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女王陛下のお気に入り (ヨルゴス・ランティモス監督 / 原題 : The Favourite)

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この映画はどうやら英国王室の話であることは明らかであり、レイチェル・ワイズとかエマ・ストーンが出ているというので、ちょっと見たいなと思ったのだが、題名が「女王陛下のお気に入り」? うーん、これはコスプレ・コメディだろうか。どの女王の話か知らんが、私も決して暇な人間ではないし、ま、他愛ないほのぼのコメディならパスしようかな、と思っていた。ところが、一応どんな映画だろう、と思って調べてみると、ひとつ分かったのは、これはアン女王に関する話。アン女王と言えば、あのロンドンのセントポール大聖堂の前に彫像が立っている (つまりそれは確か、この大聖堂が今のかたちで建設された時の王であったからと記憶するが)、あの女王である。もちろん、エリザベス 1世やヴィクトリア女王のようなよく知られた女王ではないが、一応知っている名前である。単なる架空の王朝コメディではないということだ。そして、おっ、監督のなんとかティモスって聞いたことがあるぞ。そう、あの怪作「聖なる鹿殺し キリング・オブ・セイクリッド・ディア」の監督、ヨルゴス・ランティモスではないか。そうなれば話は別。ちょっと見に行ってやるか、と思って劇場に足を運んだのである。監督のランティモスは 1973年生まれのギリシャ人。
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そして、私は今申し上げたい。映画という表現手段の持つ強烈な力を感じたければ、是非この作品を見るべきだ。但し、出演している女優たちが、昔の「ハムナプトラ」シリーズのレイチェル・ワイズだとか、ましてや「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーンだと思ってはいけない。この映画における彼女たちは、世代は異なれども、ともに映画という芸術分野に深く貢献する、そしてそれだけの自覚と決意を持った表現者として、スクリーンの向こうにいる。残念ながら日本ではこんな映画、到底期待できないと思う。

ストーリーは単純と言えば単純。主人公のアン女王 (1665 - 1714) は、ステュアート朝最後の王であり、その在位中の 1707年にイングランドとスコットランドが合併して、グレートブリテン王国が成立した (現在の連合王国となったのは、1801年にさらにアイルランドを併合してから)。物語は、そのアン女王と、彼女の幼なじみで、事実上王宮を牛耳る存在であるレディ・サラ、そして、サラの従妹で、父親のギャンブル好きのおかげで貴族社会から転落し、召使として王宮にやってくるアビゲイル、この 3人が織り成す、激しいドラマである。サラ役のレイチェル・ワイズがインタビューで面白いことを語っている。3人の女性を主役にする映画は珍しいし、その 3人の関係も普通ではない点に興味を惹かれた。そして、「3人が競い合い、愛し合い、妬み合い、敵対し合うところがおもしろい」とのこと。そうそう、まさにこの 3人の関係、なんだかよく分からない複雑な様相を呈するのである。紋切り型の権力争いや、表面上の媚びへつらいとか、そういった次元の話ではない。何かもっと人間の根源的な弱さとか醜さを、仮借なく描いているのである。その一方で、今度はアビゲイル役のエマ・ストーンのインタビューから引用すると、「脚本が本当にすばらしかった! 複雑な 3人の女性キャラクターがとてもよく描かれていたの。コメディだし、読みながらも笑ったわ」とのこと。いやいや、私は上で、これはコメディではないと書いた。それをコメディだと言いきってしまうあたりに、この女優の侮れない個性が見て取れる。さぁこの 2人、どちらが勝つのだろうか。
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そう、普通の意味ではこの映画は断じてコメディではなく、人間の汚い面を赤裸々に描いた、あまり愉快な映画ではないのだが、その細部を思い出して行くと、今度は人間のしぶとさにも思い当たるわけで、そう思った瞬間、いろんなことが可笑しく感じられるから面白い。ネタバレせずに説明するのは難しいが、一国 (未だ世界に冠たる大英帝国ではないにせよ) の君主がこれだけ人間的な弱みを抱えていて、いとも簡単に操られるかと思うと、意外としっかりした面があって、突然自らの意思で命令を発し始める。あるいは王宮を牛耳る存在である女性が、年少の従妹の策略にかかってひどい目に遭うことは、小気味よくもある。さらにその年少の従妹は、うまい具合に男を利用して成り上がるが、男のあしらいはなんともぞんざいで、結婚初夜も例外ではない。それらは結構笑える内容になっているのである。物語はそのような様々なピースによって成り立っているが、その積み重ねから何度か笑いを感じるうち、気がつくと背筋が凍るような人間の真実に直面する。そんな作りになっている。これは家族みんなで見に行くようなタイプの映画ではないが、大人であれば、ストーリーを追うだけで充分楽しめると思うのである。

さて、肝心の主役についてまだ何も語っていなかった。アン女王を演じるのは、オリヴィア・コールマンという女優。本作でアカデミー主演女優賞を受賞した。私にとってはなじみのない顔であるが、英国では実績のある女優のようである。実在のアン女王は病気がちで、また大変な肥満であったというが、17回妊娠して、ひとりの子供も育たなかったという個人的悲劇にも見舞われた人でもあったという。自分勝手で淋しがりで、でもどこか憎めない女王役を、見事に演じている。上で触れた、セントポール大聖堂の前に立つアン女王の彫像の写真もここに掲げておこう。
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ヨルゴス・ランティモスの演出は、「聖なる鹿殺し」に続いて、ここでも大変に冴えている。役者たちから恐ろしいような表現を引き出したのも、彼の手腕であろう。実は今回共演しているオリヴィア・コールマンとレイチェル・ワイズは既にこのランティモスの「ロブスター」という映画に出演した実績がある。3人の女優の中で唯一米国人であるエマ・ストーンも、本作への出演を決意したのは、まずはこの監督の作品であることが理由だったという。今後の作品から目が離せない監督である。彼の演出の一例として、本作の宮廷内のシーンでは魚眼レンズを多用していたことが挙げられるが、それなどは、普通なら段々辟易としてきてもおかしくない、単調さに堕する危険がある方法だろう。だが、画面の情報量もストーリーの情報量も多いこの映画では、非常に効果的であったと私は思う。
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この作品、アン女王はもちろんのこと、サラもアビゲイルも、実在の人物であるという。もちろんこのストーリー自体はフィクションであるが、史実からヒントを得た作品ということになる。ところでこのサラ、旦那の名前はジョン・チャーチルという。そう、もちろんあのウィンストン・チャーチルの祖先である。本作の最初の方で、アンがサラに対して、ジョンの軍功を称えて宮殿をプレゼントすると言って模型を見せるシーンがあるが、もちろんその宮殿は、(このブログでも映画のロケ地として何度か言及した) 世界遺産、ブレナム宮殿で、ウィンストン・チャーチルの生地である。言ってみればこの映画、20世紀英国の英雄チャーチルの祖先を、かなりひどく描いているとも言えるわけで、その意味でも英国風仮借なさを感じるわけである。もちろんその仮借なさは、過去に実在した女王の描き方にもあてはまるわけであるが (笑)。

因みにこの映画の王宮のシーンは明らかにセットではなくロケだと思ったら、ハットフィールド・ハウスで撮影したとのこと。ロバート・セシル (初代ソールズベリ伯) の館であったが、あのエリザベス 1世が幼少の頃を過ごした場所として有名である。私もその場所を訪れたことがあって、そのあたりの展示を沢山目にしたものだ。もちろん英国にはこの手の屋敷 (今でもソールズベリ侯爵 = 保守党の政治家でもある = の自邸だが) は多く残っているが、やはりこのような映画のロケには最適である。
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最後に音楽について。この映画では、既成のクラシック音楽が数ヶ所で印象的に使われていて、その中のバッハやパーセルというバロック音楽は、時代の雰囲気を盛り上げるという目的が明確であるが、それ以外に、劇中の登場人物の心理を深く反映するような音楽がある。ひとつは、シューマンのピアノ五重奏曲変ホ長調作品44の第 2楽章。もうひとつは、シューベルトのピアノ・ソナタ第 21番変ロ長調D.960の、やはり第 2楽章だ。この 2曲が使われている箇所 (前者は確か 2回使用されていたと記憶する) では、何か衝撃的なことが起こるのだが、音楽はひたすら淋しい。「聖なる鹿殺し」に続き、ランティモス監督の音楽のセンスには感心した。

このような次第であるので、映画を選択するときには、邦題で内容に対して先入観を持たず、作り手についての情報を充分得てからにしたいと、再認識した。あ、あと、たまたまこの作品の Wiki を見てみたが、そこには「歴史コメディ映画」とある。いやいや、とんでもない。あなたがエマ・ストーンでもない限り、この映画をコメディなどと呼んではいけない!!

by yokohama7474 | 2019-03-28 21:33 | 映画