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ズービン・メータ指揮 バイエルン放送交響楽団 2018年11月22日 東京芸術劇場

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本当を言えばこの記事は、このオケの歴史への言及から始まり、指揮者交代や曲目変更について、若干面白おかしく、でも期待を込めて綴ってみたいと思っていた。だが、実際にコンサートを体験して、そのプランを変更することとした。なぜなら、ステージ上に見えたのはこのような光景であったからである。
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指揮台の上にはストゥールが据えられ、舞台から指揮台までの僅かな段差には (よく見ると通常のステップの上に) スロープが設けられている。しかも、指揮台から見て左手、第 1ヴァイオリンとチェロの間の部分に大きなスペースが空いている。これは明らかに指揮者が通る道だろうが、車椅子が通れるほどの広いスペースとなっている。このコンサートの指揮者は、1936年インド生まれのズービン・メータ。恐らくは現代活躍している指揮者の中でも、最も知名度の高いうちの一人であろう。
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現在 82歳のメータは、度重なる来日でもおなじみだし、私にとっても、クラシックを聴き始めた中学生の頃から 40年に亘って、録音でも、国内外のコンサートやオペラの実演でも、最も親しんできた指揮者のひとりである。その演奏のすべてが超絶的な名演ではなかったかもしれないが、しかし私はそれでも、何度も忘れられないコンサートを経験したし、また何度も彼の音楽に勇気づけられてきた。これは、ほかの多くの日本人についてもそうであろう。彼の音楽に取り組む姿勢には、常に社会のリアルな問題と向き合う勇気があり、イスラエル・フィルとの長い関係は本当に特別なものだし、ユーゴ内戦時にはサラエヴォの廃墟でモーツァルトのレクイエムを演奏した。また日本でも、2011年の東日本大震災発生時にはフィレンツェ歌劇場との来日公演中であったが、イタリア政府の命令で公演を中止して帰国せざるを得なかった。だが、ほかの演奏家たちが次々と日本公演をキャンセルする中、彼だけは 1ヶ月後に単身再来日して、N 響とともにベートーヴェンの第九を演奏したことを、私は決して忘れない。そのメータは、恰幅のよい体格で堂々と指揮をするのが特徴で、80を超えてもおよそ変わらぬ指揮ぶり。2016年 4月のムンバイでの 80歳記念コンサートの映像は、いかにもメータのイメージ通りの逞しさだし、同じ年の 10月にウィーン・フィルと来日した際の公演は、このブログでも採り上げた通りの充実ぶりで、またサントリーホール開館 30周年記念コンサートでは、長年の友人である小澤征爾とこんな光景を繰り広げていたものだ。
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私のメータに対する思い入れを書き連ねると、まだまだ長くなってしまうのでこのあたりにしておくが、ここで私は、今回のコンサートに触れなくてはならない。なんということか、今回指揮台に登場したのは、ステッキをつき、介添人とともに一歩一歩、弱々しくゆっくりとしか前に進むことのできないメータであった。それでも、プライドがあるのだろう、歩くときには介添人の手はかかっておらず、自力である。だが、スロープを使って指揮台に上り、ストゥールに座る際にはさすがに介添人の手を借り、副コンサートマスターが譜面台のところで預かっていた指揮棒を受け取って、ようやく指揮の準備が整うのであった。正直、このようなメータを見たこともないし想像もしていなかったので、なんとも衝撃的で、それだけで胸が熱くなってしまった。実はメータは、今年の春にウィーン・フィルとの北欧ツアーを断念、続いてイスラエル・フィルとの来日もキャンセルになってしまったので、健康上の問題があることは分かっていたが、年齢を考えればそれも無理ないことか、くらいにしか思っていなかった。なので今回、ミュンヘンに本拠地を置く名門オーケストラであるバイエルン放送交響楽団の来日公演において、首席指揮者マリス・ヤンソンスに代わってこのメータが指揮すると聞いたときも、「やはりメータは元気で、病気からもすぐに快復したのだな」と勝手に思い込んでいたである。なんと浅はかなことであったのか。

ともあれ、体調万全とはとても見えないメータは、また来日してくれた。バイエルン放送響とのコンサートは、今回を初回に、西宮、川崎、そして東京と、合計 5公演。もともと今回はマーラーの 7番が予定されていたが、以下の通りに変更になった。
 モーツァルト : 交響曲第 41番ハ長調K.551「ジュピター」
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」(花の章つき)

メータはキャリアの初期からマーラーを得意にする指揮者であり、この 7番も録音している。だが、なんと言っても彼の場合には、1、2、3、5番あたりの演奏頻度が図抜けていて、今回は病後ということもあって、より指揮しやすいレパートリーに変更したということだろう。そう言えば彼は、1996年に N 響でマーラー 3番を採り上げる予定であったときも、父親の看病で来日が遅れるということで、歌曲集「亡き子をしのぶ歌」と、この「巨人」に変更になったことがあった。充分に手の内に入ったレパートリーということだろう。客席には、メータ夫人と思われる髪の長い女性がいたが、休憩中にそこに挨拶に行っているのはなんと、先にリサイタルを開き、来週このオケと共演するピアニスト、エフゲニー・キーシンではないか。ヤンソンスのキャンセルと、演奏頻度の低いマーラー 7番からの曲目変更のせいもあってか、少し空席はあったものの、満席に近い客の入りである。

今回メータは、譜面台も置かない全くの暗譜で、モーツァルトもマーラーも、ヴァイオリンは左右対抗配置。「ジュピター」はモーツァルト最後のシンフォニーであり、輝かしく劇的な箇所もあるが、コントラバス 2本という、メータのイメージにそぐわない小編成だ。全体を通した印象を書いてしまうと、世界トップクラスのオケであるバイエルン放送響の高い能力によって、メータの (本来のものではない) 小さめの動きによく反応した音が鳴っていたとは思うが、ただ、例えばイスラエル・フィルや、現在同時期に来日中のウィーン・フィルであれば、共演実績も多い分、さらにクオリティの高い音になったのかもしれないなぁと思ったことも事実。メータはもともと上体ががっしりした人で、今回指揮している後ろ姿を見ると、上体はそれほど衰えを感じなかったものの、問題は足である。ストゥールに腰掛け、台の上に靴を乗せられるようになっていたのだが、ほとんど動かない両足の、なんと細いこと。舞台への入退場でも明らかな通り、どうやらメータは、脚力が著しく衰えてしまったように見える。彼本来のダイナミックな指揮ぶりは、がっしりと指揮台を踏みしめた両足が支えないとできない動作であることが、今回よく分かった。先にも述べた通り、衰えたメータの姿自体に衝撃を受けた私は、その後鳴り始めた音楽を聴きながらも、常にその衝撃を抱え続けていたような気がする。だがもちろん聴いているうちに、そこには紛れもないメータの音楽が鳴っているように思われたし、フルートなどの優れたソロに惚れ惚れすることで、音楽自体に没入できる瞬間もあった。そして、そもそも指揮者とは、何も大きなそぶりがなくとも素晴らしい音楽を鳴らすことができることは知っているつもりなので、今のメータはちょうどそんな状態になっていて、円熟の指揮はこれからが聴き物だろうと思うようになった。何より、歩行さえ困難になってでも、情熱をもって音楽に対峙するメータの姿勢には、やはり大変感動的なものがある。終演後も袖に引っ込むことなく楽員を立たせるメータには痛々しさを感じざるを得ないが、そのまま再度ストゥールに座り、客席に向かって「ヨハン・シュトラウス、ポルカ "Explosion"」と題名を告げて演奏したアンコール「爆発ポルカ」の勢いに、また感動を覚えることとなった。そしてメータはステージから引き上げ、楽員たちが気を遣ってすぐに解散したあと、鳴りやまぬ拍手に応えて再度姿を見せた彼は、既に車椅子の人であった。やはり痛々しいのだが、その笑顔は我々のよく知っているメータである。残る公演も無事に振り終えて欲しい。これは 2015年、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮するメータ。
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ひとつ補足すると、事前の発表にはなかったと思うが、今回の「巨人」の演奏は、「花の章」入りの 5楽章版であった。実はメータは時々この版を採り上げていて、上記の 1996年の N 響との共演では通常の 4楽章版であったが、私が 1987年にザルツブルク音楽祭で聴いたイスラエル・フィルとの演奏 (強烈なもので、今でも鮮明に記憶している) は「花の章」入り。また録音でも、手元で調べのついた限りでは、4楽章版が 1974年 (イスラエル・フィル)、1980年 (ニューヨーク・フィル)、2000年 (フィレンツェ五月音楽祭管)。5楽章版が 1986年 (イスラエル・フィル)、2013年 (オーストラリア・ワールド・オーケストラ) と、まちまちなのである。この「花の章」のノスタルジックな雰囲気にはなかなかに捨てがたいものがあるので、第 2楽章として挿入されるのを聴くのは楽しい。それから、最後のホルンの起立も励行していたが、今回はホルン 7人のみ (トランペットやトロンボーン奏者は加わらず) で、コーダ手前で着席するスタイルであった。実は今年は、残る期間にも何度も「巨人」の実演を聴くことになるので、そのあたりの比較も楽しみである。

最後にもうひとつ。今年の春にメータが体調不良でいくつもコンサートをキャンセルした理由について、なかなか情報がない。特に日本語ではその情報は皆無であったのだが、英語のメディアで探してみたところ、いくつか興味深いものを見つけたので、またの機会にご紹介したい。ここではひとつだけ。今年の 10月 4日に撮られたという、メータが復帰して初めてイスラエル・フィルのリハーサルに現れたときの動画を見たのだが、今からほんの 1ヶ月半前の、最新と言ってよいその映像では、今ほど足が悪くないように見えるのである。そう思うと彼の体調がまた心配にもなってくるのだが、とにかく、日本ツアーをつつがなく完遂してくれるよう、心から祈りたい。

by yokohama7474 | 2018-11-23 01:59 | 音楽 (Live)