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国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア Bunkamura ザ・ミュージアム

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この展覧会は、渋谷の Bumkamura ザ・ミュージアムで現在開催中のもの。会期は 1/27 (日) までであるから、未だ少し時間はある。なので、この些細な記事も、少しは美術ファンの方々のお役に立てようかと思う次第。この展覧会では、読んで字のごとく、モスクワにある国立トレチャコフ美術館の所蔵品によって、珠玉の、そしてロマンティックなロシア絵画 (いずれも帝政ロシア時代のもの) を 72点展示している。そして何より、上のポスターになっている女性が、「またお会いできますね」と、意味ありげな視線を投げていることに注目しよう。これはかなり有名な作品で、題名は「忘れえぬ女 (ひと)」。描いたのは、イワン・クラムスコイという画家である。確か今回が 8度目の来日と読んだ気がするが、それだけ人気作だということだろう。かく言う私もこの作品には中学生のときに出会っていて、それは、当時銀座にあった東京国際美術館 (そういえば、浮世絵専門美術館であったリッカー美術館と同じビルに入っていたことを、何十年ぶりかで思い出した!!) で何度もロシア美術の展覧会を開催していたからだし、それ以外にも、当時はデパートでもこのような美術展が頻繁に開かれていたので、そのような機会もあったかもしれない。そういったロシア美術の展覧会で、この「忘れえぬ女」や、19世紀ロシア美術の王者であるイリヤ・レーピンの作品 (「ヴォルガの船曳き」が圧倒的であった) や、イワン・アイヴァゾフスキーの「第九の怒涛」(つい先ごろまで、東京のほかの展覧会で展示されていたことを今知った) と出会ったのである。因みに今回知ったことには、その今は亡き東京国際美術館を経営していたのは月光荘という画廊で、その経営者の中村曜子という人 (毀誉褒貶あったようだが) は、あのピアニスト中村紘子の母であったそうだ。世の中、知らないことが多すぎる。

この展覧会に話を戻そう。今回の出品作を所蔵するトレチャコフ美術館は、私も現地モスクワで 2度訪れたことのある、素晴らしい美術館。古今のロシア美術の宝庫である。だが、なかなかモスクワまで美術行脚に出掛けるのは簡単ではないので、このような貴重な機会を有効活用したいものだ。ではこれから、帝政ロシア時代の、写実的でありドラマティックであり、また人間的な絵画の数々をご紹介したい。まずこれは、ワシーリー・ヴェレシャーギン (1842 -1904) の「アラタウ山にて」(1869 - 70年作)。これは奈良の風景かと見まがうばかりの、たおやかな作品である。これはこれで素晴らしいのだが、実はこの画家、戦場に赴いてその光景を描いた反戦画家でもあったらしい。「ヴェレシャチーギン」という名前で日本語の Wiki もあり、そこにはちょっと驚くべき強烈なイメージが並んでいるので、ご興味ある向きは是非チェックされたい。その最期は、日露戦争の取材のために乗っていた戦艦が爆破されて死去したとのこと。そして、敵国の人であるにも関わらず、幸徳秋水や中里介山が追悼文を残しているという。
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次はアブラム・アルヒーホフ (1862 - 1930) の「帰り道」(1896年作)。これぞ帝政ロシアの写実性。遥か地平線まで見渡せるロシアの大地を、この御者と馬は、どこまで帰ろうというのか。空気感が伝わってくる。
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お、これは上で触れた「第九の怒涛」をその代表作とするイワン・アイヴァゾフスキー (1817 - 1900) の作品で、「嵐の夏」(1868年作)。この画家は海の光景を多く描いたことで知られているらしい。広いロシアで、海に面した場所は限られていると思うが、この画家は海軍本部に属していたという。これは防衛上の要請もあったということかもしれない。ロシア海軍といえば、音楽の分野ではもちろん、リムスキー=コルサコフである。その体験があの絢爛たるオーケストラ音楽の粋である「シェエラザード」に活かされていると思うと、絵画であれ音楽であれ、海は芸術の源になる存在だと理解できる。
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これも同じアイヴァゾフスキーの「海岸、別れ」(1868年作)。これはほどんど、ドイツロマン主義のカスパー・ダヴィット・フリードリヒではないか。なんとドラマティックな夕日だろう。
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次はコンスタンティン・クルイジツキー (1858 - 1911) の「月明りの僧房」(1898年作)。実際の作品の色調はもう少し暗めであるが、しかしそれにしても、神秘的な月明りの情景である。ロシア世紀末にこんな作品があったことを、もう一度胆に銘じたい。
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これまでの作品には、一貫してその写実性に舌を巻くのであるが、このイワン・シーシキン (1832 - 1898) の「雨の樫林」(1891年作) も、実に驚きの作品。陰鬱な空のもと、ぬかるんだ林の中を歩く男女。ここにある水面の様子に、その後アンドレイ・タルコフスキーにまで継承されるロシア的美学を見て取りたい。
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これも同じシーシキンの「樫の木、夕方」(1887年作)。この画家はよほど樫の木が好きだったのかもしれないが (笑)、そんなことはどうでもよい。ほとんどスーパーリアリズムのこの作品は、同じ写実的な特性はあれど、ドラマティックなアイヴァゾフスキーの作品とは全く異なっている。
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と書きながらあえて次は、また異なる趣向の作品。ミハイル・ヤーコヴレフ (1880 - 1942) の「花のある静物」(1909年作)。なるほど、帝政ロシア期にはまた、このようなモダンな感覚の画家も活動していたわけである。これはパリ風の静物画だと思ったら、案の定この画家は、後年 (1923年から 37年まで)、フランスとベルギーで過ごしたという。
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次も異色かもしれない。イワン・ゴリュシュキン=ソロコプドフ (1873 - 1954) の「落葉」(1900年代)。秋という季節を詩的に擬人化しているとのこと。民俗的であるような、でもモダンな味わいもある、不思議な絵である。
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さてここで、また写実に戻りたい。アレクセイ・サヴラーソフ (1830 - 1897) の「霜の降りた森」(1880年代末から 1890年代前半作)。細長い木の幹が氷上に影を落としているのが寒々しいが、よく見ると右奥の小屋の煙突からは煙が出ている。極寒の中でも、人の生活が営まれているのである。
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さてこれは、上で 19世紀ロシア美術の王者と形容した、イリヤ・レーピン (1844 - 1930) の作品で、音楽ファンにはおなじみの「ピアニスト・指揮者・作曲家アントン・ルビンシュタインの肖像」(1881年作)。このアントン・ルビンシュタインの作品を聴くことは今日では稀であるが、この容貌はイメージにぴったりなのである。ところで今きづいたことには、このレーピンのことを 19世紀の画家と呼んでよいものだろうか。というのも、20世紀に入ってからもかなり長い間生きていたわけであるので。そこで、2012年にやはり Bunkamura ザ・ミュージアムで開催された「レーピン展」の図録を持ってきて調べてみると、その際の出品作も帝政時代のものばかり。あの先鋭的なロシア・アヴァンギャルドと、それを踏みつぶした共産党の偏狭な文化政策の狭間で苦しむようなことは、なかったのだろうか。
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そしてこれも有名な作品。イワン・クラムスコイ (1837 - 1887) の「月明かりの夜」(1880年作)。うーん。こういう作品を見ていると、ロシア人とは繊細な美的センスを持つ人たちであることが分かる。
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そうして、同じクラムスコイの「忘れえぬ女」(1883年作)。この女性は上の「月明かりの夜」のモデルと異なり、ある種の慇懃無礼さや傲慢さがあると思う。ロマンティックな男性は、そのような女性に対して「忘れえぬ」という感慨を抱くものであろうか (笑)。ともあれ、馬車上からこちらを見下ろすこの視線は、確かに一度見れば忘れえぬものだし、背景の霞んだ雪景色も、詩的で素晴らしい。
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これらとは対照的な女性像もある。これは、パーヴェル・チスチャーコフ (1882 - 1919) の「ヘアバンドをした少女の頭部」(1874年作)。ツルゲーネフの短編「あいびき」に基づいているらしく、現在では所在不明の油彩画「あいびき」の習作で、描かれているのは農家出身の若い女性。影のある表情と対照的な赤く派手なヘアバンドが、何か物悲しい。
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いくつか子供たちの絵を。これはウラディミール・マヤコフスキー (1846 - 1920) の「小骨遊び」(1870年作)。私などはこの名前を聞いて、同姓同名の、ロシア・アヴァンギャルドを代表する詩人 (彼の詩集を以前このブログで採り上げたが、ほとんどアクセスがなくて落ち込んでいます) を思い出すが、どうやら親子や親戚ではないようだ。題名の通り、小骨を使った遊びを描いているようだが、子供たちの表情の豊かさや、後ろの小屋のボロい屋根の様子など、素晴らしい手腕である。
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これは可愛らしい、アントニーナ・ルジェフスカヤ (1861 - 1934) の「楽しいひととき」(1897年作)。その名で明らかである通り、この絵の作者は女性である。上記のマヤコフスキーの弟子で、貴族の出身でありながら、このような庶民の姿も描いたらしい。
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これはまた色彩の乱舞である。アレクサンドル・モラヴォフ (1878 - 1951) の「おもちゃ」(1914年作)。決して写実一辺倒ではないが、明るい日の光のもとでおもちゃに見入る子供たちのワクワク感が伝わってくる。
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都市の風景を描いた作品から、セルゲイ・スヴェトスラーフスキー (1857 - 1931) の「モスクワ美術学校の窓から」(1878年作)。それにしてもこのロシアには、一体何人、優れた写実の手腕を持った画家たちがいたのだろうか。写真のような絵画であり、そこには静謐さが張り詰めている。
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再び登場、ウラディミール・マヤコフスキーの「大通りにて」(1886 - 87年作)。上の無邪気な子供たちの遊びと違って、ここでは、子供を抱えた母親が寒そうに身をかがめているのに対し、その夫とおぼしき男性は、呆けた表情でアコーディオンを弾いている。詳細は分からないが、何やらややこしい家族のトラブルが進行中 (?) といった感じであろうか。ロシア人は、自然の雄大さだけではなく、このような人間性を観察するのに長けていることは、何も文学だけではなく、美術からも理解できるのである。
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これらロシア帝政時代の作品群には、テーマや技法の差こそあれ、同時代のヨーロッパのほかの地域に芽生えた退廃や前衛性というものは、概して希薄である。だがこの後にあの嵐のようなロシア・アヴァンギャルドがやってくると思うと、そのギャップに、何か社会的な要因があったのかもしれない、と思うと、ロシア革命の背景にも想像力が及ぼうというものだ。ただ、そのような歴史を一旦忘れて、虚心坦懐に鑑賞するだけでも、大変に見事な作品が多いことは確かであるので、一見の価値ある展覧会と言えるであろう。

by yokohama7474 | 2019-01-05 00:25 | 美術・旅行