川沿いのラプソディ


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メモ帳

フランツ・ウェルザー=メスト指揮 ウィーン・フィル 2018年11月15日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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ほぼ毎年、この時期に日本を訪れる世界の名門オーケストラ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が、今年もやって来た。今回の指揮者は、オーストリアの名指揮者フランツ・ウェルザー=メスト、58歳。今年 6月には、長年に亘る手兵クリーヴランド管弦楽団を率いて、「プロメテウス・プロジェクト」と銘打ったベートーヴェン・ツィクルスを東京で行った。彼はこのウィーン・フィルとの関係も深く、このオケの母体となっているウィーン国立歌劇場の音楽監督も歴任しているし、ニューイヤーコンサートも指揮しており、また過去にこのコンビで来日公演も行っている。実は今回の川崎での演奏会は、来週東京のサントリーホールで行われる 3回の演奏会のうちのひとつと同じプログラムであるが、これが今回の日本ツアーの最初の演奏会なのである。従ってここでのレポートが、日本でもかなり早い部類に入るウィーン・フィルの今回の来日公演の記事になると思う。今回のツアーでの演奏会は 6回。この川崎のあと、大阪、長野を回ってから東京で 3回という予定になっている。興味深いのは、今回の W=メスト / ウィーン・フィルの公演曲目は、ほとんどすべてがドイツ・オーストリア音楽であることだ。例えば今回はこんな具合。
 ドヴォルザーク : 序曲「謝肉祭」作品92
 ブラームス : ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 (ヴァイオリン : フォルクハルト・シュトイデ、チェロ : ペーテル・ソモダリ)
 ワーグナー (W=メスト編) : 楽劇「神々の黄昏」抜粋

ここで 1曲だけドイツ人ではないドヴォルザークの作品が入っているが、この作曲家の生まれた現在のチェコは、当時ウィーンを首都とするハプスブルク帝国の一部であり、彼はまた、ブラームスに才能を見出された人。だからドイツ音楽に近い面もある。ともあれ今回のツアーの曲目は、中欧の音楽のみによって成っていると表現すれば正しいだろう。オーストリアのリンツの生まれである W=メストは、もちろん自身がこの地域の出身だから、ウィーンの音楽を聴かせようという気概に満ちていることだろう。実際のところこの指揮者のイメージは、端正で流麗なものであり、世紀末ウィーンの耽美的で退廃的で享楽的なイメージとは、ちょっと異なるような気もするが、久しぶりに聴くこのコンビの演奏、どう響くだろうか。
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今さらこんなことを書くのも恥ずかしいのだが、私は今回の演奏を聴いて、ウィーン・フィルは本当に唯一無二の存在であると、改めて思ったものだ。例えば冒頭の序曲「謝肉祭」では、もちろん、世界のどのオーケストラも元気よく弾くのであるが、このオケの音の組み合わさり方には、なんとも言えない間があって、どこかのパートが目立ちすぎることもないし、かと言って聴こえないということもない。絶妙のバランスで鳴っているのだが、でもそこにはオズオズとした慎重さはなく、極めて大胆に突き進んでいる。弦の音はとろけるようではあっても、各パートの分離は際立っている。木管は鋭すぎることは絶対にないが、鈍さからは程遠い。金管は、暴力性はないのに伸びはある。このように書いてはいるが、聴いているときにはこれらがすべて同時に耳に入ってくるわけで、しかもそこには明らかに「歌」がある。これを至福と言わずしてなんと言おうか。もちろん、このミューザ川崎シンフォニーホールの美しい響きもその美感に大いに貢献しているに違いなく、やはり、いいオケをいいホールで聴くことで、既に知識として知っているつもりのことでも、実体験として、皮膚で感じることができるのだと思う。

2曲目のブラームスの二重協奏曲でソロを弾いたのはもちろん、このオケのコンサートマスターとチェロの首席奏者である。この曲は本当にドイツ的な重厚さに満ちていて、本来華やかなヴァイオリンよりも、渋いチェロが主導するような趣きがあるのであるが、それゆえに、名技性の披露よりも、オケとともにソリストたちが歌うことに主眼があるタイプの曲である。その点において、オケの首席奏者たちがソロを取るケースも多く、今回はまさにそれであったわけである。そして予想通り、見事にオケの音と (中欧の音と!!) 一体化したソロであり、劇的な部分も申し分ない一方で、W=メストらしく決して重くなりすぎない、そんなブラームスであったと思う。これがシュトイデとソモダリ。
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この 2人は後半のワーグナーでは、全く何事もなかったかのように (笑) オケに入って演奏していたのも興味深い。さてここで演奏されたのは、ワーグナーの超大作「ニーベルングの指環」4部作の最後を飾る楽劇「神々の黄昏」の抜粋で、W=メスト自身の編曲とある。彼はウィーンで「指環」全曲も指揮しているので、そこでの成果を見せようということなのであろうが、さて一体どのような内容なのか。プログラム冊子に記載されている、ウィーン楽友協会資料室長のオットー・ビーバの解説には、4曲から成っていて、うち 2曲はもともと原作でも管弦楽。残る 2曲はオペラの音楽から言葉を除いている、とある。もちろん原作でも管弦楽曲なのは、「夜明けとジークフリートのラインへの旅」と「ジークフリートの葬送行進曲」であろう。それ以外となると、もちろん大詰めの「ブリュンヒルデの自己犠牲」から「終曲」となるだろう。だが、詳細はどうなのか。実際に聴いてみると、まずは ①「夜明けとジークフリートのラインへの旅」に始まり、そのまま ② プロローグ冒頭の神秘的な「世界への挨拶の動機」につながり、音楽が加速して ③ 「ブリュンヒルデの自己犠牲」の最初の部分に少し入ったあと、④ 「死の動機」を機に「ジークフリートの葬送行進曲」に移り、そして音楽が一旦静まってから ⑤ 終曲に突入、というものであったと記憶する (記憶だけで書いているので、間違っていたらすみません)。なんだ、4曲じゃなくて 5曲ではないか、と言うなかれ。③ と ⑤ は 1つの連続したシーン (間の部分は飛ばしていたが) であり、4曲と数えられる。全曲通して 35分くらいだったと思うが、このオペラには各幕の終結部以外には音楽が停まるところはないから、このようにつなげることで「おいしいところ取り」ができるというわけだろう。演奏はここでももちろん、上で書いたことがそのまま当てはまるものであり、ワーグナーならもっと暴力的に鳴らす手もあるかもしれないが、飽くまで優美さをどこかにたたえながら、壮大なドラマを描き出すという離れ技であった。技術的には小さな傷もあったが (木管の入りが若干ずれるとか、舞台裏のホルンが少しもつれるとか)、そんなものは一切気にならない。こんな音楽を鳴らすことができるのは、世界でもウィーン・フィルだけではないだろうか。そして、W=メストの個性との化学反応が、このような素晴らしい成果に結実したものと思うのである。

そしてアンコールが 2曲演奏されたが、いずれもヨハン・シュトラウスで、ワルツ「シトロンの花咲くところ」(会場の掲示では「シトロン」ではなく「レモン」とあったし、どうやらその訳が正しいようでもあるが、やはりシトロンという響きが私は好きだ) とポルカ「浮気心」。これらの選択もなかなかに凝ったものであり、決して秘曲ではないが、だが誰もが知る有名曲でもなかった点に、W=メストのこわだりが見えたように思う。過度に享楽的な音楽にはなっていなかったが、それが返って曲の持つ侮れない表現力を表していたと言えるだろう。素晴らしい演奏だった。

このように、ウィーン・フィルの今回の来日公演は、さすがのクオリティで始まったので、今後も期待できるだろう。最後に、このオケがいかに特別な存在かを示す写真 3点をお目にかける。今回のプログラム冊子には、ウィーン・フィルの本拠地であるウィーン楽友協会のアーカイブが所蔵する資料から、それぞれの作曲家ゆかりのものが掲載されているのである。まずこれはドヴォルザークの手紙で、自らのウィーン到着を、当時の宮廷楽長でありウィーン・フィルのコンサートマスターであったヨーゼフ・ヘルメスベルガーに知らせる内容 (1881年)。
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そしてこれは、ブラームスの二重協奏曲の自筆楽譜。ブラームス自身と、この曲の初演を弾いた彼の親友 (仲違いしたがこの曲で和解した)、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムの手書きによる改訂が施されているという。なんと。
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それからこれは、1875年にワーグナーが楽友協会でのウィーン・フィルのコンサートに備えて、その練習を指揮したときのスケッチ (グスタフ・ガウルという画家による) だとか。その時の曲目には、「神々の黄昏」の抜粋が含まれていたという!! このスケッチは初めて見たが、もういかにもワーグナーその人ではないか。
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いやいや、改めてウィーン・フィル、恐るべしである。

by yokohama7474 | 2018-11-16 00:43 | 音楽 (Live) | Comments(4)
Commented by マッキー at 2018-11-16 22:48 x
今回の来日公演の初日をお聴きになりましたか、早いですね。
私は11/20, 11/23, 11/24 サントリーホールの3公演を聴きに行く予定です。
メストとウィーンフィル日本公演は2010年に一度だけ実現してますよね、2012年にはウィーン国立歌劇場と来日する予定がメストのキャンセルによって実現しなかったのをいまだに残念に思ってます。
あの時に予定通り来日して「サロメ」を指揮してほしかったと思います。

ブラームス ドッペルコンチェルト をウィーンフィルが日本で演奏するのは1975年ムーティ指揮キュッヒル(Vn)シャイヴァイン(Vcl)以来ではないでしょうか。1975年の演奏は私は当時中学1年でしたがTVとFMの放送で聴いて極めて強い印象を受けたものです。その演奏は今ではCD化までされていているほど優れた素晴らしい演奏でしたので、今回の来日公演の演奏はどんなものかと興味津々で聴きに行く予定です。
Commented by yokohama7474 at 2018-11-17 00:31
> マッキーさん
そうですね、2010年の来日公演と言えば、小澤 → サロネン → ネルソンス + 驚きのプレートル + W=メストという指揮者変更があったときで、彼は「トリスタン」前奏曲と愛の死とブルックナー 9番を振りました。2012年の「サロメ」は確かに残念でしたね。代役に立ったペーター・シュナイダーの手腕は疑いのないものであっても・・・。1975年ムーティ指揮の演奏は「新世界」とともに CD になっていますね。そのときのブラームス 4番は、揶揄の対象になっていたようですが、その後彼がこのオケにとってこれほど重要な存在になろうとは・・・。そう思うと、日本におけるウィーン・フィルの演奏を辿るだけでも、西洋音楽の演奏史の一断面になるように思います。是非サントリーホールでの演奏をお楽しみ下さい。
Commented by 吉村 at 2018-11-24 22:13 x
VPO週間の締めくくりに、今日24日にこのプログラム聴きました。どの曲も素晴らしい演奏でしたが、神々の黄昏の最後に炎に包まれるヴァルハラが見えました。と言っても私は、国立歌劇場でメストが振った神々の黄昏観てるんで、そのビジュアルの影響かもしれませんが。その翌日、私は朝食を食べた後に、リンク沿いを歩いていたんですが、オペラ座と楽友協会の中間地点あたりで、赤いズボンを履いたメストとすれ違いました。練習にでも向かっていたんですかね。ウィーンならではの体験でした。
Commented by yokohama7474 at 2018-11-25 00:57
> 吉村さん
あー、ウィーンに行きたくなってしまいますね (笑)。
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