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ウラディミール・アシュケナージ指揮 アイスランド交響楽団 (ピアノ : 辻井伸行) 2018年11月 3日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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この日、11/3 (土・祝) は文化の日。さて、そんな日には文化を堪能するか。ということで、この日はコンサートのハシゴ、つまり、昼の公演と夜の公演のダブルヘッダーであったのである。と白々しく書いておきながら (笑)、このブログをよく読んで頂いている方なら、私にとって週末のコンサートのハシゴは珍しくないことをご存じかもしれない。なので私にとっての文化の日は、よくあるコンサートのハシゴの日であったのだが、それにしてもこの日は、なんともおなか一杯状態である。なぜなら、この日聴いた 2回のコンサートのいずれも、(通例、クラシックのコンサートは 2時間が標準時間であるところ) たっぷり 2時間半。しかも、これが大変なことなのであるが、いずれのコンサートにおいても、演奏に 1時間を要するメイン曲目が同じ曲だったのである!! そのことについては追って触れるとして、まずはこのコンサートである。火山と温泉で知られる北欧の国、アイスランドから初めて日本を訪れた、アイスランド交響楽団。本拠地レイキャビクにあるこのオケのホームグラウンド、ハルパ・レイキャビク・コンサートホールはこんな建物。ヘニング・ラーセンというスウェーデンの建築家の設計で、2011年の竣工。前回の記事でご紹介したエルプフィルハーモニーといい、最近のコンサートホールは実にモダンである。
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私はアイスランドを訪問したことはないが、この国の人口は約 34万人。日本でいうと、所沢市、旭川市よりも少なく、前橋市、郡山市と同等。これは日本の市町村でいうと 65位前後だから、いかに小さな国であるかが分かる。だがこの国はかなり文化度が高いようである。それは、20世紀から 21世紀にかけて活躍する世紀の巨匠が、この国に過去 50年間住んでいることでも分かる。もちろん、クラシックファンなら知らぬ者とていない、旧ソ連出身の指揮者・ピアニストであるウラディミール・アシュケナージである。驚くなかれ、現在既に 81歳。
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このアイスランド交響楽団の設立は 1950年。ヨーロッパの首都にあるオケとしては、異例なほどに歴史が浅い。だが現在、アイスランドにとってこのオケは大きな誇りになっているようだ。それは今回のプラグラム冊子の冒頭にアイスランド大統領の長いメッセージにおいて、「首都レイキャビクを拠点とするアイスランド交響楽団は、クラシック音楽の分野における私たちの旗頭です」と述べられていることからも、充分理解できる。因みにここでわざわざ「クラシック音楽の分野における」と断っているのは、この国からはビョークという素晴らしい歌手が出ていることによるのだろう。そんなアイスランド響の初来日公演は、この 11/3 の川崎での演奏会を皮切りに、16日間に全国 (北海道から福岡まで) で実に 12公演が行われる。プログラムは 2種類で、いずれもピアノ協奏曲 2番と交響曲 2番の組み合わせ。今回の曲目は以下の通りである。
 セグルビョルソン : 氷河のノクターン
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 2番ハ短調作品18 (ピアノ : 辻井伸行)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品27

因みに、もうひとつのプログラムでは、ショパンのピアノ協奏曲 2番と、シベリウスの交響曲 2番が演奏され、前座にはやはりシベリウスの「カレリア」組曲が予定されている。さて、この日の 1曲目は、そのアイスランドの作曲家、ソルケットル・セグルビョルンソン (1938 - 2013) の作品である。そうそう、ヨーロッパの方とビジネスで接点のある方は覚えておいた方がよいのは、苗字が〇〇ソンという人は、かなり高い確率でアイスランド人である。日本人としては、そのような方とは温泉ネタで盛り上がるのがよろしい。うわぁ、空はエメラルドグリーンだし、気持ちよさそうだ!!
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ともあれこのセグルビョルンソンという作曲家の「氷河のノクターン」という曲、演奏時間 5分ほどの短い曲だが、とりとめなくアイスランドの情緒を表現しているように思われて、なかなか興味深い。実はこの曲、ほかならぬアシュケナージの依頼で書かれており、彼に献呈されているという。弦楽合奏中心で、木管はピッコロとクラリネット 3本、金管はホルンのみである。予想に違わぬ丁寧な演奏で、アシュケナージの面目躍如といったところか。このアシュケナージとアイルランド響のコンビでは、このセグルビョルンソンの作品集の CD もある。北欧らしいヒーリング効果が期待できるのではないだろうか。
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さて、今回、ラフマニノフの名曲、ピアノ協奏曲第 2番を演奏するのは、音楽ファンだけでなく一般にもよく知られたピアニスト、辻井伸行だ。
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私は彼の生演奏を過去にそう何度も聴いたことがないのだが、その理由は簡単。彼の出演するコンサートのチケットは、瞬く間に売り切れてしまうのだ。私としても彼の実力は、その人気に負けることのない素晴らしいものだと思っているので、しばらくぶりにその演奏を聴けるのを楽しみにしていたのだが、実際に聴いてみると、こんなに美しくて、しかも自己主張のはっきりしたラフマニノフも珍しいと思う。辻井のピアノは終始美しくもはっきりした音で弾かれていて、滅多に聴くことができないほどの高レヴェルの音楽である。以前も書いたことだが、このラフマニノフの 2番のコンチェルトは、私としても本当に大好きな曲であり、もともとは 1980年の「コンペティション」という、リチャード・ドレイファス主演の映画のテーマに一部の旋律が使われていたことで初めて知った曲である。あまりに感傷的だと思う人もいるかもしれず、実際に感傷的な音楽だとは思うのだが、一級の演奏で聴くと、その感傷が鼻につくことなく、本当に感動的な曲として響くのである。辻井の伴奏を務めるアシュケナージは、ピアニストとしても指揮者としても、ラフマニノフという作曲家を知り尽くした人。万全のサポートを得て辻井のピアノは縦横無尽に駆け巡った。会場を満たした満員の聴衆の誰もが満足したであろう。このような演奏を体験することで、クラシック音楽の奥深さを知る人がひとりでも多くいればよいと思う。そして辻井がアンコールとして弾いたドビュッシーの「月の光」もまた、明確な音のラインのある演奏で、実に見事なものであった。

休憩後に演奏されたラフマニノフの大作、交響曲第 2番も、実に懐が深く、しかも熱い名演であった。これを聴くとなるほど、このオケがアイスランドの人たちの誇りであることがよく分かる。合奏能力も個々のソロ奏者の能力も、非常に高いレヴェルにあり、この 60分の曲を飽きずに聴かせたばかりか、それはもう、隅から隅まで目配りの効いた音響設計によって、聴衆を魅了したのである。このアシュケナージという音楽家は、そのピアノで特に顕著であると思うことには、音の情報量が多く、そこにロマン的な揺蕩いがある。今回のシンフォニーにおいては、そのような彼の美感が最大限に発揮されていて、実に素晴らしかった。あえて言ってしまえば、このラフマニノフは、チャイコフスキーのロマン的な音楽の延長線上にあるもので、アシュケナージの血となり肉となった音楽である。それもそのはず、アシュケナージは現在のニジニ・ロヴゴロド州の生まれで、ユダヤの血を引く人。一方のラフマニノフは現在のノヴゴロド州の生まれで、中央アジア出自のタタール人の血を引く人。広大なロシアの領土の中でも、お互いにかなり近い地域の生まれであるこの 2人の音楽家の間のつながりには、歴史的な必然があるように思う。いやそれにしても、オーケストラも渾身の演奏であった今回のラフマニノフ 2番、忘れがたい名演であったと思う。アンコールには同じラフマニノフの「ヴォカリーズ」が演奏され、2時間半を超えるこのコンサートは終了した。アシュケナージは、名門、王立コンセルトヘボウ管弦楽団と組んで、ラフマニノフの 2番を随分前に録音している。その後はシドニー交響楽団との録音もあるが、私としては今回の演奏、このコンセルトヘボウとの顔合わせによる無限のファンタジーを思い出させるものであった。
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上記の通り、アシュケナージとアイスランド響は、この演奏会を皮切りに、全国で 12公演を繰り広げ、そのいずれにおいても辻井伸行がピアノを弾くのである。それも大変なことだが、とても 80歳を超えているとは思えないアシュケナージのエネルギーもまた、全国の聴衆を圧倒するであろう。これは今から 5年前、2013年に、アシュケナージがオーケストラ・アンサンブル金沢を指揮し、辻井と全国を演奏旅行した際の写真。不世出のピアニストでもあるアシュケナージが高く評価する辻井伸行の才能はやはり、とてつもないものなのである。
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by yokohama7474 | 2018-11-04 01:02 | 音楽 (Live)