川沿いのラプソディ


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ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 (ピアノ : ヒンリッヒ・アルパース) 2018年11月 3日 サントリーホール

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さて、文化の日である 11/3 (土) に聴いた 2つめのコンサートである。1つめのアシュケナージとアイスランド響を川崎で聴き終えてから車で移動してサントリーホールへ。そこで私が聴いたのは、このブログでは既におなじみの、英国の名指揮者ジョナサン・ノットと、彼の手兵である東京交響楽団 (通称「東響」) の定期演奏会。先に聴いたアイルランド響の演奏会と同じく、これも協奏曲第 2番 + 交響曲第 2番の組み合わせで、以下のようなもの。
 ブラームス : ピアノ協奏曲第 2番変ロ長調作品83 (ピアノ : ヒンリッヒ・アルパース)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品27

うへー、これも演奏時間の長い演奏会である。しかもメインは、昼にアイスランド響で聴いたのと同じラフマニノフの大作、交響曲第 2番である。以前も書いたことであるが、どういうわけか最近の東京では、このシンフォニーの演奏頻度が非常に高く、一体どうしたことかと思うほどなのであるが、それにしても同じ日の昼・夜とこの 1時間の大曲を 2回聴く経験は、そうそうあるものとは思われない。ちょっと疲れるが、これも文化の日の東京の文化に触れるイヴェントとして、割り切って楽しもうではないか。これが東響で精力的な活動を続けるノット。
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重量級の大作 2作を並べたプログラムの最初は、ブラームスのピアノ協奏曲第 2番。協奏曲としては異例の 4楽章制で、その音響も極めてダイナミック。ロマン派のピアノ協奏曲の代表作のひとつである。ピアノ独奏は、今回が初来日となるドイツのピアニスト、ヒンリッヒ・アルパース。1981年生まれというから、今年 37歳。
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このように若干いかつい顔のようにも見えるが、彼のピアノはきれいな音色が際立っている。それゆえこのブラームスのコンチェルトにおいては、通常の演奏で目指される力強さにおいては少し物足りないようにも思ったが、だがそれもこの人の個性だと思えば充分に楽しめる演奏であったと思う。一方のオーケストラはかなり充実していて、特に耳をそばだてることになったのは、あの美しい第 4楽章におけるチェロのソロとオーボエの絡みである。チェロの伊藤文嗣と、そしてオーボエは、もう何度もこのブログでその名に触れている、荒木奏美。先の記事で、シューマン 4番の第 2楽章での同じ組み合わせの箇所について言及したが、ここではその曲とは異なり、ユニゾンではなく、呼び交わすような音楽。そこにピアノも絡むと、本当に美しい時間を味わうことができた。演奏終了後に、いつもは各奏者を起立させることのないノットも、まずはチェロ、そしてオーボエ、その後は思い出したように、この曲の冒頭でソロを吹くホルンに、起立を命じたのである。このアルパースがアンコールで弾いたのは、やはりブラームスの 3つの間奏曲作品117。通常はもう少し暗い音色で演奏されることが多いと思うが、ここでもアルパースは、平明でいて明るいブラームスを聴かせた。

そうして、ラフマニノフの 2番である。ノットのレパートリーにおいてこの作曲家は若干珍しい気がするが、東響とのコンビで様々なレパートリーを手掛けてきたノットのこと。いかなる演奏になるか大変楽しみであったし、特に、同じ日に既にアシュケナージとアイスランド響の熱演を聴いているので、その比較も楽しみであった。結果的には、この演奏もそのアイスランド響の演奏に劣らぬ熱演であり、もしかすると、ノットと東響のこれまでの演奏歴の中でもトップクラスの出来であったかもしれない (録音・録画されていたので、また市販商品として鑑賞できるかもしれない)。先に聴いたアシュケナージとアイスランド響の同じ曲の演奏がチャイコフスキーの延長線上にあるとすれば、このノットと東響の演奏は、マーラーやシュトラウスと同時代の音楽であるという印象だ。つまりは、極大化したオーケストラが華麗な響きを奏でる後期ロマン派の範疇に、ラフマニノフのこの曲を入れてもよいのではないかと思われるものであった。実際この曲の初演は 1908年。マーラーは晩年に差し掛かる頃。シュトラウスは既に交響詩からオペラに移っている頃である。この 2人よりも 1回り若いラフマニノフは、シェーンベルクと同世代。そう思うとこの曲の歴史的な位置も分かってくるように思われる。究極のロマン的な作品と言ってもよいが、その一方で、感傷を排したノットの指揮で聴くと、響きの中に先鋭的なものが含まれているのに気がつくのである。ここでも東響の繰り出す音には明晰さがあり、そして突き進む力もある。その演奏を聴いているうちに、なんとも心が熱くなっていって、終楽章のクライマックスでは、思わず、曲を口ずさみながらその場で立ち上がり、「うぉー!!」と大声を挙げたくなってしまった (いえいえ、本当にはしませんよ。笑)。それほど熱量の高い名演であり、大きな感動を覚えたということである。長いコンサートであったにもかかわらず、その熱演に、客席も熱狂することとなった。そうそう、先にマーラーの名を引いたが、このラフマニノフ 2番の第 3楽章アダージョの終結部の 4つの音は、よく聴いてみると、マーラー 9番の全曲の最後に「死んでいくように」奏される 4つの音と、そっくりではないか!! 実は、指揮者マーラーとピアニスト、ラフマニノフは、ニューヨークで一度共演している。それは 1910年 1月16日。その 2ヶ月ほど前に米国ツアーのために書いたピアノ協奏曲第 3番をニューヨークで初演した (指揮はウォルター・ダムロッシュ) 36歳のラフマニノフは、全米を回ったあと再びニューヨークで、今度はマーラーとの顔合わせで演奏したのである。マーラーはこの曲を高く評価し、またラフマニノフもマーラーのことを、「ニキシュと同等のクラスの唯一の指揮者だ」と評価したという。交響曲 2番の作品番号は 27。一方ピアノ協奏曲 3番の作品番号は 30。これらは近い時期の作品であったのである。それにしても、もしタイムマシンがあれば、ラフマニノフとマーラーの共演、なんとしても聴いてみたいものだ。これは 1909年、未だ米国に渡る前にロシアでピアノ協奏曲 3番を作曲するラフマニノフ。
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同じ曲でも異なったタイプの演奏が可能であることを再度実感し、それぞれに素晴らしい内容を堪能することのできた、大変文化的な一日であった。

by yokohama7474 | 2018-11-04 03:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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