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山田和樹指揮 読売日本交響楽団 (ピアノ : 小菅優) 2019年 1月18日 サントリーホール

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読売日本交響楽団 (通称「読響」) の定期公演のポスターは、いつもなかなかにしゃれているのであるが、今回のものは少なからず驚くようなものである。なんと真ん中に写っているのは、女性の裸体ではないか!! 全体がモノトーン、かつ左側がストライプになっていることで、あまり生々しいものではないが、それでもやはり、クラシックコンサートのチラシにヌードとは、かなり思い切ったことをやるものである。だがそれには理由があって、この演奏会には何やら官能的な、と言って悪ければ、人を法悦境に誘うようなタイプの音楽ばかりであったからだ。まぁ、上にある「これは私たちだけが許された恍惚の世界」というコピーには、正直私は共感できないが (読響のチラシはいつもそうで、デザインのスタイリッシュさに比べて、コピーの説得力はもうひとつだと私は思っている)、法悦とか恍惚というものをテーマにしていることは、伝わるかもしれない。もし今回の曲目のイメージを表現しろと言われれば、私ならこの彫像を挙げる。
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もちろんこれは、バロックの天才彫刻家、ジャン・ロレンツィ・ベルニーニの大傑作、「聖テレジアの法悦」。ローマで美術探訪をする人たちは皆、なかなかほかの土地では見ることのできないこの彫刻家の驚くべき作品の数々に、まさに法悦境に連れ去られるわけだが (笑)、例えばこの作品、れっきとした宗教作品でありながら、英語で言うと Sensual な表現になっていて、実際のところ、不謹慎すれすれであると思う。今回の山田と読響の演奏会の場合には、不謹慎というわけでは決してないのだが、極めて冒険的であるとは言えるだろう。こんな内容であった。
 諸井三郎 : 交響的断章
 藤倉大 : ピアノ協奏曲第 3番「インパルス」(ピアノ : 小菅優、日本初演)
 ワーグナー : 舞台神聖祝典劇「パルシファル」第 1幕への前奏曲
 スクリャービン : 交響曲第 4番「法悦の詩」作品54

今回山田はプログラム冊子にコメントを寄せているが、そこにはこのオケの首席客演指揮者としての思いが述べられていて、そして「1月の三つのプログラムは、読響との新しい一歩を踏み出すべく、それぞれに大きな特徴を持つように選曲させて頂きました」とある。その三つのプログラムのうちのひとつはこのブログでもご紹介し、その記事の中で、私が聴けなかった、残るひとつのプログラムもご紹介した。確かにそれぞれに個性豊かな選曲であるが、それにしても今回は思い切っている。心配された (いや、私が勝手に心配していた) 聴衆の入りも、8割弱であろうか、まずますであり、これは指揮者もオケも張り切る材料になっただろう。

最初の作品の作曲者、諸井三郎 (1903 - 1977) は、日本の現代音楽のパイオニアのひとりである。ドイツに学んでいて、同世代でフランスに学んだ池内 (いけのうち) 友次郎とは対照的なキャリアでありながら、この 2人は同様に、多くの門人たちを育てたことでも知られている。この諸井の場合、息子の諸井誠がやはり作曲家であり、一時期は音楽評論家として盛んに活動していたこともあってなじみがあり、私などは、諸井三郎という作曲家のことを「諸井誠の父」として最初は認識していたものである。近年盛んに演奏されているとはとても言い難い諸井三郎の作品を、定期演奏会の最初に持って来る山田の勇気には、拍手を送りたい。この「交響的断章」、私は確か以前に録音で聴いた記憶があったので、手元の CD を調べると、やはりあった。
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これは 1978年に行われた諸井の追悼コンサートのライヴ録音で、指揮をしているのは、日本音楽史上において山田和樹に先立つもうひとりの、というより、本家本元の「ヤマカズ」、山田一雄である。本作のほかに、遺作となったピアノ協奏曲第 2番 (ソロは園田高弘) と交響曲第 3番が収録されている。この 15分足らずの「交響的断章」、久しぶりにこの CD で聴き返してみて連想したのは、セザール・フランクの音楽である。ベルギー生まれのこの作曲家は、いわゆるきらきらしいフランス風よりも、中音部が充実したドイツ風に近い作風で知られているし、同じ主題が何度も還ってくる、いわゆる循環主題の手法が特徴的。その意味でこの「交響的断章」、フランク的 (またそこにはある種の宗教性もある) と言えるように思うが、今回の実演ではむしろ、細部まで目の行き届いた音響設計が印象的で、特にフランク的とは思わなかった。 諸井は音楽の専門教育を受けておらず、東京大学文学部の卒業 (学科は、ざっと調べても情報がないが)。同世代で東大に在籍した河上徹太郎、三好達治、今日出海、小林秀雄や、小林を介して中原中也といった錚々たるメンバーと親交を持っていたという。学生時代に仲間たちとともに音楽グループ「スルヤの会」(スルヤとはインドの太陽神らしい) を結成し、この「交響的断章」も、1928年 (作曲者 25歳のとき) のスルヤ第 3回演奏会で初演されたと考えられているという。実は、プログラム冊子にはそれほど多くの情報はないが、上記 CD に例によって (?) 情熱的な解説を寄せている片山杜秀によると、この 1928年のスルヤ演奏会は、実は昭和天皇の即位の大礼の前日であったらしい。もしかすると山田は、そのような背景もあって、新天皇即位の今年、この曲を演奏する意味を感じて、採り上げたものかもしれない。実に意欲的である。

そして 2曲目は、同じ日本人作曲家の作品とは言っても、上記の諸井の作品から 90年を経た昨年、世界初演され、今回が日本初演となった、藤倉大のピアノ協奏曲 3番「インパルス」である。藤倉については過去にもこのブログで何度か言及してきているが、1977年生まれだから山田より 2歳上の同世代。世界で活躍し、今や日本を代表する作曲家である。これは 2016年に藤倉の合唱曲を初演した山田和樹との写真。
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この新作ピアノ協奏曲は、読響とモンテカルロ・フィル、スイス・ロマンド管との共同委嘱であるという。言うまでもなくこれらの 3つのオケはすべて、山田がポストを持っているところばかりであり、要するに山田和樹委嘱と言ってもよいものであろう。昨年 10月、モンテカルロで初演され、今回の読響との演奏を経て、来年にはスイス・ロマンド管で演奏されるという。ピアノは、これもまた日本を代表するピアニストのひとり、小菅優。古典から現代ものまでなんでもできる人で、私は先日川崎でのモーツァルトのコンチェルトの弾き振りを聴き逃したので、今回の演奏会を楽しみにしていたのである。
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25分ほどのこの曲、「インパルス」という副題がついている。この言葉はもちろん「衝動」という意味だが、藤倉が意図したインパルスとは、「体内の細胞レベルで繰り返される電気信号」であり、「音楽は常にインパルシヴ (衝動的) に動き始める」とのこと。実際に聴いてみると、確かにピアノから発される音がオケに伝わって反応が起こり、それがかたちを変えて続いて行くような音楽である。耳にはかなり心地よく、ミニマル風に響くところもあって、多くの人々に受け入れられやすいだろう。小菅のピアノは期待通りタッチの澄んだもので、強い集中力で、オケとのインパルスのやりとりを十全に表現したと思う。途中にかなり長いカデンツァもあり、演奏は難しいと思うのであるが、全曲を通して独特の美学で貫かれているので、曲に共感すれば、技術面を超えたメッセージが沸きあがってくるものであろう。演奏後は作曲者もステージに上がり、嬉しそうに見えた。アンコールとして小菅が聴衆に告げたのは、「藤倉大さんが昨年作曲された、『ウェイヴス』という作品です」とのこと。これも澄んだ音楽で、なかなかの佳曲であると思った。YouTubeには小菅の弾くこの曲の映像があるが、そこにはなんと、ポール・クロスリーという人のコメントがあって、「ダイのピアノ曲全曲の録音が必要だ (原文は過去形だが、タイポ?)。実に素晴らしい!!」とある。クロスリーはフランス近代ものなどで知られる名ピアニストで、もしこれが本人のコメントなら、是非録音をお願いしたいものだ。

このような日本の作品 2曲が演奏された前半に対し、後半では、ワーグナーとスクリャービンという、いずれも、魔術的な作曲家の作品が演奏された。最初の「パルシファル」前奏曲は、曲の神秘性を着実な歩みで音にしていて、見事であった。この作品の冒頭の弦楽器は、中音域が充実していて、チェロが入っているのは分かるのだが、それと合わせているのはヴィオラかと思いきや、実は、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンの奏者のうちの半数なのである!! 実に繊細な音響設計であることを、改めて認識した。静謐な宗教性と、忘我の陶酔の世界を併せ持つこの作品は、今回の演奏会にふわさしい。

最後の「法悦の詩」は、スクリャービンの交響曲の中では最も知名度の高い作品だが、巨大管弦楽にオルガンまでが加わり、実に目くるめく音響がうねり続ける 20分ほどの曲。山田と読響の演奏は、音楽の進み方の見通しもよく、最後の大音響 (そのまま終わらずに一度切れるあたりが変化球だが) も圧倒的であった。ただ欲を言うならば、さらにさらに深い陰影があればよかったという気もする。読響はもちろん大変レヴェルの高いオケであるが、さらに凄みのある音も、きっと出せるように思うのである。

このように振り返ってみると、陶酔と覚醒が繰り返しせめぎあう、なんと大胆な選曲だったのだろうと改めて思う。日本の音楽界は、このような意欲的な取り組みによって、さらに多様性が増して行くことは間違いないだろうし、その道を切り拓いていく中のひとりが、山田和樹という指揮者であることもまた、間違いないと思うのである。
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by yokohama7474 | 2019-01-19 14:39 | 音楽 (Live)