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チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2019年 2月15日 サントリーホール

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クルレンツィス・ショック未だ覚めやらぬ東京であるが、彼らが去ったあとも東京では、容赦なく音楽イヴェントが続くのである。外来に負けじと、東京の各オケの活動が相変わらず活発で、この演奏会などは、この街の音楽界の水準を示す恰好のものであったと思う。名指揮者チョン・ミョンフンと、彼が名誉音楽監督を務める東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の演奏会で、曲目はただ 1曲。
 マーラー : 交響曲第 9番ニ長調

マーラーが最後に完成したこの 80分の大作は、多大なるエネルギーと Emotion を必要とする曲であるので、演奏する方にも相当な覚悟が必要な曲であろう。今回、チョンと東フィルはこの大曲を 3つの会場で演奏するが、私が聴いたのはその初回。エネルギッシュで Emotional な音楽は、この人の最も得意とするところ。2006年にも東フィルで、このマーラー 9番を採り上げているようだ。
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さて今回の演奏、ちょっと風変わりな表現を使ってみると、東京におけるマーラー演奏は既に特別なものではなく、ロマン派の最後のあだ花であるこの 9番ですらも、生きるか死ぬかの覚悟で聴かずとも、音楽の本質をしっかりと受け止めることができる、という印象を受けた。これはチョンと東フィルの演奏に不満があったということでは決してなく、素晴らしい演奏であったと思うのだが、それは何か特別なものというよりも、東京を代表するコンビのひとつである彼らなら、当然達成できるだろうというレヴェルであり、聴衆は涙せずとも、冷静にその音のドラマを楽しむことができたように思う。私はいつものように弦楽器の数など数えていて、あれっ、また変わった編成になっているな、と思ったのであるが、次の瞬間には、そんなことがどうでもよくなってしまった。今ここで鳴っている音にこそ耳を傾けたい。そう思ったのである。

この曲は全 4楽章でできていて、最初の第 1楽章と、最後の第 4楽章に究極のドラマ性があって感動的である一方、中間の第 2楽章と第 3楽章は、それぞれ皮肉なユーモアを含んだ、速めのテンポが主体をなす音楽。いわばサンドウィッチ構造だが、今回のチョンの解釈を私なりに整理してみると、第 1楽章では過度に感情的になり過ぎずにしっかりと音の流れを作っておいて、中間 2楽章では通常よりも速めに走り抜き、そのゴールである第 3楽章の最後で、くさびをガァーンと打ち込む。そして終楽章に入って、すべての感情を解き放つ。そんな音響設計に聴こえた。演奏者たちは真摯にこの曲に取り組んでいるので、全体を通して恣意性を感じさせることはほとんどないのに、第 3楽章の最後においてだけ、まるで世界の終わりのようにテンポが崩れて、絶望的な叫びが響いたのだ。つまりは、その先に来る終楽章においては、既に世界は終わっていて、オケが絞り出す纏綿たる哀しみの波の間から、そこには諦めが徐々に満ちてくる。世界が終わっていても独り歌い続けるマーラーは、彼がこよなく愛するこの世界から、既にあちらの世界に旅立ってしまっているようである。だが、我々はそのようなドラマの成り行きは既に知っている。だから、泣くぞと思ってハンカチを携えてこの曲を聴いて、オヨヨと涙するのではなく、オケの上出来な部分と課題の残った部分を冷静に聴き取りながら、音楽そのものに感動することができるのである。今回の演奏はどうやらライヴ収録していたようだから、いずれメディアで聴くことができるかもしれない。なお、チョンは既に、かつての手兵ソウル・フィルと 2015年にこの曲を録音している。
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このマーラー 9番、来月にはまた全く異なる来日組の指揮者とオケのコンビで、演奏されることになる (詳細は、そのコンサートの記事を書ければそのときに)。これもまた、演奏家の対比としてはかなり極端であるが、様々な演奏を通じて、私たち東京の聴衆の経験値は、さらに上がっていくのである。そしてチョンが次に東フィルの指揮台に還ってくるのは次のシーズンで、今年 7月。実はこのオーケストラは、2020年から、シーズンを 1月から 12月に変更するらしく、次のシーズンの定期公演は 4月に始まり、各シリーズとも 5公演しかないという、つなぎ期間になる。欧米の場合は通常 9月から、そして日本は、多くのオケが 4月から、一部は欧米と同じ 9月からというシーズン設定になっているが、1月からというのはかなり珍しいのではないか。その意図は奈辺にありや、ちょっと分かりかねるので、楽団にはいずれかの時点で理由を発表して欲しいものだと思う。だが、それもオケの個性であれば、ほかと異なることは大いに結構だ。例えばコンサート会場の入り口で今後の演奏会の膨大なチラシを配るといった習慣にも、このオケは距離を置いている。そのこと自体が直接に音楽に影響することは、実際にはないかもしれないが、それぞれのオケがユニークな方向性を持って活動してくれることを、東京のファンは歓迎するものと思うのである。

by yokohama7474 | 2019-02-16 02:02 | 音楽 (Live)