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グスターボ・ドゥダメル指揮 ロサンゼルス・フィル (ピアノ : ユジャ・ワン) 2019年 3月20日 サントリーホール

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米国の名門オケ、ロサンゼルス・フィルハーモニックは今年創立 100周年を迎える。それを記念して、音楽監督グスターボ・ドゥダメルとともにアジアツアーを行っており、東京ではサントリーホールで 2公演、加えて NHK ホールでの NHK 音楽祭の一環としてのコンサート、さらには、前回の記事で触れた通り、このオケの奏者たちとピアニストのユジャ・ワンとの共演で、室内楽公演がある。実は日本に来る前にはソウルで (室内楽を含む) 3公演をこなしてからの来日であり、日本国内では地方公演はない。ベネズエラ出身で、20歳そこそこの若い頃から天才の誉れ高いドゥダメルは、今では頭に霜を置くようになってはいるものの、未だ 38歳。やはり指揮者としては依然として若手と呼ぶべき年齢である。このロス・フィルの音楽監督の地位は 2009年から務めているが、前回の来日公演でのマーラー 6番や、いくつかの録音・録画で知る限り、この両者の相性はかなりよいものであると私は思っている。
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だがその一方で、正直なところ、若き日に鳴り物入りでマーケットに出てきた天才が、いつまでも天才であり続けることは、存外に難しい。例えば最近私は、レコード芸術誌の海外レポートの欄で、彼の演奏に対する驚くほど厳しい評価を目にした。要するに、音は鳴っているけれども、作曲家が曲に託した内容をまるで理解できていない、という論調であった。きっと世界中のドゥダメル・ファンはこのような評価に異を唱えるであろうが、天才とても人の子。当然スランプもあれば、芸術上のスタイルの変化もあることだろう。このタイミングでこのドゥダメルとロス・フィルを生で聴けるという貴重な機会に、自分なりにそのあたりを考えてみたい。というわけで、今回の曲目は以下の通り。
 ジョン・アダムズ : Must the Devil Have All the Good Tunes? (ピアノ : ユジャ・ワン 日本初演)
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

ここでひとつ興味深いのは、ちょうど前日同じサントリーホールで行われたファビオ・ルイージ指揮デンマーク国立響の演奏会では、デンマークのソレンセンという作曲家の近作が日本初演された。その翌日のこのコンサートでは、今度は米国を代表する作曲家であるジョン・アダムズのやはり近作の、日本初演である。これは、演奏する側も企画する側も、東京ではこのような曲目を採り上げても集客が期待できると見込んでのことだろう。生まれたての現代音楽を耳にすることは、既成名曲を繰り返し聴くだけでは得られない新鮮な喜びと意義があり、私としては大賛成だ。しかもそこでソロを弾くのが、あのユジャ・ワンとなると、やはりこれは聴き物である。
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ジョン・アダムズは 1947年生まれなので、現在 72歳。いわゆるミニマル・ミュージックの作曲家と目されることもあるが、そのスタイルをミニマルに決めつける必要はもはやなく、米国を代表する作曲家である。日本でも彼の作品に接する機会は、存命の作曲家としては異例に多い。彼の音楽は平明さを持ち、充分に美しいがゆえに、支持されているのだろう。今回演奏された曲は、原題のまま表記されているが、直訳すると「悪魔はすべての名曲を手にしなければならないか?」というもの。アダムズ自身の言によると、以前雑誌「ザ・ニューヨーカー」に載っていた、社会活動家ドロシー・デイに関する記事にあったフレーズであるとのこと。このドロシー・デイ (1897 - 1980) については私も全く知識がなかったが、調べてみると、Wiki にも詳しい日本語の記事がある。キリスト教社会主義の立場を取った、ブルックリン出身の女性活動家。アダムズはこの題名から、ヨーロッパ中世以来のイメージである「死の舞踏」を思い浮かべたが、それを米国風にファンキーにする (原語では、"a funk-invested American style") ことにしたとのこと。なるほど、面白いイメージである。もともとヨーロッパでは、音楽は人間を誘惑するものとされていたので、つまり、悪魔が人間を誘惑するには音楽を使うわけだが、悪魔にしてみれば、そんなにあれこれ名曲を手元に用意しておかずとも、人間なんて簡単に誘惑される存在だ、と、そんな意味のフレーズなのだと解釈した。これは、ハンス・ホルバイン描くところの「死の舞踏」(Totentanz)。
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この曲はアダムズにとって 3曲目のピアノ協奏曲で、ロサンゼルス・フィルの委嘱によって書かれており、このユジャ・ワンとドゥダメル / ロス・フィルによって、今年の 3月 7日に世界初演がなされたばかり。ということは、この演奏会から遡ること、ほんの 2週間弱である。まさに出来立てホヤホヤのコンチェルトなのである。曲は切れ目なしに演奏される 3楽章からなり、全曲 30分ほど。構成は伝統的な急 - 緩 - 急で、アダムズらしく聴きやすい音楽である。最初の部分はピアノを打楽器風に使っていて、ちょっとストラヴィンスキーの 3楽章の交響曲を思わせる。オケの編成を見てみると、金管にチューバを欠いているが、その代わりにベースギターがよく低音を響かせていて、ユニークな響きになっていた (解説には、途中で「ピーター・ガン」のテーマが出て来るとあったが、いかにもそんな感じの曲調)。ユジャ・ワンについてはこのブログでも過去何度も採り上げてきたが、最近聴いたブラームスの 2曲のコンチェルトでは、もうひとつ圧倒的な迫力を感じない物足りなさがあった。その点このような曲では、実に自由奔放な演奏を展開していて、抒情的な部分も含め、さすがと思わせるものがあった。面白かったのは、彼女はいつもの通りタブレットを (今回はピアノの中ではなく譜面台に) 置いていたが、手を触れることなくそのページがめくられていた。演奏開始前に係の人が、何やら足元に置いていたので、ペダルを使ったということだろうか。ついにピアニストも、通常のピアノのペダル以外のペダルを操作しないといけない時代になったのか ? (笑) そして驚いたことには、(客席からステージに上がる階段が設置されていたので最初から予想はできたが) 作曲者ジョン・アダムズ自身がステージに登場し、拍手を受けていた。私は日本だけでなくニューヨークでも、彼の新作・旧作を聴いたことが何度かあるが、本人がステージに出て来たのを見た記憶はない。実はアダムズは 2009年からこのロス・フィルの Creative Chair というポジションを持っているようで、つまりは楽団関係者ということもあって、今回はツアーに同行しているということだろうか。それにしても、前日のソレンセンに続き、2日連続の日本初演には、ともに作曲家が臨席するという事態は、なんと素晴らしいことか。尚、今回ユジャはアンコールを弾かなかったが、ロスでの初演の際には、同じアダムズの旧作 "China Gates" を弾いたようだ。これは少し残念だが、コンチェルトの演奏には作曲者も満足そうではあった。
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そしてメインの「巨人」である。昨年からこの曲を聴く機会が多く、正直少し食傷気味ではあるのだが、やはりこのコンビで聴いてみると、引き込まれて聴いてしまう。もともとロス・フィルは以前からクリアでパワフルな音を出すオケであるが、その点においてドゥダメルとの相性もしっかりしている。ドゥダメルの解釈は非常にメリハリを強調するもので、冒頭の朝の霧のような音楽は繊細かつ持続力を持って表現し、そして音響の盛り上がりと感情の盛り上がりが、しっかりとリンクしている。第 2楽章のテーマは過剰なほどにデフォルメされており、低音が唸る。これによって中間部との対照が強烈となる。第 3楽章でも、葬送行進曲の荘重さと、後半に出て来る飛び跳ねるような諧謔の音楽との対比は、実に残酷なほど。そしてもちろん、終楽章の長い長い嵐も、ひたすら次を目指す音楽の推進力に支えられて続いて行き、ついにあの熱狂の終結部へ。最後はもちろんホルン奏者 (8人!!) が起立していたが、時折あるようなトランペットとトロンボーンの一部を伴うようなことはなく、起立はホルンだけで、そして、一度起立したら途中で座ることなく、最後まで立って演奏した。私はこの方法が好きである。それにしてもドゥダメルという指揮者、聴き手を熱狂に導く特別な力を持っていると以前から感じているが、その点ではやはり疑いなく第一級の才能である。上で述べたような「音楽の内容」云々についての彼への疑問の声は、かつてもいろんな指揮者についてあったし (カラヤンなどその最たるもの)、指揮者の持ち味も、経験と年齢によって変わって行くもの。これからも毀誉褒貶があるだろう。その時々の演奏内容がよくないことがたとえあったとしても、聴き手としては、これからも真摯に彼の活動に向かい合って行くだけの価値を持つ偉大な才能であると、私は思う。

結局この日は、オケによるアンコールもなし。だが、コンサート本体が充実したものであれば、それでも大いに結構ではないか。

Commented by 吉村 at 2019-03-21 21:21 x
楽団員の黒づくめのスタイル、LAらしいオシャレな感じですね。ドゥダメルのマーラーは緩急の付け方やアクセントの置き方が効果的で、印象深いですね。一方で、これがマーラーなのかな、という気がするのも事実ですね。でも、全身これ音楽という指揮ぶりにはマッチしたものですし、彼のスタイルですよね。
米国のオケにしては入りが良いのは、ドゥダメルだからですかね。
Commented by yokohama7474 at 2019-03-21 23:07
> 吉村さん
おっしゃる通り、ドゥダメルはスタイルをしっかり持った指揮者だと思います。本文で書いた通り、これからもスタイルの変遷はあるかもしれませんが、やはり、多くの人が是非聴きたいと思う、特別な才能を持った人だと思いますね。
by yokohama7474 | 2019-03-21 11:27 | 音楽 (Live) | Comments(2)