川沿いのラプソディ


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メモ帳

アラン・ギルバート指揮 NDR エルプフィルハーモニー管弦楽団 2018年11月 4日 サントリーホール

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2日前の素晴らしい演奏会に続く、アラン・ギルバートの指揮によるハンブルクのオーケストラ、NDR エルプフィルの演奏会である。前回の演奏会の記事の私は、その内容の充実にふさわしからぬ客席の不入りを嘆き、このコンビの残る演奏会に少しでも人が行けばよいと考え、推薦したわけであるが、さて、今回の演奏会では少しはその効果が見られただろうか。・・・うーむ。弱小ブログが何を吼えようと、現実は厳しい。日曜にもかかららずというべきか、日曜だからというべきか、とにかくこの日のサントリーホールの客席は、前回にも増して不入りである。多分、聴衆は収容人数の半分を割っていたのではないだろうか。そのような事態に対し、改めて私は遺憾の意を表明したい。なぜならば今回も、実に素晴らしい内容のコンサートあったからだ。そもそも、この日のプログラムを見れば、誰しもが期待が募ろうというものではなかろうか。
 ワーグナー : 歌劇「ローエングリン」から第 1幕への前奏曲
 マーラー : 交響曲第 10番嬰ヘ長調から アダージョ
 ブラームス : 交響曲第 4番ホ短調作品98

協奏曲を含まない、オケだけによる堂々たるドイツ物によるプログラムで、これは演奏者にとってはなかなかに負担の大きい曲目ではないか。つまり、前半の 2曲には静謐さが重要な要素となる一方、マーラーにおいては、ただ静謐ではない極限的で異様な音響空間の表現を必要とされる。そして後半は、このオケの本拠地であるハンブルクが生んだ大作曲家であるブラームスの、枯淡の境地を表す名作交響曲である。聴きどころ満載のこの演奏会、もっともっと多くの人たちに楽しんで欲しかったものだと悔やまれる。指揮は、来年 9月からこのオケの首席指揮者に就任するアラン・ギルバート。
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まず最初の「ローエングリン」前奏曲の開始部分からして、その精妙な音作りに惚れ惚れする。ギルバートは体格もよく、私も過去の記事で彼の音楽を「恰幅がよい」と表現したことが何度もある。だが彼の持ち味は決してそんなに単純なものではない。指揮ぶりもあまり器用に見えないので、彼が繊細な音楽を引き出すこと自体を意外に思われる方もおられようが、それではこの指揮者の能力を過小評価していることになる。そのことを再確認する絶好の機会がこの「ローエングリン」前奏曲であった。そのキラキラしたヴァイオリンの揺蕩いから弦に厚みが加わり、ついに管楽器も交えて波のような盛り上がりに至るまで、その流れは実に自然で説得力のあるもの。オケの力を最大限に引き出す素晴らしい指揮ぶりである。

そしてマーラー 10番のアダージョも、暗いヴィオラの呟きからオケが動き出す部分は、「ローエングリン」と同様の流れであったが、もちろんマーラーが未完のままその生涯を終えたこの最後のシンフォニーの残された楽章であるから、技術的にも精神的にも、さらに高度なものが求められる。実に洗練されながら、訴えかける力の強い音が持続するこのオケは、やはり並大抵の手腕ではない。またそれを、余分な気負いも衒いもなく、淡々としながらも要所要所で表現の濃度を高める方法でリードして行くアラン・ギルバートの能力も、大いに称賛に値するだろう。これは、新しい本拠地エルプフィルハーモニーにおける NDR エルプフィルの面々。
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メインのブラームス 4番は、冒頭部分にごくわずかながらタメを作ったのち、音楽は滔々と流れ始めた。一音一音にドラマが込められていて、聴き手をぐいぐいと引っ張って行くタイプの演奏であったと思う。激烈な部分も抒情的な部分も、実に真実味あふれる音で鳴っていた。私はよく思うのであるが、ブラームスの交響曲はどれも、音のクオリティが高いオケでなければ成功しない。その点、この NDR エルプフィルの音の磨かれ方には感嘆すべきものがあって、これぞ現代のブラームスという印象であった。プログラム冊子に、ギルバートがこの曲について述べている部分があるので引用しよう。

QUOTE
全体として現代の世の中は厳しい。でもそんな中でも希望や光を見出すことができるのが音楽の本質のひとつだと私は考えています。ブラームスの第 4交響曲も (中略) 深刻、真剣、そして厳しい・・・そうした言葉がまさに合う曲です。しかし悲しみだけではなく、希望もあります。(中略) ブラームスの音楽全体を見る時にわかることですが、「幸せ」とか「悲しい」とか、それは白黒はっきりできるものではありません。
UNQUOTE

このようなことを口で言うのは易しいが、これだけ説得力のある音として聴衆に提示するのは並大抵のことではないだろう。このような演奏を体感できて、この日サントリーホールに集まった聴衆はラッキーであったと思う。そして、チューバや打楽器奏者などが入ってきて演奏されたアンコールは、同じブラームスのハンガリー舞曲第 6番。これは一転してなんとも揺らぎの大きい、タメだらけの演奏で、シンフォニーとは異なる極めて即興的なアプローチが興味深かった。前回の演奏会の記事でも書いたが、この指揮者とオケの相性はかなりよいように思う。まさに、白黒はっきりできない音楽の深みを聴かせてくれる貴重なコンビとして、今後の活躍を期待したい。そしてギルバートは来月また、首席客演指揮者のポジションにある東京都交響楽団を指揮するために来日するので、これも大注目である。まだ我々は、彼の深い懐を充分知らないでいる。是非この指揮者の演奏会には、多くの聴衆に足を運んで欲しいものだと願ってやまない。
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by yokohama7474 | 2018-11-05 00:09 | 音楽 (Live) | Comments(5)
Commented by びわこのナマズ at 2018-11-06 04:10 x
弦も管もよく鳴っていてすばらしい演奏でした。北山のコンサートホールも入りが少なくてびっくりしました。
こんなに感動したブラームスの4番は久しぶりです。もっと沢山の人に聴いてもらいたかったですね。
Commented by どれみどり at 2018-11-06 18:12 x
本当に、素晴らしかったですね!ブラームスの第4番は、言い表せないほどの傑作だと感じました。胸に迫ってくるものがありました。今までマーラーがよく分からなかったのですが、初めてマーラーの良さがわかりました。最近急にブラームスが好きになり、生演奏でブラームスを聴きたいと思っていたところ、ネット上で演奏の前日にこのコンサートを見つけました。チケットピアでは、S席しか残りがないと出てきました。どうしても聞きたいので初めてS席を買いました。(後で知ったのですが、カジモトのサイトではB席から残っていたのですね。)他の人の感想を知りたくなり検索したら、このブログがみつかりました。本当に聴きにいったかいがありました。
Commented by yokohama7474 at 2018-11-06 23:54
> びわこのナマズさん
コメントありがとうございます。京都でもそうだったのですね・・・。内容を考えるとこのコンサートが不入りなことは、本当にもったいです。この指揮者とオケのコンビは、是非今後も注目したいと思います。また是非お立ち寄り下さい。
Commented by yokohama7474 at 2018-11-06 23:59
> どれみどりさん
ようこそこのブログにおいで下さいました (笑)。ネット上で感動を分かち合うことができて嬉しいです。S 席はかなりのお値段でしたよね。本文には書きませんでしたが、今回の演奏は不入りとは言っても、P/RA/LA ブロックという安めの席はほぼ満席でしたし、私も安い席で聴きました。現実問題として、チケットの価格は、コンサート人口拡大のための大きなハードルではありますよね。ともあれ、このブログは音楽だけではなく文化一般を徒然に語っているものですので、またお気軽にお立ち寄り下さい。
Commented by ドレミドリ at 2018-11-07 10:57 x
ありがとうございます!
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