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エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : サリーム・アシュカール) 東京芸術劇場

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東京都交響楽団 (通称「都響」) とその桂冠指揮者エリアフ・インバルによる、東京での 3種類目のプログラム。今回はこのような 2曲からなるものであった。
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 1番ハ長調作品15 (ピアノ : サリーム・アシュカール)
 チャイコフスキー : 交響曲第 5番ホ短調作品64

既に採り上げた 3月26日の東京文化会館でのこのコンビの演奏会では、メインはショスタコーヴィチ 5番であった。それに対して今回は、チャイコフスキー 5番。ロシアを代表する 2曲の第 5交響曲はいずれも大人気曲であり、特に今回は日曜日ということもあって、会場は大変な大入りだ。外では桜が満開だが、この週末の東京はどうにも天気が不安定。その点、インバルと都響であれば、その演奏は非常に安定していることが期待できようというものだ (笑)。いや、もちろんそれは、聴かなくても演奏の内容が分かるという意味ではなく、やはり何度聴いても素晴らしいという意味なのであるが。

今回は、メインのチャイコフスキーはもちろんだが、ベートーヴェン若書きのピアノ協奏曲第 1番も非常に楽しみであった。というのも、ソリストがサリーム・アシュカールであったからだ。1976年イスラエル生まれ。興味深いことに、前回のインバル / 都響の演奏会でチェロを弾いたガブリエル・リプキンも同世代で、1977年イスラエル生まれであった。もちろんインバル自身もイスラエル生まれであるから、前回・今回と、指揮者、ソリストともにユダヤ人の共演ということになる。これまで、メータ、バレンボイム、ムーティ、シャイーらの名指揮者と共演し、また、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ、シカゴ響などにソリストとして登場しているアシュカール。
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私はこのピアニストを以前聴いたことがあり、それは昨年の 6月15日、ピエタリ・インキネン指揮日本フィルの伴奏によるメンデルスゾーンの 2番のコンチェルト。その演奏会の記事に書いたことだが、このピアニストは、ただのユダヤ人でない。なんと、「パレスチナ系ユダヤ人」なのである!! 今回の都響の演奏会のプログラム冊子には説明ないものの、戦争地域や途上国の音楽家及び音楽団体をサポートする非営利団体「ミュージック・ファンド」の大使を務めているそうである。彼のピアノは、彼自身が経験してきたものを、音楽という純粋な喜びに昇華させていると思う。いや、もちろん、そんなことを知らずとも、彼のピアノの繊細なタッチにただ耳を傾けると、そこには何か特別な美があることを、誰しもが感じるであろう。ベートーヴェンの 1番のコンチェルトは快活な曲であり、ただ美しいというよりは、前に進む力とか、弾ける喜びという要素が必要だが、アシュカールの演奏は、線の太さこそないものの、この音楽の持つ楽しさを充分に感じさせるものであり、しかも聴き終わったあとにそこに残るのは「美」であったと思うのである。この見事なピアノを、インバルと都響ががっちりサポートして、そこにはベートーヴェンらしい重厚さも時に顔を出していた。もともとインバルは、小編成の曲をきっちりまとめるというタイプの指揮者ではないものの、やはり長い経験と都響との信頼関係によって、ピアノとうまく絡み合うオケの音を巧みにまとめていた。そしてアシュカールが弾いたアンコールは、前回の日フィルのときと同じ、シューマンの「トロイメライ」。深い感情が込められ、誰が聴いても懐かしいと思うであろうこの音楽は、人々の心に沁みたことであろう。

メインのチャイコフスキーは、これはもうインバル節炸裂である。譜面台も置かない暗譜での指揮で、もちろん椅子にも腰かけず、全曲 50分、立ったままである。冒頭こそ、木管と弦のバランスにちょっと課題があるかなぁと思ったものの、すぐにペースをつかんで、音楽がうねり始めた。そして今回のインバルは、この曲の全 4楽章を、ほとんど間を置かずに通して演奏することで、ひとつの大きな流れを作り出していたのである。その強烈な音楽の力から私が感じたのは、インバルはこの曲を世紀末音楽として表現しようとしているのではないかというもの。作曲されたのは 1888年であるから、これはまさしく世紀末の音楽なのである。そういえば彼が昔フランクフルト放送響とともにチャイコフスキーの 3大交響曲を録音した際、そのカップリングが話題になったものだ。この 5番はボリス・ブラッハーのパガニーニの主題による変奏曲という変化球だったが、6番「悲愴」は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死であった。因みにこの 5番は、こんなジャケットであった。
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インバルはその後この曲を、今から 10年前にこの都響とともに再録音している。私はそれを聴いていないが、想像するに、今回の演奏はさらに音が練れていたのではないだろうか。以前も書いたことだが、インバルの場合には円熟という言葉は似つかわしくなく、あえて言えば進化という言葉を使いたい。80を超えてなお、これだけ力強い音楽を聴衆に向かって解き放つ、その魔術的な力量は、ちょっとほかにないのではないだろうか。都響との関係も極めて良好であることは、演奏後のインバルの表情を見ていても明らかだ。この指揮者の大作交響曲をこれからも聴くことができる我々東京の聴衆は、幸いであると思う。
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この指揮者は、来シーズンの都響の演奏会の前に、今からほんの 3ヶ月後に東京に戻ってきて、手兵であるベルリン・コンツェルトハウス管を指揮する。そこでの演目は、もちろんマーラー!! マエストロには是非体調管理を万全に行って頂き、あの「インバルのマーラー」のさらなる進化版を聴かせてくれるのを楽しみにしよう。

by yokohama7474 | 2019-03-31 20:39 | 音楽 (Live)