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パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2019年 2月20日 サントリーホール

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NHK 交響楽団 (通称「N 響」) とその首席指揮者、パーヴォ・ヤルヴィによる定期公演の 3演目め。それぞれに相変わらず凝ったプログラムであり、このようにいかなる曲も器用にこなす指揮者とオケのコンビは、間違いなく東京の音楽界の中心の一角をなしているが、今回もまた、大変に面白い内容。オール・ストラヴィンスキー・プログラムである。
 幻想曲「花火」作品 4
 幻想的スケルツォ作品 3
 ロシア風スケルツォ
 葬送の歌作品 5
 バレエ音楽「春の祭典」

実は、ヤルヴィと N 響が進めているストラヴィンスキー・ツィクルスの前回の演奏会は、2018年 5月。このブログでも、5月26日付の記事でそれを採り上げた。その際には 3曲すべて、いわゆる新古典主義というスタイルで書かれた曲であったが、今回はまた異なる趣向だ。まず、後半に置かれた「春の祭典」、これは誰もが知る、イーゴリ・ストラヴィンスキー (1882 - 1971) による生涯ベストの傑作。だが前半に置かれた 4曲は、いずれも小品ばかり。そして、ご覧になる通り、作品 3、4、5という初期の作品が含まれている。さてここで、一般の音楽ファンの方はあれれ、と思うかもしれない。ストラヴィンスキーの代表作である 3大バレエをはじめ、彼の作品に、作品番号ってついていましたっけ。そう、実は作曲者自身が、交響曲第 1番 (1905 - 07年作) に作品 1をつけてから、作品 9 (「ヴェルレーヌの 2つの詩」、1910年作) までは、8番がなぜか欠番であるものの、作品番号を振っていた。そして、この 1910年という作品 9が書かれた年が意味深だ。この年パリで、出世作「火の鳥」が初演され、その作品にはもはや、作品番号はついていないのである。その後、1911年に「ペトルーシュカ」、1913年に「春の祭典」と、衝撃のバレエ作品を次々に世に出すことで、彼は歴史に名を残す作曲家となったわけであるが、いずれも作品番号はつけられていない。そして、1914年の第一次世界大戦勃発時からスイスに居を定め、1917年のロシア革命によって、完全に故国との縁を切ってしまうのである。今回のヤルヴィと N 響の演奏会では、そのような初期の作曲家の活動に思いを馳せることができるが、いやいや、このプログラムの功名な意図は、それだけではない。最初の 4曲、演奏時間が順に、4分、12分、4分、12分という具合にきれいな反復になっている。そして、1曲目と 2曲目が「幻想」の反復、2曲目と 3曲目は「スケルツォ」の反復。そして 4曲目の「葬送の歌」については、2017年 5月19日のエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏会の記事において、日本初演の様子をレポートしたが、これはもともとストラヴィンスキーが師匠であるリムスキー=コルサコフの死を悼んで 1908年に書いたものだが、その後楽譜が紛失してしまい、2015年にサンクトペテルブルク音楽院の改修工事の際に偶然発見され、ヴァレリー・ゲルギエフとマリインスキー劇場管弦楽団によって蘇演が行われた。なので、未だ大変に珍しい曲なのだ。この凝りよう、さすがヤルヴィのプログラミングである。
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さて、演奏について書く前に、ひとつ保留しておきたい。私は基本的にステージ全体が見渡せる席が好みで、視覚面から来る情報も、私にとっては音楽を味わう際の重要な要素になっている。しかるに今回は、チケットの入手が直前になってしまった関係で、1階席の前の方での鑑賞となってしまった。この席では、視覚情報は、指揮者の指揮ぶりを除けば極めて限定されてしまうし、例えば個々の管楽器がどのような粒立ちで鳴っているのか聴き取りづらいこともある上、近くにいる弦楽器に不揃いが出てしまうと、やたら耳についてしまうという問題がある。なので、私としては、ちょっといつもと勝手が違う環境での鑑賞であったことを申し上げたい。

まずヤルヴィは、最初の 4曲を、できるだけ連続して演奏したいという意図があったようだ。というのも、1曲目が終って拍手を受けると、ステージ袖に戻ることもなく、指揮台に立ったまま、譜面台のスコアを取り換えてすぐに 2曲目に入ったし、2曲目の終わりには一旦袖に下がったものの、すぐに再登場した。そして、3曲目と 4曲目の間には、袖に戻ることはなかった。この 4曲、解説を見てみると、全く同じ楽器編成ではないものの、かなり似ているので、楽員たちも皆ステージに残り (いや、見えなかったけれど、多分。笑)、曲間のチューニングもなかった。また、弦楽器の編成は、前回のストラヴィンスキー・プログラムと同じく、いつものヴァイオリン左右対抗配置は取らず、指揮者のすぐ右手にはチェロが陣取っていた。なお、この 4曲のうち、3曲は上述の通り若い日の作品番号付の曲だが、作品番号のないロシア風スケルツォだけは、1944年、米国で書かれた新古典主義の作品だ。この 4曲、ヤルヴィと N 響であるから、極端な表情づけを避けて、都会的にすっきりした演奏ではあった。ただその一方で、木管にもっと鋭く切り込みをして欲しい箇所がいくつかあり、それが、上に書いた通り、私の今回の席ではたまたまそのように聴こえたのか、あるいは、もっと違った事情があったのだろうか。ともあれ初期の作品には、師匠であるリムスキー=コルサコフの影響もある一方で、やはり後年の三大バレエの萌芽を思わせるような箇所もあって面白い。なんでも、作品 3の幻想的スケルツォと、作品 4の幻想曲「花火」は、1909年に同じ演奏会で初演されているらしく、その場にあのディアギレフがいて、これらの曲を聴いてストラヴィンスキーの才能を見込んだという説もあるようだ。事実であるか否か、確認は取れていないようだが、話としてはよくできている。これが、パリでストラヴィンスキーを世に出した、興行師セルゲイ・ディアギレフ。
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さて後半は期待の「春の祭典」である。冒頭のファゴットが意外なことに長く延ばされて、これは土俗的な側面を強調する演奏かと思ったのだが、実はその後に出て来る弦楽器のアタックはそれほど暴力的ではなく、全体を通して、狂乱の「ハルサイ」というイメージとは、少し違っていたと思う。ここでもまた、ちょっと木管あたりの鋭さとか、楽器間の絶妙の呼吸というものが、どうも今ひとつに聴こえてしまったのは、いかなることか。もちろん、いつもの通り長い腕でオケをリードするヤルヴィの様子には、自信と確信が見て取れたのだが、この曲が持っている野性味を表現するには、音の線を揃えるよりも、むしろ少しかき乱した方がよいのではないだろうか。N 響としてもこの曲は、デュトワをはじめ、何人もの指揮者と演奏してきたものであり、既に慣れているレパートリーかと思うので、技術的な安定感は、ごく一部の箇所を除いては感じることはできたのだが、どうしてもこの演奏!! というだけの強い個性という点では、若干課題が残るような気がした。もちろん、違う席で聴いていた人は、違う聴き方をしたかもしれないし、決めつけるつもりは毛頭ないのだが、このコンビならもっとできるのでは、というのが私の正直な感想である。今試みに、手元にあるパーヴォ・ヤルヴィとシンシナティ交響楽団の「春の祭典」の CD (2004年録音) を聴いてみると、冒頭のファゴットは今回ほど引き伸ばされていないし、概して今回よりも重量感のある音で鳴っているように聴こえるような気がする。その一方で、やはり狂乱というイメージとは少し違う、制御された音響とも言えるかもしれない。都会性と土俗性のはざまにおいて、この曲の解釈は様々に変わりうるし、またパーヴォのこの曲を聴く日がいつか来るだろうから、また楽しみにしたいと思う。
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ところで、N 響の来シーズン (2019年 9月から) のプログラムが先月発表になっている (それ以前は指揮者名のみ発表されていた)。既に N 響のサイトでもその詳細を見ることができるが、初登場のケント・ナガノがマーラー 9番を振ったり、ブロムシュテットがマックス・レーガーのピアノ協奏曲 (ソロはピーター・ゼルキン) やモーツァルトの大ミサを採り上げたり、スラットキンによるコープランド・プロあり、エッシェンバッハによる「復活」あり、ルイージによる「英雄の生涯」あり、ソヒエフによるチャイコフスキー 4番あり。加えてヤルヴィは、マーラー 5番、ブルックナー 7番、アルプス交響曲や、オール・ポーランド・プログラムやシベリウス 6番・7番なども採り上げるし、新作の日本初演もある。なんとも賑やかな内容になっているのである。頑張ってできるだけ聴きに行きたいと思う。

by yokohama7474 | 2019-02-21 00:38 | 音楽 (Live)