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シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 (ピアノ : ピエール=ロラン・エマール) 2019年 3月23日 東京芸術劇場

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フランスの名指揮者、シルヴァン・カンブルランの言葉の引用から始めたい。彼が、現在常任指揮者を務める読売日本交響楽団 (通称「読響」) のポストを今月で離れるに当たり、読響は彼にとってどんな存在であるかを質問されたことへの回答である。

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私の人生における大きな贈り物であり、私の「今」の姿を表す存在です。読響とは 100%信頼を委ねられる関係が築けました。今は、私のあらゆる音楽作りに、皆が全力で応えようとしています。そうさせたのは「愛」。9年間、音楽の美しさ、音楽から得られる充実感を共有できたことは嬉しい限りです。
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例えば 30年ほど前なら、国際的キャリアを誇る一流の外国人指揮者が東京のオケの常任指揮者、首席指揮者、音楽監督になることは稀であり、近い関係と言っても、せいぜいが名誉指揮者や、あるいは頻繁に登場する客演指揮者どまりということが多かった。それがある時期から、世界の一線級の指揮者たちが「本気で」東京のオケの活動に取り組むようになり、そして今日があるわけだが、それにしても上のカンブルランの言葉から、読響との活動への彼自身の満足感が感じられて、素晴らしい (まぁ、「愛」だけでオケとの関係は発展するとも思えないが、そこはフランス人特有の発想ということで・・・笑)。そして今回の演奏会、つまり、この 3/23 (土) と翌 3/24 (日) の 2回、東京芸術劇場で開かれるものが、常任指揮者としてのカンブルランと読響とのラストステージなのである。会場には、かつてこのオケで正指揮者を務めた下野竜也から、こんな花が届いていた。
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この「ラストコンサート」の曲目は以下の通り。
 ベルリオーズ : 歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 3番ハ短調作品37 (ピアノ : ピエール=ロラン・エマール)
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14

このプログラムの妙味は、カンブルランお得意のフランス音楽からベルリオーズを採り上げ、その作曲家の若き日の代表作をメインに、そして最後の作品の序曲を冒頭に持ってくる。その間には、やはりフランスの名ピアニスト、エマールを迎えて、ここだけはラヴェルとかサン・サーンスといったフランス物ではなく、ドイツ物、ベートーヴェンの短調のコンチェルトを演奏する。非常に引き締まったプログラムであるが、その構成は、序曲・協奏曲・交響曲という伝統的なものになっているのも面白い。
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さて、冒頭の「ベアトリスとベネディクト」序曲からして、各声部がよく鳴っていて非常にクリア。このコンビが 9年間築き上げてきた関係の成果であろう。以前も書いたことだが、何十年も前の読響は、楽員は全員男性で、力強い演奏が特徴というイメージであったが、それから時代を経て、様々な経験の蓄積と、歴代指揮者たちの薫陶によって、このような洗練が実現したということであろう。洒脱な部分もあり、またベルリオーズらしい熱狂も少し出て来る曲だが、聴いていて大変楽しかった。

そして、今回絶対聴き逃せないと思ったのが、ピエール=ロラン・エマールのピアノである。このブログでは、2016年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで、メシアンの「鳥のカタログ」全曲を採り上げた 3回の演奏会を記事にしたことがあるが、私が彼の実演に接するのは、それ以来である。今回彼は、カンブルラン / 読響とは、3/19 (火) にもメシアンの「7つの俳諧」で共演しているが、私はそのコンサートは聴けなかったので、今回が楽しみであった。しかも、しつこいようだが、フランス物ではなく、ベートーヴェンである。エマールのベートーヴェンと言えば、アーノンクールと組んだ録音もあるが、あの知性溢れるクールなピアノが、この 3番のコンチェルト (5曲あるベートーヴェンのピアノ協奏曲のうち、唯一短調で書かれている) をどう表現するかを実演で聴けるとは。得難い機会である。
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聴いてみて、圧倒された。優れたピアニストは数々あれど、このピアノはちょっと格別である。タッチは常に澄んでいて、非常にクリアな音質なのだが、そこには作曲者が込めた情熱も充分なら、しばしの感傷も説得力があり、また、力強い疾走感も素晴らしい。なんと言えばよいのだろう、音を弾きこなしてそれらしい出来に揃えるようなピアノではなく、一音一音に命がある。そんな印象だろうか。現代音楽に定評のある人であるからこそ、このようなベートーヴェン演奏には大きな意味がある。真に偉大なピアニストなら、当然表現の幅も持っているはずで、その真価はあらゆる音楽に発揮されるはず。まさにエマールはそのような第一級のピアニストであることを、ここに再確認した次第である。実は、もしかするとカデンツァで突然メシアン風になるとか (笑)、そんなことがあっても面白いかな・・・とひそかに思っていたが、なんのことはない、作曲者による通常のカデンツァでした。カンブルランと読響の伴奏も、そんな一音一音に命が宿るピアノに巧みに絡んでいて、全体として非常にクオリティの高い演奏になっていた。

そしてメインの幻想交響曲は、期待通り、瞠目の名演となった。冒頭、指揮者が指揮棒を構えたところで客席から咳が聞こえ、カンブルランは指揮棒をそのまま止めて、完全な沈黙が到来するのを待ってから音楽を始めた。これは冒頭の旋律を吹くフルート奏者をはじめとする木管の人たちにとっては、緊張の一瞬だったのではないだろうか。だが、このアクシデントによって、むしろ指揮者とオケの呼吸はぴったりと揃うこととなり、まさにカンブルラン自身の言葉にある通り、彼の音楽作りに楽員たちが全力で応えている。流れて行く音楽のどの場面を取っても、そこには音楽本来の力が漲っている。カンブルランはあまりタメを作る方ではないので、このエキセントリックな交響曲に含まれた狂気の圧倒的表出という感じにはならないが、その代わり、この音楽はこの鳴り方しかないという自信が溢れている。素晴らしい美感に溢れたベルリオーズではないか。これこそがカンブルランと読響の 9年間の共同作業の到達点であろう。弦楽器のうねりも、管楽器の自発性も、実に感動的であった。あ、それから、この曲にはよく知られている通りティンパニが 2組必要だが、そのうち 1つを叩いていたのは、都響の久一忠之のように見えたが、もしそうなら、強力な助っ人が入っていたことになる。この「幻想」、2009年にカンブルランが読響と初めて録音した作品であるらしく、今回の演奏には、この両者の歴史の原点を思い出すという意味もあったのだろう。そう思うと一層感動的な演奏であった。

会場では、4/10 発売予定のマーラー 9番の CD を先行発売していたので、購入した。この時のライヴについて私は、もう少し情念があった方がよいのでは、ということをこのブログで書いた記憶があるが、録音で聴いてみるとまた違った印象もあるかもしれないので、心して聴いてみたいと思う。
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来月から始まる読響の新シーズンでは、新常任指揮者のセバスティアン・ヴァイグレが早速彼の個性を打ち出す演目を並べていて、これはこれで楽しみだ。来シーズンの予定にはカンブルランの名前はないが、また遠からぬ時期に読響の指揮台に戻ってきてくれることを願ってやまない。

by yokohama7474 | 2019-03-23 21:20 | 音楽 (Live)