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メアリー・シェリー著 : フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス

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しばらく前の、秋山和慶指揮東京交響楽団による「第九と四季」の記事の最後で、今から 200年前の 1818年 (ベートーヴェンが交響曲に声楽を取り入れるアイデアを得た年) に発表された小説があると書いた。実は、それはこの小説である。フランケンシュタイン。世界中で知らぬものとていない、有名なモンスターのひとつ。だがまず質問しよう。ボリス・カーロフ演じるこの怪物は、なんという名前だろうか。
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墓場から掘り出された死体をつなぎ合わせ、電気ショックによって生命を与えられたこの怪物、実は名前がないのである。では、フランケンシュタインとは? それは、このモンスターを作り出した科学者の名前。これは実は一般にはあまり知られていないことかもしれないが、モンスター好きなら是非認識しておきたい事柄である。そしてもうひとつ、一般にはあまり知られていないかもしれない事実を挙げると、このホラー小説の作者は女性、しかも執筆時は 18 - 19歳。出版されたときでもわずか 20歳。その名をメアリー・シェリー (1797 - 1851) と言い、生前の肖像画がロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーに残っている。1840年に描かれたというから、当時既に 43歳。だがその凛とした雰囲気は大変印象に残るものである。
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さて私はこの小説に以前から興味があって、読みたい読みたいと思っていたのだが、この度ようやくその機会を得ることができた。実はこの作品が、本当の作者名を隠して匿名で出版されたのは、1818年 1月 1日。実は、今から 200年前というより、もうほとんど 201年前のことである。前述の通り、1818年とは、ベートーヴェンが交響曲に声楽を導入することを着想した年。時代はロマン主義に移ろうという頃で、ヨーロッパの国々は、フランス革命への反動に躍起となっていた頃。その後数十年のスパンで見れば、ヨーロッパ中が戦争に巻き込まれて行く過程が明確であるが、この頃はその前夜で、人々の間には不安が渦巻いていたのではないだろうか。ロマン主義の台頭と軌を一にして、いわゆるゴシック小説が流行する。その嚆矢はかなり早い時期に書かれたホレス・ウォルポールの「オトランド城奇譚」(1764年) で、私の手元にはその小説が、読まれる日を待って待機しているのだが (笑)、ともあれ、ゴシックホラーの代表作とみなされるこの「フランケンシュタイン」には、そのような時代の流れが明確に刻印されている。そして今や伝説的になっている 1816年のいわゆる「ディオダディ荘の怪奇談義」という出来事が、この作品の霊感のもとであり、そこにはあの放蕩貴族詩人のバイロンや、メアリーのー夫パーシー・シェリー、そしてバイロンの主治医であるポリドーリがそこにいた。このポリドーリは「吸血鬼」という作品を書き、それがブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」(1897年) に影響を与えたという。そのあたりの事情を描いた映画に、ケン・ラッセルの「ゴシック」があるが、そこでバイロンを演じたアイルランド人俳優ガブリエル・バーンは、前々項でご紹介したホラー映画「ヘレディタリー / 継承」で、主人公一家の父親を演じていた。
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このように記事から記事に自由に想像力を羽ばたかせるのはなんとも楽しいことだが、ともあれ、「フランケンシュタイン」に戻ろう。この作品は、そのモンスターの人気によって、200年後の今日もよく知られているが、原作を読んだことのある人は、どのくらいいるものだろうか。ここには、いわゆるモンスター映画で我々が持ってしまっているイメージとは異なる内容が満載だ。例えば以下のような具合。
・フランケンシュタイン博士は、頭のおかしいマッド・サイエンティストではなく、愛情に満ちた家庭に育った、大変に思慮深い人物である。
・博士がモンスターを作り出す部分の描写には、それほどおどろおどろしいものはなく、死体をつなぎ合わせたとか、電気ショックで生命が発生したという、映画ではかなりキモになるシーンも、ほとんど描かれていない。
・何より、ここでのモンスターは、自ら言葉 (フランス語なまりの英語) を喋り、また、自らの醜さによって人間たちを驚かせないよう、細心の注意を配る、思いやりのある性格である。
・のみならず、実はモンスターは読書家でもあり、ミルトンの「失楽園」、プルタークの「英雄伝」に加え、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」も読んでいるのだ!! なんという知性であろう。
・小説の構成自体は、まず北極圏を目指す船乗りの手紙に始まる (ケネス・ブラナー監督の「フランケンシュタイン」は原作に忠実)。そこで船乗りはモンスターを目撃し、それを追っていたフランケンシュタイン博士を救助する。その後はフランケンシュタイン博士の長い長い独白によって、彼の辿った数奇な運命が語られる。その際、さらにモンスター自身による独白も入る。つまり小説は三重の入り子構造になっている。
・禍々しいシーンの描写は少なく、ドイツやスイスの街、あるいはアルプスの風景などが、克明にまた美しく描写されている。これはロマン主義美学で言うところの「崇高 (Sublime)」のイメージそのもの。そう言えば私が敬愛する画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによるこの「雲海の上の旅人」も、ちょうど「フランケンシュタイン」発表の年と同じ 1818年の作。これぞまさに時代の空気であろう。
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このように「フランケンシュタイン」には、改めて学ぶべき数々の価値があるのである。正直なところ、その設定には破天荒な箇所が幾つもあり、ストーリー展開には大いに無理があるものの、ある意味での様式美だと捉えれば、それほど目くじら立てることもないかもしれない。これは 1831年改訂版 (そのときには作者メアリー・シェリーの名で出版された) の内表紙。この才能溢れる女性の想像力は、この頃から世の中を震撼せしめたのだろう。
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実は、ボリス・カーロフ主演、ジェームズ・ホエール監督のユニヴァーサル映画「フランケンシュタイン」は、1931年の作。つまり、上記の改訂版出版からちょうど 100年後であったわけである。世の中にはこのような巡り合わせがあれこれあるものだ。

なお、この作品の副題は「現代のプロメテウス」であるが、それは、(1) 土から人間を作り、また (2) 人類の救済のために太陽から火を盗み、永遠に罰せられるというプロメテウスの役割が、ここでのフランケンシュタイン博士の役割、つまり、創造主として人造人間を作りながらも、その傲慢な行為の代償として罰を受ける、というものに擬せられるからだろう。そして私は、モンスターの内面に深く同情する。自ら生まれたくてこの世に生まれてきたわけではないのに、創造主であるフランケンシュタイン博士は、無責任にも自分を放置して逃亡した。深い内面性も知性もあるにも関わらず、その醜い姿によって人々から忌み嫌われる存在。このような設定は、恐らく世界文学史上にも、それ以前はなかったものではないだろうか。その意味でも、やはりきっちり読みこなすべき、世界文学であると思うのである。

by yokohama7474 | 2018-12-31 02:03 | 書物