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終わりのむこうへ : 廃墟の美術史 松濤美術館

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人は廃墟になぜか心惹かれるところがある。世界の廃墟を紹介した写真集は枚挙にいとまがないし、以前このブログでもご紹介した長崎県の世界遺産、軍艦島の人気も大変なものだ (昨年 10月の台風による被害によって現在上陸禁止のようだが、今月末には再開というニュースも見る)。かつて人々が集い、活気に満ちていた場所から人がいなくなり、建物は崩壊して植物が繁茂したり、あるいはそんな中にかつての人の生活の痕跡が残されていることで、もののあわれを実感する。日本人の感性に訴える光景である。いや、この感性は日本特有のものではなく、西洋にもある。この展覧会は西洋画において描かれた廃墟を中心としたもので、その企画は大変に面白い。本展のひとつの特徴は、日本に所在する作品のみによって構成されていることで、そのことで、例えば (以前どこかの記事でその名に触れた) モンス・デジデリオのような極めて特異な廃墟の画家の作品は見ることはできないし、あるいはユベール・ロベールの大作 (あっ、それなら国内の西洋美術館に 2点ありますがね) は出展されていない。だが、その代わりに様々な未知の作品に出会うことができる、なかなかに刺激的かつ意欲的な展覧会であると言えよう。これは 1/31 (木) まで、渋谷の松濤美術館で開催中なので、これから行こうという方にも、何かのご参考になればと思う。

さてまず、ポスターにもなっているこの作品から。これは上に名を挙げたフランスのユベール・ロベール (1733 - 1808) の「ローマのパンテオンのある建築的奇想画」(1763年作)。上述の通りこの画家の名作 2点を所蔵する国立西洋美術館で 2012年に開催された展覧会は私も大変楽しんだが、18世紀、ポンペイやヘルクラネウムといった古代遺跡の発掘に沸いた時代に「廃墟のロベール」と呼ばれた画家である。これはペンと水彩で描かれた小品だが、物語らぬ朽ちた建築や彫像を物珍しそうに見る人たちも、ローマ風の衣装を纏っている。白昼夢のような雰囲気がある。
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これはアシル=エトナ・ミシャロン (1796 - 1822) という画家の「廃墟となった墓を見つめる羊飼い」(1816年作)。フランスの画家 (や音楽家) がその獲得に躍起とな
ったローマ賞の、「歴史的風景画」という部門が制定されて最初の受賞作であるそうだ。鬱蒼とした森や滝という荒々しい自然の風景の中に古代の墓があり、それを犬連れの 2人の人物が見ている。人の営みのむなしさを感じさせるが、そこにはまた、あのプッサンの謎めいた「アルカディアの牧人たち」(1638 - 40年頃作。言わずとしれた「ダ・ヴィンチ・コード」のモチーフのひとつ) を思わせるものがある。
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これは時代も雰囲気もがらっと変わるが、アンリ・ルソー (1844 - 1910) の「廃墟のある風景」(1906年頃作)。この作品、税関吏ルソーらしい素朴さは明らかだが、彼の描く題材としては、少し珍しいのではないだろうか。右手に聳える巨大な廃墟 (= 歴史の証人) には興味なさげにトボトボ歩く女性の後ろ姿に、日々の暮らしの切実感がある。だが、大仰なメッセージにならずに、穏やかな味わいである。
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さぁ、次は私が偏愛する画家の作品。ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ (1720 - 1778) の「古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点」(1756年頃作)。「ローマの古代遺跡」という版画集の第 2巻に含まれている作品。それにしても、これは圧倒的な奇想である。マルグリット・ユルスナールという作家に「ピラネージの黒い脳髄」というエッセイ集があるが、黒い脳髄とは、実に言い得て妙である。ずっと眺めていても飽きることがない。
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これも同じピラネージの「ローマの景観」から「ティボリの通称マエケナス荘の内部」(1764年頃作) と「コロセウムの内部」(1766年頃作)。これらは上の作品ほどの奇想はないものの、やはり特異な感性によってできている。英国の現代作曲家ブライアン・ファーニホウがこのピラネージの「牢獄」シリーズから触発された音楽を書いているし、そうそう、この人の「牢獄」作品を集めた展覧会を、上記の 2012年の西洋美術館でのユベール・ロベール展と同時開催していたことも思い出した。ところで、下に見るコロセウムの内部は、現在のそれよりも随分荒れた様子で、現在我々が見る姿になるまでに、かなり整備されたことが伺える。
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さて、これは誰の作品だろう。答えはなんと、ターナーと並ぶ英国ロマン主義の巨匠、ジョン・コンスタブル (1776 - 1837) である。描いているのはもちろん「ストーンヘンジ」(1843 - 44年頃作)。あの森林風景での典型的なコンスタブルよりも、随分とターナー寄りのドラマ性を感じさせる作品であり、興味深い。この作品のもとになる作品を描いたときに、彼は妻や親友を失ったらしく、その哀しみが込められているのかもしれないとのこと。
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これはジョン・セル・コットマン (1782 - 1842) の「ハウデン共住聖職者教会の東端、ヨークシャー」。あまり知られていない画家だが、英国の人で、もともと水彩画家としてキャリアを始め、後年は版画中心に活動したらしい。この作品は英国北部のヨークシャーにある教会の廃墟を描いたもののひとつ。19世紀英国の審美感、ピクチャレスク (Picturesque) とは、まさにこの絵を表現する最適の言葉であると思われる。今でも英国では、このような教会の廃墟はあちこちにある。
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こちらはフランスのウジューヌ・イザベイ (1803 - 1886) の「ブゾール城と廃墟」(1830 - 32年頃作)。「古きフランスのピトレスクでロマンティックな旅」というシリーズの中、オーヴェルニュ地方で描かれたものである。そうそう、まさにこの「ピトレスク」とは、英語でいう「ピクチャレスク」のことである。実はこのイザベイという画家、英国の旅行経験から、英国美術の影響を受けているらしい。
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展覧会は次に、日本の画家による廃墟作品へと移行する。といってもあまりイメージがないが、いかなる作品であろうか。最初の方には、江戸時代に西洋画を模倣して描かれた興味深い作品を見ることができた。これは亜欧堂田善 (1748 - 1822) の「独逸国 (ゼルマニア) 廓門図」(1809年作)。これは、もともとはなんと、ピラネージの「古代のカンピドリオ」という作品を下敷きにしたフランスでの出版物によって制作されたものらしい (ドイツではなく、ローマの、しかも現実にはない組み合わせの情景)。全く見たことのない光景を描こうと思った田善とは、どのような人だったのであろうか。
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これも面白くて、歌川豊春 (1735 - 1814) の「浮繪アルマニア珎藥物集之圖」。豊春は初代豊国の師であり、その後浮世絵の一大勢力となった歌川派の祖であるらしいが、西洋の遠近法を使用する「浮絵」と呼ばれる手法をよく手掛けたという。この奇妙な作品、モトネタはドイツの博物学者ルンフィウスの「アンボイナ島奇品集成」の表紙であるらしい。・・・おおっと、ちょっと待て。私の記憶の底で何かが蠢いている。そう思って調べてみると、ありましたありました。2016年12月25日の記事で、サントリー美術館における「小田野直武と秋田蘭画」展を採り上げたときに、そのオリジナルの表紙をご紹介していた。今回の展覧会には出品されていなかったが、ご参考までにそのオリジナルもご覧頂こう。だがしかし、この豊春作品の左側、何やら海のように見える場所は、また別の何かの翻案なのだろうか。
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それから時代は下って、これは日本画の大家、小野竹喬 (1889 - 1979) の「素描、ローマ廃墟」(1922年)。彼は実際にヨーロッパに出向いて西洋画を勉強したらしく、これはローマのパラティーノ丘の風景を描いたものである由。水彩画であるが、日本画のスタイルとは全く異なる作品で、ちょっとセザンヌ風とすら言いたくなるセンスではないだろうか。
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そもそも日本が西洋に扉を開いた頃から、美術教育において遺跡を描く訓練がなされたようである。以下は、明治のお雇い教師であったイタリア人、アントニオ・フォンタネージ (1818 - 1882) の「廃址」(1876 - 78年作) と、その生徒 (氏名不明) が描いた「風景」(1877 - 78年作)。見たこともない風景を賢明に描く明治の日本人の思いは、いかなるものであったろうか。
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これも面白いのだが、百武兼行 (1842 - 1884) という画家の「バーナード城」(1874年作)。なんと、明治 11年の作である。百武は佐賀藩主鍋島直大 (なおひろ。この人は、この展覧会の会場である松濤美術館のすぐ近くにある鍋島松濤公園の地に、茶園「松濤園」を開いた人) の側近として 1871年に随行渡欧、オックスフォード大学で経済を学んだという。その後油彩画を学び、1880年には、特命全権大使となった直大に従ってローマに赴き、外務書記官を務めるかたわら、次に作品をご紹介する松岡壽 (ひさし) らとともに、チェザーレ・マッカリという画家に学んだという。帰国後は病を得て、42歳で没してしまう。それにしてもこの作品、渡欧して 3年後とは思えない、見事な作品ではないか。現在は宮内庁の所有になっている。
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これは松岡壽 (1862 - 1944) の「凱旋門」(1882年作)。松岡は上記のフォンタネージのもとで絵画を学び、1880年に鍋島公使に随行してローマに留学した。ここで描かれているのは、コロッセウムの横にある、皇帝コンスタンティヌスを記念して 315年に作られた凱旋門。うーん、フォンタネージの教育の賜物か、陽光のもとの廃墟を詩情豊かに描いた作品である。
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展覧会ではその後シュール絵画における廃墟のイメージを追う。デルヴォーが幾つかあったが、ここではマグリットの「青春の泉」(1957 - 58年作) のみご紹介しておこう。横浜美術館の誇る作品である。
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シュールの流れで、ほかであまり見る機会のない日本人の作品を数点ご紹介したい。これは伊藤久三郎 (1906 - 1977) の「流れの部分」(1933年作)。伊藤は京都の人で、もともと日本画を学んだが、西洋絵画も独学で学び、シュールレアリスムの作風による創作を行った。白い衣に黒い羽根の天使を追って、黒い後ろ姿の男が急流の上の鉄骨のようなものの上を危なっかしく歩いている。右下には彫像の首のようなものが波間を漂っている。不安を煽りながら、妙な静けさのある作品だ。
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これは北脇昇 (1901 - 1951) の「章表」(1937年作)。この人は日本のシュルレアリストとしては有名であるが、この作品は初めて見た。これは文化勲章が制定された年の制作で、当初は「文化勲章」というタイトルが予定されていたらしい。日本が戦争に向かって進んで行く時代、政府に対する不信感が根底にあるのかもしれないが、必ずしも政治的なメッセージと取らずとも、何か心に残る作品だと思う。
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今井憲一 (1907 - 1988) の「バベルの幻想」(1955年作)。ここに描かれた超近代建築は、空や雲を眩しく反射しているが、その足元には瓦礫が散乱している。現代の建築は、バベルの塔のように、人間の傲慢を警告する存在なのであろうか。
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そして最後のコーナーは、より現代に近づくのだが、これがまた素晴らしい。まずは麻田浩 (1931 - 1997) の「旅・卓上」(1992年作)。この廃墟は一体なんだろうか。図録から撮影した写真では分かりにくいが、画面下の方には、テーブルクロスをかけられた長い机が見える。これは誰が見てもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のイメージである。繊細な画家だったのであろう、65歳で自らの命を絶っている。
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これは大岩オスカール (1965 - ) の「動物園」(1997年作)。この画家はブラジルで日系 2世として生まれた人。現在ではニューヨークを拠点としているようだが、この風景は日本を思わせるもの。それもそのはず。実はこれ、北千住の光景であるらしい。人の手によって造られ、また壊される建造物に、もののあわれを感じてしまう。
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元田久治 (1973 - ) による「Indication : Shibuya Center Town」(2005年作)。題名の通り、渋谷センター街の入り口、つまりはハチ公前交差点を描いているが、普段は無数の人々でごった返しているあの街がこのようになる日が、いつか来るのであろうか。この感じは、映画では古くは「猿の惑星」のショッキングな設定もあり、日本においてはやはり、大友克洋の「Akira」あたりの影響は大きいであろう。背筋の寒くなる光景。
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同じ画家の「Indication : Diet Building, Tokyo 3」(2008年)。国会議事堂が大変なことに (笑)。
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最後に、野又獲 (みのる、1955 - ) の「交差点で待つ間に」(2013年作)。これもまた、近未来の渋谷の風景で、左下にはハチ公像が残っていて、周りに野良犬が群がっている。
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人はこのように、繁栄の中にも廃墟となった街の姿を思い浮かべるものである。それはある種禁断のロマンティシズムなのであろう。私もその感覚が好きなので、廃墟には得も言われぬ魅力を感じるし、手元には以下のような本もある。
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いやいや、このような本を読んでも、とりあえず今日現在、人類は未だ存続していることに気づき、生きていることの価値を改めて思い知るのである。

by yokohama7474 | 2019-01-05 22:09 | 美術・旅行