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エデン、その後 (アラン・ロブ=グリエ監督 / 原題 : L'Eden et apres)

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前項に続き、フランスの作家、アラン・ロブ=グリエが監督した映画。今回渋谷のシアター・イメージフォーラムで特集上映されている 6本のうちの、私にとっての 3本目である。この特集上映も、残すところあと 2日 (12/28 (金) まで)。その間に私が残りの 3本をすべて見るのはもはや不可能であり、せいぜいあと 1本、見ることができるかどうかというところである。前項でも触れた通り、週末や最終回 (18時45分から) の混雑具合は実に侮り難く、私など、狙いをつけた作品を見ようと思ったら、週末の回も平日の最終回も、ともに完売御礼状態で、見ることが叶わなかったのである。因みにこの特集上映、東京での期間終了後は、大阪、仙台、名古屋、京都、神戸、山口で行われるが、いずれも会期は 2週間程度である模様。地方まで見に行くというのは難易度は、なかなか高そうである。なのでやはり、東京でまた是非、アンコール上映をやっては頂けないものだろうか。この街の文化度であれば、まだまだ動員は見込めると思うので。

さてここで私が採り上げる「エデン、その後」という映画は、1970年の作。前項の「嘘をつく男」の次に撮られた作品で、ロブ=グリエ初のカラー作品である。前作同様、チェコスロヴァキアの製作会社が関与し、そこに今度はチュニジアの会社も加わっている。解説によるとこの作品、脚本を全く準備しないまま大部分のシーンを撮影した初の映画であったとのこと。出演している無名の若手俳優たちは、自分がどんな役を演じるのかも知らされず、ただチェコスロヴァキアで 1ヶ月、チュジニア南部のジェルバ島で 1ヶ月の撮影を行うとのみ伝えられて撮影に臨んだという。実際に作品を見てみると、確かにセット (これはブラティスラヴァに作られたもので、ロブ=グリエ映画としては初めてのセットでの撮影であった由) で撮られたシーンと、誰がどう見てもチュニジアで撮られたことが明らかなシーンに二分されていた。これは前者の例。一見してモンドリアンの絵画風のセットである。
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ええっと、一応ストーリーを思い出してみると、エデンという名のカフェ (上の写真のセットがそれである) に若者たちが集まり、生死を賭けたゲームのような不届きなことを様々に試しているが、アフリカからやってきたというデュシャマンという男がそれを掻きまわし、ヴィオレットという名の主役の女性が、残酷な幻覚を見たりしているうちに、話は何やら盗まれた絵を巡る冒険譚に移って行く。その絵は小さいもので、ヴィオレットの叔父が描いたものらしい。そしてなぜか舞台はジェルバ島。ヴィオレットは様々な苦難の末に、自分と同じ格好をした女性に救われ、そして盗まれた叔父の絵を見つけ出す。様々な人が命を落とす (落としたはずが、実はやっぱり生きていた、という人も含めて)。そしてまたエデンには人々が集う。ええっと、こんな感じで大体合っていますかね (笑)。これが、主役ヴィオレットを演じる、カトリーヌ・ジュールダン。
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もちろんフランス映画でショートカットの女性というと、「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグを思い出すが、ここでのカトリーヌ・ジュールダンはそれにひけを取らない出来というと言いすぎかもしれないが、少なくとも、主演が彼女だから、ハテナマーク連発の展開でも画面を見ていることができた、とは言えると思う。あとで調べて分かったことには、彼女はアラン・ドロン主演の「サムライ」という映画で、ナイトクラブのクローク役を演じていたという。それはこの映画よりも 3年前。1948年生まれの彼女は当時 19歳。ただその後のキャリアはあまり大したものではなく、2011年に 62歳で亡くなっている。
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例によって解説には、上記のモンドリアン以外にもこの映画に絵画が発想の源泉になった部分があると述べられ、監督自身が (チュニジアに住んでいたことのある) パウル・クレーに触れているし、作中でマルセル・デュシャンの「階段を降りる裸婦 No. 2」(先日のデュシャン展の記事でもご紹介した有名な作品) を再現しているとある。またロブ=グリエ自身は、シェーンベルクの十二音技法を参考にしたとも述べているらしい。だがちょっと待て。そんな情報に踊らされて、この映画の何かを分かったような気になることほど厄介なことはないのではないか。上記のデュシャンの作品の「再現」は、私に言わせれば、「は? もしかしてこれのこと???」と思うほど素朴なものであったし、十二音技法にしても、何やら映画の中の 12のテーマを取り上げて、その配列が云々という説明を聞いても、一向にこの作品への「理解」は深まらないと思う。私の思うところ、技法論やイメージの遊びはともかく、多少風呂敷を広げて言ってしまえば、ここには人間存在の危うさが描かれていると考えたい。登場人物たちによる公序良俗に反する行為も、過ぎてしまえば夢だったかとも思われる。だが確実なのは、犯罪的なことを行ったり本能に身を任せる人々も、エデンのようなカフェで、普通に時間を過ごすこともできるということだ。つらいことも楽しいことも、過ぎてしまえば夢のようであり、また同じことが起こるかもしれないし、人によっては、次の瞬間、もうこの世にいないかもしれない。それは、「分からない」のである。人生は分からない。ことほどさように、この映画も分からない。それでよいのではないだろうか。

だが、視覚とは最も強い人間の感覚である。この映画におけるこのような色合いの映像に目を見張ることもあるだろう。
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空も青いが、この扉の青さはどうだろう。これはいわゆるチュニジアンブルーである。私はたまたまチュニジアには以前 (「アラブの春」より前)、何度も出張で出掛けたことがあるのでよく知っているが、この国ではこの青と白の対比があらゆるところで見られる。そして、主人公の叔父が描いたという絵画も、この青と白をテーマにしたものだった。
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この作品の見事な映像をカメラに収めたのは、前作「嘘をつく男」と同じ、スロヴァキア出身のイゴール・ルター。脚本もない映画で、セットもあればロケもある、なかなかハードな現場であったことは想像に難くない。そうするとロブ=グリエは、キャスト、スタッフに恵まれて、映画制作を行うことができたと考えるべきだろう。そうそう、キャストと言えば、この「謎の女」にも触れておこう。
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これは、前作「嘘をつく男」にも出ていた、アラン・ロブ=グリエの妻、カトリーヌ・ロブ=グリエ。実はこの人、ちょっと変わっていて、SM の世界でその名を知られた人であり、男の偽名でその種の小説も発表しているという!! まぁ、フランスの芸術家にはそのような「持ち味」があっても特に驚くには値しないのかもしれないが、まぁそれにしても、その言動は我々凡庸な一般人の想像を超えている。なんでもこの「エデン、その後」の撮影期間中にロブ=グリエは主演女優のカトリーヌ・ジュールダンと恋に落ちたそうなのだが、アランはそれを妻に秘密にせずに正直に伝え、ロケ中にいそいそと女優の泊まる部屋に向かって行く夫の姿を、妻はむしろ喜んで見ていたそうだ。いやー、そういう話を聞くとなおさら、この映画の解釈云々でしかつめらしいことを語る気が失せますな (笑)。このアランとカトリーヌの夫妻はその後も仲睦まじく過ごしたそうだが、カトリーヌはアランの死後に彼の伝記を書き、実に赤裸々なことを世の中に発表しているらしい (日本では未刊)。これは老年に至った彼ら。なおこのカトリーヌさん、今も健在で、今年 5月、87歳で、22歳年下の・・・女優??? と再婚したとある。世の中、複雑です。
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芸術家の生涯には、スキャンダラスなこともある。ただ我々は、アラン・ロブ=グリエの残した映画から、様々な考えるヒントを得ることで、人生が豊かになることは間違いない。残る彼の映画も、できることなら見てみたいものだと思う。

by yokohama7474 | 2018-12-26 23:42 | 映画