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私は、マリア・カラス (トム・ヴォルフ監督 / 原題 : Maria as Callas)

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前項に続いて、音楽関係の映画である。ジャンルはちょっと違うと言ってよいのだろうか (?)。クイーンが「ボヘミアン・ラプソディ」にオペラ調の奇妙な音楽を盛り込んでいた 1975年、この映画の主役の不世出のオペラ歌手は、そのキャリアをほぼ終えようとしていた。ギリシャ系米国人、クラシック音楽に興味のない人でもその名を知らない人は多くないであろう (と期待したい)、マリア・カラス (1923 - 1977) である。私はこの映画のチラシを見たとき、「なんだ、またマリア・カラスか。本も読んだことあるし、もうよく知ってるよ」と思ったのであるが、宣伝文句を見てみると、何やら未公開映像や初公開の手紙などが含まれているという。全国で大々的に公開というわけではないようだが、ここで断言してしまおう。この映画は、オペラ・ファンはもちろんのこと、20世紀における偶像について何かを知りたい人にとっては、必見と言ってもよい作品であると思う。私の近所のシネコンでは、今週上映が終了となるようだが、都内ではなんとか細々と、まだしばらく上映が続きそうな気配である。だが、悪いことは言わない。これは実に驚くべき映画であり、「なんだまたマリア・カラスか」と思う人ほど、やはり見ておいた方がよい。
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この映画の何がすごいかというと、それはもうシンプルで、本人のインタビューや当時の映像がふんだんに使われていて、我々誰もが持っているこの歌手のイメージとぴったり合う点と、かなり意外に思われる点との双方があるということだ。一体どんなマリア・カラス・マニアが監督したのかと思いきや、サンクトペテルブルクで生まれ、フランスで育ったトム・ヴォルフという新鋭の手によるもの。2006年に映画制作を始めたばかりの 30代であり、長編映画はこれまで撮ったことがあるのかどうか。そして驚くべきは、彼が録音でカラスの歌声を聴いたのは、なんとつい最近、2013年のことであるという。それは映像による「ルチア」の「狂乱の場」であったそうだが、その「いつ切れてもおかしくない糸のような」歌声に涙したとのこと。そして 3年に亘ってカラスを探求するプロジェクトを敢行。カラスの近親者や仕事相手にも会いに行き、60時間以上のインタビューを実施。その成果がこの映画であり、3冊の書籍であり、2017年 9月にパリで開かれた展覧会であるという。
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ここでひとつ確認しておきたい。世界中に音楽評論家や音楽学者は山ほどいて、その中にはマリア・カラスを専門的に研究している人たちもいるだろう。だがそのような人たちの誰ひとりとして、この映画にあるような密度濃い情報を得ることはできなかったわけで、ほんの数年前にカラスの魅力に気づいた人によって、これだけの新情報が世に中にもたらされたわけである。やはり世の中、専門家だけがすべて正しく意義深いことをするわけではない。フレッシュな視点と、そして何より行動力。それらによって新しい価値が生み出されるわけである。これは私たちの普段の生活にとっても、大変に勇気づけられる事柄ではないか。

ここではカラスの生い立ちから修業時代、オペラ界で頭角を現して行く過程、そうして実業家メネギーニとの結婚、海運王オナシスとの恋愛、そのオナシスとジャクリーン・ケネディとの結婚の衝撃、そして晩年の教育活動やジュゼッペ・ディ・ステファノとのツアーなど、オペラファンなら誰でも知っているカラスの生涯が、当時の映像や本人の証言によって綴られる。その多くが初めて見たり聴いたりするものなのであるが、それにしてもこのカラスという人、極めて実直で、嘘をつけない人である。自らを美化することもないが、卑下することもない。あるテレビ番組では、自分が音楽界の「レジェンド」であることを口にするのだが、そこには、誇りはあれど驕りはない。そして、そうだと知識では知っていたが、いかにオナシスのことを愛していたかということが、ひしひしと感じられ、それは大変に切ないのである。特に、今回が初公開だというオナシスへのラヴレターは、ちょっと気恥しくなるような内容であるのだが、これこそ、飾ることのないカラスの真実の声であると思われるのである。それから本作の題名であるが、原題は "Maria as Callas"。彼女の本名は、マリア・アンナ・ソフィア・チェチーリア・カゲロプーロス。劇中で彼女は、「2人のマリアがいるのです」と語っているが、それは舞台に立つマリア・カラスと、生身の人間としてのマリア・カゲロプーロスである。本作の題名は、「マリア・カラスとしての生身のマリア」という意味であろうから、実に映画の内容をよく表すものになっている。これはテレビで率直にインタビューに答えるカラス。
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ここには、様々な舞台の映像の断片も出て来るのだが、それは客席の誰かが 8mmカメラ等で撮影したものであろう。カラスの舞台の全曲版の映像というものは、私の知る限りはないものであり、ここでの雑な映像ではなんとも物足りないことは否めないが、そうであっても、実在したこの歌手の実際の舞台姿を、断片であっても見られるというのは、何物にも代え難い。それを思うと私の涙腺は、結構やばい状態になってしまったのである (笑)。それから、これまでモノクロで知られていたパリ・オペラ座での「カスタ・ディーヴァ」(ベッリーニの「ノルマ」から「清らかな女神よ」) は、ここでは色付の映像で登場。精妙なカラスの歌をじっくりと聴いて、そして見ることができる。ただ、以前から気になっているここでの合唱のトホホな出来は、映像に色がついても改善していませんでした (笑)。途中カラスが合唱を遮らんばかりに右手を上げるシーンがあって、やはり率直な人だったのだと納得。それから、フランスで読まれる彼女の手紙は、フランスの名女優ファニー・アルダンが朗読している。私にとってはあのトリュフォーの遺作「日曜日が待ち遠しい!」でその名を知った役者さんだが、なんといっても 2003年にマリア・カラスを演じた「永遠のマリア・カラス」を思い出す。これがその映画でファニー・アルダン演じるマリア・カラス。
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またここには、何人もの世界のセレブたちが登場していて興味深い。若き日のエリザベス女王や、確か 2度姿を見せるジャン・コクトー。また、私は気づかなかったが、ブリジット・バルドーやカトリーヌ・ドヌーヴ。面白いのは、モナコのグレース王妃に宛てた手紙が朗読されることだ。実はこの 2人、仲がよかったという。そして、指揮者としてはカルロ・マリア・ジュリーニがほんの一瞬 (演奏風景ではなく楽屋で話しているところだが) 登場するほか、「トスカ」や「カルメン」でカラスと録音を残しているジョルジュ・プレートルが伴奏をつけるところを見ることができる。そして、メトロポリタン歌劇場の名支配人ルドルフ・ビングとの確執も生々しく記録されていて、興味は尽きない。あと、一時期は恋仲にあったとされる映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニとの「王女メディア」の撮影風景も面白い。特にこのパゾリーニという人の悲惨な最期 (1975年) を知っていると、様々な思いが去来するのである。
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この映画を見て、カラスの芸術がすべて分かったような気になるのはよくないが、それでも、なぜに彼女の歌が人々の心を打ち続けるかについて、大いなるヒントを得ることができるゆえに、本当に多くの人たちに見て欲しい映画である。繰り返しだが、あの率直さが彼女の比類ない闘争心を駆り立て、また一方では深い愛情を育んだということなのだと思う。持って生まれた運命という要素もあるだろうが、壮絶な努力をして世界に認められ、だがその率直さゆえに敵を作り、愛を求め、自らの内面と向き合うことになった、そんな人生であったと思う。さて私の手元には、何年も前に購入した、EMI (この名門レーベルも今はなく、ワーナーに吸収されたが) のカラスのスタジオ録音全集 69枚組がある。もちろん、これまでにほんの数枚しか聴いていないのだが、やはりこれは頑張って聴かねばならない、と自らを鼓舞しております。
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by yokohama7474 | 2019-01-09 00:15 | 映画