める。短い第 2楽章は、今度はオケだけで始まり、続いてピアノの静かなモノローグが聴かれる。そして第 3楽章はベートーヴェンらしい活力に満ちた音楽。憧れと孤独と奮闘の音楽であり、ソロとオケの役割分担が大事な音楽である。その点ブッフビンダーのピアノは柔らかく優雅であり、また過剰な演出のない誠実なもので、ギルバートとエルプフィルの伴奏とよく絡んでいた。素晴らしい演奏であったと思う。ブッフビンダーはアンコールを 2曲弾いたが、最初は英語で「ベートーヴェン、作品32-1の第 3楽章」と紹介して、ピアノ・ソナタ17番「テンペスト」の終楽章。その次は、コンサートマスターとやりとりして、「この人にそそのかされまして」という身振りをしながら弾き出したのは、バッハのパルティータ BWV825 の終楽章、ジーグであった。これらはいずれも、どこか飄々としながらも聴く人の心に素直に入ってくる演奏で、ブッフビンダーの持ち味がよく出ており、感動した。

そうしてメインのブルックナー 7番であるが、これは実に瞠目すべき名演奏になった。上記の通り、私のアラン・ギルバート体験はブルックナー 4番で始まった。彼のブルックナーとしては、その後もニューヨークで 8番を聴いたことがあるが、その時はもうひとつの出来であった。一方、このリンツ出身の作曲家は、文化圏としてはハンブルクの属する北ドイツではなく、南ドイツの人である。だが、このエルプフィルはあのギュンター・ヴァントの薫陶を受け、特別なブルックナー演奏を行った歴史を持つオケだ。その遺産がオケにも残っているに違いない・・・。このような諸々のプロ・コンを頭の中で整理して、最初のチェロの旋律に耳を傾けると、充分に美しいが感傷性のない流れのよいもので、そこから一気に音楽に引きずり込まれて行った。このブルックナーは、明らかにヴァントの演奏とは違う。もっと雄弁で、もっと流麗である。そのひとつの象徴が版の選択で、そのヴァントをはじめ、朝比奈隆やチェリビダッケなど、ブルックナーにこだわりのある指揮者はハース版を選択することが多いが (ヨッフムは例外だったようだが)、ここでギルバートが選択したのはノヴァーク版、つまりはアダージョ楽章の頂点で打楽器が鳴り渡る方の版である。いわば派手な演出がされている版の方が、現在の彼の指向するブルックナーに合っているということだろう。実際、この上ない崇高さを持って演奏された絶美のアダージョが、その頂点を示したときに、音楽は光彩を放っていた。それにしても全曲を通じてオケの渾身の没入ぶりは凄まじく、スケルツォでは、コンサートマスターは中腰になって弾いていたほどだ。私の印象ではこのオケは、指揮者との相性という点で時折課題があり、それはあのクラウス・テンシュテットとうまく行かなかったことでも分かるし、腰を落ち着けてオケと共演するタイプのヘルベルト・ブロムシュテットも、ここのポストは 3年くらいで終え、ライプツィヒに移ってしまった。その他、ガーディナー、エッシェンバッハ、ドホナーニ、ヘンゲルブロックと、様々な名指揮者たちの名前を思い浮かべることができるが、いささか慌ただしい。このあたりでこのギルバートと、長年に亘る共演を続けてもらいたい。今回のブルックナー 7番のような熱演を聴くと、そう思わずにはいられないのである。コンサート終了後、楽員たちの譜面をのぞき込むと、明らかにアンコールが用意されているようであったが、指揮者の方が、このブルックナーのあとにはもう何も演奏する必要を感じなかったのであろう。結局アンコールは演奏されなかった。演奏された音楽のスケールを思うと、この判断は好ましいものだと思われた。

終演後は楽屋口でサイン会があり、最初にブッフビンダー、続けてアラン・ギルバートが登場した。左がブッフビンダー、右がギルバートのサイン。
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これがサインをするギルバート。彼がどのくらい日本語ができるのか知らないが、「ありがとうございます」と日本語で話しかけると、「ドウモアリガトウ」と返事をしてくれた。
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そういうことなので、東京での残る演奏会はもちろん、場合によっては、今この記事を書いている時刻から 2時間後 (文化の日、11/3 (土) の 14時) に開演する、鎌倉芸術館でのコンサートにでも、急ぎ出掛けてみる価値はあるものと思います。

by yokohama7474 | 2018-11-03 11:55 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by 吉村 at 2018-11-03 20:53 x
ヴィオラの一番後ろの奏者に至るまで、熱演してましたね。ギルバートが完全にオーケストラを掌握してますね。今日では珍しいと感じの関係ですね。
Commented by yokohama7474 at 2018-11-03 23:00
> 吉村さん
オケが一体となって燃えていましたし、終演後の楽員たちの表情からも充実感が伺えました。このコンビには今後も期待ですね。
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