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ピエール・ボナール展 国立新美術館

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ピエール・ボナール (1867 - 1947) の名前は、西洋近代美術史においても充分有名であると思うし、印象派以降、エコール・ド・パリ以前のフランス絵画史において重要な位置を占めていることは周知の事実。その色彩の華麗さが印象的だと言ってもよいだろう。だが恥ずかしながら私はこの展覧会を見て、いかに自分がこの画家に関して無知であったのか、実感することとなった。間違いなく昨年東京で開かれた展覧会の中でも有数の、充実した内容であったと思う。さてここで私とボナールの出会いについて書かせて頂くと、それは、小学生のときに読んだジュール・ルナールの「博物誌」の挿絵である。今もすぐ手元に出て来る新潮文庫版は、昭和 50年の第 27刷。あぁなるほど、これはボナールであったのか。子供心に、様々な動物の生態を面白おかしく書いていて興味深かったが、最も印象に残るのは「蛇」である。ただ一言、「長すぎる。」というもの (笑)。というわけで、この展覧会に出展されていた 1904年版から、表紙、雌鶏、蝸牛。ボナールの持つユーモラスな画風がよく分かる。
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これはボナール自身が 1898 -99年に撮影した自画像。彼は当時発明されて間もないカメラを使って、1890年代から 20世紀初頭にかけて、家族や友人を中心として 250枚ほどの写真を撮影しているというから、進取の気鋭に富んだ人であったのだろう。
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この展覧会は、大半の出品作品がオルセー美術館の所蔵になるものとのことで、さすがのクオリティであった。そう言えば彼の名前は、以前、ナビ派の展覧会を採り上げた2017年 5月17日付の記事でも触れたことがある。そう、彼はもともと、ゴーギャンの影響を受けた当時の若い画家たちの運動であるナビ派の、中心人物のひとりであったのである。日本の浮世絵から強い影響を受けたので、「日本かぶれのナビ」と呼ばれたという。この「アンドレ・ボナール嬢の肖像、画家の妹」は 1890年の作で、文字通り彼の妹を描いた作品だが、この縦長の構図は、日本の掛け軸にはあっても、西洋絵画にそれまであったかどうか。
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これは、上記のナビ派展のポスターにも使われていた「格子柄のブラウス」(1892年作)。さてこの 2点でもう、彼が動物好きであることが分かろうというものだ (笑)。
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これも面白い。「砂遊びをする子ども」(1894年頃作)。ここでも縦長の構図が日本画のようだが、それよりもこの女の子のおかっぱ頭は、明治の日本人のようではないだろうか。そう思うと着ているものも、着物風に見えてくるのである。
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日本かぶれのボナールは、屏風絵風の作品もいくつも描いているが、この「乳母たちの散歩、辻馬車の列」(1897年作) は、時代の雰囲気であるアール・ヌーヴォーのスタイルでありながら、その余白は日本的である。面白いのは前景の親子で、ここでは母親と 3人の子供、2匹の犬が描かれているが、1人の女の子は、母親の手前でシルエットで表現されている。これは天才的な発想ではないか。
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これは以前のナビ派展の記事でも採り上げた記憶があるが、「親密さ」(1891年作)。あとでまた出て来る、クロード・テラスという義理の弟を描いているようだが、ここで煙をユラユラと上げているパイプは、ソファでくつろいでいるとおぼしきテラスだけでなく、手前に描かれた画家自身のものと思われる手も持っていて、それがどうやら壁の模様と一体化しているようである。
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ボナールは決して毒に満ちた画家ではないと思うのだが、時折ドキッとするような暗さを見せることがある。この「バンジョー奏者」(1895年作) は、楽し気にバンジョーを弾いているらしい奏者は全くのシルエットで、その向こうに見える客たちは、何やら背徳的な雰囲気すら漂わせている。これは表現主義的と呼んでよい作風であろう。
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この「ランプの下の昼食」(1898年作) も近い作風で、きっと家族の肖像だと思うのだが、手前の男の子は幻のようだし彼にスプーンを差し出す父親らしい人物も、何やらもの言いたげである。そして、その父親の手前にもうひとり、どうやら男の子がいるようなのだが、こちらは完全にシルエット。一体どんな昼食なのだろうか。
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次はまた、かなり強烈な作品であると言ってよいと思う。「男と女」(1900年作)。ここで描かれているのは、画家自身とその伴侶 (26歳の時に出会い、58歳の時に結婚した) マルトという女性であるらしい。情事の後なのだろうか、仲睦まじいはずの男女の間には何やら衝立があって、微妙な空気感である。ボナールはマルトをモデルに多くの作品を描いており、また彼女の入浴シーンを写真に撮ったりしているが、この作品にはある種のドラマ性があって、興味深い。
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かと思うとボナールは、1890年代にはグラフィックアートも手掛けている。これは「フランス=シャンパーニュ」(1891年作)。父の反対を押し切って芸術家になるきっかけをつかんだ作品であるらしく、この時代のパリの雰囲気をよく伝えている。だがこれをロートレック風だと思うなかれ。実は、街中に貼り出されたこのポスターを見て、ロートレックの方が影響を受けたのである!!
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さてこれは、上でも名前の出た義理の弟を描いた「作曲家クロード・テラスと二人の息子」(1902 - 03年頃作)。この作曲家の名前は今日では全く知られていないが、この髭の容貌は、何やらただならぬ雰囲気ではないか。ボナールはまた、彼の作品の出版譜 (1893年出版) にイラストを提供している。その名も「家族の情景」というピアノ曲だ。
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このようなグラフィックデザイナー的な仕事は、上で掲げたルナールの「博物誌」もそこに含まれるが、独特の飄々としたユーモアを感じることができ、ボナールの画家としての懐の深さを思わせる。アルフレッド・ジャリの戯曲「ユビュ王」については、以前もマルセル・デュシャンの展覧会で少し触れたこともあるが、ボナールの場合は、原作者ジャリの死後、「入院したユビュおやじ」(1917年刊)、「飛行機に乗ったユビュおやじ」(1918年刊) という 2作を手掛けている。いい味出しているが、この「ユビュ王」に刺激を受けた作品を、その後、ルオー、ミロ、エルンストらが制作しているらしい。
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ここでまた、ボナールが撮影した写真をご紹介したい。まずはナビ派の友人であるヴュイヤールとルーセルを、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂前で写したもの (1899年)。そして、オーギュストとジャンのルノワール父子 (1916年頃)。
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上で触れた通り、ボナールは生涯の伴侶であったマルトをモデルに、数々の裸体画を描いているが、その多くは情念をあまり感じさせないもの。この「化粧台」(1908年作) は鏡に映った裸体であるのであまり生々しくなく、むしろ室内の光の美しさに、作品の重点があるように思われる。
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こちらは「浴盤にしゃがむ裸婦」(1918年作)。似たような構図の写真も残されているが、ここには、持病の神経障害を和らげるために一日に何度も入浴したというマルトの日常の一瞬が、淡いが鮮やかな色彩で切り取られている。描かれた裸婦の姿勢から、ドガのようだと解説にはあるが、私にはむしろ、ちょっと突飛なようだが、デヴィッド・ホックニーあたりの感性との共通点が感じられるような気がする。
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次は異色の作品で、「ボクサー (芸術家の肖像)」(1931年作)。ボナール 61歳の自画像だが、本来の持ち味のひとつである洒脱さをかなぐり捨てたような、格闘する芸術家の姿。と言いながらこの顔には、やはりどこかユーモアがあるようにも思われる。
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これはなんとも意味ありげな作品、「桟敷席」(1908年作)。劇場の桟敷席であろうが、この二組の男女の間に、どんなドラマがあるのだろうか。
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この先はいくつか、静物画や風景画を採り上げたい。「ル・カネの食堂の片隅」(1932年頃)。ル・カネとはカンヌ近郊の地名であり、ボナールはそこに別荘を持っていた。描かれたモノ同士の間の微妙な位置関係が面白い。
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これは「ボート遊び」(1907年作)。ど真ん中にボートが描かれているが、川面も後ろの森も平面的で、何か不思議な空間を感じさせる。
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「セーヌ川に面して開いた窓、ヴェルノンにて」(1911年頃作)。決して写実的ではないのだが、窓の外の空気感まで感じられるような、美しい作品だ。
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「日没、川のほとり」(1917年作)。ボナールは決して室内の画家ではなく、このような屋外の詩情あふれる風景も描いたのである。
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これは「地中海の庭」(1917 - 18年作)。オルセーではなく、ポーラ美術館の所蔵作品である。別に神話の世界を描いているわけではないはずだが、題名のせいだろうか、どこか神話的な雰囲気を感じる。いい作品が日本にもあるものだ。
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そしてこれはボナールの遺作、「花咲くアーモンドの木」(1946 - 47年作)。79歳のボナールが最後まで取り組み、自ら筆を取ることができなくなっていたために、甥に頼んで左下の緑色の部分を黄色で覆いつくしたという。確かに全体のタッチは粗いが、冬の終わりに白い花をつけるというアーモンドの木を、画家は寝室からいつも見ていたという。清らかな晩年の境地を見て取ることができる。
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このようにボナールは、ただ色彩がきれいとか構図が面白いということを超え、時にはユーモアたっぷりに、また時には情念を込めて様々な作品を描いた人である。その多彩な画業を知ると、また次回、どこかで彼の作品に巡り合った際にも、戸惑うことなく対することができるような気がする。

by yokohama7474 | 2019-01-03 00:32 | 美術・旅行