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ファジオ・ルイージ指揮 デンマーク国立交響楽団 (ヴァイオリン : アラベラ・美歩・シュタインバッハー) 2019年 3月19日 サントリーホール

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この日、3/19 (水) は、サントリーホールは大賑わいだ。同じ 19時開演で、大ホールではこのコンサートが、小ホールであるブルーローズでは、これもまた来日中のロサンゼルス・フィルの奏者とピアニストのユジャ・ワンによる室内楽のコンサートが開かれていた。実は私は、ろくに日程も確認せずに両方のチケットを買っていたのであるが、よくよく考えた上で、こちらのコンサートを選択した。それにはいくつか理由があるが、やはり最大の理由は、イタリアの名指揮者ファビオ・ルイージが首席指揮者を務めるデンマーク国立交響楽団の初来日という点である。デンマークと言えば、たまたまつい最近、「THE GUILTY ギルティ」というデンマーク映画をご紹介したし、その記事の中で、同国の神秘的な画家、ハンマースホイにも言及した。また音楽に関しては、これも最近の記事で採り上げたシェーンベルクの「グレの歌」の舞台がデンマークであるし、また、カール・ニールセンという近代の作曲家がこの国の誇りである。そうそう、ニールセンと言えば、昔バーンスタインがこの作曲家の交響曲第 3番をデンマークのオケと録音していたが、それは別の団体で、デンマーク王立管弦楽団。この王立管弦楽団はその後、フィンランドの巨匠パーヴォ・ベルグルンドとともにニールセン全集を録音していたりもするわけだが、調べてみるとそちらは、コペンハーゲンのオペラハウスのオーケストラで、その母体の設立は実に 1448年に遡る、世界最古のオケであるという。一方、今回ルイージとともに初来日を果たしたこの団体は 1925年設立で、デンマーク放送協会のオーケストラ。国内ではデンマーク放送 (DR) 交響楽団として知られているらしい。ルイージは 2016年から今の地位にあるが、前任者は日本でもおなじみだったラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス。その前はトーマス・ダウスゴーだ。また、楽団にとっての「中興の祖」はブロムシュテットであるらしい。そもそも放送局のオーケストラは、その多くが戦後の設立であるので、1925年というこのオケの設立は、放送曲のオケとしては非常に古い。初期の薫陶は、フリッツ・ブッシュとニコライ・マルコに受けたというから、その歴史も分かろうというものだ。これは、2009年にオープンした彼らの本拠地、DR コンサートホールの内部の様子。素晴らしいホールであるようだ。
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今回、ルイージとこのオケは、ちょうど一週間前、3/12 (水) にも一度サントリーホールで公演を開いている。その後どこに行っていたかというと、金沢、名古屋。福岡、広島。そしてこの後は、西宮、仙台を回る。用意されたプログラムは 2種類で、それぞれが 4回ずつ。東京でだけ 2種類のプログラムが両方演奏されるという、ツアーの内容である。今回私が聴いたのは、以下のようなもの。
 ソレンセン : Evening Land (日本初演)
 ブルッフ : ヴァイオリン協奏曲第 1番ト短調作品26 (ヴァイオリン : アラベラ・美歩・シュタインバッハー)
 ベートーヴェン : 交響曲第 7番イ長調作品92

現代曲、ロマン派の協奏曲、古典派の交響曲と、なかなかにバランスのよい内容である。そして、私はこの演奏会、大変楽しんだということを、最初に申し上げておこう。まず最初の曲は、1958年生まれのベント・ソレンセンというデンマークの作曲家の "Evening Land" という曲。題名が和訳されていないのは返ってよいことかと思うが、もちろん意味は「暮れなずむ場所」ということであり、作曲者が幼い頃に見たデンマークの田舎町の風景と、現在のニューヨークの街並みを重ね合わせたイメージであるそうだ。この曲はデンマーク国立響とニューヨーク・フィルの共同委嘱によって 2017年に初演されているので、曲のイメージとして、デンマークとニューヨークを重ねてあるということだろう。15分程度の美しい曲で、コンサートマスターのソロが繊細な冒頭部を奏で始め、棚引く夕闇のようなイメージが表出され、管楽器が盛り上がる部分もあるが、最後にはまた静かに収束していく。ここではルイージは譜面を見ながら指揮棒を持たない指揮で、柔らかな音と強い音をうまく使い分けていた。会場には作曲者も来ており、この日本初演に満足げな様子であった。尚この曲、ニールセン 5番をメインとしたこのオケの来日記念盤 (会場で先行発売されていたので購入した) に収録されている。
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2曲目はブルッフの 1番のコンチェルト。マックス・ブルッフはドイツ・ロマン派の作曲家であり、交響曲もヴァイオリン協奏曲も 3曲ずつ書いているし、オペラも書いているようだが、通常演奏されるのはこの 1番のコンチェルトと、いくつかの小品だけである。だがこの 25分ほどの協奏曲、それはもうロマン性たっぷりの名曲なのだ。ソロを弾いたアラベラ・美歩・シュタインバッハーは、ドイツ人の父と日本人の母の間に生まれた人で、世界のトップクラスで活躍する女流であるが、もちろんこの曲などは手慣れたもので、大変に美しい演奏を聴かせてくれた。この曲、第 1楽章や第 3楽章の序奏と、オケが激しく高揚する箇所以外では、ヴァイオリンはほとんど休むことなく演奏し続ける必要あり、その代わりに、カデンツァを欠いている。なので、力の配分も大事であろうと思うのだが、シュタインバッハーにはそれだけの技術と表現力がある。もっとワイルドに弾きこなす演奏家もいるかもしれないが、私はこの美しい演奏を大変に楽しんだ。また、ルイージはここでは譜面を見ながら、指揮棒を持っての指揮であったが、彼は協奏曲の伴奏も実に巧い。ソロとオケの呼吸を指揮者が取り持つ、理想的な伴奏であったと思う。シュタインバッハーはアンコールとして、クライスラーのレチタティーヴォとスケルツォ・カプリース作品 6を演奏したが、これもまたよく歌う演奏であった。そのアンコールをルイージがステージの袖で、壁にもたれかかりながら聴いていたのも印象的であった。これは終演後にもらったシュタインバッハーのサイン。
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ところでこのオケのメンバーは、ざっと見渡してみると、結構若い奏者も多く、その表情はリラックスしており、楽団全体の士気が高いと見受けられる。ルイージとの相性もよいようだし、そのような組み合わせなら、ベートーヴェン 7番の演奏が悪かろうわけがない。少し驚いたことには、今回の編成では、弦はコントラバス 8本という、近代物のレパートリーにおける通常編成であるのに対し、管楽器はオリジナル通り 2本ずつ (ホルンのみ 4本) だ。恐らくこれは、このオケの弦には透明感があるので、このような編成でも弦が管を埋もれさせることはないという、指揮者の判断であったのではなかろうか。実際に聴いてみても、そのような印象を持った。今回は譜面も置かず、暗譜での指揮であったが、やはりルイージという人は、音楽の緩急のつけ方が非常にうまい。冒頭は結構風格ある雰囲気で始まり、序奏はゆったりめだったが、主部に入るところでは、フルートがしっかりと気合を入れて速いテンポ設定を行い、そして疾走が始まった。そして第 2楽章との間はアタッカで続け (これが最近のはやりなのだろうか)、そこでは緩やかなテンポ。第 3楽章はさほど速くなかったが、第 4楽章でギアアップして快速調と、非常にメリハリのきいた演奏になっていた。このオケは、決してスーパーオーケストラという感じではないものの、合奏する喜びに溢れているように思われる。重厚さに寄り過ぎず、だが音楽の充実感をしっかり感じさせてくれる名演であったと思う。

アンコールで何をやるかと思って見ていると、トロンボーンとチューバ、それに打楽器奏者が出て来て、演奏され始めたのは何やら聞き慣れない曲で、コンサートマスターのソロが思わせぶりに歌う。そして主旋律が出て来てビックリしたことには、これはなんと、タンゴの「ジェラシー」ではないか。純然たるポピュラー音楽である。なかなか雰囲気のある演奏で、楽しいアンコールにはなったが、なぜにベートーヴェンのあとに「ジェラシー」??? プログラム冊子に沢山載っているルイージや楽団のマネージャーのインタビューを読んでもヒントがない。だが、自宅に帰ってからの発見がふたつ。ひとつは、昨年出版されたヘルベルト・ブロムシュテットの自伝「音楽こそわが天命」の中にあった。上記の通りこの老巨匠はかつて (1967 - 77年) このオケの首席指揮者であったが、自伝において語ることには、デンマークの放送局はオーケストラを 2つ持っていて、ひとつはこの放送交響楽団、そしてもうひとつ、「洗練された娯楽音楽のために総勢 50人の少し小さいオーケストラがありました」と。時に応じてこの 2つのオケが合同して、マーラー 8番や「グレの歌」を演奏したという。つまり、この「ジェラシー」の演奏は、そのようなオケの活動と関係しているのだろう。だがもうひとつの発見はさらに興味深い。実はこの「ジェラシー」の作曲者はヤコブ・ゲーゼという人で、デンマーク人なのである!! そしてこの「ジェラシー」の初演はもちろんコペンハーゲンで行われているが、それが 1925年。これは、ちょうどこの放送オーケストラが設立された年。つまりこの有名なポピュラー音楽は、このオケと同じ年にデンマークで生まれて、世界に知られるようになったということである。なるほど、ニールセンだけではなく、ルイージは広くデンマーク音楽に目が届いているわけですな (笑)。このように、自らの働く環境に応じてレパートリーを増やし、表現の幅を広げて行く指揮者は信用できる。終演後のサインも、ひとりひとりに "Thank you" と言いながら、実に丁寧な応対ぶりで、大変好感を持つことができた。
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このように、大変充実した内容の初来日公演であった。気持ちのよい演奏であったし、また、ルイージの今後の活動を考える上でも、これは重要なコンビであると思うのである。注目したい。

by yokohama7474 | 2019-03-20 22:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)