川沿いのラプソディ


川沿いの住まいから、音楽、美術、映画その他文化一般を語りつくします。
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メモ帳

建築の日本展 その遺伝子のもたらすもの 森美術館

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例によって例のごとく、コンサートの記事にかまけてしまっているうちに、既に終了してしまった展覧会の記事をいくつか書かねばならない状況になっている。いずれもなかなかに面白い内容であったので、東京で触れることのできる文化イヴェントの多彩さを、遅ればせながら少しでもお伝えできたらと思う。まずはこれらの写真を見て頂こう。
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いずれも木の積み重なりにリズムがあって心地よい。上の写真は高校の教科書にも、いわゆる天竺様の代表作として掲載されている、奈良・東大寺の南大門。下の写真は、隈研吾設計になる高知・梼原 (ゆすはら) 木橋ミュージアム。建てられた時代には 800年の隔たりがあるが、これらの建築には何か共通する美意識があるのではないか。この展覧会は、このような日本の建築の伝統と、それを受け継ぐ現代の建築との間に、そのような共通する美意識を見出そうという試みであった。会場では写真撮影が許されていたので、ところどころ、私が現場で撮影した写真を交えてご紹介したい。早速これは現場で撮った写真だが、これだけ多くのセクションに分かれた展示であったのである。
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だがここでは、あまり難しい分類はやめ、常にこのブログのアプローチである、徒然なるままにこの展覧会の印象を書き連ねる方法を取ることとしよう。さて、この建物には木も温もりが感じられるが、ここに見える「日本館」とは、もちろん万博における日本国のパビリオンであろう。だが、私にとってあらゆる文化体験の原点である 1970年の大阪万博のときのものではない。これは 2015年のミラノ万博 (ミラノ国際博覧会2015) のときのもの。設計は北川原温 (きたがわら あつし)。そう言えば、大阪万博の時の日本館はこのような形状ではなく、太鼓が集まったような形でしたね。木の感覚が日本的で、木材の香りまで嗅げそうな気がする。
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これは一見して忘れることのできない図書館内の光景であろう。私も NHK の「美の壺」でこれを見て感嘆の声を上げたものである。秋田県にある国際教養大学の図書館だ。実に大上段に構えた大学の名前だが (笑)、これほど素晴らしい図書館を備えた大学なら、その名も大仰ではないだろう。仙田満の設計。
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このあと、日本古来の木造建築として、会津のさざえ堂 (昔澁澤龍彦が紹介していたのを読んで私も現地を訪れたことがあるが、二重らせん構造の奇抜な建物) や五重塔の紹介があったあと、そのような技術の現代への伝承として、東京スカイツリーの構造についての概要図が展示されていた。現代の最先端建築にも、日本古来の建築の技 (地震や台風や火事の多い土地での様々な先祖の知恵がある) が活きているとは大変なことである。我々はそのようなことをもっと知るべきではないか。
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この建物も私の目を引いた。これは菊竹清訓設計によるホテル東光園。1964年の設計だが、なんともモダン。実はこのホテル、鳥取県米子市の皆生温泉というところにある。先にこのブログでも採り上げた出雲地域に隣接しているわけであり、一度行ってみたいものだと思う。
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出雲と言えば当然これ、古代出雲大社の本殿である。もちろんこれは、伝承と発掘された柱の太さから想像した復元図であるが、このような大変な木造建築が本当にかつて日本に存在していたなら、と想像するのは無性に楽しい。
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木造建築の感覚に基づく現代の設計で、実際には実現しなかったものがある。それは、磯崎新が 1962年という若い時代に考えた「空中都市 渋谷計画」だ。これはそれに基づいて 2011年に作成された CG である。もしこれが実現していたら、ハロウィンの仮装行列は、もっと危険なものになっていたかもしれない (笑)。
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さて、日本からは多くの名建築家が出ているが、谷口吉生はその中でも代表格であろう。このブログでも過去何度かその名前に触れているが、私がそのうち絶対に見に行きたいのがこの建物。金沢市にある鈴木大拙館である。世界にその名を知られた仏教哲学者の業績を偲ぶ施設であるが、この潔さはどうだろう。
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さてこれは、日本の民家に想を得た、三分一博志 (さんぶいち ひろし) 設計になる直島ホール。うーん。瀬戸内海のアートの島、直島にも私は行ったことがない。つい先日英国人弁護士と話していたら、彼は直島に泊まったことがあるという。わざわざ国外からもやって来る人たちがいるのに、私のように日本に住む人間が行ったことがないというのは、ちょっと恥ずかしい。なのでここも、私の「行くべき場所」リストにいつも入っているのである。
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そもそも日本人の「家」の感覚は相当古いものらしく、展覧会には古墳時代の家形埴輪も展示されていて、大変に興味深かった。
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それから、「建築としての工芸」のコーナーに入ると、このような写真展示がある。おぉ、これこそ昔懐かしい大阪万博の東芝 IHI 館である。この昆虫のような、ブロックのような、あるいは蜂の巣のような不思議な形を設計したのは若き日の黒川紀章。テトラユニットの組み合わせでできている。
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かと思うと、21世紀の東京を代表する商業施設も面白い。銀座のルイ・ヴィトン松屋銀座である。これはちょっと鳥の巣のようですな (笑)。
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さてここでまた、私が会場で撮影した写真である。これは岡倉天心の言葉。天心については、先に茨城県の五浦にある彼の遺跡をご紹介したが、明治日本が輩出した世界的な美術評論家と言ってよいし、また日本文化の紹介のため、このパネルに書かれた言葉を含む「茶の本」を英語で著した人物。うーん。部屋の実質は空間であるとの説、どこか仏教的なイメージもあり、また東アジア的な広がりを感じさせる言葉と言ってもよいかもしれない。
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そしてここに、日本建築史上にその名を轟かせる名建築が復元されていた。列に並べば入ることもできたが、時間の関係もあり、外から写真を撮るにとどめた。
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これは京都、山﨑にある妙喜庵という寺にある、待庵 (たいあん) という茶室である。国宝に指定されている。千利休の手によるものとされ、私も随分以前に現地に見学に行ったことがある。もちろん日本美にも時代による変遷はあるが、いわゆるわびさびという点では、こんなに厳しくまたコンパクトにまとまった空間もなかなかない。久しぶりに現地に行きたいものだと思った。
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面白い建物の模型があった。この 2枚も私が現地で撮影したもの。
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このミニチュアの細長い建物は、日本の建築家として最も早く世界に知られた丹下健三が、自ら設計した自邸である。1953年に建てられ、惜しくも現存はしていないが、そのユニークさは、この模型でもよく分かる。風通しがよすぎるかもしれないが (笑)、日本家屋の柔軟性を感じることができる。インテリアにも凝っていたらしく、イサム・ノグチ設計の照明「あかり」もあったという。下の写真は、この自邸の前で子供たちと遊ぶ丹下。おっと、お嬢さんの足元に見えるのは、これはもしかすると岡本太郎の彫刻ではないか? もしそうなら、大阪万博で太陽の塔とお祭り広場を巡って対立したという 2人は、実は何かの連帯感で結ばれていたのかもしれない。あるいはこれもノグチの作品かもしれないが。
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さて、丹下の設計作品には有名な建築が多いが、私が見てみたいもののひとつがこれ、香川県庁である。1958年の建築なので、既に 60年を経過している。香川県高松市には何度も訪れていて、今年の旅行はこのブログでも記事にしたが、この県庁は見逃している。また、高松と言えば、上でも名前の出たイサム・ノグチがアトリエを構えていたところ。そこは以前訪れたことはあるものの、再訪の価値は充分にあるはずだ (この箇所は次の記事の予告編なので要注意。笑)。
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丹下は国際的な建築家になったが、それに先立つ個性的な建築家で、専ら国内で活躍した人も多い。築地本願寺を代表作とする伊東忠太もそのひとり。京都の祇園にあるこの祇園閣も、いかにも伊東らしいアジアン・テイストな作品である。
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だが日本が諸外国に門戸を開いた明治期に、それこそ万博のような国際的なイヴェントで日本的な個性を誇示する試みも何度も行われている。これは 1893年、シカゴでの万博における日本館。鳳凰殿と名付けられていることから明らかなように、モデルはあの平等院鳳凰堂である。設計したのは久留正道 (くる まさみち) という人。当然この建物は現存していないが、きっと現地の人たちは驚きの目で、まだ見ぬ土地である日本の建築に見入ったことであろう。
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実はシカゴ万博でこの建物を見て影響を受けた有名な米国人建築家がいる。ほかならぬフランク・ロイド・ライトである。日本における彼の代表作はもちろん帝国ホテル。今は明治村にファサードの部分が残るのみだが、これは実際にホテルとして使われていた頃の写真。その証拠は、左右に停まっている自動車である。
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実は、今度は逆に、「これはライトの設計か?」という建物を米国で設計した日本人建築家がいる。吉村順三がその人で、1974年のポカンティコヒルの家がそれだ。これはニューヨーク郊外にあるネルソン・ロックフェラー (竣工当時はフォード大統領のもとでの副大統領) の邸宅で、昭和天皇も訪れたことがあるという。
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日本人建築家の海外での仕事は枚挙にいとまがないが、近年の作品で私が是非とも行ってみたいと思っているのは、ルーヴル・ランス。ランス (Lens) という場所にある、あのルーヴル美術館の分館である。因みに日本語で「ランス」と書くと、フランスにはほかにももうひとつ知られた場所があり、それは歴代フランス王が戴冠した街で、ロッシーニのオペラ「ランスへの旅」で有名な街、また藤田嗣治が晩年を過ごした街、そしてシャンパン醸造で知られる街だが、そちらは Reims という綴りで、このルーヴル別館のある場所とは別。この別館、今を時めく SANAA (妹島和世と西沢立衛によるユニット) の設計である。平面性を強調した美しい建築だ。
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次は国内だが、私がこれまで知らなかった近代建築の重要文化財。聴竹居 (ちょうちくきょ) という 1928年の建物で、設計した藤井厚二という建築家の 5番目の自邸であったとのこと。これは行ってみたい。実はこの建物の所在地は京都の山崎。なので、上記の待庵と合わせて見ることができれば効率的だなぁ・・・と呟いている私 (笑)。待庵の見学には往復はがきでの申し込みが必要。いつにしようかなぁ。
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そして最後、これも行ったことがなく、いつか必ず行ってみたと思っている、安藤忠雄設計の水の教会。星野リゾートトマムにある。もちろん、同じ安藤による風の教会、光の教会も、必見の場所である。
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ここでご紹介できたのは本展のごく一部。改めて現代日本の建築家たちの活動と、日本古来の建築を比較することで、我々にはいかに大きな歴史的文化遺産が残されてきたのかを実感することのできた展覧会であった。

by yokohama7474 | 2018-11-08 00:41 | 美術・旅行 | Comments(0)
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