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パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (ヴァイオリン : アリョーナ・バーエワ) 2019年 2月 9日 NHK ホール

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東京においては、なかなかほかの都市では起こらないほど高度な音楽的イヴェントが度々起こることは、このブログで何度もレポートして来ている。だがこの日、2019年 2月 9日に起こったことは、ちょっと特筆ものであろう。世界でもそれほど演奏されていない 1時間ほどの規模の大交響曲が、全く異なる顔ぶれによって同じ日に演奏されたのである。いや、正確を期して書くと、「東京」ではなく「首都圏」で起こったのである。その交響曲とは、オーストリアの作曲家ハンス・ロット (1858 - 1884) の交響曲第 1番。ひとつはここでご紹介するパーヴォ・ヤルヴィと NHK 交響楽団 (通称「N 響」)、もうひとつは横浜で開かれた、川瀬賢太郎指揮神奈川フィルによるものである。この曲については追って語ることとするが、まずここで申し上げたいのは、超ポピュラーな作品ならともかく、このような珍しい曲が同じ日に違う演奏家によって別々に演奏されるのは、世界広しと言えども東京とその周辺のみ、と断言してしまってよいということだ。

実際今回の演奏会は、実にマニアックであって、こんな曲目で定期演奏会を組めるとは、さすがヤルヴィと N 響である。つまり、曲も渋ければソリストも若手で、誰もが充分な知識と興味を持って、喜んでコンサートホールに駆け付けるような内容ではない。会場を見渡すと、さすがのヤルヴィと N 響の演奏会でも、今回ばかりは 2階席や 3階席はかなり空席が目立つ状況であった。ではどんな曲目かというと、こんなものだ。
 リヒャルト・シュトラウス : ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品 8 (ヴァイオリン : アリョーナ・バーエワ)
 ハンス・ロット : 交響曲第 1番ホ長調

ヤルヴィ / N 響のコンビは、大変に幅広い曲目を採り上げてきているが、その中にはいくつかのパターンというか、一種のツィクルスのようなものがある。これなどはさしずめ、「世紀末ウィーン」シリーズの一環とみなしうるもの。現代において世界的に活躍する指揮者には、このような一本筋の通ったプログラミングが必要ということだろうし、このヤルヴィはそのようなタイプの指揮者なのである。
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リヒャルト・シュトラウスはもちろん音楽史上有数の大作曲家だが、協奏曲作品は一部を除いて決してポピュラーとは言えず、彼にヴァイオリン協奏曲があることすら、一般的にはほとんど知られていないのではないだろうか。かく言う私自身もこの曲は、この作曲家の「室内楽全集」というセット物 CD の中で、ウォルフガンク・サヴァリッシュがピアノ伴奏をした版を聴いたくらいだと思う。コンチェルトをあとでピアノ伴奏用に編曲したのだろうと、ろくに曲のことも調べもせずに聴いていたのだが、今回の演奏会のプログラム冊子によって、この曲が最初に世に出たのは、そのピアノ伴奏の版によってであったことを知った。それは 1882年12月、作曲者弱冠 18歳のときのこと。オーケストラ伴奏版の初演は、その後1890年まで実現しなかったという。この曲は、シュトラウス学生時代の時の若書きであり、その絢爛たる作曲スタイルが確立する前のもの。伝統的な 3楽章制によっていて、第 1楽章冒頭のダイナミズムや、第 2楽章の抒情、第 3楽章の活力など、聴き手にアピールする部分はあるが、一般的な人気を博すほどの魅力は、正直ないように思う。だがこれを聴くことで、大作曲家シュトラウスの原点に対するイメージが沸くという点は貴重である。今回ソロを弾いたアリョーナ・バーエワは、1985年カザフスタンのアルトマイ生まれで、もうすぐ 34歳。モスクワで学び、ヴィエニャフスキ国際コンクールや仙台国際コンクールで優勝し、ロシア系の指揮者たちとは多く共演している人であるらしい。今回が N 響初登場。尚、ファーストネームの日本語表記は、「アレーナ」になっているケースもあるし、苗字の方も「バエーヴァ」(綴りを見ると確かにそう読める) になっているケースもあるようだ。
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このバーエワのソロは、一般的な知名度の低いこのコンチェルトでも、暗譜できっちりとこなす丁寧なもので、未知の曲を紹介するという気概よりは、ごく自然なアプローチ、つまりは曲想が凡庸に響く箇所でも取り繕うことのない姿勢を見せたように思う。正直なところ、このなじみのない曲では彼女の持ち味を充分堪能できたか否か分からない面もあるが、その真摯な演奏ぶりには好感が持てた。また、アンコールとして、「ドウモアリガトウゴザイマス」と日本語で喋ってから英語で曲名を紹介した、イザイの無伴奏ソナタ第 5番の第 1楽章を聴いてみると、繊細なロマン性を備えたヴァイリンであると思う。左手のピツィカートが何度も出て来て、ちょっと異色の曲ではあるが、「曙光」という題名にふさわしく、無限的な雰囲気で、聴きごたえがあった。

さて、ハンス・ロットである。上で生没年を書いたが、26年に満たない短い人生を駆け抜けた作曲家。
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今日、彼の交響曲第 1番 (1880年完成) が一部の音楽ファンに知られているのは、ひとえにマーラーとの関係による。つまりこの曲を聴くと、マーラーの第 1番「巨人」をはじめとする数々の作品 (2番「復活」、3番、5番、7番「夜の歌」など) の音響を断片的に先取りしているように聴こえるし、また、ワーグナー的な部分、ブルックナー的な部分もあちこちにある。これには理由があって、このロットはウィーン音楽院でマーラーの同級生であり、師のブルックナーには特別に目をかけられていたそうだし、18歳の 1876年には、バイロイトで「ニーベルングの指環」初演に立ち会っている。だが彼はもともと私生児として生まれ、若くして両親と死別するという悲運に遭っている。ウィーン音楽院では頭角を現したようだが、その作品はなかなか演奏の機会に恵まれず、22歳のときに精神を病んでしまう (自作を認めなかったブラームスへの異常な憎しみを抱いていたという)。何度か自殺未遂を繰り返した挙句、26歳の誕生日を待たずして、結核で他界したという。ウィーン音楽院におけるマーラーの同級生で、やはり精神に異常を来して死んでしまった作曲家には、ほかにもフーゴ・ヴォルフがいるが、これら悲劇の作曲家たちの生き様を、ヨーロッパ世界の秩序が限界に至っていた頃の世紀末ウィーンのイメージに重ねることで、様々な陰影を感じることができる。せっかくなので、このロットがいかにブルックナーとマーラーに評価されていたかを、ここに書いておきたい。

まずブルックナーが、聴衆たちの失笑を買って失敗に終わった、このロットの交響曲第 1番第 1楽章の初演 (1876年) の際に言った言葉。

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諸君。嗤うのはよしたまえ。君たちは今後この人物が創り出す素晴らしい音楽を聴くことになるのだから。
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また、学生時代ロットと親しく交わったマーラーは、1900年に、ウィーン・フィルとこのロットの 1番を演奏できないかと検討したらしく、その時のマーラーの言葉は、ナターリエ・バウアー=レヒナーの「グスタフ・マーラーの思い出」に載っている。少し長い引用だが、何度も繰り返して読みたくなるほど、マーラーのロットへの思いがにじみ出ている素晴らしい言葉だと思うのである。

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彼を失ったことで音楽のこうむった損失ははかりしれない。彼が 20歳のときに書いたこの最初の交響曲でも、その天才ぶりはすでにこんなにも高く羽ばたいている。僕が見るところ、この作品は --- 誇張ではなく --- 彼を新しい交響曲の確立者にするほどのものだ。もちろん、彼の表現しようとしたものは、まだすべて達成されていない。それはまるで、物を投げようとして、大きく振りかぶったが、まだ不器用なために目標にうまく当たらなかったようなものだ。でも僕は、彼がどこを目指していたかわかる。それどころか、彼は僕と心情的にとても近いので、彼と僕とは、同じ土から生まれ、同じ空気に育てられた同じ木の 2つの果実のような気がする。僕は彼から非常に多くを学ぶことができたはずだし、たぶん僕たちが 2人そろえば、この新しい音楽の時代の中身を相当な程度に汲みつくしていただろう。
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このようなハンス・ロットの交響曲、第 1番とされているが、第 2番という作品は、スケッチはあったようだが作曲者自身が破棄したため、この 1番が、ロット唯一の交響曲である。だがこの曲の初演は、作曲者の生前はもちろん、上記のような熱意を持っていたマーラーですら実現できず、作曲後 100年以上を経た 1989年になってようやく、シンシナティでなされた (これは、もしかしてヤルヴィが一時期首席指揮者を務めていたシンシナティ交響楽団かと思いきや、シンシナティ・フィルという別団体によるものであった)。その後世界各地で演奏されることとなり、パーヴォの父ネーメ・ヤルヴィもデトロイト交響楽団と採り上げており、またパーヴォ自身も既に、2010年にフランクフルト放送響とこの曲を録音している。日本でも、2004年11月に、沼尻竜典指揮日本フィルによって初めて演奏されている。これがパーヴォの録音。
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前置きが大変に長くなってしまったが、やはりこの演奏会の価値を記録するには、そのような諸々の事柄を書いておかねば、という思いによるものである。そして今回の演奏であるが、まさに予想通り、ヤルヴィと N 響の間の蜜月をそのまま音にしたような、実に充実したもの。この曲は、上のマーラーの言葉を俟つまでもなく、決して超一流の作品とは言えないかもしれない。だが、既にマーラーの作品をよく知っている我々東京の聴衆にとっては、それはもう、あちらこちらに面白さが詰まった、聴き飽きない曲である。既に幾多のマーラー演奏が行われてきたこの東京であるからこそ、この作品に魅せられる聴衆がいるわけだし、その期待を存分に満たすだけのオケの鳴り方であった。冒頭のトランペット (ちょっと「巨人」の「花の章」を思わせる) に始まり、金管は実に堂々たる音でこの音楽のドラマを彩ったし、第 3楽章スケルツォの後半に出て来る激しいフーガを、こんなに見事に演奏する弦楽器群も、世界にそれほど多くないのではないかと思われるほどであった。曲想の変化は著しく、中心主題そのもののの洗練度にも課題はあれこれある曲だが、ある時には映画音楽のようにも響き、第 1楽章のある個所では、ちょっと美空ひばりの「川の流れのように」のようにも響く(?) と書けば、その旋律の親しみやすさも分かろうというものだ。不遇な作曲者の残した貴重な文化遺産、今後さらに演奏されて行くことになると思うので、今回のような見通しのよい充実した演奏で親しむことの意義は、大きいと思う。

このように、ほぼ同世代に属し、ひとりは音楽史上に大きな足跡を残した作曲家、もうひとりは夭逝によって忘れられてしまった作曲家の、それぞれの若書き作品を並べたこのコンサート、ヤルヴィと N 響だからこそなし得た快挙であると思う。実はロットの交響曲 1番をレパートリーとしている指揮者がほかにもいて、それはこの 4月から読売日本交響楽団の常任指揮者に就任するセバスティアン・ヴァイグレである。そのヴァイグレは、最初のシーズンで早速このロットの 1番を採り上げる (今年の 9月)。今回、N 響と神奈川フィルにはちょっと先を越されてしまったかもしれないが、それだけにヴァイグレの気合も入ろうというもの。かくして東京の音楽界は、さらに充実度を増して行くのである。

by yokohama7474 | 2019-02-10 02:58 | 音楽 (Live)