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フランツ・ウェルザー=メスト指揮 ウィーン・フィル 2018年11月23日 サントリーホール

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フランツ・ウェルザー=メスト指揮によるウィーン・フィルの演奏会、私が聴く今回 3つめのプログラム。今回の来日公演における 6つの演奏会の中でも、この曲目の演奏はこの日一度だけ。大曲一曲によるプログラムである。
 ブルックナー : 交響曲第 5番変ロ長調

このブログではこの壮大なシンフォニーの演奏を過去何度か採り上げ、その度に率直な感想を記してきた。この曲の完成は 1878年で、その頃ブルックナーはウィーンで教鞭を取っていた。もちろんその地の宮廷オーケストラをその起源とし、その頃既に自主的な活動を展開していたウィーン・フィルは、この作曲家と深い関係があったわけで、1番、2番 (作曲者指揮)、3番 (作曲者指揮)、4番、6番 (マーラー指揮)、8番を初演している。だがこの初演リストには 5番は含まれない。というのもこの曲は、当時演奏不能とされたらしく、ウィーンでまずは 2台ピアノ編曲版の演奏があったあと、作曲者自身が、実際にオーケストラで演奏してもらおうという努力をしなかったとされる。実際この曲の終楽章のラストは、あたかもアルプスの高峰が連なるように、延々と巨大な音響が続く。きっとこれは作曲者の頭の中で鳴っていた、神の栄光に捧げる音の大伽藍であって、19世紀のオーケストラの技術では、なかなかに実現が難しいものであったことは、容易に想像できる。だが、21世紀も 1/5 近く過ぎた現在 (この曲の完成からちょうど 140年後)、ウィーンを遠く離れた極東の地で、完成当時は演奏を躊躇したであろうそのウィーン・フィルが、これだけの素晴らしい名演を聴かせているわけである。もし作曲者が知ったら、一体何と言うだろうか。そんな凄演を指揮した W=メスト。
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今回の演奏前にステージを見ると、通常なら奥の真ん中に陣取るティンパニがいない。いやいや、よく見るとステージに向かって左側、第 2ヴァイオリンの後ろあたりにいる。つまり、ステージの最奥部に横にずらりと並んだのは、すべて金管楽器である。この配置に、既にして W=メストのこの曲への意気込みが見て取れる。いかにウィーン・フィルと言えども、あの壮絶で鳥肌立つようなラストを、破綻なく完璧に演奏するのは容易ではないはず。継続する金管のフォルテシモを高い密度で実現するために、このようなずらりと並ぶ楽器配置を採ったものだろう。そして実際に鳴っていた音は、紛れもないウィーン・フィルの美感を備えながらも、輝かしい力に満ちたもの。それは本当に、ほかのオケでは考えられないような、美と力の奇跡的な両立であったと思う。冒頭の低弦のピツィカートから名演の予感充分であったが、75分の演奏を経てこのオケは、自らの存在の特別性を東京の聴衆に改めて示したのである。前回のブラームスの演奏で私は、W=メストの呼吸がさらに深ければよかったのにと書いたものだが、今回のブルックナーも、いわゆる深々と停滞して唸るタイプの演奏ではなく、W=メストらしく明快でテンポ感のある演奏であった。だが、今回の表現力は全く十全なものであると感じた。もしかするとここに、ブラームスとブルックナーの資質の違いを見てもよいかもしれない。一音一音の美感が重要なブラームスと、音自体のクオリティよりも没入感が大事なブルックナー。今回のブルックナーを聴くと、このコンビによる 7番や 8番を聴いてみたくなる (9番は以前日本でも演奏している)。弦楽器のつややかさは言うまでもなく、そして木管の得も言われぬニュアンスも言うまでもないが、それらにも増して今回素晴らしかったのは、金管である。迫力に不足することは全くない一方で、上記のようなずらりと並んだ編成において、そのパースペクティヴの奥深さ、そして正確さには舌を巻く。W=メストの流麗な音楽には、その表面のクールさに似合わぬ情熱がある。それゆえ、世界に類を見ない伝統を持つこのオケが、彼の指揮のもとで一丸となって突き進んだのであろう。そして、実は前回のこのコンビの演奏の記事の最後で触れていた、アンコールがあるか否かという問題を忘れてはならない (笑)。これまでの 2回におけるワルツ + ポルカというパターンのアンコールは、結局今回は演奏されなかった。これは私としても、事前の予想通り。崇高なブルックナーの 5番を聴いたあとには、いかなるアンコールも不要であると思うのである。この老いた作曲家の内面に鳴り響いていた音楽を想像するとき、もはやそれは究極の音の連続であって、ほかのどんな音楽も寄せ付けない。
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以前も記したことがあるが、W=メストはオーストリア人で、生まれはリンツである。実はブルックナーの故郷は、そのリンツ近郊。その意味では、ほぼ同郷と言ってよい指揮者が、作曲者の活動に密接な関係を持っていた伝統のオケと奏でるブルックナーは、やはり特別なはずである。と書いていて考えてみた。このウィーン・フィルを指揮して、かつてこのブルックナー 5番を録音した指揮者が何人いただろうか。もちろん、クナッパーツブッシュの名が最初に挙がるだろう。そして、若き日のマゼールの個性的な演奏。それからハイティンク。アーノンクール。アバド。あと、クレンペラーのライヴもあった。この陣容は極めて個性的。だが、ここでさらに考えてみる。上で見た通り、この作曲家と大変近い関係にあったウィーン・フィルは、ひとりの指揮者のもとでブルックナー全集を作ったことが、これまでにあったろうか。私の記憶では、それはないはず。そうなると、この W=メストあたりは今後その可能性を持った指揮者であると考えたい。現在のところ彼がレパートリーとしているブルックナーは、4、5、7、8、9番というポピュラーなものばかり。手兵クリーヴランド管との演奏は、その 5曲の映像も出ている。
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未だ 50代の W=メストが、今後もさらにその音楽を深化させて行くことは間違いないと思う。その持ち味を変えずに、さらなる高みに達するのを聴いてみたい。

by yokohama7474 | 2018-11-24 01:54 | 音楽 (Live)