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ダニエル・ハーディング指揮 パリ管弦楽団 2018年12月18日 サントリーホール

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今年 43歳の英国の指揮者、ダニエル・ハーディングが、音楽監督を務めるパリ管弦楽団と 2年ぶりの来日公演を行っている。2016年11月25日付の記事で、前回の来日公演のうちのひとつを採り上げたが、それは、パーヴォ・ヤルヴィの後を継いでハーディングがこのオケの音楽監督に就任した直後の来日というタイミングであった。自分でその記事を読み返してみて思い出したのは、曲目がもうひとつで、演奏時間が長かったことから、今後彼がこのオケをうまく牛耳って行けるか否かは、プログラムの立て方にもよるのではないかという予想をしたものだ。早くもこのコンビで 2度目の来日を果たしてくれ、何か変化を聴き取ることができるだろうかと楽しみであった。ところが、会場に行ってみて見かけたのは、このような表示である。
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私はクラシック界の動向の最新情報に目を光らせているわけではなく、あまりそのあたりに頓着しない人間なので (いや、仕事となるとそうはいかないが、音楽は所詮趣味ですからね。笑)、例によって初耳であったのだが、あとで調べるとこのニュースは、12月12日 (水) には既に出ていたようだ。上の表示にある通り、今回のツアーにおいて、札幌公演は初日の 12月11日 (火)。既に一週間が経過している。その日の公演は 19時からだったので、その前に雪道で転倒とあるが、もしかしてスキー???などという勘繰りは、浅はかな邪推である。札幌市中央区の中島公園で、つるつるに凍結した地面で転倒して右足首を骨折したと、ニュースにはある。今回のパリ管の日本ツアーは全部で 7公演。札幌のあと、鳥取、京都、そして東京で 3公演の後、残すは大阪だけであるのだが、右足首を骨折した状態でそのスケジュールを完遂するのはなかなかに大変なこと。先に、足がほとんど動かなくなったズービン・メータを目の当たりにしたばかりの我々は、一体ハーディングがどんな様子で指揮するのか、ハラハラしながら見守ったわけだが、彼は車椅子に乗り、自らの両手でそれを漕いで登場。だが、舞台上に車椅子を放置するわけにいかないので (笑)、付き人が一応車椅子を押して出て来て、ハーディングが指揮台に据えられたストゥールに座るのを見届けて、車椅子を袖まで戻していた。ハーディングは、痛めた右足の先には靴ではなく黒い大きな靴下を履いていたが、その下はきっとギプスなのであろう。そして左足にはスニーカーである (確かに考えてみれば、片足だけ黒い革靴というのも変ですしね)。指揮をする際には、右足を指揮台の上の踏み台に乗せていたが、何を隠そう、この踏み台は明らかに、ちょうど 3週間前にメータが使っていたものと同じ。たった 3週間を経て、80代、そして 40代の名指揮者が続けて使用することになろうとは、踏み台冥利に尽きる (?) と言えようか。とまぁ、軽口はこのくらいにして、曲目を紹介しよう。
 ベートーヴェン : 交響曲第 6番ヘ長調作品68「田園」
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

おっと、これはまた今回も長いプログラム。パリ管の楽員たちの士気は大丈夫だろうか。折しもパリではつい最近、燃料税値上げを巡って暴動が起きているような状況。世界で初めて市民革命を成し遂げた国の人たちだから、気持ちのわだかまりや指揮者の負傷を、パワーに替えて頑張って欲しいところである。また今回、サントリーホールの館内放送は、フランス語と日本語だけで、いつもの英語がない。しかもその内容は、開演前には「ホールは耐震構造なのでご安心下さい」、休憩時には「休憩時間は 20分です」、休憩後には「もうすぐコンサート後半の開演です」だけで、実にシンプルであった。これは通常の、立ってパリ管を指揮するハーディング。ヴァイオリンは今回と同じ、左右対抗配置だ。
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そして結果的に我々が聴くことができたのは、前回よりも深い信頼関係で結ばれた指揮者とオケの演奏であった。そもそもこのプログラムはドイツ物 2曲。フランスのオケと言えばフランス物という紋切り型でないのは、大変よいと思う (因みに、今回のツアーの別プログラムでソリストのイザベル・ファウストが弾くのは、ベートーヴェンとベルクのヴァイオリン協奏曲という、これまた 2曲ともドイツ物だ)。しかも、前回の来日でちょっと心配になったような凝りすぎのプログラムではなく、極めてオーソドックスなものである。だが面白いのは、この 2曲はドイツ物とは言っても、必ずしもドイツ的な演奏でなくとも成功する曲である。例えば「田園」では、私の世代ならおなじみの、ラファエル・クーベリックが欧米の名門 9楽団を振り分けて 1970年代に録音したベートーヴェン交響曲全集でも、この曲を担当したのはほかならぬパリ管であった。穏やかな田園風景の描写や、嵐の場面ですら、理詰めで合奏に重きを置いたドイツ音楽というイメージからは遠く、柔らかい音色で美しく演奏できるシンフォニーだ。今回のハーディングとパリ管の演奏は、コントラバス 4本の編成で、ティンパニも、マーラーで使用する巨大なものよりは小さく、また堅い音が出るものであり、そのスタイルはかなり古楽風。つまりは、ヴィブラートは最小で、キビキビしたテンポであった。面白かったのは、前進する意志よりは、まるで空中に漂うかのような典雅な音が聴かれた点であったと思う。弦の音はどこまでも軽やかで、木管は活き活きしている。もちろん「田園」には様々な演奏方法があるだろうが、もともとハーディングは 20代前半で、ドイツ・カンマーフィル (奇しくもつい先日まで来日中であった。しかも指揮は、パリ管でのハーディングの前任のパーヴォ・ヤルヴィ) の音楽監督を務めた人なので、このようなスタイルのベートーヴェンが自然と身についているのだろうと思う。美しい演奏であった。

そしてメインの「巨人」。考えてみればこの演奏会は、私にとって、外来オケの今年の聴き納め。そして、今年実演で何度も聴いた「巨人」の聴き納めである。そういえば私は以前、ハーディングがスウェーデン放送響との来日公演でこの曲を指揮したのを、聴いた覚えがある (2010年)。その際には、正直なところ、あまり感銘を受けなかったと記憶している。それに比べると今回は、指揮者とオケの呼吸のあった、よい演奏だったと思う。それも、例えば第 2楽章冒頭のような猪突猛進型の部分もあれば、第 3楽章冒頭のような静かな部分、またその楽章の途中の賑やかな部分と、様々な音楽的情景を、巧みに描き出していたと思う。弦楽器は相変わらず、深い歌を紡ぐというよりも、輝きをもって自由に流れる感じ。金管も、ホルンなどは時に堅い感じもあったが、いざという場面ではパワー全開。総じてこのオケの現在の好調ぶりを実感させる出来であったと思う。そして最後は、ホルン 8本が起立 (隣にいた増強トロンボーンとトランペットは起立せず)。ただ、曲の終わり前には着席するパターンであった。鳥肌立つ超名演というよりも、聴いていて気持ちのよい演奏だったと思う。それにはやはり、怪我をおして指揮をする音楽監督を支えようというオーケストラの団結力も寄与していたと思うのである。
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長いコンサートであったにも関わらず、アンコールが演奏された。これはハーディングが、足の状態から、終演後もステージと袖を往復することができなかったがゆえに、比較的早くアンコールを演奏できる状態になったことも関係しているのかもしれないが、ともあれハーディングが今回の演奏会で初めて暗譜で指揮したのは、なんと、エルガーの「エニグマ変奏曲」の中の「ニムロッド」である。これは言うまでもなく、ロシアの名指揮者ユーリ・テミルカーノフがよくアンコールで演奏する大変美しい曲であり、彼の手兵であるサンクトペテルブルク・フィルの今年の来日公演でも、ニコライ・アレクセーエフ指揮で演奏された。この曲はハーディングの母国英国の音楽で、フランスのオケが演奏するのを聴くことは稀だと思うが、今回は実に実に美しい演奏で、誰しもが胸を熱くしたことだろう。

英国とフランスは、近いがゆえに複雑な関係の歴史を持つヨーロッパの隣人同士。これから BREXIT によってそれぞれの国の立場は変わって行くわけだが、せめて文化の面では、両者のよきコラボレーションが、素晴らしい音楽に結実することを望みたい。考えてみれば、フランスのオケを英国の指揮者が、あるいは英国のオケをフランスの指揮者が率いて、時代を代表するような成果を出した例が、どのくらいあるだろうか。そう思うとこのコンビにかける期待は今後も大きいのである。そしてマエストロ・ハーディングには、強行軍となった日本ツアーを無事終了してもらって、また来年 3月、マーラー・チェンバー・オーケストラとの来日では、また元気な姿を見せて欲しいものだと思う。

by yokohama7474 | 2018-12-19 01:01 | 音楽 (Live)