川沿いのラプソディ


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メモ帳

カテゴリ:書物( 38 )

江戸川乱歩編 : 世界短編傑作集 2

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今年の 4月 5日付の記事で採り上げた「1」に続く、創元推理文庫の「世界短編傑作集 2」である。世界の探偵小説を渉猟した江戸川乱歩による選りすぐりの短編集であり、5巻シリーズの 2巻めということになる。1961年の初版から実に 63版を重ねているロングセラーである。私の場合は、1巻めを読んで、19世紀末から 20世紀初頭にかけて書かれた作品群の質の高さに仰天し、すぐに残りのシリーズも購入したもの。今回も実に読み応えある作品ばかり 9編が集められている。

赤い絹の肩掛け (1907年作) : モーリス・ルブラン (1864 - 1941)、フランス
奇妙な跡 (1908年作) : バルドゥイン・グロルラー (1884 - 1916)、オーストリア
ズームドルフ事件 (1911年作) : メルヴィル・ダヴィソン・ポースト (1869 - 1916)、米国
オスカー・ブロズキー事件 (1912年作) : オースティン・フリーマン (1862 - 1943)、英国
ギルバート・マレル卿の絵 (1912年作) : ヴィクター・L・ホワイトチャーチ (1866 - 1933)、英国
好打 (1913年作) : エドマンド・クレリヒュー・ベントリー (1875 - 1956)、英国
ブルックベンド荘の悲劇 (1914年作) : アーネスト・ブラマ (1868 - 1942)、英国
急行列車内の謎 (1920年作) : フリーマン・ウィリス・クロフツ (1872 - 1957)、英国
窓のふくろう (1923年作) : ジョージ・ダグラス・ハワード・コール (1889 - 1959) & マーガレット・コール (1893 - 1980)、英国

なるほど、こうして並べてみて、そして第 1巻の内容と見比べてみて、気づくことには、このアンソロジーは年代順の配列になっているのだ。第 1巻の最初が 1806年作で、今手元にある第 5巻の最後を確かめると、1943年の作。いわゆる推理小説、探偵小説の誕生した 19世紀後半から第二次大戦中までの傑作短編を集めているのである。それが分かるとまた一層興味が深まる。このジャンルの醍醐味は、犯罪 (主として殺人) を犯すに至る人間心理と、その犯罪を実行するためのトリックの妙、そしてそれを解き明かす名探偵の手腕であるが、その背景にはやはり、近代都市の誕生という事情があるだろう。様々な人々が集う大都会において、様々な利害が錯綜することで、人間が犯罪を犯す動機は多様化して行ったし、トリックにもヴァラエティが生まれたということは言えるように思う。だがその一方で、都会と対照的な田舎町での犯罪が描かれることも多く、それはある種の密室犯罪に近いものになりうるし、動機にしても、複雑性のない「愛」や、それゆえの「憎しみ」である場合も多い。だから近代化への反動という要素も、このジャンルの発展には寄与しているだろう。いずれにせよ、そこに描かれているのが、血が流れ、感情もある人間たちであるからこそ、探偵小説は面白いのである。

ここに並んだ 9編の作者を見ると、モーリス・ルブランはルパン物で大変に有名だし、世界推理小説史上最高傑作のひとつと言われる「樽」で知られるクロフツや、「トレント最後の事件」で知られるフィリップ・トレントという探偵を作り出したベントリー、あるいはこのブログでも以前ご紹介した盲目探偵マックス・カラドスを生み出したブラマなど、数人についてはその名を知っていても、その多くは未知の名前である。だが今回も私はこのアンソロジーを堪能した。ここにはハズレは全くないどころか、なるほどと膝を打ちたくなるほど鮮やかなトリックもあって、本当に面白い。中でも私としてのお薦めは、冒頭のルブランの「赤い絹の肩掛け」である。これが作者ルブランの肖像。
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上記の通り彼は、怪盗アルセーヌ・ルパンの創作者としてよく知られているが、ここに収録された短編も、実はルパン物。宿敵 (?) ガニマール警部との対決が主軸になっているが、ここでルパン (彼自身は絶対殺人は犯さない) は、ある殺人事件についてのヒントをガニマールに与えるという探偵役も兼ねているのである。ガニマールはルパンから与えられたヒントのおかげで殺人事件を解決し、あまつさえ自らの命をも落とさずにすむことになる。だがもちろんルパンは義理や親切心でそんなことを教えたわけではなく、その後まんまと欲しいものを簒奪。最後のガニマールとの対決で、またまた機知を見せて逃げおおせるのだが、それが機知であったと知るのは、ルパンがペンキ職人に託したガニマールあての手紙によってなのである。僅か 35ページの短編であるが、そこに張られたアイデアの妙とストーリー運びの巧みなことには、本当に舌を巻く。この作品を読むだけでも、この本を買う価値があると言いきってしまおう。なぜにそんなに面白いかというと、ガニマールはルパンの入れ知恵で犯人を逮捕することができるので、いまいましい怪盗でありながら、ルパンの鋭い洞察力に恐れをなしているので、彼の放つ言葉の呪縛にかかっているのである。これは大いに示唆に富んだ内容であると思う。人間と人間のコミュニケーションとは、ただその場その場で成り立つものではなく、過去のやりとりの結果としてそこにある。そんなことを思わせてくれるのである。この話は、このような子供用の翻訳もあるようだ。うん、これを子供の頃から読んでおけば、コミュニケーションができるだけではなく、どんな窮地も機知によって切り抜ける、逞しい人間になることでしょう (笑)。
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もう 1編挙げるとすると、フリーマンの「オスカー・ブロズキー事件」であろうか。作者のフリーマンはもともと医師であるらしく、作家に転身してからは「倒叙形式」を主張した人であるらしい。これは、例えば「刑事コロンボ」シリーズがそうであった通り、犯人が最初に明らかになって、その犯罪が暴かれる過程を描くという手法。フリーマンが創造した探偵役はソーンダイク博士で、彼が活躍する小説は日本でも沢山翻訳が出ている。これがフリーマン。さすが医者だけあって知的に見えるが、ちょっと侮れない雰囲気もある人だ。上記のルブランとは同世代ということになるが、粋なフランス紳士のルブランとは好対照な、英国エリートである。
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この「オスカー・ブロズキー事件」もまた、倒叙形式によって、ブロズキーなる人物が被害者となる事件を題材にしている。犯罪者が自己を正当化する声が描かれていたり、あるいは同じ場面の描写を視点を変えて繰り返していたり、映画に慣れた我々には普通に思われる手法も、この作品が今から 106年も前に書かれたことを思うと、実に驚くべきものである。細かい心理描写やストーリー展開もいちいち気が利いていて、読み応え充分である。これは、作者フリーマン自身が高く評価していたというソーンダイク博士の挿絵。1908年12月号の「ピアスン」誌に掲載されたもので、描いたのは H・M・ブロックという人である。
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このアンソロジーの中にはほかにも、近代化時代を反映して、長距離列車内の密室殺人、貨車 1両がまるまるなくなってしまう大胆な盗難、電気の利用による意想外の殺人、電話を使ったトリックなどが扱われていて、どれもこれも本当に面白いのである。もちろん、翻訳の文体がやや古めかしい面は否めないが、それも含めて時代の雰囲気を堪能するのがよいと思う。慌ただしい日常の中で、いい気分転換になること請け合いだ。

by yokohama7474 | 2018-09-15 11:23 | 書物 | Comments(0)

川村湊著 : 闇の摩多羅神

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摩多羅神 (またらじん) という神様の名前を聞いて、「あぁ、あれか」と思う人はどのくらいいるだろう。八幡神とか天神とか、あるいは七福神 (全部言える人はあまり多くないかもしれないものの) なら、知らない人の方が少ないだろうが、さて、マタラジンとなると、その知名度は非常に低いに違いない。この書物はそのマイナーな神様の正体に迫ろうという内容である。まあ、正体も何も、この神が謎の神であると知らなければ、そもそもその正体にも興味を持つわけがないので、この本を手に取る人の数は、正直それほど多いとは思われない (笑)。だが、この本の副題は「変幻する異神の謎を追う」とあり、オビには「究極の絶対秘神!」などとセンセーショナルな文字が踊っていて、このあたりがもしかすると、知的好奇心旺盛な人にはアピールするポイントになるかもしれない。かく申す私は、このブログで既に、記憶にある限り 2回、この神の名前に触れている。一度は、京都・太秦の広隆寺及び大酒神社を訪れたときの記事。もう一度は、島根県安来市の清水寺を訪れたときの記事。後者において私は、この本の表紙の写真を掲げて、「私はちょうど今、この本を読みかけであるので、この神について何か分かったらまた報告します」と書いている (今年の 7月 4日の記事)。そう、私は約束を守る男なので (?)、しばらく前に読み終えたこの本を、このあたりでご紹介したいと思い立った次第である。

さて、私がこの謎の神の名を初めて聞いたのは学生時代。それは、この祭に関しての記述であった。
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これは、京都・太秦の大酒神社 (もともと広隆寺に属していた) の奇祭、牛祭りである。私は実際に見たことはないが、上の写真のごとく、奇妙な紙の面をつけた摩多羅神が牛に乗って練り歩くというものらしい。その由来ははっきりしていないらしく、それゆえこの摩多羅神は謎に包まれた神なのであると、私の中では整理された。その後、「怪」という雑誌 (いかがわしいものではなく、水木しげるや荒俣宏、京極夏彦といった錚々たる面々が執筆していた立派な「怪」に関する雑誌) でこの祭が特集されていて、誰の書いた記事であるかは記憶がないが、「摩多羅神、マダラシンは、ミトラ神だったのだ!!」と書いてあったのが鮮烈に印象に残っている。ミトラ神はゾロアスター教の神であり、このペルシャの拝火教が日本にまで伝播しているという壮大なイメージは、なんともワクワクするようなものだ。もちろん、調べてみるとこのミトラ (ミスラ) 神は中東に発してインドや、ギリシャ・ローマにも伝えられているようなので、いかにユーラシア大陸が広いとはいえ、東の果ての日本にまで伝播していたとしても、あながち荒唐無稽な話ではない。このゾロアスター教と古代日本の関係については、松本清張も仮説として唱えていたし、世界史的なダイナミズムのある話なので、私のお気に入りの話題なのである。もちろん史実であるか否かは、学問的な研究が必要であり、現在の歴史研究でそのあたりがどう評価されているのかは分からないが、さしずめこの本などは、専門的な歴史書ではなく、一般書なので、人間の歴史のダイナミズムへのイメージを膨らませるための読み物と割り切って読むべきだと思う。

ここで展開されている論説は、あれこれの引用や実地調査によってちょっと複雑になっており、とてもここに要約することはできないし、そもそもそれがこのブログの使命であるとは認識していない。ただ、私が以前、牛祭りを巡って抱くことになった「謎の神」というイメージよりは、この摩多羅神の正体を考える材料は意外と多いのだなということが分かった。つまり、牛祭りに登場する以外にも、この神の名前は様々な古文書にて言及されていて、かつ、祀られているケースもそれなりにあるのである。彫像としては、まず、私が先に対面した安来市清水寺のもの (10年ほど前に発見。1329年作) が大変に貴重。
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実は摩多羅神の彫像としては、これ以外にも平泉の毛越寺や奈良の談山神社 (こちらは面のみか?) に祀られているらしい。いやいや、それだけではない。久能山東照宮 (お、ここも以前訪問して記事を書きましたな) は、現在でこそ祭神は徳川家康のみであるが、神仏分離前の祭神は三柱で、それを東照三所権現といったらしい。その三所権現とは、東照大権現、山王権現、そしてなんと、摩多羅神であったのだという!! これはなんとも意外ではないか。つまり、徳川幕府が信仰を奨励した三人の神のうちのひとりが、謎に包まれたこの摩多羅神であったとは。実は日光の輪王寺には、やはりこの神が祀られているという。
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これは常識に属することだと思うが、徳川幕府が強く結びついていた仏教の宗派は、天台宗。実はこの摩多羅神はもともと、天台宗第 3代座主 (ざす) であった慈覚大師円仁 (794 - 864) が唐からもたらしたものだという。そして、阿弥陀経の守護神とされ、念仏を唱える道場である常行三昧堂の裏側に祀られ、「後戸の神」と呼ばれたという。このような、踊る童子たちを引き連れ、快活に笑っている画像例はいくつかあるようだ。
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さぁ、こうなると、江戸時代にはそれなりの認知度のあったはずの神様が、なぜに「謎の神」となってしまったのか、不思議である。上記の通り、「後戸の神」として人の目に触れないうちに、本当にその存在が忘れられていったのかもしれない。本書においては、そのような存在が忘れられて行った神の記録を様々に調べることで、ほかの神との混淆などにも踏み入って行く。正直なところ、そのあたりの論説は理路整然というよりは、材料を見つけたら好奇心に駆られて深追いしているようにも思われ、すべての説に読者がついて行くことは、なかなか難しいだろう。古い文章の引用も、そのままではなかなか意味が分からない点も多く、そのあたりは少し残念にも思われた。ただその一方で、よくあるトンデモ本のようなこじつけや論理の飛躍はなく、飽くまでも著者が真摯に謎の神の実像に迫ろうとしている点には、好感が持てる。読み終わっても、摩羅羅神がミトラ神なのか否かは、ついに判明しなかったが (笑)、歴史の中では神様にも栄枯盛衰があるということは実感できて、大変面白かった。日本の歴史にはまだまだ、埋もれた興味深いネタが沢山あるように思う。

作者の川村湊は、歴史学者や宗教学者ではなく、文芸評論家である。1951年生まれなので、今年 67歳。古典文学や日本の伝承をテーマにした作品だけではなく、最近では原発を巡る著作もあるようだ。あるいは、「村上春樹はノーベル賞をとれるのか?」という新書もあるらしい。だが私としては、本書の流れで、次はこんな本を読みたいなぁと思っている次第。読み終わったら、また報告します!
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by yokohama7474 | 2018-09-06 00:40 | 書物 | Comments(0)

四方田犬彦著 : ルイス・ブニュエル

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ルイス・ブニュエル (1900 - 1983) の名を知る人は、一般にはどのくらいいるだろうか。私の世代は、ちょうど彼がこの世を去った頃には学生で、円熟期 (?) のフランス語による作品の数々 (製作がセルジュ・シルベルマンであったり、脚本がジャン=クロード・カリエールであったりする) を見る機会があり、それから、それに先立つメキシコ時代の作品の上映会などもあって、いわゆるシュールレアリスムの映画における代表例という、紋切り型の分類に留まらないこの映画作家の多様な面を知ることができた。この本はそのブニュエルについての、大変に大部な書物である。実は私は、2年かそれ以上前だろうか、あるとき突然無性にブニュエルの作品を見たくなり、そして、作品を見るだけではなく、彼の評伝を読みたいという衝動に駆られた。そして購入したのがこの本である。ブニュエルの作品一覧という資料的な部分を除き、つまりは本文と後記だけで、実に約 650ページ。結局私はその後、何本かのブニュエル作品の DVD を購入しただけで見ることができず、そしてこの本もしばらく置きっぱなしになっていた。だが、意を決してページをめくり始めてから何ヶ月を要しただろう。この度ようやく読み終えたので、めでたくここで記事にすることができるのである。だが、この本を読み通すのは正直つらかった。それは、これがブニュエルの人生のエピソードを集めたような評伝ではなく (もちろん、一部評伝風の箇所はあるものの)、そのメインは、極めて詳細な作品論であるからだ。その中には、私が昔見たことのある作品もあれば、全く知識のない作品もあり、後者に関しては、もし私が残りの人生でいつか見ることがあるとしたら、ネタバレされるようでいやだな、と思ったものだが、その点は大丈夫。もう読んだ内容の詳細はすっかり忘れてしまったからだ (笑)。だが、これを読み通したことで、この監督の指向するイメージやその暗喩するものについての理解は確実に深まった。

ともあれ、一般の人がこのブニュエルの作品について何かイメージがあるとすると、この映画ではないだろうか。
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そう、この映画は「アンダルシアの犬」。よく知られている通り、この後カミソリは無惨にも、また理不尽にも、この女性の眼球を切り裂くのであるが、それ以外にも奇想天外な悪夢のような映像がこれでもかと現れるこの映画は、1927年制作の無声映画で、ブニュエルのスキャンダラスなデビュー作であった。そしてこの映画の共同監督として、強烈なヴィジュアルを作り出した張本人は、あのサルヴァドール・ダリだ (ちなみに彼のファーストネーム Salvador のうち "va" の部分は、英語読みでは 「ヴァ」になるが、スペイン語読みでは「バ」に近い発音のようだ。だが私はやはり va をヴァと表記したい・・・ヴェラスケスも同様)。これもよく知られた通り、このブニュエルとダリは若い頃の親友であり、彼らのいたマドリッドの寄宿学校では、もうひとりの天才がいた。情熱的な詩人であり、スペイン内戦中に銃殺されたフェデリコ・ガルシア・ロルカである。この 3人の交流については、私も随分以前に、アウグスティン・サンチェス・ビダルという人の「ブニュエル、ロルカ、ダリ - 果てしなき謎」という、滅法面白い本を読んだことがあるので、このいずれかの芸術家に興味のある人には、絶対にお薦めだ。
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ともあれ、もとの本に戻ると、いやはや、これは本当に大変な労作なのである。四方田犬彦は、私が若い頃から活躍している評論家で、映画がメインという印象があるが、本人はどうやら、比較文学が専門と自称しているようである。確かに彼の著書は映画評論だけでなく多岐に亘り、その驚くべき博識ぶりを、私は以前から深く尊敬している。
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1953年生まれの 65歳で、未だ年齢的には充分若いが、最近大病を患ったようなこともあったらしく、また、この本の後記には、この本の執筆を強く促した編集者の志半ばでの死にも触れられている。なるほどそのように思って読んでみると、この大部な書物が世に問われるにあたって必要とされた、激しい執念を感じることができる。ブニュエル作品の細部の描写が延々と続いていても、それを逐一理解する必要はない。ただそこに流れる筆者の情熱から、それを可能ならしめたブニュエルという特異な才能の巨大さを感じればよい。そのように思うのである。作品の詳細に即した分析は本作のほぼ 2/3。それは「前衛の顕現」「聖性と流謫 (るたく)」「悪夢と覚醒」の 3つの部分に分かれている。ページ数にして 458ページまでである。残りの 1/3 は、むしろ気楽に読めるエピソードを多く含むもの。その中には、スペインの田舎町、カランダに残るブニュエルの生家を筆者が訪れる様子なども活写されていて、興味深い。それにしてもこのブニュエルという人は、なんともブラックな感覚の持ち主の皮肉屋で、その感性には、とても万人が賛同できることはできないような、危険であり冒涜的な面がある。それは、この人の代表作のひとつでも見れば明らかなのであるが、不思議なことに、その作品の持つ毒が、偽善に満ちたこの世の毒を中和してくれるようにも思われるのである。これが老年のブニュエル。どう見ても品の良い巨匠監督ではない。私もこんな不良ジジイになりたいものである (笑)。
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この本を読んで私のブニュエルへの理解は、もともとのイメージのまま、より深くなったし、そして何より、本を読んでいるだけでは満足できずに、手持ちの DVD に少し買い足して、このユニークなシュールレアリストの作品を見たいと思うようになった。以前紀伊国屋書店から出ていたブニュエルの中期作品集の DVD は全部で 6セットあり、既に新品では手に入らないが、中古なら、ものによってはなんとかなる。そんなわけで早速何セットか購入した。だが、もしこの記事によってブニュエルをちょっと見てみようかなと思う人は、やはり後年のフランス語作品がお薦めで、私としては、「ブルジョワジーの密かな愉しみ」とか「自由の幻想」が好きである。もしそれ以前の作品なら、貴族たちが集い、理由もなしに館から出られなくなってしまうという、ストーリーがあるようなないような、いや、明確にないか (笑)、「皆殺しの天使」が滅法面白い。
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私の若い頃に比べて今は、過去の優れた映画を体験することは、比較にならないくらい容易になっている。だが、容易に手に入るものは、かえって有難味がないとも言える。ルイス・ブニュエルという破天荒な大芸術家の神髄に触れるには、まずは作品を見てみて、そしてできれば、このような大部な関連書籍を読んでみることだ。きっと、読む前と読んだ後では、何かが違って見えることだろう。何ヶ月もかけてこの本をようやく読み終えた私は、今度は彼の映像によって、ブニュエルの毒にすぐに感染する状態にあり、それが私の人生を非常に豊かなものにしてくれると、信じているのである。

by yokohama7474 | 2018-07-10 00:07 | 書物 | Comments(0)

貴田正子著 : 香薬師像の右手 失われたみほとけの行方

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古今東西を問わず、美術品の盗難はあとを絶たない。なにせ、あの「モナ・リザ」ですら盗難に遭ったことがあるし、その作品すべてが貴重なことこの上ないフェルメールも、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガーディナー美術館から盗まれた「合奏」は、30年近く行方が分からない。また、いくつか同テーマの作品があるとはいえ、ムンクの「叫び」がオスロの美術館から盗まれたときには大騒ぎになったものだ (幸いなことに、その後奪還されている)。日本でも、例えばこのブログでも以前ご紹介した、宇治の地蔵院から盗まれた阿閦 (あしゅく) 如来像のような痛ましい例もある。だが、多分日本の盗難仏像で最も有名なものは、奈良の新薬師寺所蔵の香薬師像ではないだろうか。地蔵院の阿閦如来と同じく、これも白鳳時代の金銅仏。実はこの愛らしい仏さまは、戦時中の 1943年に盗難に遭って以来、今日でもその行方が分かっていない。この新薬師寺には天平時代の建物が現存していて、それは小さいものだが国宝に指定されており、現在はこの寺の本堂になっている。そしてその本堂の中には、やはり国宝の薬師如来坐像 (平安初期の代表的作品)、そしてこれまた国宝 (一部を除く) である等身大の十二神将像が立ち並び、まさに天平の空気をそのまま伝える場所。私も少年時代から、もう何十回足を運んだか分からないほどのお気に入りの場所である。
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私が子供の頃、このお堂は今よりも薄暗く、本尊と十二神将のような脚光を浴びる名品たち以外の仏像が、薄暗がりに並んでいた。その中に古い白黒の写真があって、そこに「香薬師」と書いてあった。そして、当時仏像に関する本を読むと、この仏像が盗難に遭ったまま行方不明であることが、よく書かれていたものだ。白鳳期の金銅仏の遺品は幾つかあるが、例えば法隆寺の夢違観音とか、東京深大寺の釈迦如来椅像などの優品はいずれも国宝に指定されていて、この香薬師と同じような雰囲気を持っているのである。
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さて、これでこの仏像について知識のない方でも、この香薬師がいかに貴重な仏像であるかについて、少しイメージを持って頂けたものと思う。この本は、70年以上行方の分からない香薬師の足跡を執念で追い求めた元ジャーナリストが、遂にその右手を発見するに至るという過程のドキュメンタリーである。発見されたこの仏像の右手はこちらである。専門家の鑑定を経て、本物の香薬師のものであるという結果が出ている。確かに、この優美な曲線には、1300年前、白鳳時代の人々の純粋な信仰心が現れているようにも思われる。
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このような貴重なものがいかなる経緯でどこから出て来たのかについては、ここで書いてしまうとネタバレになるので避けるとして、この本が感動的であるのは、ひとつは、70年以上も行方不明であるこの仏像が、未だに人々から慕われているという事実と、そして、本当に僅かな痕跡に食らいついていく筆者が、努力と幸運によって手がかりに迫って行く過程が、下手なミステリーよりも面白いということによる。その意味でこの本は、あらゆる人に推薦したくなるだけの内容を持っているのである。もう少し背景を書いてみると、実はこの香薬師、最後に盗まれるより前、明治時代に既に 2度、盗難に遭っている。最初が明治 23 (1890) 年。2度目が明治 44 (1911) 年。この 2度とも、仏像は無事発見されたが、その過程で無惨にも手足が切り取られてしまっている。どうやらそれは、当時この仏像が「黄金仏」と呼ばれていたことによるらしい。仏像を盗んで手を切り落としてみると、中身は黄金でもなんでもなく、銅であることが分かり、犯人はこの仏像を廃棄したという事情のようである。現在のように文化財という概念が確立する前の話であり、寺の方の管理も充分でなかったのであろう。だが、最後にこの仏像が盗まれたときには、この仏さまは、独立した香薬師堂というお堂に収められていたということだし、これだけ重いものを運び出すには犯人も苦労したであろうから、この盗難は本当に痛恨事なのである。だが、不幸中の幸いというべきか、実はこの香薬師のかなり精緻に制作された複製がいくつか残っているようで、今回の右手の発見も、その複製制作過程の調査の発展上にあったのである。銅製の複製は現在、この仏さまの本来の居場所であった新薬師寺、奈良国立博物館、そして鎌倉の東慶寺に安置されている。これが現在新薬師寺にある複製の香薬師。きれいな光背つきだ。
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このような素晴らしい仏像を盗んだ輩は、間違いなく今頃地獄に墜ちているに違いないが、だがそれにしても、戦時中の闇に永遠に消え去ったかのようなこの逸品が未だに人々の心を動かすのだという事実は、本当に大変なことだ。大がかりな窃盗団の仕業か、あるいは狂人か、はたまた金に困ったヤクザ者か、残念ながら、犯人の手がかりは今後出て来るようにはとても思えない。なにせ戦時中のこと、何か不透明な事情が絡んでいるようなことがないと断言することも難しかろう。だがせめて我々は、残された貴重な右手から、この仏像の数奇な運命に思いを馳せることとしたい。いや、実は、この新薬師寺自体が、過去の大寺院から縮小に縮小を繰り返し、ようやく現代にまでその命を長らえたという事情もある。近年の発掘調査で、この寺の巨大な規模が明らかになっており、そこには壮大な歴史の波が感じられる。その点については、私も何年か前に読んだこの本をお薦めしておこう。歴史好きなら、ゾクゾクするような本である。
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歴史とはあらゆるものを押し流してしまうもの。だがその中で、数百年、あるいは千年を超えてその歴史の荒波を乗り越えた遺品は、それゆえにこの上なく貴重な存在なのである。香薬師は、姿を消してしまったがゆえに、その素晴らしさを改めて私たちに教えてくれる、やはり貴重な存在なのだと改めて実感する。

by yokohama7474 | 2018-06-18 23:25 | 書物 | Comments(0)

コンラッド著 : 闇の奥 (黒原敏行訳)

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この作品名を見て、「なんだこの本は、知らないな」と思われた方もおられよう。コンラッドという著者名はホテルとは関係ないし、いくら見透かしても闇の奥なんて見えないよという考えもありだろう。だが、よろずごった煮文化ブログの「川沿いのラプソディ」としては、もしかするとパーヴォ・ヤルヴィのストラヴィンスキーがどんな演奏であったかを知りたくてご訪問頂いた方もおられるかもしれないことを承知の上で、今回はあえてこのネタで行きたいと思う。まずは作者であるジョゼフ・コンラッドの紹介から。
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彼はいつ頃の人かというと、1857年生まれ、1924年没。英国の作家であるが、ポーランド系の家系の生まれである。父親が独立運動で捕らえられ、シベリアで強制労働させられていた (えっ、帝政時代からシベリアの強制労働はあったわけですな・・・) 関係で、当時のロシア帝国で生まれている。幼くして両親と死別し、船乗りになることを夢見て 16歳のときにポーランドを脱出、フランス商船の船員となる。そうして船乗りとなった彼は、当時世界最強の海洋国家であった英国で勤務を始め、1884年に英国に帰化した。従って、彼にとって英語は、ロシア語、ポーランド語、フランス語のあとに学んだ 4つ目の言語であったわけだが、その英語で数々の小説を執筆したとは興味深い。改めて彼の生きた時代を概観すると、まさにヨーロッパにおける帝国主義の拡大と、その膨張の悲劇的な結果であった第一次世界大戦を経て、両大戦間までということになる。例えば作曲家マーラーと比べると、3年早く生まれ、13年長生きしたと言えば、音楽好きの方にはイメージを持ちやすいだろうか。但し、マーラーはドストエフスキーなどのロシア文学には強い関心があったようだが、ロシア語を解したコンラッドは、どうやらロシア文学にはあまり興味を持っていなかったようだ。

この作品、「闇の奥」が書かれたのは 1899年。切り裂きジャックが世紀末ロンドンを震撼させたのが 1888年。その前年に「緋色の研究」で登場したコナン・ドイルのシャーロック・ホームズはその後爆発的人気を博し、「シャーロック・ホームズ最後の事件」で作者ドイルがホームズを滝壺に落としたのが 1893年。「闇の奥」が書かれた 1899年には、南アで第二次ボーア戦争が勃発している。まさに帝国主義のひずみが現れ、偉大なる大英帝国に異変が起こっていた頃だろう。だが面白いのは、この小説の舞台となっているのは、その大英帝国の植民地ではない。私がそのことを知ったのは、昨年 10月にベルギーを旅行したとき。ご興味おありの方は、今年 1月 2日の「ベルギー旅行 その 1 ブリュージュ (1)」をご覧頂きたい。そこで述べた通り、この「闇の奥」の舞台はベルギー領のコンゴなのである。1830年になって漸く国として成立したベルギーは、帝国植民地主義の流れに遅れを取るまいと、1885年にコンゴをベルギー王レオポルト 2世の私有地として列強各国に認めさせたが、象牙やゴムの収穫が充分でないと原住民の手足を切断するという極めて非人道的な支配で悪名高かったのである。これがそのレオポルト 2世が、原住民の犠牲の上で私腹を肥やしていると風刺したカリカチュア。ここで原住民は、本当に両手先を欠く姿で描かれているが、ネット検索すると、大変にショッキングな当時の本物の写真も目にすることができる。
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英国の作家コンラッドがそのような題材を取り上げたこの作品では、コンゴという地名は出てくるものの、ベルギーという「宗主国」の具体名は出て来ない。マーロウという語り部が、フランスの貿易会社の職員としてコンゴに赴くというのが物語の設定である。そしてそのうちに、コンゴ川の奥地に住むというクルツという西洋人の噂を聞き、川を遡ってそのクルツなる人物に会いに行くのである。ん? 川を遡ってクルツに会いに行く? どこかで聞いたことはないだろうか。そう、これである。
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フランシス・フォード・コッポラの 1979年の作品、「地獄の黙示録」。原題は "Apocalypse Now" で、この Apocalypse という言葉が、ヨハネの黙示録を意味している。私はこの映画を中学生のときに封切で見て、その後公開された特別完全版も劇場で見た。当時から毀誉褒貶甚だしい作品であったが、私にとっては、人間の狂気を仮借なく描いた恐ろしいほどの傑作映画であり続けている。そして、ヴェトナム戦争を題材にしたこの映画の原作が、ジョゼフ・コンラッドの「闇の奥」であることも早くから知っていて、今回、長年の念願叶って、その原作を読むことができたというわけだ。なぜにこの「闇の奥」について知っていたかというと、その原題、"Heart of Darkness" をそのまま題名にしたドキュメンタリー映画を、やはり劇場で見ていたからだ。1992年に日本公開された、この映画である。
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そう、邦題は「ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録」。もし「地獄の黙示録」が好きで、このドキュメンタリー映画を見たことのない方がおられれば、それは人生の由々しき問題であると申し上げよう。ここには、過酷な映画作りの極限が描かれている。上のチラシにある通り、コッポラが「もう死のうか」と、小道具のピストルを額に当てるシーンは、冗談になっておらず、血が凍り付きそうになったのを覚えている。

さて、このように、「地獄の黙示録」からの連想を続けて行くと、まだまだ果てしないのであるが (例えば、コッポラが撮影現場で読んでいたのが三島由紀夫の「豊饒の海」であったと聞いて、黙っているわけにはいかないのであるが)、この小説に話を戻そう。船乗りが仲間に語って聞かせるという設定のこの話は、もちろん「地獄の黙示録」と全く同じではなく、語り手であるマーロウの目的は、クルツ (映画では英語の発音で、カーツ) の暗殺ではない。だが、自らを「文明人」と任ずる人たちが、未開の地の川を遡って行くという設定は同じ。途中で原住民の襲撃に遭うとか、クルツが最後に死んでしまうのも同じ (但し、死に方は大いに異なり、その違いは本質的)。これは小説であるがゆえに、風景の描写や、何より心情の描写には大変手が込んでいて、その点はじっくり読み込む必要があるし、その甲斐もあるだろう。実際、19世紀の小説とはこんなに丁寧に書かれているものなのかと、驚くほどだ。原住民に対する視線が差別的なものであることは、時代性に鑑みて致し方ないだろう。だが、原住民たちが過酷な目に遭っていることも大変な生々しさで描かれているので、そこには非人道的な行為を冷静に見ている視点があるし、支配する側に幾分批判的になっているようにすら感じられるのである。物語の展開が遅いので、正直なところ読むのには忍耐を要したが、今そのあたりの感覚を思い出してみると、この作品の全体を通して、この時代の空気と、未知のものを恐れる人間の本能的恐怖が、よく描かれていたなぁと思うのである。時には、19世紀という激動の時代に思いを馳せながら、様々に想像力を働かせてこのような小説を読むのも、悪くない。

さて、最後にもう 1点。映画「地獄の黙示録」の中で、マーロン・ブランド演じるカーツ大佐が、"The horor! The horor!!" と口にする大詰めの場面がある。これは大変に印象に残るセリフだが、実は原作にも同じセリフがあるのである。今回私が読んだ翻訳では、「恐ろしい! 恐ろしい!」となっていたが、過去の訳では、「地獄だ! 地獄だ!」となっていたらしい。なるほどこれは面白い。つまり、いつも映画の邦題に難癖つけている私などは (笑)、なぜに "Apocalypse Now" が「地獄の黙示録」なんだよと思っていたのだが、このような事情があったのである。失礼致しました。
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ついでにもう 1点。今私の手元には、以前古本屋で購入した、ハントン・ダウンズという人が書いた「コッポラ『アポカリプス・ナウ』の内幕」という本がある。
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この本は 1979年12月に翻訳が出版されていて、そのあとがきを見ると、「この『地獄の黙示録』は、1980年の 2月に日本公開が予定されている」とあって、公開前の出版であったことが分かる。従って、書物の題名は「アポカリプス・ナウ」という原題のカタカナ表記になっている。ただ、上の写真の通り、帯には公開された際の邦題「地獄の黙示録」と書いてあるので、出版過程で邦題が決まったが、本の題名の変更には間に合わなかったということだろうか。この本をパラパラ見ていると、日本でよくあるような、作り手にオベンチャラを言うようなトーンは一切なく、冷徹なルポルタージュである。これを読むと、またあの映画の底知れなさに震撼してしまうこと請け合いだ。コンラッドの原作に、それを翻案したコッポラの映画、原作の題名を引用したドキュメンタリー映画、そして内幕を描いた書物と、多面的に人間の心の闇の奥に迫ることができることは、実に意義深い。BMG の「ワルキューレの騎行」は、もちろんこの人、ゲオルク・ショルティの指揮なのである。
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by yokohama7474 | 2018-05-25 01:01 | 書物 | Comments(0)

チェーホフ著 : かもめ (中本信幸訳)

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前項に引き続いての記事である。ロシアの偉大なる作家、アントン・チェーホフ (1860 - 1904) による代表的な戯曲のひとつ、「かもめ」。読書家の方、あるいは演劇好きの方からは、今さらなんでこんなベーシックな本を読んでいるんだと思われるかもしれない。だが私にとっては、前項で採り上げた「世界短編傑作集 1」に載っていたチェーホフの珠玉の短編「安全マッチ」に感動したあまり、これまでの人生で未だ読んだことのなかったこの戯曲を、これから始まるチェーホフ探訪の第一歩にしようと思い立ったのである。いや、実は私は、以前この作品を読もうと思って文庫本を購入したことがある。それは今を去る 40年以上前。小学生の頃である。「かもめ」と「ワーニャ叔父さん」が収録された本であった。だが、それを見た親戚から、「小学生でチェーホフ読むの!!」と言われ、えっ、もしかしてこれは子供が読んではいけない本なのか!! と驚愕して、冒頭部分で読むのをやめたのである (笑)。まぁ、もしこれが子供が読んではいけない本であったとしても、既に 50を超えた、苦み走った今の私であれば、別に誰からも咎められないだろうと思った次第。
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さてこのチェーホフであるが、前回の記事にも書いたが、戯曲だけでなく短編小説もあれこれ書いている。だが、彼の人生はたった 44年。当時の不治の病である結核を患っていたらしい。同じ年に生まれた作曲家グスタフ・マーラーですら 51歳まで生きたことを思うと、やはり夭逝と言ってよいだろう。世紀末の爛熟した文化から、世界規模でのカタストロフたる第一次世界大戦に向かう時代の芸術家として、世界の地平が広がるという希望と、それとは裏腹のなんとも言えない絶望感とがない交ぜになった思いを抱えていた人だと思う。特にロシアの場合は、帝政が崩壊するまでに様々な社会の矛盾が噴出していたであろうから、チェーホフという人にはきっと、その時代特有の、人間に対する洞察力があったのだろうと思うのである。

この「かもめ」は、1895年に書かれたチェーホフの代表作のひとつで、全 4幕からなる。帝政ロシアの 19世紀というと、もちろん社会主義政権は未だ成立していないし、上記の通り、外部に膨張する帝国主義が隆盛すると同時に、民族自決主義から個々人のアイデンティティが芽生えて行った時代である。それは 20世紀に入ってから、いわゆるロシア・アヴァンギャルドという豊かな文化的成果につながっていくのであろうが、この戯曲は、決してアヴァンギャルドなものではなく、かと言ってロマン的なものではなく、リアリスティックなものなのである。ここでは主要な登場人物だけで 10名を数え、その関係は、字面で読んで理解して行くのが困難であるくらい複雑だ。また、物事をよりややこしくしているのは、ロシア人の長い名前である。例えば、愛称コースチャという主人公は、本名をコンスタンチン・ガヴリーロヴィチ・トレープノフといい、そのファーストネーム (とミドルネーム?) はどうにも長いが、ドストエフスキーもそうだが、ロシアの文芸ものには、この長い呼び方 (例えばここではコンスタンチン・ガブリーロヴィチ) がつきもので、いかにもロシアという雰囲気だ。これは、この作品を初演したモスクワ芸術座 (今でもかもめをシンボルマークとして使っている) の面々に、朗読を聞かせるチェーホフ。
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ここで登場人物たちが織りなす人間模様は、実に生々しいのだが、戯曲としてそれを読むと、妙に冷めて彼らの関係を受け入れることになる。「ほっほぅ、彼と彼女がくっついたか。ええっと、ところでこれって誰だっけ」という具合。ここには人間の赤裸々な真実と、それを覆い隠す良識とが描かれていて、ラストはかなり重い内容でありながら、決して事大主義的ではない。タイトルの「かもめ」は、主人公が撃ち落としたかもめが劇中に出て来ることによるが、さて、そのかもめは一体何を象徴しているのであろうか。第 2幕の最後の方に、主人公が憧れ、またそれゆえに嫉妬する作家、トリゴードンが語るセリフにそのヒントがある。主人公が恋い焦がれるニーナという女性に向けて、小説の構想を語る場面。

QUOTE
湖のほとりに、ちょうどあなたのような若い娘が、子供のころから住んでいる、かもめのように湖を愛していて、かもめのように幸福で自由だ。だが、たまたまひとりの男がやってきて、その娘を目にとめ、手もちぶさたに娘を破滅させてしまう。ほら、このかもめのようにね。
UNQUOTE

ニーナはその 2年後、第 4幕で精神のバランスを欠いたような状態になり、主人公コースチャに対して、「私はかもめ」と繰り返す。これは、字で読んでいるとあまり分からないが、きっと才能ある女優が舞台で演じると、鬼気迫るものになるだろう。若くて自由であらゆる可能性を持った女性が、撃ち落とされて無力に弄ばれるかもめになってしまう。帝政ロシア末期の閉塞感と、でも、もしかすると、人はかもめのように自由に空を飛べるかもしれないという希望も感じさせる設定ではないだろうか。その内容はやはり複雑なのである。うーん、小学生の時に読んでも、やはり理解できなかったでしょうなぁ、これは (笑)。

ところで、この「私はかもめ」という言葉、何か宇宙飛行士と結び付けたエピソードがなかったろうか。おぼろえげな記憶を辿って調べてみると、ありましたありました。女性として、そして非軍人として、世界で初めて宇宙飛行をしたソ連の宇宙飛行士、ワレンチナ・テレシコワである。彼女のコードネームが、かもめを意味するチャイカというものであったため、宇宙船からの「こちらチャイカ」という呼びかけが、このチェーホフの戯曲における「私はかもめ」を想起させたものであったらしい。それは 1963年のこと。尚このテレシコワは、現在 81歳で健在である。
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さて、例によって川沿いのラプソディ的に、さらなる連想の翼を広げると、この「私はかもめ」が最後に唐突に出て来る SF 物のテレビ番組があった。それは、円谷プロの「ウルトラ Q」。「地底特急西へ」という回に出て来る人工生命体 M 1号が、宇宙空間に投げ出され、この言葉を発する。大変にシュールである。
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この「地底特急西へ」は 1966年の放送なので、当時は未だ、テレシコワの「私はかもめ」が、人々の記憶に新しかったのだろう。帝政ロシア末期の戯曲と、高度成長期のSF テレビドラマの間には何の関係もないが (笑)、これらを並べてみることで、文化の多様な姿が実感されて、大変に興味深いではないか。そもそもこの「ウルトラ Q」はどの回も、対象を子供ではなく大人に絞ったもので、実に示唆に富んだ、また想像力豊かなものであった。私は再放送でしか見ていないが、この番組には、何やらノスタルジックな思いに駆られるのである。そうだ、この「ウルトラ Q」も、子供の頃には理解できなかった要素が満載である。何事も虚心坦懐に楽しまないといけないという思いを新たにする。

ともあれチェーホフは、ほかの作品群も読んで行きたいと思っている今日この頃である。

by yokohama7474 | 2018-04-06 00:34 | 書物 | Comments(0)

江戸川乱歩編 : 世界短編傑作集 1

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私は幼い頃から、いわゆる探偵小説、あるいは推理小説と呼ばれる分野が大好きで、そのことはこのブログで以前も書いたことがある。そう、ミステリーなどというこじゃれた言葉ではなく、昭和な雰囲気を持つ探偵小説や推理小説という言葉が何やらピッタリ来る分野が、歴史的にあるのである。そして、昭和の探偵小説と言えば、もちろん江戸川乱歩である。ここでご紹介するアンソロジーは、その江戸川乱歩が選んだ海外の探偵小説の 5冊からなるシリーズの第 1巻で、創元推理文庫のロングセラーなのである。上に掲げた表紙からも明らかな通り、まさに昭和の時代の出版物だ。今私の手元にあるこの書物を持ってきて確認すると、初版はなんと 1960年 7月。私が読んだものは 2015年 5月発行のもので、なんと、第 60版だ。これはすごいことである。天国の怪人・乱歩も、これを知ったら満面の笑みであろう。
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乱歩についてクダクダ述べるのはやめにしたいが、もちろん、少年探偵ものに始まり、その後驚愕のエロ・グロの作品群をほぼ読破し、ついには全集まで購入して、「幻影城」とか「探偵小説三十年」といった随筆を読み、日本に本物の探偵小説を根付かせようとした彼の努力に、感動したものである。加えて、東京・池袋の立教大学の隣に現存する蔵 (蔵書を収めるとともに、執筆の場ともなった場所) も、特別公開の際に足を運んだものだ。そんな私であるから、書店でこのアンソロジーを発見したとき、躊躇なく第 1巻を購入したのであった。この 5冊で紹介されるのは、19世紀後半から第二次大戦終了までの、ほぼ一世紀に亘る作品群である。全 5巻は時代順となっており、第 1巻は、1860年代から20世紀初頭までという括りである。これはいわゆる常識に属することであろうが、世界最初の探偵小説と言われるものは、エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」で、それは 1841年の作。なのでこのアンソロジー第 1巻に収められた作品群は、本当に探偵小説の黎明期のものばかりなのである。そして、実際に読んでみると、これがどの作品も、滅法面白いのである!! ここには 7編が収録されているが、その題名と作者は以下の通り。

人を呪わば(1860年作) : ウィルキー・コリンズ (1824 - 1889)、英国
安全マッチ : アントン・チェーホフ (1860 - 1904)、ロシア
レントン館盗難事件 (1894年作) : アーサー・モリスン (1863 - 1945)、英国
医師とその妻と時計 (1895年作) : アンナ・キャサリン・グリーン (1846 - 1935)、米国
ダブリン事件 (1902年) : バロネス・オルツィ (1865 - 1947)
十三号独房の問題 (1905年作) : ジャック・フットレル (1875 - 1912)、米国
放心家組合 (1906年) : ロバート・バー (1850 - 1912)、英国

これら 7編は、それぞれ異なるテイストでありながら、全く外れがないと言ってもよいと思う。だがほとんどの作者にはなじみがない。ただ一人を除いては。そう、あのロシアの劇作家、チェーホフのみは、誰でも知っている存在だ。
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この「安全マッチ」という作品は、戯曲ではなく小説であるが、そこで描かれた人間の姿のリアリティには、舌を巻く。ロシアの田舎で名家の主が突然行方不明になり、警官や検事がことの真相を追いかけるのだが、見当はずれの推理を事細かに書いているのが実におかしい。そして最後、急転直下で真相が判明する際の見事な展開。これは、人間というものの深い観察なくしては生まれない作品であり、そもそも探偵小説には、そのような人間の本性という要素が、納得性のあるかたちで盛り込まれている必要があるものだと、再認識した。チェーホフは戯曲だけでなく、短編小説を沢山書いているようなので、それらを読んで行きたいと思う。

もちろんほかの作品も面白い。「人を呪わば」は書簡のやりとりの中に皮肉な要素が盛り込まれているし、「レントン館盗難事件」は、マーティン・ヒューイットという探偵が活躍するのだが、細部に巧まざるユーモアが感じられる上、犯人の意外性も (それに近いアイデアも既に存在していたとはいえ) 秀逸である。「医師とその妻と時計」は、もしかすると、ピーター・グリーナウェイの映画「コックと泥棒、その妻と愛人」にヒントを与えたのでは、と勝手に考えたくなるが、作者アンナ・キャサリン・グリーンは、女性で初めて推理小説を書いた人で、「推理小説の母」と呼ばれているらしい。長編の翻訳も何冊かあるようだ。
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残る 3作、「ダブリン事件」「十三号独房の問題」「放心家組合」はそれぞれ、安楽椅子探偵、密室もの、とぼけた味のある裏組織をテーマにしたものと、パターンは様々であるが、いずれも大変面白いのである。このように考えると、現在ミステリーと呼ばれるこの分野も、既に 100年前、150年前に、様々なタイプの面白い作品が登場していたことになる。しかもこれらはなんと言っても、あの江戸川乱歩が選んだものなのである。乱歩の随筆を見ると、初期に意欲的な作品を書きながらも、大衆に迎合した作品を書くようになったことは堕落であると、何度も何度も出て来るのであるが、いやいや、こんな面白い作品群を日本に紹介しただけでも、大いなる意義があるだろう。私はこの第 1巻を読み終えたあと、すぐに残る 4冊を購入することとした。それらを読み進むのにどのくらいの時間を要するか分からないが、絶対に価値のある時間になるはず。そして、この第 1巻に啓発され、このシリーズとは別の、とある書物を読むことになったので、次回はそれを記事として採り上げるつもりです。乞うご期待!!

by yokohama7474 | 2018-04-05 01:25 | 書物 | Comments(0)

ケン・リュウ著 : 紙の動物園 (古沢嘉通編・訳)

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以前、「KUBO / クボ 二本の弦の秘密」という、米国製だが日本を舞台にしたストップモーションアニメ映画についての記事の中で、この本に少しだけ言及した。それは、タイトルになっている「紙の動物園」という短編に、米国に住む中国系親子が登場し、母親が紙で折る動物たちに命が吹き込まれるという幻想的なシーンがキーとなるのだが、それがちょうど上記の映画の設定と類似しているためだ。これは、1976年生まれの作家、中国に生まれて幼少の頃に米国に移ったケン・リュウの 7つの短編を収めた文庫本である。これが作者のケン・リュウ。
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彼は、ハーバードのロースクールを出て弁護士として働く一方、コンピュータープログラマーとしての経歴もあるらしいが、2011年に発表した短編の「紙の動物園」で、SF やファンタジー小説を対象とするヒューゴ賞、ネビュラ賞に加え、世界幻想文学大賞まで受賞するという史上初の三冠を達成し、一躍世に出た。日本では短編 15編を集めた同名の作品集が 2015年に発売され、今回私が読んだものはその一部を文庫化したもの。残り 8編は第 2集の「もののあはれ」に収録されるという。

表題作の「紙の動物園」を含めたすべての作品に、中国を含むアジア的なテイストがふんだんに使われている。例えば、主人公が中国人や日本人であったり、東南アジアを思わせる風景が出てきたり、あるいは現実世界の中国と台湾の対立関係を背景に使用したりしているということだ。もちろん米国には様々な国を起源とする多くの人たちが暮らしているので、それぞれのルーツに敏感であることが、逆にコスモポリタンな精神にも結び付くのであろう。だが、これを日本語の翻訳で読む私たちは、純粋に小説として面白いか否かで評価するしかないだろう。そして、私の個人的な印象は、面白い作品もあるものの、驚天動地の傑作とまではいかなかった。読んでいて気づくのは、その卓越したヴィジュアル性であるが、そのこと自体は特に珍しいことではなくて、過去にこのブログで採り上げた最近の幻想小説においてはごく普通のこと。これだけ映像が日常に溢れ返った現代世界に住んでいる我々は、もはや文字だけで人間の感性が強く刺激されるという世界には戻れないわけで、それを嘆いても詮無いことであるから、そのヴィジュアル性を大いに楽しみたい。だがやはり私にはあるこだわりがあって、小説の最大のアドヴァンテージである、登場人物の内面と客観的な物事の成り行き、そして思想に類することの描写までをも自在に行き来する小説、そして、まさに文章だけで読者独自の映像が目の前に立ち現れるような、そんな小説が読みたい。その意味では、世評の高いこの作品集も、完璧とは思えないのだ。期待が大きかっただけに、少し残念なのである。

その一方で、表題作の「紙の動物園」に見られるノスタルジックな抒情性は、なかなか心を動かすものであるということも、間違いなく言える。それ以外の作品も、設定にかなり工夫が見られて、単なるアジアテイストという範疇にとどめるにはもったいない。しかし、いや、そうであるからこそ、さらに研ぎ澄まされた感性による、残酷なまでの人間のリアリティを見せて欲しいものだと思ったのである。今後のケン・リュウの作品に期待したいと思う。

ところで私は折り紙には全く何の知識も技術もない人間だが、四角い紙から様々な形態のものが生まれることに、西洋人はことさらに魔術的感銘を受けるようであって、それはこの不器用極まりない私のような人間でも、よく分かる。「KUBO / クボ 二本の弦の秘密」では、折り紙はまるで日本の神秘のような描き方であるが、この「紙の動物園」では中国系家族のよりどころになっている。はて、折り紙の起源は一体どこにあるのだろう。そう思ってちょっと調べてみると、よく分かっていないらしい。古代中国に存在していたとか、もともと韓国が起源だとか、いくつか説はあるようであるが・・・。いずれにせよ事実は、現在判明している最古の折り紙についての本は、1797年の「秘傳千羽鶴折形」という日本の書物だということらしい。だから、江戸時代の文化の爛熟期に折り紙が大きく発展・普及したことは間違いないだろう。だが、東アジアはもともと共通の文化を持ち、その一部は遠く西洋からもたらされたもの。どこが発祥の地ということを議論してもあまり意味はなく、その豊かな文化を楽しみたい。そして、米国という人種のるつぼで、その折り紙を東洋人のアイデンティティとして小説の素材にして認められた作家がいるということを、我々日本人も知っておきたいものである。これは、ほかのサイトからお借りしてきたトラの折り紙。さすが、見事なものですなぁ。
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一方、これはたまたま YouTube で見つけたビーグル犬の "Origami" の 1シーンだが、この表記でお分かりの通り、西洋人の方の作。うーん、ちょっと微妙。折り紙はやはり、東洋のものなのだとよく分かりますね (笑)。
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書いてから気づいたことには、今日は奇しくも、今は亡き我が家の愛犬、ビーグルのルルの、20回目の誕生日。そんな日に、たまたま折り紙のビーグルについて書くのは、やはり何かの因縁なのでしょうね。

by yokohama7474 | 2018-02-01 23:41 | 書物 | Comments(0)

井上ひさし著 : 言語小説集

今晩は皆既月食。普段はさほど天体現象に興味がある方ではない私ではあるが、たまたま会社で天体マニアの人がいて、今回の皆既月食の話を聞いていたものだから、自宅への帰り道、駅からトボトボ歩きながら、ふとそのことを思い出し、寒いからといって首をすくめずに頑張って天空を眺めると、確かに月に影ができている。帰宅してからも時折空を見ると、月はどんどん高くなり、そしてどんどん細くなって行く。肉眼ではこの天体ショーを鮮やかに見ることができるのに、写真に撮るとこんな感じで、かなり精度が落ちてしまう。やはり人間の目というものはよくできているのだなと感心した次第。東京地方では今晩は曇りかという予報もあったようだが、雲がなくて幸いであった。
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このような天体の神秘はしかし、この地球上やそれ以外の星で、気の遠くなるほど昔から存在しているわけであり、そこについ最近 (?) 人類なるものが誕生し、地球上にいろいろなものを創り出した。そしてそこには人類なりの知恵の蓄積がある。例えばこのような現象を知るには、観察や分析が必須であるのは当然だが、「この日にこの場所で月食がある」「その月食はこのような理由で起こる」「そのとき月はこのように見える」「次の月食はいつどこで起こる」といった事柄を多くの人々が知るために必要なものは何か。もちろんそれは、言語である。言語こそは、あらゆる事象についての理解を共有したり、またその理解について議論したり、あるいは発展させていくために必要なものであり、つまりは人類の「知」は、多くの点で、言語に負うところ大である、と思うわけである。たまたま前の記事の最後で、言語の道具としての重要性について触れたので、今回はこの本を採り上げてみたい。
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このブログは、おかげさまでクラシック音楽の記事には多くの読者の方に集って頂いているようだが (それでも、今月に入ってからのメナヘム・プレスラーの記事への 900に迫る突然の異常なアクセス数にはただ困惑するばかりだが)、書いている当人としては、やはり音楽以外の記事も是非読んで頂ければありがたいと、いつも考えているのである。ええっと、以前も書きましたよね。千葉県市川市で永井荷風の足跡を辿った本についての記事、及びその地を自分で歩いてみた際の記事へのアクセスが少なく、嘆かわしく思っていることを。その不人気の記事で私は、作家の井上ひさし (1934 - 2010) が荷風について行った講演の採録が滅法面白く、近く彼の小説を久しぶりに読みたいと宣言した。あれから随分時間が経ってしまったが、ブログ上で全世界に対して行った約束 (大げさだが、まぁ世界のどこでも見ることができるので本当のことだ) は、やはり守らないといけない。というわけで、今回はこの短編集について語ろうと思うのである。といっても、読み終わったのは去年の秋なので、既に数ヶ月が経過している。すぐに記事を書かなかったのは訳があって、それは、これを読んだ私が、諸手を挙げて井上ひさしの天才の前にひれ伏した (まぁ、そんなに上がったり上がったりは普通しませんが。笑)、ということには残念ながらならなかったからだ。
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ここには 11編の作品が集められていて、最後の 4編が 1989-90年頃に発表されたものだということ以外には、執筆時期についての情報はないが、多分 1980年代ではないかと想像する。というのも、最初の「括弧の恋」ではワープロの中で記号たち (● とか ▲ とか ■ とか、あるいは「 だの 」だの、〒 だの # だの) がやりあう話であり、これは明らかに、パソコン (この言葉も、最近は随分と古めかしい響きを帯びるようになったが) が登場する前の作品である。発想は決して面白くないことはないのだが、いかんせん、今読むとまず、時代を感じてしまうのである。だが、作家がワープロについて語ることの意味をもう一度考えると、要するにそれまでは原稿用紙の上にガリガリとペンで文章を書いては艱難辛苦し、何度も破っては捨て、頭をかきむしっては推敲し、停滞し、タバコをプカプカ吹かして天を仰ぐ・・・そんなイメージであった文士たちが、軽やかにキーボードを叩いて、画面上で大量に文章を削除したり、あるいは順序を換えたりして、そしてそれを、ジー、カタカタと音がするプリンターで印刷するという光景に変わったことは、大変なことではないか。そんな大転換を、このように軽妙に記号の擬人化によって面白おかしく物語にしてみせる井上のセンスは、やはりなかなかのものだとは思う。それから、「五十年後」という作品には、方言のわずかな違いを聴き分けるその道を究めた専門家が出てきて、「そんなバカな」と思いながらも、結構声を上げて笑ったりできる。また、言語障害によって、言ってはならない場面で言ってなならないことを意図せず口にして、思わぬトラブルに見舞われる人物 (一例を挙げると、駅員として勤務していたときにホームで、「一番線に電車が這ってまいります。どなたも拍手でお迎えください」とアナウンスするなど) を描いた「言語生涯」も、まあ面白い話である。だが、それらの作品を楽しみながら私は、やはり井上は、文字だけではなくて、演劇的なアクションを前提にして作品を書いているような気がしてならなかった。生涯演劇と深いかかわりを持った人であるから、それも当然なのかもしれないが、時空を超えてそのユーモアのセンスが、小説を読んだだけで、何か人間の本質にはっと思い当たるとまでは思えない。いやもちろん、面白い小説は、笑っていればそれでよいのだろうが、ただ笑おうとすると、今度はその時代色が邪魔してしまって、純粋に楽しめない要素を感じてしまうのだ。

このように、私としては大絶賛の短編集ということにはならなかったが、もう一度、ここに至るまでの流れを思い出してみよう。前回の記事では、ビジネスマンはもちろん、演劇を語る評論家も、言葉という道具の重要性を認識すべきだと主張した。そして今回の記事の冒頭では、自然現象というスケールの大きなものを対象としても、人間がその現象の神秘を解き明かして知の地平を広げて行くには、言語が重要だと説いた。そう思うと、小説家という、言語を商売道具にしている人が、その言語をテーマに軽妙にストーリーを作って行くという行為は、いわば人間の文化的行為の根源に迫るものである、とも言えるのではないか。だから、言語という道具の意味を思うには、どこまで楽しめるかは別としても、このような本を手に取ってみることに意味があるように思う。その上で、もし自分がここで使われているのと類似のネタでギャグを放つならどうしようか、と考えられば、そのような思考はきっと (よしんばそのギャグが聞き手の心胆を寒からしめるものであっても)、他人とのコミュニケーションには役立つはず。そう、ビジネスも文化も、コミュニケーションなしには成立しないのである。何かを語っても、相手に通じなければよくないが、だが、もし語らなければ、そもそも通じるわけもないのである。
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壮大な天体ショーを見ながら、人間のコミュニケーションについて考える。これぞ、このブログの持ち味であると、ここは一旦〆ておくこととしましょう。井上ひさしは、また別の作品をそのうち読みたいと思います。

by yokohama7474 | 2018-01-31 23:32 | 書物 | Comments(0)

和田 竜著 : 忍びの国

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先に同名の映画化作品を採り上げた小説である。その映画についての記事でも触れたが、一般的に、小説が売れてから映画化されるケースは非常に多いものの、この作品の場合は、原作者が映画の脚本を自ら書いていることが最大の特色であろう。私はこの映画を結構楽しんだのだが、その理由のひとつは、さすが作家の手になると思われるセリフであることは既に書いた。だからこそ、原作と映画の違いに興味津々であったのである。

そもそも、ある小説を映画化したものを見ると、十中八九は小説の方が映画より面白いと感じるものである。私の見るところその理由は明白で、要するに文字だけの情報である書物を読むことは、取りも直さず自分の中で、ヴィジュアルなものを含むイメージを膨らませること。つまりはイマジネーションである。どんな人間であれ、イマジネーションがある以上は、他人から押し付けられることのない自由な想像に喜びを見出すもの。もちろん、外から与えられるイメージが、もともと自分が持っていたイメージとほぼ同じというケースもあるであろう。だがそんな場合も、小説の映画化につきまとう別の難題をクリアできないかもしれない。それは、何日もかけないと読破できない小説と、せいぜい 2時間前後で終わってしまう映画との間には、埋めることの到底できない情報量のギャップがあるのである。何事も手軽でスピーディになってきている現代、書物が我々の日常生活に占める割合が減って来ていることは否定しようのない事実であろう。だがそれは由々しき事態。これは難しいことでもなんでもなくて、文字を追うことで人間に生来備わっている想像力が刺激されることは、誰がどう見ても明らかな事実である。なので、人間が人間である以上は、書物の存在意義は続くという点において、この「小説の方が映画より面白い」という感覚は、文化的観点からは非常に大事なのであると思う。
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さて、この小説を読んで、映画と比べていかがであろうか。正直なところ、私は舌を巻いた。その理由は、映画も充分面白かったところ、原作小説はそれよりもしっかりと多い情報量を持っていて、それはそれはよくできていたからである。そう、小説の方が登場人物は多いし、個々のシーンの中でも、設定が微妙に違うところが多々ある。あるいは、主人公である忍者、無門の語る言葉を取っても、小説では映画のように全編を通して現代語というわけではない。戦国時代という設定に基づいて、文字で読むところのリアリティが満載なのである。上述の通り、小説の作者が映画の脚本を手掛けている意味は非常に大きいが、それにしても、どんな小説家もこんな脚本を書けるわけではないだろうと思う。というのも、自分の書いた小説の登場人物たちが大事だと思えば、自らの手でそのキャラクターを変えたりあるいは省略したりすることはつらいことであろうからだ。であるからして、私はこの和田竜という作家のスマートぶりに敬意を表するのである。
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だがその彼の手腕にしても、この小説で使われた手法のすべてがオリジナルというわけではない。読んでいてすぐに分かるのは、歴史物のスタンダードとしての司馬遼太郎からの影響である。小説の中の歴史的シーンをリアルに語りながら、現代の視点から、参照にした文献に言及し、それへの短い評価を記す。そこに時代の流れが巧まずして現れる。そういえばこの二人、眼鏡も似ていないか (笑)。
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ともあれ、読む人の想像力を心地よく刺激する小説であるので、映画云々ではなく、小説そのものとして楽しめる。ところでここで私が言いたいことは、上記のような司馬遼太郎という手法における先駆者のみならず、題材におけるこの小説の先駆的な作品があるということである。このブログで以前ご紹介したこともあるが、その作品とは、村山知義の「忍びの者」。
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5分冊の大部な小説であるが、私はもう何年も前にこの小説を大変面白く読んだ。ここには、「忍びの国」にも登場する百地三太夫や木猿などのキャラクターも出て来るし、何より、最後の最後で明かされる意外な設定も面白い。なので、「忍びの国」に興味を持たれた方は、是非この「忍びの者」も読んで欲しい。作者の村山知義は、演劇や美術の分野における日本のモダニズムを語る上では欠かせない人物であるが、このような面白い小説を書いていたことは、現代において、もっと評価されてもよいと思う。因みにこの「忍びの者」、市川雷蔵主演で映画化されている。残念ながら私は見たことはないのであるが、この昭和感覚あふれるポスターに興味をそそられる。うーん、「忍びの国」における大野智に比べると、随分あか抜けない、短足がに股の、農耕民族的忍者である (笑)。
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今や外人にも大人気のニンジャであるが、歴史の中で「闇に生まれ闇に消える。それが忍者の定めなのだ」(白土三平の「サスケ」より) という位置づけにある彼らの生きざまを、想像力を駆使して感じてみることで、ストレスの多い日常を忘れることができると思う。なので忍者ものは、今この時代であるがゆえに、意味のあるものなのだと思う。

by yokohama7474 | 2017-08-31 00:49 | 書物 | Comments(0)


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