ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 NHK 交響楽団 (チェロ : ゴーティエ・カプソン) 2019年 1月12日 NHK ホール

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今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期演奏会には、世界的に見ても大変な有望株である 2人の 40代指揮者が立つ。2人とも、未だ世間一般には名前が知られていないかもしれないが、せめてこのブログでは、このような指揮者が東京でその指揮姿を披露してくれることがいかに大きな意義のあることか、まずは強調したいと思う。それから、今年に入って初めて書いた音楽の記事 (ピエタリ・シンキネン指揮プラハ響) に少し触れた通り、年初の東京のクラシック音楽シーンでは、ドヴォルザークの「新世界」を聴く機会が多いと思っていたが、今年の場合は決してそうではなく、ある特定の 1曲 (これはそのうちご紹介するのでお楽しみに) を除いては、明るい色彩のフランス音楽、イタリア音楽が多く、それから、なぜかチェロ協奏曲が演奏される機会が多い (笑)。そんなわけで今年の幕開けらしさを持つこの演奏会、指揮者も曲目も、私としては必聴のものであったのだ。今回登場した指揮者は、1971年フランス生まれの、ステファヌ・ドゥネーヴ。
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このブログでは過去に 2度、この指揮者の演奏を採り上げている。一度は彼が N 響定期にデビューした 2015年 6月 7日の演奏会。もう一度は、手兵ブリュッセル・フィルを率いた 2017年 6月11日の演奏会。この指揮者についての過去の私の経験は、上記演奏会の記事をご参照頂きたいのだが、一言で言うと、音楽の動きに即して、そこにあるべきたおやかな音が鳴っている点こそが素晴らしいと思うのである。こんな指揮者を招聘できる N 響はさすがであるが、またその曲目もさすがである。
 ルーセル : バレエ組曲「バッカスとアリアーヌ」第 2組曲
 サン・サーンス : チェロ協奏曲第 1番イ短調作品33 (チェロ : ゴーティエ・カプソン)
 ベルリオーズ : 序曲「ローマの謝肉祭」作品 9
 レスピーギ : 交響詩「ローマの松」

うーん。素晴らしい。私の場合は、サン・サーンスの協奏曲はそうでもないが、ほかの 3曲は大好物。そう言えばドゥネーヴと N 響は今回、定期演奏会以外にもオーチャードホール定期で一度演奏会を開いている。その日程はちょうど、インキネンとプラハ響と同じ日であったので、泣く泣く諦めざるを得なかったのであるが、そちらの曲目も私の大好物ばかりであったのである。だが、死んだ子の年を数えても仕方あるまい。今回の演奏について徒然に語って行こう。まず 1曲目のルーセルであるが、2015年 6月に N 響定期にデビューしたドゥネーヴは、その時にもルーセルの代表作、交響曲第 3番を演奏していた。今回の「バッカスとアリアーヌ」第 2組曲は、その交響曲 3番と並んで、この作曲家の代表作である。私が深く尊敬する往年の大指揮者シャルル・ミュンシュの十八番のひとつであり、また、あのノーブルなイメージのアンドレ・クリュイタンスが鬼気迫る表情でこの曲の終結部を指揮している映像も、鮮烈に覚えている。それはもう、強烈な音楽なのであるが、今回のプログラム冊子で知ったことには、この「バッカスとアリアーヌ」第 2組曲の初演 (1934年) の際の指揮者は、なんと、ミュンシュとはまた異なるイメージのフランスの指揮者であり、だが、ともに同国を代表し、米国ではいずれもボストン響を率いたことのある、ピエール・モントゥーなのである。そんなルーセルの曲、ドゥネーヴの指揮に大いに期待したのであるが、聴いた印象は正直なところ、ちょっと真面目過ぎるかなぁというもの。そもそもこの指揮者、何度か聴いて分かってきたことには、鋭く突き進む音楽の横の線よりも、その瞬間瞬間で鳴る縦の線の方に、より特性があると思う。つまり、最後は狂乱で終わるこの曲も、過度な熱狂よりは、ひたすら美しい瞬間を求めて演奏されていたのではないか。N 響の個々のセクションの充実ぶりには疑いはないものの、全体として、クライマックスに向けて盛り上がって行く様子の表現には、少し課題が残ったように思う。これが、指揮者ドゥヌーヴと同郷の作曲家、アルベール・ルーセル (1869 - 1937) の肖像。
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そして 2曲目は、これもフランスの名チェリスト、ゴーティエ・カプソンをソロに迎えての、サン・サーンスのチェロ協奏曲 1番。これはチェロ協奏曲としては屈指の名作のひとつだと言われている。そして、ソロを弾くカプソンは、名ヴァイオリニストルノー・カプソンの弟。実はドゥネーヴは、前回の N 響との演奏会では、そのルノー・カプソンをソロとして、ラロのスペイン交響曲を演奏していた。N 響で兄弟それぞれと共演とは面白い。これがカプソン兄弟で、弟ゴーティエは、もちろん写真左側。
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このゴーティエ・カプソンのチェロは、決して重すぎないのだが、なんとも懐深い音が鳴る。これは大変な美音である。サン・サーンスの夥しい作品の中でも名曲として知られるチェロ協奏曲 1番が、その持ち味そのままに、ドラマティックかつ抒情的に演奏された。そしてアンコールには、カプソンが客席に向かって英語で喋ったことには、「ちょっとしたサプライズがあります。マエストロがピアノを弾いて、サン・サーンスの『白鳥』を演奏します」とのこと。そしてドゥネーヴがピアノ伴奏を務めたのであるが、なぜにオーケストラコンサートにおいてピアノがステージにあったかというと、それは後半の「ローマの松」でピアノが使われているからだ。なるほどドゥネーヴのピアノは、その指揮と共通点があって、実に繊細で美麗である。そして、指揮者が客席を指さして愉快そうな様子であったので、何かと思ったら、1階席の前の方で、小さなフランス国旗を振っている方がおられたのである。素晴らしい国際親善だ (笑)。

そんな前半を終え、後半の曲目 2曲は、いずれもローマに関するもの。新年にふさわしく華やかな曲目である。ステージを見てひとつ気づいたことには、1844年に初演されたベルリオーズの曲と、1924年に初演されたレスピーギの曲の間には 80年の時差があるわけだが、オーケストラの編成を比べると、チューバ、コントラファゴット、ピッコロといった、低音と高音だけしか違いがない。そう思うと、ベルリオーズの音響設計の近代性に思い至る。あ、もちろんレスピーギの方は、ハープ、ピアノ、チェレスタにオルガン、いくつかのユニークが打楽器等が加わるのだが、それにしてもオケ本体の楽器編成にそれほど違いがないとは驚きだ。今回のドゥネーヴの演奏は、勢いに任せるのではなく、場面場面の音響を鮮やかに描いて行くもの。途中、イングリッシュホルンの印象的な旋律もあれば、ヴィオラが朗々と歌うところなどもあり、いずれも見事であったが、終演後ドゥネーヴが、イングリッシュホルンは当然として、ヴィオラまで起立させたのは、実に我が意を得たりという感じであった。

そして最後の「ローマの松」である。これもまた、決して爆裂系ではないドゥネーヴの指揮ぶりの個性がよく表れた名演であったと思う。実に丁寧な演奏である。音響設計で特筆すべき点が何点かあるのだが、まずひとつめは、第 3曲「ジャニコロの松」に登場する鳥の声である。これは録音したものを演奏会場で流すようにできていて、音楽において録音を用いる例の最初のもののひとつであるようだが、通常は会場のスピーカーを通して流れる鳥の声、今回は (会場にその旨の貼り紙がしてあったが) 指揮者の強い希望によって、蓄音機で流された。ということは、ここで使われた SP レコードは、作曲者が使用したものと同じということなのだろうか。蓄音機には大きなラッパがついていて、その操作にはそれ専門の楽員 (全曲で、担当するのは唯一この蓄音機が響く箇所のみ) が当たっていた。これはイメージ。
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もうひとつユニークであったのは、終曲「アッピア街道の松」の、誰しもが鳥肌立つような異様な盛り上がりにおける、バンダ (別動隊) である。普通これは、例えばヴェルディのレクイエムのように (と書くのは、実は次の記事の予告編であるのだが)、ホールの客席内の左右から鳴り響くのであるが、今回、ホール横の上手側のオルガンが設置されているあたりにいくつか譜面台がおいてあるので、その場所にバンダが陣取ることは分かる。だが、その反対側、下手側には、中空にバルコニーが設置されていて、そこにライトが当たっているので、きっと奏者が登場するはずと思ってじっと見ていても、そこには白いカーテンが閉ざされているばかり。「アッピア街道の松」が始まったときに上手側からは、トランペットとトロンボーンが各 2人ずつ登場したにも関わらず、一方の下手側はと言うと、カーテンが半開きにはなったものの、依然としてその奥は見えない。だが、その左右のバンダのうち、最初に音が聴こえたのは下手側、カーテンの奥である。姿は見えないが、何か遠くからトランペットが響いてくる。おっとなるほど、この箇所が表している情景は、ローマ軍の行進である。つまり、最初は弱音で遠くからの響きを模ているのであり、その瞬間には奏者たちは姿を見せていないのである。そうしているうちに音楽は大いに盛り上がって、ついに下手側バルコニーのカーテンがざっと全開となり、譜面台とともに現れたのは、トランペット奏者 2名。そういう演出だったのか。そうして、実に丁寧に演出された巨大なクライマックスが、この巨大ホールに響き渡り、古代ローマの情景が鮮やかに表現されたのであった。上に書いた通り、ドゥネーヴは決して乱暴に音量を上げるようなことをしない指揮者であり、今回の「ローマの松」では、そのような彼の美観が大いに感じられたのであった。今回の演奏会が、ドゥネーヴと N 響の 3回の共演の最後。演奏終了後には、楽員を代表して、打楽器奏者、黒田英実 (今回はいつもにも増して多忙な演奏であったと思うのだが 笑) から、花束が贈呈された。
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これまで聴いてきたドゥネーヴの演奏はフランス物が多いのであるが、この人、マーラーなども面白いのではないだろうか。是非 N 響さんには、またこの指揮者の招聘をお願いしたいものである。

by yokohama7474 | 2019-01-13 00:36 | 音楽 (Live) | Comments(0)