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チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛 (ジャスティン・チャドウィック監督 / 原題 : Tulip Fever)

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私も人並みに受験なるものを経験した人間だが、予備校の講師が語ったことで、唯一と言っては語弊があるだろうが、今でも鮮明に覚えている言葉がある。それは世界史の授業であったのだが、「17世紀はオランダの世紀」というものだ。ヨーロッパの歴史における政治経済、そして当時はそれと密接な関係を持っていた宗教や文化を考えるとき、この言葉はまさに、金科玉条のものと響く。もちろん、オランダがどこから独立したか知っておく必要があるだろう。もちろんそれは、ハプスブルク大帝国スペインである。例えばマドリッド近郊のエル・エスコリアル修道院を訪れて、フェリペ 2世の生涯に思いを馳せるとき、あるいはオペラで言えば、その時代を舞台としたヴェルディの「ドン・カルロ」を見るときでもよい。17世紀にヨーロッパの覇者が交代したのだということを知っていれば、何倍も面白いこと請け合いだ。また日本から見れば、オランダは鎖国時代 (17世紀に始まる) に我が国が唯一交易を継続したヨーロッパの国である。それには明確な理由があり、プロテスタント国オランダでは、カトリックの国々と異なり、布教をせずとも、商売さえできればよく、命をかけてこの極東の国までやってくる価値があったからだ。そして、経済の繁栄はまた、文化の繁栄を呼ぶ。17世紀オランダの画家で、現在でも日本で絶大な人気を誇るのは、もちろんレンブラントとフェルメール。前者が 1606年生まれ、後者が 1632年生まれと、年齢的には一世代異なっていて、またその画風も題材もかなり違っているが、いずれも 17世紀に世界を制したオランダで生まれた芸術家なのである。さてその時代に、世界最初のバブルと呼ばれた出来事があったことは、結構知られているのではないか。それは、チューリップに対する異様に加熱した投機である。調べてみるとそのピークと崩壊は 1637年。当時フェルメールは未だ幼児である。前置きが長くなってしまったがこの映画、そのチューリップバブルの時代が舞台となっている。上のチラシにもある通り、「フェルメールの名画から生まれた物語」とあるのだが、舞台設定は、厳密にはフェルメールの全盛期とはいさささか時の隔たりがある。正直、既に開幕している上野でのフェルメール展は、日時を事前予約できるというシステムであって大変便利だが、私は今のところその展覧会に行くか否かは未定である。なぜなら、どういうわけか日本では、この画家の名前があれば人々は大騒ぎという風潮があって、何もそんな混雑の中にでかけなくてもよいのでは、と思ってしまうからだ。ま、それは脱線ということで (笑)。

脱線ついでに告白してしまうと、もちろん私とても、人後に落ちずフェルメールが好きである。いや、大好きというか、もうそれは熱狂的に好きであると言ってもよい (笑)。だが、この映画の宣伝にその文句が必要か否か、またそれが適当か否か、それが最初の疑問。上で見た通り、時代はわずかだがずれているし、この映画の映像は、どうひいき目に見ても、フェルメールのあの奇跡的な光の描写のレヴェルには達していない。作り手の良心からすると、フェルメールの名前への言及はむしろおこがましいのではないか。どうやら原作小説が、フェルメールの絵画の世界を描きたいという発想で書かれたものであるらしいのだが、文学の世界における空想的情景と、映画における視覚の間には、かなり大きな差異があるだろう。

そして次の疑問は、主演女優である。ここで、曲者俳優クリストフ・ヴァルツ (「007 スペクター」の怪演が手っ取り早く思い出せるところ) の横に立つ若妻役は、アリシア・ヴィキャンデル。
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このブログでは、最近の「トゥームレイダー ファーストミッション」をはじめ、彼女の出演映画の何本かに高い評価を与え、この将来性溢れるスウェーデン人女優への賛辞を捧げてきた。だが、正直なところこの映画での彼女は、ちょっとミスキャストではなかったかと思わざるを得ない。というのも、プロテスタント国オランダでは、金髪碧眼で長身であることが女性の典型である。それなのにこのヴィキャンデルは小柄だし、何よりも、黒目黒髪で、どういうわけか肌も浅黒い。もちろんこの女優のことであるから、演技面ではなかなか繊細なところを見せているのだが、残念ながら、それだけでは歴史映画における説得力は出て来ない。彼女の新境地を見ることができるかという期待があっただけに、これはなんとも惜しいことであった。

残念ついでに言ってしまうと、この人妻と恋に落ちる画家を演じるデイン・デハーンも、雰囲気は悪くはないものの、その演技はまだまだ未熟だと思うのである。彼の前作「ヴァレリアン 千の惑星の救世主」が面白かっただけに、これも残念。今後の活躍を期待したいところだが。
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そうそう、その「ヴァレリアン」で彼の相手役であったカーラ・デルヴィーニュは、ここでは娼婦役を元気に (?) 演じている。だが、いかんせん出番が少なすぎる。なおこの 2人の共演シーンは確か 1箇所だけであるが、全くタイプの異なる映画で再度共演するとは、面白い巡りあわせである。
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それから、英国演劇界の至宝、デイム・ジュディ・デンチまでが出演している。オランダの栄光の時代 17世紀におけるしたたかな修道院長役で、さすがの貫禄。
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このように豪華俳優陣であるのだが、個々の俳優の起用法を離れても、正直なところ、この映画に心底引き込まれるという印象はない。ストーリー展開はある程度客観的に追うことができるし、主人公たちの悲恋とか、思い切った企てとか、あるいは運命の別離なども、冷静に見ていることができる。これに比べると、同じ監督、ジャスティン・チャドウィックがナタリー・ポートマンを主演に撮った 10年前の映画「ブーリン家の姉妹」の方が、まだよかったと思う。これはオランダに代わって世界の覇権を握ることになる英国の、歴史の分岐点であった 16世紀のお話。思い返してみるとこの 2作には、共通する印象もあるのであるが・・・。
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さてここからは多少のネタバレになるかもしれないが、私が勝手に想像したことを書いておこう。ちょっと調べた限りではどこにもそんなことは書いていないが、この映画の発想の根源はこの絵ではないか。
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もちろんこれは、アムステルダム国立美術館所蔵になる、フェルメールの「手紙を読む青衣の女」。1665年頃の作とされる。この女性、一見して妊娠しているようにも見えるが、これは当時オランダで流行っていた衣装であるとの説もある。映画の中のドレスはさすがにあからさまな絵画の模倣ではなく、ブルーの色合いも若干異なっているが、仮装妊娠が可能な服にも見える。
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うーん。こう書いていると、この映画ので出来不出来はともかく、上野の森美術館のフェルメール展に行きたくなってきてしまうのである・・・。結局、そのような効果を持つ映画であったか (笑)。

by yokohama7474 | 2018-11-05 23:13 | 映画