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ヴェルディ : 歌劇「ファルスタッフ」(カルロ・リッツィ指揮 / ジョナサン・ミラー演出) 2018年12月 6日 新国立劇場

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東京がいかにすごい街であるかの一例を挙げたいと思う。私はある日、ヴェルディの最後のオペラ「ファルスタッフ」を見たいと思ったのである。いや、それは別にそれほど突飛なことではなくて、手元足元に広がる数えきれないくらいの未聴 CD の山の中からたまたま、コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響によるこの曲の演奏 (主役はロランド・パネライ) を聴いていて、久しぶりに実演を見たくなったというだけのことなのだが、なんであれオペラを実演で鑑賞するというのはなかなかに大変なこと。先日も、モーツァルトの「後宮からの誘拐 (逃走)」を久しぶりに見ることができると思って日程を調べたら、ウィーン・フィルのコンサートその他で既に予定が埋まっていて、鑑賞が叶わないことが判明した。そして、そもそも「ファルスタッフ」なんていう演目、あまりやってないよなぁ・・・と思ってふと思い出したことには、先日コンサート会場で配布していたチラシの中に、このオペラがあったはず。そして調べてみると、初台の新国立劇場、ということは我が東京の持つ常打ちオペラハウスの公演で、ちょうどこの演目が上演されるのである!! 今回、12/6 (木) の上演を皮切りに、4公演が上演されるが、うち 2回の週末公演は予定が合わず、1回は平日昼の公演で、残る 1回が平日夜。そんなことで、仕事の状況を見極めてから、当日券を購入して見ることができたのがこの公演である。たまたま見たいと思ったオペラをほんの 2週間かそこらで実際に見ることができる我々は、本当に恵まれているのである。

だが、「ファルスタッフ」ならなんでもよいわけではない。私が食指を動かすことになったのは、指揮 : カルロ・リッツィ、演出 : ジョナサン・ミラーという一流の名前に加え、主役のロベルト・デ・カンディアの名前に聞き覚えがあり、また、エヴァ・メイのような著名歌手の名前も見えたからである。私は未だかつて一度もこのオペラハウスの定期会員であったことはなく、また、必ずしも忠実なフォロワーですらないが、やはり東京に常打ちの小屋があるというのは、測り知れない価値のあること。これも何かの巡りあわせであろう。そして私は思い出した。確か以前この劇場で「ファルスタッフ」を見た記憶がある。調べてみるとそれは 2004年。ダン・エッティンガーの指揮で、主役はあのベルント・ヴァイクルであった。その演出がジョナサン・ミラーであり、これはその再演。実は 2004年の後にも、2007年、2015年にも上演され、今回が実に 4度目の上演である。せっかくなので、2004年の公演のプログラムの写真を掲載しておこう。
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この作品について簡単に語ることは難しい。上にも書いた通り、イタリアオペラ最大の巨匠、ジュゼッペ・ヴェルディ (1813 - 1901) が 79歳で書いた最後のオペラである。そもそもヴェルディという人のイタリアにおける位置づけを理解するには、つい先日惜しくも亡くなった、私が敬愛してやまない大映画監督、ベルナルド・ベルトルッチの超大作「1900年」の冒頭シーンがちょうどよい。ここでは 20世紀最初の年、1901年の設定で、「ヴェルディが死んだ」と民衆が騒いでいるのである (・・・と書いていて、無性にベルトルッチが見たくなってきた・・・。心から追悼致します)。そんなヴェルディの最後のオペラが初演されたのは 1893年。既に 3年前にマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」が、前年にはレオンカヴァッロの「道化師」が初演されていて、また、この「ファルスタッフ」初演の僅か 8日前にはプッチーニの「マノン・レスコー」が初演されたばかり。つまりは新たなイタリアオペラの波が押し寄せる中で発表された老巨匠の新作は、これまでの彼の作品のどれにも似ていない、シェイクスピアのキャラクターを使った喜劇であった。イタリアの統一運動にも影響を与えた偉大なる存在で、多くは男性的で劇的な情熱溢れる作品を書いてきたヴェルディが辿り着いたのが笑いであったとは、なんとも興味深いのである。そしてこの曲の特徴は、そのアンサンブルの重要さと、きめ細かくまた目まぐるしい音楽の軽妙さであろう。私が初めてこの曲に親しんだのは、ジュゼッペ・タデイを主役に迎えたカラヤンとウィーン・フィルによるフィリップス盤のアナログレコードであったが、そこにおける演奏は、同じメンバーによる映像作品と合わせ、私にとっては未だにこのオペラの演奏の理想になっているのである。

ここらで昔話はやめておこう。今回東京で再度鳴り響いた「ファルスタッフ」にも、あれこれの聴きどころがあって、かなり楽しめる上演であったことは間違いがないのだから。主役のロベルト・デ・カンディアはイタリア人で、新国立劇場には過去、既に「マノン・レスコー」のレスコーや、「セビリアの理髪師」のフィガロ、「チェネレントラ」のダンディーニで登場しているようだ。もともとロッシーニ歌いとして名を上げたようだが、近年はこのファルスタッフやリゴレットなどを歌っており、今年ウィーン国立歌劇場で、ドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」のタイトル・ロールを歌っているらしい。今回の歌唱には、大真面目ゆえのユーモアと、一方で意外な (でもこの役には重要な) 威厳の表出も充分であったと思う。
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フォードもイタリア人のマッティア・オリヴィエーリ、フォード夫人アリーチェにはエヴァ・メイ、クイックリー夫人にはアルバニア生まれのエンケレイダ・シュコーザ、そしてページ夫人メグには、2002年のオペラデビューをフレンツェ歌劇場で果たした鳥木弥生と、新国立劇場初登場の歌手たちが揃うフレッシュな舞台であった。主役以外で私がことさら感心したのは、フォード役のオリヴィエーリと、ナンネッタ役の幸田浩子であったろうか。クイックリー夫人役は、上記のカラヤン盤におけるクリスタ・ルートヴィヒの印象が残っている限り、正直なところ、誰が歌っても難易度が高いと思うし、今回のような重すぎる声の歌手では、やはり少し違和感がある。だが、とは言っても、軽妙なアンサンブルにおける歌手たちの健闘には光るものがあった。
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一方、大変興味深い発見があって、過去 3回の新国立劇場におけるこの演目の上演と、そして 4回目になる今回の上演で、ひとりだけ、ずっと同じ役を歌っている歌手がいる。それは私も大好きなバス歌手、妻屋秀和である。ファルスタッフの 2人の従者のひとりピストーラを演じていて、その長身が、相棒のバルドルフォ (糸賀修平) と対照をなしているのも可笑しい。
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指揮のカルロ・リッツィは 1960年、ミラノ生まれの指揮者であり、豊富なオペラ経験を持っている。彼も今回が新国立劇場初登場だが、これまでのメディアでは、なんと言ってもアンナ・ネトレプコが主役を務めた 2005年ザルツブルクでの「椿姫」での指揮が印象深い。実はこれは、名指揮者ロレンツォ・ヴィオッティの急逝を受けて急遽代役に立ったものであったらしい。それから、英国ウェールズ、カーディフにあるウェルシュ・ナショナル・オペラの音楽監督を、1992 - 2001年と、2004 - 2008年の二度に亘って務めているのが珍しい (因みにその間に音楽監督を務めたのは、あのトゥガン・ソヒエフである)。今回のリッツィの指揮は、大変にきめ細かくこのオペラの美感を出そうとしたものであり、さすがの安定感であった。
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それから、演出のジョナサン・ミラーにも触れておきたい。今年 83歳になる英国の巨匠演出家である。新国立劇場では、この「ファルスタッフ」以外に「ばらの騎士」も演出している。
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今回のプログラム冊子には、(実は 2004年のそれと全く同じ内容の) 演出家の言葉が 2つ掲載されているが、それによると彼は、2004年時点で、過去 30年間に 4回に亘って「ファルスタッフ」の演出を手掛けているとのこと。また、彼の目指すところは、別の時代に置き換えた「読み替え」タイプの演出ではなく、シェイクスピアが生きた 17世紀の生活を再現すること。そして、普段から心がけている人間観察 (例えば新宿中央公園に寝泊まりする人も観察対象とのこと!!) から来るリアルな人間の行動を舞台に乗せることであるようだ。結果的に、17世紀オランダ絵画風のセットが、室内になり屋内になり、最後のシーンではそこに木が生えて森になるのだが、床はいかにもその当時の絵画作品風である (休憩時間に私が小耳に挟んだ評価は、「フェルメール感満載だね」というもので、気持ちはよく分かる。笑)。もともと英国が舞台のこの作品の舞台をオランダに移した理由は、その当時の人々の生活を克明に絵画として記録したのは、オランダ人しかいないからだという。なるほど合理的だ。あくまでイメージとして、そのフェルメールの絵画を一点掲載しておこう。残念ながら盗難に遭って、現在ありかの分からない「合奏」である。
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このように、様々なイメージが広がる上演であり、東京のオペラには、なかなかに侮れないクオリティがあると実感したのである。しかも、急に思いついて当日券で行けてしまうのだ。日本もこれから成熟国家として、大人の文化を育まないといけない。オペラなどはその面でも、これからますます大人の楽しみとして定着して行って欲しいものだと思っている。と言いながら、今回会場にはこのようなものが。オペラに対する親しみを持って欲しいという意図であろうか。係の人から、「お撮りしましょうか?」と訊かれたが、いやいや、オペラは大人の文化。こんな子供っぽいことをしていてはいけません。・・・でもちょっと、穴から顔を出して写真を撮ってもらいたかった気もする (笑)。
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by yokohama7474 | 2018-12-07 01:51 | 音楽 (Live)