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小澤征爾音楽塾 ビゼー : 歌劇「カルメン」(指揮 : クリスティアン・アルミンク / 演出 : デヴィッド・ニース) 2019年 3月24日 東京文化会館

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今年も小澤征爾音楽塾の季節がやってきた。ロームをスポンサーとして、2000年から主としてオペラを採り上げてきたこのプロジェクト、今回が実に 17回目。今回の演目はビゼーの名作「カルメン」であるが、これはほんの 2年前、2017年に演奏されたものと同じである。演出も同じなら、主要 3役 (カルメン、ドン・ホセ、ミカエラ) も同じ歌手たちなのであるが、それでもチケットが完売になるのは、もちろん小澤征爾が心血を注ぐプロジェクトであることを聴衆もよく知っており、また自らも一部を指揮すると発表されていたからだ。一方、作り手の側から見ても、このプロジェクトの目的自体が、毎回毎回オーディションで選ばれる若い演奏家たち (オーケストラも合唱団も) が、プロの歌手たちとともにオペラを身をもって体験するということであれば、演目が 2年前と同じであることは何ら問題ではないばかりか、教える側からすればむしろ、経験の蓄積が生きる分、好都合かもしれない。そう考えると、オペラ上演がそもそも日常的に存在しなかったという日本の音楽環境を少しでも改善し、若い人たちに本物のオペラ体験を積ませることで、日本の西洋音楽レヴェルを上げようという小澤の意気込みを、改めて実感するのである。そのキャリアにおいて、西洋音楽界のまさに頂点に立った人であるからこそ、身に沁みてその必要性を感じているのであろう。今回のオーディションは日本のみならず、中国、台湾、韓国でも行われた由。つまりこれは今や、東アジア全体の音楽文化向上を目指す試みになっているのである。これがプログラム冊子に載っている、今回のリハーサル風景。
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だが、事前に発表があった通り、今回の東京公演では、小澤の指揮を聴くことは残念ながらできなかった。今回は京都で 2回、そして横須賀、東京という、合計 4公演であるが、最初の京都の 2公演では指揮したものの、その後小澤は気管支炎を患い、まず横須賀公演をキャンセル。その後、今回の東京での千秋楽では指揮するために体調回復に努めたが、最終的には、大事を取って休養となったもの。会場には、主催者による説明と、小澤本人によるコメントが掲示されていた。
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実は京都での初日のあと、NHK のニュースでこの公演を採り上げていたのであるが、そこでは小澤がリハーサルにおいて生徒たちを厳しく指導し、オペラを学ぶべきはまさに今であるということを力説し、"Not Tomorrow!! Now!!" と檄を飛ばすシーンが見られ、そして実際に京都での初日に第 1幕の前奏曲を指揮する様子が映っていた (なぜかピットの中で奏者たちは立って演奏していた)。そのニュースでははっきりと、「小澤さんが指揮するのは全 4幕のうち 1幕だけ」と言っていた。えっ、「カルメン」の第 1幕と言えば、多少セリフだけの箇所もあるが、50分ほどもかかる長さである。そんなに連続で指揮する体力が、今の小澤にあるのだろうか・・・。あるなら、こんな嬉しいことはないが・・・。と思っていたのだが、音楽塾のホームページにも、今回の会場での掲示でも、もともと「第 1幕の前奏曲」 (掲示には「序曲」とあったが、これは分かりやすさを優先した表記だろう) だけの指揮が予定されていたとある。前奏曲は、ほんの数分の曲である。第 1幕全体とはえらい違いで、つまり、「1幕のごく一部だけ」とせず「1幕だけ」としたNHK の報道は誤報。どうにも困ったものである。

ともあれ、そもそも数年前からオペラの全曲を指揮する体力のない小澤のことであるから、ほかの指揮者と振り分けるのが、このところのこの音楽塾でも通例になっている。とはいえ今回、もともとほんの数分の前奏曲しか振る予定がなかったと知って、淋しい気持ちを抑えることはできない (なので、第 1幕全部を振るとしか解釈できなかった NHK ニュースの表現に、ぬか喜びしたのだ)。いやしかし、この公演の芸術監督として、彼は 3週間みっちりリハーサルに参加したということだし、上に書いた通りのこのプロジェクトの目的を考えれば、その公演の出来を楽しむのが、我々聴衆がすべきことであろう。上演前にわざわざプロデューサーが登場して、お詫びの挨拶をしたが、聴衆の拍手は温かいものであった。

そんなわけで、今回の上演で指揮をしたのは、クリスティアン・アルミンク。オーストリア生まれの 48歳である。日本では、新日本フィルの前音楽監督としておなじみだ。
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彼は小澤の弟子筋でもあり、このような機会に指揮を受け持つのも納得性がある。私自身は、過去に経験した彼の演奏がすべて素晴らしかったとは必ずしも思っていないものの、もちろんしっかりした手腕を持つ指揮者であり、コンサート、オペラの両面で経験を積み重ねているので、きっと若者たちをうまく率いてくれるだろうという期待があった。そして始まった前奏曲は、ここでもやはり奏者たち (弦楽器だけ? つまりはヴァイオリンとヴィオラということだが) は起立して演奏していたが、これは小澤の指示によるものであったのだろうか。いわゆるユース・オーケストラというものは概して、時に技術が第一級のプロには及ばずとも、その熱意や集中力で素晴らしい演奏を成し遂げる場合があり、そんなときの感動は独特のものがある。今回の演奏でも、確かに最初から最後まで完璧だったとは思わないが、アルミンクの個性もあるのだろう、前半では抒情的な部分が大変美しいと思っていたら、終幕の修羅場では、それはもう大変に劇的な音が容赦なく鳴っていた。オペラとは、舞台にいる生身の人間たちが歌ったり演技したりするところに、オーケストラが伴奏する芸術。いや、ある場合はオーケストラが先導することもある。呼吸を合わせ、他者の発する音を聴き、喜怒哀楽を表現するのは、音楽の醍醐味だ。聴いている方がそんなことを思うのだから、実際に演奏しているオケの若者たちにとってみれば、音とドラマがどんどん進んで行くときに、その重要なパートを自分たちが担うのだということを知る喜びは、また格別なものであろう。アルミンクの指揮ぶりは比較的クールだが、要所要所を抑えていて、若者たちのよきリーダーとして、素晴らしい役割を果たしていたと思う。

歌手陣では、やはりカルメンのサンドラ・ピクス・エディが、その舞台映えする容姿もあり、見事。
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ドン・ホセのチャド・シェルトンも、圧倒的ではないにせよ、この役の持ち味はうまく出していた。エスカミーリョのエドワード・パークスは、今回初登場だが、「闘牛士の歌」(声域が低いから難しいのだが) では少し声量不足かと思われたが、総じて立派な出来。ミカエラのケイトリン・リンチも、ただ可愛らしいだけではない強い表現もあり、本作におけるこの役の存在意義を示した。これらの歌手の経歴を見ていると、ほとんどが米国で活躍していることが多い。未だ若く、これからヨーロッパにも活躍の場を広げて行くのだろうか。そうすると彼らの履歴書には今後、「小澤征爾音楽塾で歌う」という項目が入り、それが経歴上の勲章になるのではないか。オペラの伝統のない日本でのプロジェクトが、若手歌手たちのキャリア形成に貢献するとは、考えただけでも素晴らしいことではないか。あ、それから、前回同様、児童合唱 (京都の小学生たち) も素晴らしい出来で、楽しかったですよ。

今回の演出は、この音楽塾をはじめ、小澤の指揮するオペラの多くを演出してきた米国人のデヴィッド・ニース。小澤とは実に 35演目以上をともに手掛けているというからすごい。メトロポリタン歌劇場の首席演出家であり、その演出には過激な要素は全くないが、作品の本質を嫌味なく舞台化し、音楽を邪魔することがないのがよい。だがよく見ていると、結構細かい箇所にも神経を配っていて興味深い。例えば第 1幕、ミカエラがホセを訪ねてきて母親からのメッセージを伝えるシーンでは、カルメンが煙草を吸いながらこっそりそれを盗み見している。その次のシーンは、カルメンと同僚の喧嘩であり、それがきっかけてホセはカルメンの監視役となるわけだから、もしかするとカルメンは、ミカエラを押しのけてホセの気を引くためにその騒動を起こしたのでは、と思わせるのである。あるいは第 2幕の最後で、ホセが上官と決闘になったあと、上官は山賊たちの囚われの身となって、彼らに同行することを渋々承諾させられ、それゆえに、次の幕にも (歌わないのに) 登場することがあるが、今回の演出では、決闘の騒動が一旦収まったあと、幕切れ間近で、ホセが彼を刺し殺すのである。これはうまい解決法 (?) である。また終幕で、地面に散乱した赤い紙テープがカルメンの血に変わるところも見事。非常に要領のよい演出である。なお、今回のプロダクションは、シカゴ・リリック・オペラのものとのこと。
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さぁ、千秋楽も無事終了し、賑やかなカーテンコール。そこで、私がそうあって欲しいと願ったことが、実際に起こった。小澤総監督が、その姿を見せたのである!! 普段着ではなく、ステージ衣装を身に着けて登場し、いつものようにおどけた仕草もまじえつつ、出演者たちの労をねぎらい、アルミンクとハグし、若いオケのメンバーの健闘を称えていた。かくして客席も沸きに沸いた、第 17回小澤征爾音楽塾公演であった。

来年の音楽塾は、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」であると発表されている。これもまた、このプロジェクトではおなじみの演目だが、プロジェクトの意義を噛みしめながら、きっと来年も見に行くことになると思います。

by yokohama7474 | 2019-03-24 23:09 | 音楽 (Live)