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カテゴリ:音楽 (Live)( 469 )

秋山和慶指揮 東京交響楽団 (チューバ : 田村優弥) 2018年 8月12日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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多くの楽団がしのぎを削って様々なコンサートを行う東京も、さすがに 8月には定期演奏会は開かれず、比較的静かである。そんな中、ミューザ川崎シンフォニーホールでは毎年、フェスタサマーミューザという音楽祭が開かれており、このホールを本拠地とする東京交響楽団 (通称「東響」) だけではなく、多くのオケが充実したコンサートを繰り広げる。その一部はこのブログでもご紹介してきており、特に、ちょうど一週間前に開かれたマルク・ミンコフスキ指揮東京都交響楽団によるチャイコフスキーの「くるみ割り人形」を絶賛したのは記憶に新しい。そして今回は、東響とその桂冠指揮者である秋山和慶の指揮で、この音楽祭締めくくりのコンサートが行われた。上のチラシにもある通り、レナード・バーンスタインの生誕 100年を祝う内容で、曲目は以下の通り。
 ジョン・ウィリアムズ : オリンピック・ファンファーレ
            チューバ協奏曲 (チューバ : 田村優弥)
 バーンスタイン : 「キャンディード」序曲
         「キャンディード」から「着飾って浮かれましょ」「キャンディードの哀歌」「なんて幸せな二人」
         組曲「キャンディード」(チャーリー・ハーモン編曲)
         ディヴェルティメント

私のように映画も好きで、アメリカ音楽に独特の思い入れを持つ人間としては、そしてもちろん、バーンスタインの音楽を深く愛し、また秋山和慶を深く尊敬する人間としては、これを聴かないということはありえない。この音楽祭ではしばしば当日のリハーサルが公開されるが、今回もそうで、11時30分から 13時頃まで、「キャンディード」で歌手が歌う 3曲以外の曲目を、最初から最後まで通して演奏するリハーサルに立ち会うことができた。以前も書いたことであるが、秋山のリハーサルはほとんどオケを停めることもなく、時折細部の音量とか表情、リズムなどを確認するだけで、淡々と進んで行く。気心の知れた仲という事情もあるのだろうが、これだけ要領よくリハーサルを進めると、オケとしてもやりやすいだろう。実はこのリハーサルに歌手たちが出演しないのは、「本番へのコンディション調整のため」との説明であったが、聴衆を入れたリハーサルのあと、楽団員に対しては「10分休憩です」という声がかかっていた。ということは、もしかすると、その後、歌手とオケでリハーサルが継続されたのかなぁ・・・と、勝手に推測しているのだが、まぁそれは勝手な推測です (笑)。

さて、バーンスタイン生誕 100年と言いながら、前半には同じ米国の作曲家、ジョン・ウィリアムズの作品が 2曲演奏された。既に 86歳の高齢ながら、今でも毎年のように映画音楽を手掛けている。
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最初の曲は、彼が 1984年のロサンゼルス・オリンピックのために書いた「オリンピック・ファンファーレ」である。あれからもう 34年も経過したとは信じられないほど、この曲は当時のオリンピック放送で何度も流れていたのを、私は鮮明に覚えている。そしてこの曲、ファンファーレというから金管だけの曲かと思いきやそうではなく、ちゃんと弦にも出番がある。ほんの 5分くらいの曲だが、秋山と東響の鮮やかな演奏を聴けば、当時を知らない人でも、いかにもアメリカ音楽らしい平明さと、背筋を伸ばしたくなるような清澄さに、胸躍るものを感じるであろう。実は今回の曲目では、最初から最後まで小太鼓が大活躍であったのだが、この「オリンピック・ファンファーレ」で特徴的であるのは、音が雄大に広がる箇所で小太鼓が何度も鳴り響くこと。これは最近のハリウッド映画ではよく耳にする手法であるが、よくよく考えてみると、この曲が書かれた 1980年代ではそのようなことはなかったはずだ。そうするとやはり、現代の映画音楽のパターンを作ったジョン・ウィリアムズは、その楽器法においても、大きな足跡を残しているわけである。ここでふと、西洋音楽の歴史の中での小太鼓の位置づけを考えると、もともとは行進曲を典型例として、音楽が力強く急速に前身するとき (例えばロッシーニの「どろぼうかささぎ」序曲) や、あっと驚く場面 (例えば幻想交響曲の第 4楽章の末尾) で使われていたわけである。この音楽のように、緩やかな音楽で小太鼓が使われた例が、どのくらいあるだろうか。私の限られた知識の中ですぐ思い浮かぶのは、ニールセンの 5番くらいであろうか。これは 1922年の作品だが、それ以降もこのような小太鼓の用法は、それほどあるとは思えない (ショスタコーヴィチは銃撃を表すのに使用した)。そう思うと、この独特な小太鼓の使用法によって、映画音楽に限らず、いわゆるアメリカ音楽という分野で見ても、ウィリアムズは多大な貢献を成し遂げているのではないだろうか。

2曲目は、珍しくチューバをソロ楽器に迎えての協奏曲で、1985年に、当時ウィリアムズが音楽監督を務めていたボストン・ポップス管弦楽団 (名門ボストン響が夏の間に軽めの曲を演奏する際の名称) の創立 100年を祝って作曲したもの。今回ソロを務めた田村優弥は、東響の楽員かと思うとそうにあらず、1991年生まれという若手のソロ奏者である。この写真、よく見ると唇に赤い輪っかがあることが分かるが、この巨大な楽器に対する彼の情熱が伺われるではないか (笑)。
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この曲は 20分ほどで、3楽章からなるが、続けて演奏される。ここでチューバはその重々しさを忘れたかのように軽々と旋律を歌い上げ、大柄な田村はそれを易々とこなして行って見事。時にウィリアムズ作曲の「スーパーマン」の音楽を思わせる音型があったり、イングリッシュホルンやフルートの無伴奏ソロが抒情的な味を出したり、なかなかに欲張りな内容の協奏曲である。

さて、後半にはいよいよバーンスタインの作品が演奏された。実はこのフェスタミューザのオープニングでは、私は聴けなかったが、ジョナサン・ノットがバーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」のシンフォニックダンスを演奏している。そこでここでは、そのバーンスタインの代表作ではなく、別のミュージカルが採り上げられた。その作品は「キャンディード」。このブログではこの作品に対する私の深い愛を何度も述べてきたが、一部とはいえこの曲の演奏に触れることができて、本当に嬉しいことである。この作品、序曲は有名で (2年前のフェスタミューザでも、秋山 / 東響は演奏している)、弾けるような楽しさが聴衆に受け入れられていると思うが、それ以外にも名曲が沢山ある。私は過去にこのミュージカルの全曲舞台上演を 3度体験しているが、そのうち 2度が東京、残りの 1度はロンドンでの上演であった。だが、東京上演のうち 1回とロンドン (イングリッシュ・ナショナル・オペラ) の上演は同じ演出。それほど多く上演されないことは確かである。ストーリーは極めて破天荒なのであるが、私は以前、興味を持ってヴォルテールによる原作 (「カンディード」の表記が一般的) を読んでみたことがあるが、これが実にびっくり。この 18世紀フランスの啓蒙主義者のイメージとはおよそそぐわない、極めてパンクな小説なのである。
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例えばミュージカルで、ヒロインがこんなに「汚れ役」であり、しかも自らそれを明らかにするような発言をする作品が、ほかにあるだろうか。主人公キャンディードは波乱万丈の人生において、恋人クネゴンデを思いながら数々の災難を乗り越えて行くのだが、その仮借ない運命も、ギャグの要素を様々に含みながら、ちょっと厳しすぎるのではないかと思われるほど。このような作品を題材に選んだバーンスタインは、明らかにただ耳に心地よいだけの音楽を目指したのではない。だがこのミュージカルが素晴らしいのは、悲劇的な音楽はそれほど多くなく、機知に富み、またある時は開き直りながら、大団円では大きな感動をもたらすのである。これは「私たちの庭を育てよう」(Make our garden grow) という曲で、私が以前接した実演では、この終曲を聴きながら、私の隣の女性はハンカチ片手にオイオイと泣いていたものだ。そう、その気持ちは分かる。波乱万丈、荒唐無稽な冒険劇の最後に表れる人間賛歌。ここにバーンスタインの音楽の最良の部分があるだろう。今回の演奏では、まず序曲が小股の切れ上がったリズムで演奏され、ソプラノの幸田浩子とヴォーカルの中川晃教 (あきのり) が登場し、それぞれクネゴンデ、キャンディードのソロを歌ったあとにデュエットを歌った。実はこの 2人、異なるバックグラウンドの歌手である。つまり、幸田はオペラ歌手、中川は俳優でありミュージカル歌手である。だが、スタイルの違いはこの際関係ない。この「キャンディード」からのナンバーは、いずれも大変美しく歌い上げられたのである。実は、会場配布のプログラムにはその旨の記載はないが、この 2人は以前、この「キャンディード」の舞台で共演している。それは 2004年、宮本亜門演出の上演であった。当時のプログラムから写真を引用させてもらおう。14年も前なのに、お二人ともお変わりないですなぁ。
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演奏はその後、「キャンディード」組曲、そしてディヴェルティメントと続いた。木管や打楽器をはじめとして、どのパートもなかなかに大変な曲ばかりであったが、東響の演奏には素晴らしいプロフェッショナリズムがあり、細部まで手を抜かない充実した演奏であったと思う。秋山の手腕はいつもながら、職人的でいながらも音楽のツボを心得ていて、「キャンディード」になじみのない人でも、問題なく楽しめたことであろう。そして、アンコールには再び幸田と中川が出てきて、歌い出したのは、バーンスタインの代表作「ウエスト・サイド・ストーリー」から「トゥナイト」。これは誰もが知る有名曲であり、客席はは大いに沸いたのであった。

さて、私はこのブログでバーンスタインについてあれこれ書いてきているが、今回のコンサートを聴いて、久しぶりに思い出したことがある。それは、昔ビデオに録画した衛星放送の番組で、1988年、タングルウッドで開かれた、バーンスタイン生誕 70年のバースデイ・コンサートだ。それは小澤征爾とボストン響による「キャンディード」の終曲、"Make our garden grow" で締めくくられ、実に感動的であったのである。このコンサートには小澤以外にも、まさに今回作品が演奏されたジョン・ウィリアムズやマイケル・ティルソン・トーマスも指揮をしており、ソリストも、ロストロポーヴィチ、ヨーヨー・マ、五嶋みどりなど、大変豪華であり、客席のバーンスタインが何度も感激した姿を見せていたものだ。だがその中でも私はやはり、最後に小澤がステージからバーンスタインに対して、「レニー、あなたはこのタングルウッドで『私たちの庭を育てて』くれた」と語りかけ、すべての出演者たちがステージに姿を見せて大合唱となったこと、ちょうど 30年を経過した今でも、鮮烈に覚えているのである。このコンサート、どういうわけか未だに商品化されていないようなので、自宅のアーカイブから引っ張り出してきた映像から数枚写真を撮って、ここでご覧に入れよう。バーンスタインという巨大な感情とエネルギーを持った天才を、改めて偲びたいと思う。
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by yokohama7474 | 2018-08-13 00:10 | 音楽 (Live) | Comments(0)

マルク・ミンコフスキ指揮 東京都交響楽団 2018年 8月 5日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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相も変らぬ酷暑の連続で、心も体もバテ気味の状態であるが、そんな中、チャイコフスキーの名作バレエ「くるみ割り人形」の全曲を演奏会で採り上げるという企画があった。言うまでもなくこのバレエはクリスマスを舞台にしているので、クリスマスシーズンに上演されることが多い。その意味では、この酷暑の中で涼やかな音楽が聴ける機会という期待があった。むむ? つい 4日前にも、なにやら涼やかな曲目を聴かせてくれた指揮者がいたが、そちらはドビュッシーの大作オペラ「ペレアスとメリザンド」であった。その曲とこの曲は、持ち味はかなり異なる。だが、この真夏にそのような大胆な試みをする指揮者がそう何人もいるものだろうか・・・。いや、実はその 8/1 (水) の「ペレアスとメリザンド」を指揮した人と、この「くるみ割り人形」を指揮した人は、同一人物。そう、フランス生まれの 55歳、天才指揮者マルク・ミンコフスキである。
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このミンコフスキと、今回のオーケストラ、東京都交響楽団 (通称「都響」) のコンビは、これが 4回目の共演。実は私はこれまでの 3回はすべて聴いていて、最初の共演は未だこのブログを開始していない 2014年 8月 (ちょうど 4年前である) であったが、それ以外の 2回はこのブログでも採り上げ、絶賛した。毎回毎回、驚きの連続のこのミンコフスキと都響の今回の共演は、まさにあっと驚く「くるみ割り人形」全曲。都響のスケジュールを調べてみても、今回たった一回きりの演奏である。これは極めて貴重なこと。しかもそれがサントリーホールではなく、ミューザ川崎で開かれるというのも大変興味深い。このホールでは毎年夏にフェスタサマーミューザという音楽祭が開かれていて、なかなかほかにはない企画が含まれているので、本当に聴き逃せない。因みに昨年も都響はこの音楽祭で、ヤクブ・フルシャの指揮でスメタナの「わが祖国」を演奏している。私は所用でそのコンサートは聴けなかったが、今年のこのコンサートを聴けることは、大きな喜びなのである。

冒頭に掲げたチラシに記載あることには、この「くるみ割り人形」には有名な組曲があり、それは演奏時間 20分ほどであるが、今回は「魅力的な他の曲も加え、全曲に近い形でお楽しみいただきます」とのこと。そして、指揮者の意向により、休憩なしの 90分の演奏会になると書いてあった。ところが実際に会場に行ってみると、配布されたプログラムはそのままであるが、訂正の貼り紙が貼られ、同じ内容の紙がロビーに置いてある。それによると、演奏曲が増え、第 1幕と第 2幕の間に休憩が入るとのこと (プログラムの印刷に間に合わない、ギリギリのタイミングでの変更であったということだろう)。帰宅して再確認すると、今回追加された 3曲 (いずれも第 2幕の曲で、冒頭の 2曲の「情景」と、「パ・ド・ドゥ」のヴァリアシオン I」) をもって、このバレエの全曲となる。そうすると、そもそも「全曲に近い形」とは、たったの 3曲だけを除いたものであったということで、逆に、そこまで演奏するならなぜにその 3曲だけ除くつもりであったのか、少し不思議になる。よほど通しで演奏したかったということだろうか。

ともあれ今回の演奏、またまたミンコフスキと都響の共演の新たな 1ページとして、強く記憶に残るようなものであったと思う。ミンコフスキの指揮には常に明快なエネルギーが充満していて、どんな曲を指揮しても、音が縦横無尽に広がって行くようなスケールがある。そもそもこの「くるみ割り人形」という曲は、上記の解説の通り、有名な組曲に入っているもの以外にも楽しい曲が目白押しで、チャイコフスキーの全作品の中でも、そして歴史上のバレエ音楽の中でも、ベストを争うほどの素晴らしい作品であると私は思っている。しかも、組曲にあるような可愛らしい曲だけでなく、よりユーモラスな曲もあれば、叙情的な曲やメランコリックな曲もあり、中には壮大に盛り上がる曲もある。つまりミンコフスキとしては、組曲だけでは表現しきれないこの曲の多様な持ち味を、全曲演奏によって明らかにしようという意図があったものだろう。曲の間を空けることなく、速めのテンポで次から次へと音楽的情景の移り変わりを紡ぎ出す手腕は、見事としか言いようがない。そしてその身振りは実にリズム感よく、また曲の雰囲気を体全体で表現したものであり、見ていて飽きることがない。例えば第 1幕大詰めの情景 (「松林の踊り」) のようにシンフォニックに盛り上がる箇所では、坂道をしっかり登って行くような充実した音で、感傷よりもむしろ、音が目の前に広がるような雰囲気を出していたし、有名な「花のワルツ」は、通常の演奏にあるような、ゆったりとしたテンポで夢見るように響くのではなく、力強い推進力に満ちたワルツであった。そしてその「花のワルツ」の次に演奏される「パ・ド・ドゥ」の最初の曲「イントラーダ」なども、なんともチャイコフスキーらしい情緒と迫力のある曲だが、例えばこの曲をしばしばアンコールで採り上げるマリス・ヤンソンスのようなドラマティックでウェットな表現とは、ミンコフスキの表現は明らかに異なっている。つまり、この 1曲で感情が極まってしまうのではなく、迫力には不足しなくても、飽くまでも全体のバレエの流れの中に入っている、そんな印象である。表現が冷たいというのではなく、前後の流れの中で、常にどの曲も主役になれるような、そんなことに意を砕いた表現と言えるのではないか。そうすると私が彼の「ペレアス」についての記事で書いた「15のタブロー」という表現と、今回の「くるみ割り人形」での表現には、共通点があるということだと思う。いかなる曲を採り上げても彼の個性を刻印し、そして聴衆に感銘を与える稀有な指揮者、それがミンコフスキなのである。くるみ割り人形も脱帽だ。
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そして、私としてどうしても触れておきたいのは、今回も十全に発揮された都響の高い演奏能力である。上で触れた「花のワルツ」の複雑な表情といい、「イントラーダ」のチェロの深い表現力といい、そしてもちろん、全編の随所に聴かれた弦と管の絶妙の絡み、そしてティンパニをはじめとする打楽器の思い切り、いずれも素晴らしく、ミンコフスキの求める音を充分に出していたものと思う。実はこのミンコフスキ、2016年に手兵であるレ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルを率いてこの曲によるヨーロッパツアーを行った実績もあるという。先の「ペレアス」は彼のボルドーでの活躍ぶりを垣間見せるものであったが、このように世界一流の指揮者がヨーロッパで行っている活動の再創造が、日本のオケによって成し遂げられているということが本当に素晴らしい。終演後のミンコフスキの表情からも、都響の演奏に充分満足していることがはっきりと感じられた。それから、この作品の第 1幕には、歌詞のない少年合唱が加わるが、今回歌ったのは TOKYO FM 少年合唱団。暗譜で素晴らしく歌いこなしていたが、やはり子供たちのことであるから、出番までじっと待っているのが苦痛に見受けられる子もいた。もしかするとミンコフスキが今回の演奏を全曲として途中に休憩を入れたのは、幕間に少年合唱を退場させられることが理由だったのかもしれない。もしそうだとすると、彼はある意味での職人的なリアリストと言えるかもしれない。若い頃はこんな感じだったミンコフスキも、今や海千山千の大指揮者である。
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今シーズン (2018年 4月から 2019年 3月) の都響の残りのプログラムには彼の名は見当たらないが、また来シーズン、是非帰ってきて欲しいし、そのプログラムも大いに気になるのである。

by yokohama7474 | 2018-08-05 22:57 | 音楽 (Live) | Comments(0)

「ウエスト・サイド物語」シネマティック・フルオーケストラ・コンサート 佐渡裕指揮 東京フィル 2018年 8月 4日 東京国際フォーラム ホールA

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先週末の日曜日 (7/29) まで西宮でウェーバーの歌劇「魔弾の射手」を 8回に亘り指揮していた人気指揮者、佐渡裕が、その閉幕から 1週間も経たないうちに、またまた大きな企画を手掛けることとなった。それは、映画「ウエスト・サイド物語」を巨大スクリーンに全編に亘って投影しながら、その音楽の部分を生のオーケストラが演奏するというもの。このスタイルは昨今流行となっているようで、このブログでも、「犬神家の一族」をはじめとする角川映画に関する同様コンサートをご紹介した。その後、「スターウォーズ」シリーズでも同様の企画があったが、私はそれには出掛けなかった。なので、このコンサートを楽しみにしていたのである。57歳。指揮者としては脂の乗り切った世代である佐渡。
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ミュージカルとして歴史に残る存在であり、今回上映された 1961年の映画 (ロバート・ワイズ & ジェローム・ロビンズ監督) でもよく知られている「ウエスト・サイド物語」であるが、その作曲者は言わずと知れた、20世紀最高の指揮者のひとりであった、レナード・バーンスタイン (1918 - 1990) である。そしてこれもよく知られている通り、佐渡はそのバーンスタイン晩年の愛弟子。これが師弟の写真である。
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今年はバースタイン生誕 100周年ということで、様々なコンサートで彼の作品が採り上げられているが、やはり佐渡ほどバーンスタインに近かった人は、このような大掛かりなイヴェントで師匠への尊敬を表すのだなと納得できる。今回の会場は、東京国際フォーラムで最も大きいホール A (収容 5,012人) であったが、見渡す限り座席はほぼ埋まっているようであった。舞台奥に巨大スクリーンを据え、東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) が佐渡のもとで演奏する。この公演は東京で 3回、大阪で 1回行われるが、私が見たのはその最初のもの。この 8/4 (土) はなんと、12時からと 17時からの 2公演というハードスケジュールだ。1階客席真ん中あたりには、なにやら様々な装置 (映画の映像をモニターする PC など) と、それを操作する数人のスタッフがおり、このプロジェクトの難易度を実感できる。
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それから、ホールのロビーには、バーンスタインゆかりの品々が展示してあって、大変興味深い。若い日から老年までのバーンスタインの写真。1990年の最後の来日時にバーンスタイン本人が着ていたジャンパー。スコアに書き込みをするときと作曲をするときに使っていた鉛筆 (興味深いことに、前者は色付、後者はただの黒色だ)。ニューヨークの有名マンション、ダコタ・ハウス内にある彼の住居の写真。
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開演直前に佐渡がひとりで登場し、トークを始めた。それは彼とバーンスタインとの関係に関するもの。彼は小学生の頃からクラシックが好きであったが、幼い頃はステレオセットに触ることを許されず、4歳上の兄のレコードコレクションを羨ましく眺めていたが、数十枚あったそのコレクションは、すべてカラヤン指揮のものであった。1970年の大阪万博の際に、そのカラヤン / ベルリン・フィルとバーンスタイン / ニューヨーク・フィルがともに来日し、前者はベートーヴェン・ツィクルス、後者はマーラー 9番を演奏した。佐渡はその生演奏は聴けなかったが、世の中にカラヤンとバーンスタインというすごい指揮者がいて、ライバル同士であることを知ったという。そして小学校 5年生のとき、小遣いはたいて購入した最初のレコードが、バーンスタインとニューヨーク・フィルによるマーラーの「巨人」であった。彼は箸を指揮棒代わりにして、その「ウルトラマン対怪獣」のような音楽を夢中に指揮していたという。そして、1985年のイスラエル・フィルとの来日公演によって、初めてバーンスタインの実演に触れる。それからわずか 2年後、1987年に小澤征爾が総監督を務めるタングルウッド音楽祭に参加。そこで認められ、バーンスタインとウィーン・フィルの共演にアシスタントとしてかかわる。その後は 1990年に札幌でパシフィック・ミュージック・フェスティバル (PMF) が始まり、それがバーンスタインの来日の最後であった。このような歴史を語った佐渡は、この映画が 57年も前のものであり、そこに音楽をつけるのは大変な職人技を必要とするので、バーンスタイン本人ならきっとこんな仕事は請け負わなかっただろうと発言して、客席を笑わせた。そして、バーンスタインの偉大さを称え、数々の教えに加えて、指揮者としてメシを食っていけるか否か分からなかった自分の背中を押してくれたことに心から感謝している。ゆえに彼の作品の偉大さを後世に伝えて行くのが自分たちの役割である、と述べてスピーチを終了した。これを聞いて私が思ったことはふたつ。ひとつめは、この「ウエスト・サイド物語」が制作されたのは佐渡の生年と同じ 1961年ということ。つまり佐渡としては、自分が生まれた頃に、師が既にこんな仕事をしていたと実感する機会になったのではないか。ふたつめは、あの佐渡にしてからが、初めてバーンスタインを生で聴いたのが、私と同じ 1985年であるということ。因みにバーンスタインの初来日は 1961年 (お、またしても佐渡の生年である)。その次が上記の 1970年。それから 1974年、1979年。その次が 1985年で、最後が 1990年ということになる。

さて今回の映画上映付演奏であるが、私たちはそのような企画があるを聞いても、まあ長丁場 (映画本編だけで 2時間半である。今回は途中に 20分の休憩あり) ご苦労様ですとしか思わない。なぜなら、この映画の原作であるミュージカルは様々なところで上演されているし (私もこのブログで採り上げたことがある)、作曲者自身によるものを含め、全曲盤の録音もいくつもあるからだ。その全曲スコアを演奏すればよいだけではないのか。だが実は、このような上演に漕ぎつけるには、関係者の大変な努力が必要であったことを、当日会場で購入したプログラムで知った。要するに、映画音楽のオリジナルのスコアなど、映画会社 (MGM) には保管されておらず、それを復元する必要があったのである。それから、ブロードウェイでこの作品が初演されたとき (1957年)、劇場のオーケストラ・ピット (これはブロードウェイに行ったことのある人なら誰でも知っているが、通常大変狭いスペースである) の関係で、わずか 28名の編成で書かれていたという。それに対して映画の場合はふんだんな予算を使い、100名近い編成でサウンドトラックが録音されたという。だが、失われた楽譜を復元するために、バーンスタイン事務所のメンバーが、米国中の図書館や個人コレクションを捜索し、断片的な手掛かりがいくつか見つかる。そして最終的に、映画のサウンドトラックに合わせるために細部に至るまで修正して、ようやくスコアが完成したという。それは 2011年のことで、今回の日本公演の前に既に同様スタイルでの上映 / 上演は、海外では行われている模様である。

今回の上映 / 上演を見て / 聴いていると、まさに関係者の苦労が偲ばれる上、特に指揮者の負担は大変なものであると思われた。というのも、音楽をつける相手は、既にフィルムに固定された映像である。もしこれが歌手なら、オケを聴きながらの歌唱となり、またオケも歌手に耳を傾けながらの演奏になるので、多少テンポがずれたりしても修正可能である。だが、今回の場合には、音と映像がずれてしまうと回復が大変である。それから、セリフだけの部分ではオケは沈黙するが、音楽を再開するタイミングをスコアに記すのは困難だ。それゆえだろう、佐渡は左耳にイヤホン (キューが出されているのか、あるいは映画のサウンドトラックが流れているのか) をし、スコアと、その先にある手元の映像を終始見ながらの指揮であった。だがそこで鳴っていた音は、いかにも佐渡らしい明快なものであり、師の代表作を演奏するという気合に溢れたもの。東フィルも、つややかな弦やノリのよい管が大健闘であった。その演奏の安定感に、ジョージ・チャキリスも思わず足が上がる上がる (笑)。
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この映画を久しぶりに見て気づいたのは、最近舞台で見たミュージカルと、一部曲順が異なることだ。もちろんそれ以外にも、ある意味で当然ながら、映画特有のシーンや短い音楽もある。曲順の変更はいくつかあるが、私が特に気になったのは、このミュージカルで最も軽妙なナンバーである「はいはい、クラプキー巡査」である。映画の中ではこれは、決闘による悲劇が起こる前に歌われて、悪ふざけであることがはっきりする。ところが舞台で見たときには、これは後半、悲劇のあとに歌われるのである。正直私には、悲劇のあとにこのナンバーが来るのにはもともと違和感があったので、映画ではそうなっていないことで、ちょっと嬉しい気がした。ところが帰宅して、例えば作曲者自身による録音を確認してみると、やはり悲劇のあとで歌われている。ということは、それはバーンスタイン自身の選択ということになって、少し意外であった。せっかくなのでここで、その作曲者自身の指揮、ホセ・カレーラスとキリ・テ・カナワが主演カップルを演じた CD のジャケットをご紹介しておこう。
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それにしてもこの作品に描かれた、元気であったはずの 1950年代の米国の内部における深刻な貧困問題、差別問題、そして移民問題は、極めて現代的なテーマでもある。そのような社会的なテーマを、「ロメオとジュリエット」という古典劇の翻案として構成した作り手たち (音楽のバーンスタイン以外に、脚本のアーサー・ロレンツ、作詞のスティーヴン・ソンダイム、そして振付のジェローム・ロビンズ) の才気煥発ぶりには、本当に脱帽だ。これは、ユーモアと悲惨な現実の両方を振り子のように揺れ動く作品で、そこに悲劇の恋愛が加わって、ただ深刻なだけでもなく、ただ甘美なだけでもない、永遠の名作が出来上がったわけである。実は私の手元に積み上がっている、購入済だが未だ読めていない本の中に、津野海太郎という人の「ジェローム・ロビンスが死んだ ミュージカルと赤狩り」という本がある。1950年代にはハリウッドでも赤狩りが横行したわけだが、ミュージカルの世界にもそれがあったとしても、驚かない。ちょっと面白そうな本なので、早く読んでみたい。
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今回の上映 / 上演が終わったとき、振り返った佐渡の顔は、汗と涙でクシャクシャであった。もちろん映画のクライマックスは大変感動的であるので、涙が出ても不思議ではない。だが私の想像では、やはり佐渡は、この複雑だがなんとも美しい抒情を湛えた音楽を指揮して、きっと師のことを思い出していたのではないかと思う。バーンスタインの音楽はこれからも聴かれ続けるであろうが、実際に彼本人と親しく接した人たちには、まさに佐渡自身が言う通り、この偉大な人物について語って行って欲しいものである。

by yokohama7474 | 2018-08-04 23:13 | 音楽 (Live) | Comments(2)

ドビュッシー : 歌劇「ペレアスとメリザンド」(演奏会形式) マルク・ミンコフスキ指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢 2018年 8月 1日 東京オペラシティコンサートホール

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酷暑の東京に、実に細やかな神経を通わせた音楽が、涼やかに鳴り響いた。涼やか? うーん、このオペラの内容を考えると、とてもその言葉は似つかわしくないのであるが (笑)、つまりはドロドロした人間関係がそこにはあるのだが、今年没後 100年を数えるフランスの偉大なる作曲家、ドビュッシーが完成させた唯一のオペラである「ペレアスとメリザンド」の演奏会形式上演である。このブログで私は、東京や、時には地方都市での音楽イヴェントの水準の高さを常々主張しているわけであるが、全曲を演奏するだけでも一苦労であるこのようなハイクラスの作品で、これだけの質の音楽を、地方のオケが東京で披露することには、何か強い感慨を抱かざるを得ない。今回のオーケストラは、今年創立 30周年を迎える室内オケ、オーケストラ・アンサンブル金沢。指揮するのは、今年 9月からこのオケの芸術監督に就任するフランス人指揮者のマルク・ミンコフスキ。このブログでは既に、東京都交響楽団や、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルを指揮した演奏会で激賞している指揮者である。
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実際彼は、既にベルリン・フィルもウィーン・フィルも指揮した実績があり、世界指揮界の寵児のひとりである。そのような指揮者が、日本の地方都市である金沢のポストを引き受けるとは、本当に驚きであったのだ。だが、これは夢ではなくて、実際に起こっていること。金沢のことを今「地方都市」と呼んだが、それはある種の誇張であって、加賀百万石の城下町であり、豊かな文化が花開いた場所である金沢は、この素晴らしいオケの本拠地として、また、ミンコフスキが腰を落ち着ける街として、充分な資格を有していると思う。だが、繰り返しだが、そのようなコンビによるオペラの演奏会形式上演を、東京で聴けることの喜びを感じたい。今回の東京公演は、前日の本拠地金沢での演奏を経てのものであった。

さて、この「ペレアスとメリザンド」(以下「ペレアス」) は、象徴主義に属するベルギーの劇作家であり、「青い鳥」で日本でもよく知られている、モーリス・メーテルリンクの原作に基づくものであることは、いわば常識の範囲であり、また音楽好きの方々には、19世紀末から 20世紀初頭にかけて、音楽の分野でこの戯曲がいかに重要な位置づけを持ったかは言うまでもないこと。このドビュッシーのオペラ以外に、シェーンベルクの交響詩、シベリウスの劇付随音楽、フォーレの劇付随音楽が、この「ペレアス」に基いて書かれている。これは極めて異例なことだと思う。なぜにその時代にこの戯曲がそれほどもてはやされたのか。私の見るところそれは、泉や塔や指環や長い髪や地下の洞窟といった、何やら象徴的なイメージが広がって行くような場面設定やモチーフの活用によって、何か神秘的で神話的なイメージがある一方で、その題材は要するに男女の三角関係であり、極めて俗っぽいゴシップ的なものであるという、そのギャップが、近代の矛盾が極限に達し、世界大戦が勃発する直前の時代の人々に、強く訴えかけたからであろう。そしてドビュッシーがここで書いた音楽は、ワーグナーなしにはあり得ないような先鋭的な音響世界でありながら、実際に響いてくる繊細な音たちは、暴力的なワーグナーのそれとは、全く似ても似つかない静謐なものなのである。ここにも二つの要素の間の矛盾が存在している。この「ペレアス」というオペラには、序曲もなければ印象的なアリアも合唱曲もなく、ただ 5幕 15場が、それぞれ静かなるタブローのように並列しているのである。上演時間 150分を超えるこの作品が、そのような 15の情景からなっていることは、考えてみれば大変冒険的なことであり、もし聴衆が「なんだよこれ、退屈だなぁ」と言うのであれば、歴史の中にとっくに埋もれてしまっていたはずである。なので、やはりこのオペラの手法には、何か人間に訴えかける情緒があるのであろう。これは、岩波文庫の「ペレアス」に採用されている、1922年にカルロス・シュワップという画家によって描かれた挿絵から、泉のシーン。
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今回の演奏であるが、世界一流の外国人歌手たちを主役級に据えながら、その歌唱の伴奏を行うオーケストラの音の、なんと美しかったことか!! それは喩えてみれば、均一な静謐さを持つ、連続する 15の音のタブローであったと言ってよいと思う。こんな美麗な音はそうそう聴くことはできないし、この作品の上演としても、世界的水準に軽く到達していたと思う。実は今回は演奏会形式の上演ではあったものの、ステージ奥に巨大なスクリーンが設置され、そこに様々なイメージが投影されていた。これは既にボルドー歌劇場で上演されたものを会場に合わせて修正したものであるが、そのボルドー歌劇場はほかでもない、指揮者ミンコフスキが総監督を務めている歌劇場なのである。つまりはそこでの指揮もミンコフスキであったわけだ。実は今回の演出、そのボルドーでの上演をもとにしているとはいえ、金沢と東京では、それぞれの会場に合わせて、若干違うものになっていたようだ。例えばこれはボルドーでの上演におけるひとつのシーンで、高い塔の窓からメリザンドが長い髪を垂らすと、それが塔の下にいるペレアスに届き、ペレアスがその髪に巻き付いてしまうという場面。
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舞台奥の映像には、舞台にいる登場人物たちが姿を見せたり、あるいはその場面には登場しない人の顔が映る。そして、森だったり湖だったり、幻想的な映像も何度も流れるのである。これはちょっとうるさいと思われるリスクがある手法で、私自身もときにはそのような不満を抱いたものだが、それでも、ただ音だけでこのオペラの長丁場を聴くよりは、聴きやすい環境になっていたように思う。あまり映像の内容を考えすぎなければ、これはこれでひとつの方法であろう。

歌手についても、最大限の賛辞を捧げるしかない。ペレアスのスタニスラス・ドゥ・バルベラック、メリザンドのキアラ・スケラート、ゴローのアレクサンドル・デュハメル、アルケルのジェローム・ヴァルニエ、いずれも世界的に活躍しており、また、フランス語が母国語またはフランス語圏内に暮らしている人たちばかり。つまりミンコフスキがボルドーで歌った歌手を連れて来たということだろう。日本人によるオペラのクオリティも大変高いものになっているとはいえ、このようなフランス語の語感に満ちた繊細な作品を演奏する際には、やはりフランス語を喋る歌手が歌うということは、非常に大事なことだと思うのである。これが金沢公演のカーテンコールの様子。
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本当に、今思い出しても、東京の音楽界に大きな刺激を与えるような演奏であったと思う。私はこのミンコフスキ指揮するオーケストラ・アンサンブル金沢を、本拠地金沢まで聴きに行ったこともあり、そのことはこのブログでも採り上げた。文化都市金沢で聴かれる高度な音楽文化には大いに意味があるが、その一方、時には東京まで出張ってもらって、このような刺激を与えて欲しいものである。そしてこのミンコフスキ、この週末にまた、なんとも意欲的な企画で登場する。本当にその一挙手一投足から目が離せない指揮者なのである。

by yokohama7474 | 2018-08-04 00:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ウェーバー : 歌劇「魔弾の射手」(指揮 : 佐渡裕 / 演出 : ミヒャエル・テンメ) 2018年 7月29日 兵庫県芸術文化センター

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ちょうど一週間前、7月22日 (日) に東京二期会の上演によって、ウェーバーの名作オペラ「魔弾の射手」の実演を人生で初めて鑑賞した私であったが、早くもこのオペラの人生二度目の実演を体験することとなった。だがその場所は東京ではなく、兵庫県の西宮市である。大阪と神戸の間にあるこの都市 (距離感において首都圏で比定すれば、東京と横浜の間にある川崎というイメージか) には、2005年にオープンした兵庫県立芸術文化センターという施設がある。阪急西宮駅直結という交通至便な場所にあり、客席数約 2000の KOBELCO 大ホール、神戸女学院小ホールに加えて、中ホールもあるという本格的な施設である。このホールは、多くの外国人奏者を含む専属のオーケストラを抱えている上、オペラ公演も行っている。私自身の経験では、この大ホールで外来オケを聴いたことが一度あるだけで、今回が二度目の来訪。兵庫芸術文化センター管弦楽団のコンサートのチケットを購入したこともあるが、そのときは出張のために現地に赴くことができなかった。オペラをこのホールで聴くのはもちろん初めてのことである。折しも、東から西へと移って行った「逆行台風」12号の経路を心配しながら、東京から弾丸往復で出掛けたのだが、幸運なことに、台風の影響は一切なく、西宮で行われている文化イヴェントのレヴェルの高さを楽しむことができたのである。

この兵庫芸術文化センターの芸術監督をオープン以来務めるのは、あの佐渡裕である。
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現在活躍する日本の中堅指揮者の中でも、一般的な知名度ではナンバーワンであろう。このブログでも彼の演奏を過去に何度か採り上げてきているが、それらの記事をご覧になった方にはなんとなくお分かり頂けるかもしれないが、正直なところ私は、決して熱狂的な佐渡ファンというわけでもない。だが、彼の親しみやすいキャラクターがクラシック音楽の普及に一役買っていることは紛れもない事実だし、それだけではなく、海外での活躍も精力的に継続中であるという点に、現在の音楽界における彼の地位が象徴されているので、聴く機会があれば興味を持って聴いている次第である。この西宮での「魔弾の射手」も、彼の指揮でなければわざわざ出掛けなかったかもしれない。これが今回の会場、KOBELCO 大ホール。木の感触が、落ち着きを与えてくれる。
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さて、その「魔弾の射手」であるが、先の東京二期会の公演が 4回であったのに対し、こちらの方は実に 8回。そして驚くべきことに、私が鑑賞した最終公演はぎっしり満員だし、しばらく前にチケットを購入する際に調べたときには、ほかの公演もほほとんど売り切れ状態だったと記憶する。この点に私はまず感嘆した。政治・経済・文化のあらゆる点において東京一点主義の感のある日本において、関西でこれだけの動員を可能にするオペラ公演が開かれていることだけでも驚異である。しかも驚くべきことに、2パターン組まれたキャストには外国人歌手が多く含まれ、演出もドイツ人。それから、今回は新制作のプロダクションであるが、海外のオペラハウスとの共同制作という記載はない。つまり、まさに西宮で、ゼロから創り出されたプロジェクトなのである。もちろん、兵庫県立の施設なので、兵庫県の予算が使われているのであろうが、スポンサーも数社ついているようだし、資金集めの点でも、佐渡の知名度と集客力が大きく貢献しているというこことだろう。素晴らしいことである。

今回演出を担当したのは、ドイツ人のミヒャエル・テンメ。13歳で生地ハノーファーの歌劇場でエキストラ出演し、長じてエッセンやドルトムントといったドイツの都市をはじめ、世界各地で演出を手掛け、ウィーン音楽舞台芸術大学の教授として後進を育成した経歴を持ち、東京藝大でも客員教授を務めたことがあるとのこと。
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彼の今回の演出は、概して穏当なものでありながら、このオペラの持つ不気味さを充分に表現していたと思う。装置と衣装もフリードリヒ・デパルムというオーストリア人が務めていたが、そのセットは最近の傾向の通り、シンプルなもの。同じセットを使って違う場面を表すのは常套手段であるが、ここでは全く無理なく見ることができた。いわゆる読み替え演出とは異なり、登場人物たちの衣装も原作のイメージ通りである。それもそのはず、冒頭の序曲の演奏中に黒い緞帳に文字が投影されたが、その内容は、このオペラの設定が 30年戦争 (1618 - 1648) の終結後であり、その戦争においては現在のドイツに当たる地域の農民人口の 30%超が殺されたこと、そして、このオペラの舞台となっているのはそのような「伝統の破壊と残虐の時代」である、というもの。ここでテンメは、史実としての 30年戦争を物語の背景ととらえ、そこに農民たちや狩人たち、あるいは領主の感情の源泉を見る。これは第 1幕の写真であるが、石化した森のような中、崩れ落ちた壁や、壊れた大砲が、戦争の爪痕を思わせる。真ん中にあるのは射撃の的であるが、実はこれと呼応するような満月が、下手から出て、時間の経過とともに段々空に登って行くという凝った演出がなされていた。
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一方これは、アガーテたちの暮らす家。壁にかかった多くの鹿の骨と角は不気味だが、無味乾燥な壁と天井には、大きな亀裂が走っていて、荒んだ印象を与える。
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今回の悪魔ザミエルは、正統的な (?) 怖い男性で、写真をお見せできないのは残念だが、狼谷で姿を現わす箇所では、一昔前の紅白歌合戦で男女が競って披露していた (笑)、巨大装置の一部が衣装になっているという演出で、これも素直に不気味であった。全体を通して、先の二期会公演のコンヴィチュニー演出のような驚きはないものの、決して陳腐ではなく、オペラらしいオペラとして見ることができた。そしてこのザミエル、演じるのはペーター・ゲスナーというドイツ人の俳優 (この人、新国立劇場で 2010年にシューマンの「ゲノフェーファ」が日本初演されたときの演出家らしい) であったが、例の隠者 = 神との関係はどうかと言えば、実は少し微妙。というのも、両方とも黒いローブを羽織っていて、スキンヘッドである。終幕では、ザミエルが出てきてパスカルの息の根を止めて下手に姿を消したあと、舞台奥から今度は隠者が登場するという流れになっていたので、少なくともこの両者が表裏一体であるというイメージは、そこに表れていたように思う。

さて、今回素晴らしいと思ったのは、主要な男女 2名ずつを歌った外国人歌手たちである。そうそう、二期会の上演では全員日本人歌手であったこともあってか、セリフの部分は日本語で、歌のみが原語のドイツ語であったが、今回は (2組のキャストとも) 外国人歌手が入っているため、セリフもすべてドイツ語であった。マックスを歌ったクリストファー・ヴェントリスは英国人で、ハイティンク指揮の「パルシファル」やティーレマン指揮の「ワルキューレ」の主役と言えば、もう最高の歌手だと分かる。今確認したところ、2016年のウィーン国立歌劇場来日公演の「ワルキューレ」でもジークムントを歌っていた。カスパルを歌ったジョシュア・ブルームはオーストラリア人で、やはりウィーンやメトで歌っており、ラトル指揮のベルリン・フィルとは、リゲティの「大いなる死」という作品で共演している。アガーテを歌ったカタリーナ・ハゴピアンはドイツ人で、かつてカラヤンが率いたアーヘン歌劇場の専属歌手。エンヒェンを歌ったマリア・ローゼンドルフスキーはオーストリア人で、これもカラヤンが初期に率いたウルム歌劇場の専属で、最近は「ルル」の主役などを歌っている。私はこのブログで日本人によるオペラ上演を何度も高く評価してきたし、その思いに嘘はないのだが、それでも今回のようなキャストで聴いてみると、なんというのか、舞台映えあるいは舞台慣れという点で、欧米の一線で活躍する歌手たちは、やはりレヴェルが一段上なのだなぁと思い知る。今回のキャストだけでもすごいのに、実はもう 1組のキャストには、トルステン・ケールという、現在ワーグナー歌いとして大活躍している人や、バイエルン州立歌劇場での「ボエーム」におけるムゼッタ役でネトレプコと共演したジェシカ・ミューアヘッドという人が出ていて、そこに日本人として、キールの宮廷歌手である髙田智宏や、このブログでは既におなじみの小林沙羅らが共演していたらしい。この歌手陣の充実は、まさに瞠目すべきもの。

最後に佐渡指揮のオケであるが、オペラのドラマを牽引するに充分な鳴り方で、こちらも大いに充実していた。いつもの通り、明快でストレートな佐渡の持ち味が活きていたと思う。これは他日のカーテンコールの写真だが、今回は千秋楽ということで、大勢のスタッフが全員ステージに上がり、天井や舞台の両袖からきらびやかな紙吹雪が吹き荒れ、大いに盛り上がっていた。そして客席も、スタンディングオヴェイションで熱演を労っていたのである。
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東京以外にもこれだけ充実したステージが繰り広げられ、また、さらに重要なことには、多くの聴衆がそれを楽しんでいるという状況には、本当に驚かされたし、感動させられた。また機会があれば西宮まで足を運んで、オペラやコンサートを楽しみたいものだ。そして、この公演の成功の立役者である佐渡は、この 8公演を振り終えたあと、また次の週末には東京で大仕事が待っている。そちらもまた、なんとも楽しみな企画なのである。

by yokohama7474 | 2018-07-30 00:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)

上岡敏之指揮 新日本フィル (ピアノ : オルガ・シェプス) 2018年 7月28日 すみだトリフォニーホール

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上岡 (かみおか) 敏之が音楽監督に就任して 2年目のシーズン。今回が新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日本フィル」) の今シーズン最後の演奏会である。東京のオケとそのそれぞれのシェフとの関係にはいろいろあり、年間にそれほど登場しない指揮者もいるが、この上岡の場合には、かなりの頻度で自らの手兵である新日本フィルの指揮台に立っている。そして興味深いことには、れっきとした定期演奏会のひとつであるこの演奏会、トパーズというシリーズの最終回であるが、これはもともと、聴衆からのリクエストに応じて曲目を設定することになっていたのである。上に掲げたチラシは比較的最近のもの。もともとシーズン最初の小冊子においては、このようになっていた。
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このようにして聴衆からのリクエストによって決定された今回のプログラムは、以下の通り。文字通りのロシア・プログラムである。
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 2番ハ短調作品 18 (ピアノ : オルガ・シェプス)
 チャイコフスキー : 交響曲第 5番ホ短調作品 64

今回は演奏前に、上岡と、このオケのコンサートマスターであり、現代日本のコンサートマスターを代表する存在であると私が思っている崔文洙 (チェ・ムンス) との対談があった。まずは崔が先鞭を切って話し始めたことには、このロシアの名曲 2曲は本当によく演奏されているが、特にチャイコフスキーは、本来楽譜に書いてあることが、大衆受けを狙ってかなりデフォルメされて演奏されることが多いとのこと。例えばピアノの指定なのにフォルテで演奏されたり、楽譜に指示のないポルタメントをかけたり、ということ。それを受けて上岡が語ることには、チャイコフスキーという作曲家は、若い頃に書いたオペラ「エフゲニ・オネーギン」でも分かるように (そして上岡自身はそれをオペラハウスでの修業時代に学んだそうだが)、人間の感情の機微を表現する卓越した手腕を持っている。この交響曲第 5番も、あの「悲愴」の前に作曲者が書いたものであり、きっとチャイコフスキーはその頃から死を意識していたのではないか。例えば終楽章の盛り上がりも、圧倒的な勝利で終わるのではなく、最後の最後で、ダダダダンという運命のテーマで締めくくられる。だからこれは決して勝利の凱歌といった単純なものではないのである。とここで上岡が、「ちょっとピアノで弾いてみましょうか」と言って、最初の協奏曲に備えて舞台に設置されていたピアノで弾いたのは、この 5番の終楽章の終結部と、それから「悲愴」の終楽章の開始部分。これは音楽としてつながっているのではないか、との主張であった。なるほど、これは面白い。もちろん、「悲愴」の第 3楽章も、5番の終楽章も、ともにダダダダンと終わることが一因であろうが、それでも、それはなかなかに興味深い指摘であった。そしてこの 2人は、来シーズンのプログラムについて語り始めた。9月にはリヒャルト・シュトラウス、10月にはブルックナーというドイツ後期ロマン派で始まるが、興味深いものとして、来年 3月、マニャールの交響曲 (第 4番) が入っている。上岡が語ることには、フランス音楽にもいろいろあり、ドビュッシーやラヴェルの時代にも、全く違う音楽を書いた人がいたということを知って欲しいと思ってこの曲を入れたとのこと。なるほど、私もアンセルメやプラッソンの録音でマニャールのシンフォニーを聴いてきたが、実演で聴いた経験はない。なので、それは大変に楽しみなのである。これが、東京を代表する指揮者とコンマスのツーショット。
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さて今回、ソリストとして登場したのは、ロシア出身の 32歳のピアニスト、オルガ・シェプス。既に世界で活躍しており、あの世紀の巨匠、アルフレート・ブレンデルもその才能を認めたという。
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彼女のピアノは、音量が大きく、しかも感情が随所にこもった人間的なもの。このラフマニノフの名曲にはぴったりであろうと思った。うーん、それにしてもこの曲、ちょっと感傷的ではあるものの、古今のピアノ協奏曲の中でもベストを争う名曲で、本当に何度聴いても感情が揺れ動くのである。シェルプスのピアノと上岡の指揮する新日本フィルは、本当に細部まで息のよく通る音で、この曲の持ち味を充分に出し切ったと思う。オケではチェロが出色の出来であった。そしてシェルプスがアンコールとして弾いたのは、自身が客席に向かって語りかけた通り、「プロコフィエフ、ソナタ No.7、フィナーレ」であったのだ。そう、あの「戦争ソナタ」3曲の中でも最も有名な、ピアノ・ソナタ第 7番の終楽章だ。言うまでもなくこの曲は、まさに近代的な機械や鋼鉄を思わせる、無情な推進力に満ちた曲であり、感傷的なラフマニノフの音楽と比べると、同じロシア音楽でありながら、これほど遠い音楽もない。シェルプスとしては、自らの持つ技量の幅を見せる機会になっただろう。だが私が思ったのは、これほど違った音楽を弾いても、彼女には自分の音楽があるということだ。例えばユジャ・ワンがアンコールで弾くこの曲と比べると、格段に人間的な色合いが強い。それでいてミスタッチは皆無。素晴らしい才能である。

そしてメインのチャイコフスキー 5番。私の事前の勝手な予想では、テンポの遅い粘着質の演奏かと思ったのだが、全く見当違いで、ほとんどタメを作ることのない、前へ前へと躊躇なく流れて行く音楽であった。なるほどここには、既に死を意識した作曲者の姿があるゆえに、盛り上がりにも多様な影が差している。これだけの超人気曲を演奏して、こんなに新鮮に響かせるとは、なんと素晴らしいことであろうか。このオケは昔から木管のレヴェルが高く、またこのブログでも散々称賛してきた通り、特に本拠地のすみだトリフォニーホールでは、弦の響きがなんとも美しい。私はこの演奏を聴きながら、就任から 2年を経た上岡と新日本フィルが、新たな境地に入りつつあるような気がしたものだ。印象に残った箇所を挙げると、例えば第 3楽章の真ん中あたりで、夢見る雰囲気が突然壊されて「運命の主題」が割り込んで来るところ、そしてその後の夢幻的な雰囲気の箇所の浮遊感。これは死と生との葛藤なのだろうか。そして、第 3楽章と第 4楽章の間では、よくあるようなアタッカでの連続ではなく、きっちりと間を置いての演奏であった。そして始まった終楽章のテーマ (「運命の主題」が長調となったもの) は、ワッと盛り上がるような 、また、「待ってました!!」と声をかけたくなるような、強い推進力に満ちた音楽ではなく、なんとなく諦観を含んだもの。そうしてコーダの前の休符から始まる、通常なら勝利の凱歌として演奏される盛り上がりにも、何やら普通とは異なる不思議な雰囲気があった。そう、例えて言うならば、「トリスタン」的な死への憧れのような。なるほどこれが、上岡の見るところのこの曲の本質であったのか。実はこの交響曲、作曲者自身がその出来を認めておらず、「嫌なものがある」「大げさに飾り立てた色彩がある」「こしらえもの的な不誠実さがある」と書き残している。歴代の名指揮者の中でも、例えばトスカニーニは、あれだけ幅広いレパートリーを持ちながら、このような作曲者の言葉を重視してであろうか、チャイコフスキーのシンフォニーについては、「悲愴」とマンフレッド交響曲しか演奏しなかったようである。それがトスカニーニなりの誠実さであったのだと思うのだが、今回のような演奏を聴くと、作曲者自身も気がついていなかった、潜在的な死への憧れがここにあるように思えてならない。それを露わにした上岡の手腕に、拍手を捧げたい。
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今回は定期演奏会であるにもかかわらず、アンコールがあった。それはニールセンの「仮面舞踏会」から「雄鶏のダンス」。あまり演奏されない曲だが、大変洒脱な演奏で、このオケの今シーズンを締めくくるにふさわしい活気を会場にもたらした。そして、拍手の中、上岡が大きな花束を持って登場。あれ、オケの中で誰かが引退するんだなと思ったら、なんとなんと、このオケの顔でもあるフルートの白尾彰である!!
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これは私にとっては大変残念なことである。それは、上記の通り彼がこのオケの顔であったということによるのであるが、それだけでなく、以前このブログでも書いたことのある、47歳で亡くなった彼の弟の奥さん、このオケの素晴らしいヴィオラのトップ奏者であり、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーでもあった白尾偕子 (ともこ) のことを思い出すからである。彼女が肺がんで突然亡くなったのは 2001年。私ははっきり覚えているが、彼女の死のしばらく後に新日本フィルを指揮した小澤征爾が、「僕らの仲間だった白尾さんが亡くなりました」と客席に語りかけ、バッハの G 線上のアリアを演奏して彼女の死を悼んだのであった。彼女の死後に発売された CD があるようだ。
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フルート首席の白尾彰に話を戻すと、彼はもともと旧 (分裂前の) 日フィルに所属していた人らしい。今私の手元にある過去の新日本フィルの演奏会のプログラムにおいては、1984年 4月の小澤指揮のコンサートに彼の名がある。白尾は 1949年生まれであるから、なんと来年 70歳になる。このオケの歴史に大きな足跡を残した偉大なるフルート奏者に、最大限の敬意を捧げたいと思う。どうもお疲れ様でした!!

by yokohama7474 | 2018-07-28 22:54 | 音楽 (Live) | Comments(2)

秋山和慶指揮 洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団 バレエ付 2018年 7月27日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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ミューザ川崎シンフォニーホールを舞台に毎年夏に開かれているフェスタサマーミューザには、様々な日本のオケが登場して、中にはほかで聴けないユニークな内容もいくつかあるので、これはなかなかに侮れないイヴェントなのである。今回私が楽しんだのは、あの秋山和慶指揮の演奏会なのであるが、オーケストラは、ここミューザ川崎を本拠地とする東京交響楽団かと思うとさにあらず。洗足学園音楽大学の学生によるオケで、洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団と称している。実はこの秋山、現在この洗足学園音楽大学の芸術監督であり特別教授である。このブログではつい先日、準・メルクルと、彼が招聘教授を務める国立音楽大学のオケによるコンサートをご紹介したが、それと同様のパターンで、普段大学で教えている指揮者が、実際の演奏会でその指導の成果を問うというもの。改めて考えてみると、日本の主要な学生オケは、様々な有名なプロの指揮者を迎えていて、私も折に触れ、そのような演奏会を楽しんでいる。プロのオケの演奏会ももちろんよいのだが、たまには学生オケを聴いて、将来の日本の音楽界に思いを馳せるのもいいものだ。ましてや、秋山のような私が心から尊敬する名指揮者が指揮をするとなると、これはやはり万難を排して聴いてみたいものである。S 席 1,200円という値段設定も、何か申し訳ないようだ。これは今回のフェスタサマーミューザ 2018の記者会見におけるマエストロ秋山。
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さてこの演奏会には、「華麗なるバレエ ~ 音の魔術師ラヴェル ~」という副題がついている。そう、ラヴェルの有名曲をずらりと揃えた曲目なのであるが、ひとつ大きな特徴があって、それは、演奏曲目 4曲の全部につき、舞台上でバレエが上演されることだ。なるほど、そういうことであれば、これはバレエ公演として、「演劇」という範疇で記事にすべきかもしれない。だが、幾つかの理由があって私は、これはコンサートと分類したいと思う。その理由はあとで述べるとして、曲目である。すべてラヴェルの作曲。
 バレエ音楽「マ・メール・ロワ」全曲
 ボレロ
 バレエ音楽「ラ・ヴァルス」
 バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第 2組曲

この 4曲にすべてバレエがつくのであるが、順番に、谷桃子バレエ団、牧阿佐美バレエ団、そして後半の 2曲が東京シティ・バレエ団が中心。そこに実は、やはり洗足学園音楽大学のバレエコース学生が 4曲それぞれに入っている。なるほど、この音楽大学にはバレエを専攻している学生たちもいて、この演奏会ではプロのダンサーたちに混じってその学生たちが踊りを披露するという、晴れの場なのである。だが、このホールをご存じの方は疑問に思うであろう。このホールは、例えばサントリーホールもそうであるように、コンサート専用ホールである。東京文化会館とか NHK ホールのように、舞台上演ができる構造にはなっていない。では今回、どのようにバレエが踊られたかというと、ステージの奥にオケ (コントラバス 4本という小さい編成) が陣取り、ステージの前面にスペースを確保して、そこにダンサーたちが入れ代わり立ち代わり登場して踊りを踊ったのである。これの意味するところは、指揮者はダンサーたちを見ないで指揮をするということだ。そうなるとこれはやはり、舞台上演というよりも、音楽が主体の公演と言いたくなるのである。もちろん、バレエに興味のある人にとっては、これも立派なバレエ公演であるとは思うのだが、上記のようなステージ前面という限られたスペースでのパフォーマンスである。振付にはやはりその面での制限は出てきてしまうだろう。それから、通常のバレエ公演と異なるもうひとつの点は、ステージ前面にダンサーたちが揃うので、どうしても足音が響いてしまうこと。そのような観点では、多分プロのダンサーとオケでは、このような形態で一晩のコンサートを通して行うことはあまりないように思われるので、メインはやはり、学生たちの発表の場 (もちろん、プロのダンサーたちに混じってではあるが)として割り切って考えた方がよいように、私は思う。
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曲目は上記の通り、いずれも両大戦間に書かれたラヴェルの傑作揃いで、上の曲名表記には、通例に従ってボレロだけは「バレエ音楽」とは書いていないが、これも実は、そもそもバレエ音楽として書かれた曲。いわゆる古典的なバレエ音楽とは異なり、近代的な感覚が満載の曲たちであるが、今回の振付はすべて群舞で (ダンサーの総勢は実に 80名を超える)、いわゆる古典的な雰囲気とは異なり、それなりに平易で近代的なものであったと思う。正直なところ、私はバレエに関しては全くの門外漢なので、批評めいたことを書けるだけの素養はない。なので、印象に残ったダンサーもそうでないダンサーもいるが、その踊りの印象をうまく言葉にすることはできない。もちろん、少ない機会ながら、私がこれまでに舞台で見てきた海外の一流のモダン・バレエを思い起こすと、日本人の体格のハンディを感じる瞬間もあったが、ただ、見ているうちにラヴェルの音楽の素晴らしさを再認識するようになったのが、なかなかに貴重な体験であった。極めて精緻であり、巧妙極まりない手法で生み出される音響効果を様々に含むラヴェルの音宇宙を表現するのは、プロのオケでも並大抵のことではないが、今回のオケは、相当健闘していたことは間違いはない。ボレロにおいては一部、不備も聴かれたものの、やはり、全体を通してラヴェルの世界を表現するという演奏会であるから、ミスを採り上げてどうのこうのと言うのではなく、この不世出の作曲家の手になる音楽の洗練度を堪能できたことが、何より楽しかった。これはこれで、ラヴェルの音楽の本質を再確認するための、貴重な機会になったのである。最後の「ダフニス」など、名曲であることは充分すぎるくらいに知ってはいたが、曲折を経て最後に「全員の踊り」で徐々に熱狂が盛り上がるところは、視覚的な要素があるとまた違った迫力があるののだなぁと実感した。ところで、この曲の全曲には歌詞のない合唱が入るところ、オーケストラ用の組曲には、通常は合唱は入らない。だが今回、第 2組曲の最初の方で合唱が聴こえたような気がして、聴き間違えかと思っていたら、大団円では明らかに舞台裏から合唱が聴こえていた。ところが、カーテンコールには合唱団は出て来ない。ということはあれは、ステージに下がっていたダンサーたちによる歌だったのだろうか??? 洗足学園では、バレエを専攻する学生でも歌の練習をしているのかもしれない (笑)。

それにしてもこれだけの大変なプログラムを、77歳の秋山が相変わらず職人的な棒捌きで見事にまとめているのを目撃すると、改めてこの指揮者への尊敬の念が沸いてくる。このフェスタサマーミューザでは、また最終日に、今度は東京交響楽団とともに登場する予定で、そのプログラムがまた大変興味深い。またその演奏会をレポートできる機会を楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2018-07-28 02:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)

東京二期会公演 ウェーバー : 歌劇「魔弾の射手」(指揮 : アレホ・ペレス / 演出 : ペーター・コンヴィチュニー) 2018年 7月22日 東京文化会館

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私が初めてオペラなるものの実際の公演に接したのは、今から 30年以上も前のこと。それ以来国内外で、随分と珍しい作品を含め、相当数のオペラを鑑賞してきた。いわゆる名作として世に知られたオペラの多くは、既に何度となく実演で見ているのであるが、ところが有名なオペラの中で多分ほとんど唯一、どういうわけかこれまで縁がなくて、実演で見たことのないものがあった。何を隠そう、それがこの「魔弾の射手」である (音楽にあまり詳しくない方のため、「まだんのしゃしゅ」と読みます。「魔弾」とは百発百中の「魔法の弾丸」のことで、悪魔が作ったもの)。ドイツ・初期ロマン派を代表するひとり、カール・マリア・フォン・ウェーバー (1786 - 1826) の代表作で、1821年にベルリンで初演された作品だ。このウェーバー、結核のため、39歳の若さでロンドンで客死している。
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この「魔弾の射手」はドイツ語による、いわゆるドイツの国民的オペラで、森の恐ろしさや悪魔との契約というロマン主義的なテーマに満ちた傑作であり、ワーグナーにも大きな影響を与えた作品であるという音楽史的位置づけは充分理解しているのに、そして、このオペラの序曲は中学生の頃からの私の大のお気に入りであるのに、なぜにこれまで全曲を見る機会がなかったのだろうか。それはやはり、日本では演奏頻度が (少なくとも最近は) 低いという事情はあるとは思うのだが、ふと考えてみると、メディアでのこの作品の人気自体、決して高いとは思えない。例えば、音楽史上の重要作はすべて録音しつくしたかのように思われるカラヤンに、この曲の録音があっただろうか。答えは否である。そう思うと、ベームもこの曲の正規録音はないし、ショルティもバーンスタインも、あるいはマゼールも、それから、ドイツオペラに積極的なメータやバレンボイムも、調べた限りではこのオペラを録音していないようである。カラヤンに関しては、実は私の手元には彼の生涯の全演奏記録なるものがあるのだが、録音はなくとも、きっとこの曲は若い頃から実演ではしょっちゅう振っていたのだろうと思って調べてみると・・・ない。ないのである。カラヤンによる「魔弾の射手」全曲の演奏記録が、一度も。もちろん、膨大なデータなので、私の見落としかもしれない。だが、若い頃からワーグナーやシュトラウスの作品を繰り返し演奏してきたカラヤンが、もし演奏していたとしても見落とすほどの回数しかこの曲を指揮していないとしたら、それだけでも充分意外ではないか。

すぐに考え付くこのオペラのひとつのハードルは、全曲のうちかなり長い部分を占めるドイツ語のセリフであろう。少なくともそれは、日本での上演においてはハードルになりうるし、カルロス・クライバーの録音のように、セリフの部分のみ専門の俳優を起用している例もある。だが、それでは同じくドイツ語のセリフが多い「魔笛」や「こうもり」が頻繁に演奏されることの説明がつかない。音楽面では、これは全編に亘って親しみやすいメロディ (合唱曲を含む) を持つ名作であり、その面でのとっつきにくさはほとんどないだろうし、序曲を知っていれば、そのメロディが随所に使われていることに一種の安心感を覚えることさえある。だが、本当に心震えるアリアとなると、それほど多くない。その意味で音楽的に本当の傑作と言えるのかどうか。加えて、このオペラの原作は「幽霊譚」という小説であるらしく、もともとおどろおどろしいものであるが、この作品の脚本の出来は、それほど質の高いものとも思えない。そんな複数の要素が組み合わさって、音楽史的意義を認められながらも実演にかかる頻度が低くなってしまっているのかもしれない。

そんな中、東京二期会が今回 4回に亘って上演した「魔弾の射手」の最終回を見ることができた。オペラファンにとってはなんといっても、この舞台の演出が、現代きってのカリスマ演出家、ペーター・コンヴィチュニーによるものであることに、まずは興味を惹かれるものであろう。ハンブルク州立劇場との共同制作プロダクションであり、かの地では既に 1999年に初演されているというから、日本登場までに随分時間がかかったものだ。コンヴィチュニーは、往年の名指揮者フランツ・コンヴィチュニーの息子で、1945年生まれの 73歳。その、知的裏付けのある先鋭的な演出は、世界のオペラハウスを震撼させており、日本での人気も高い。
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コンヴィチュニーというと、過激な読み替え演出という印象があるが、今回の演出は、決して過激なものとは思えない。もちろん、昔ながらのドイツの田舎の風景や森のおどろおどろしさを素朴に表現しているわけではないが、かといって情報過多で音楽を邪魔するようなこともない。舞台装置は最小限であるが、それぞれの場の雰囲気を出すことに成功しているし、紗幕の使い方にも必然性がある。大詰めでは少し意外なことも起こるが、それも決して見ていて不愉快になるような、気をてらった演出ではない。そんなわけで、全体としてはむしろ、手堅くまとめたというイメージすらある。そしてユニークなのは、悪魔ザミエル。これは少し語りが入るだけで、歌は歌わない役なのだが、この演出ではかなり出番が多く、通常の登場場面以外でも衣装を換え、何度も無言で舞台を歩き回っていたし、狩人たちの合唱の前の場面転換の際には、緞帳の前にひとり出てきて、続く場面での合唱の歌詞をリフレインして語っていた。この役を演じたのは、大和悠河 (やまと ゆうが)。元宝塚のトップ女優であるらしい (私はそのあたりにはトンと疎くて、ファンの方には怒られてしまうかもしれない)。彼女の出演によって、ロビーには多くの花輪が飾られていたし、登場時の拍手やカーテンコール時のブラヴォーも大変なものであった。確かにその長身には、なんとも言えない存在感がある。これは今回のオペラの記者会見の様子。
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また、このザミエルを表す音楽がヴィオラで演奏されるが、今回はヴィオラ奏者が舞台に登場、アガーテ、エンヒェンという 2人の女性役の前で、実際に楽器を演奏した。これはハンブルクでの写真であろう、今回とは歌手もヴィオラ奏者も違っているが、今回ヴィオラを演奏したのは、そのハンブルク州立劇場で首席ヴィオラを弾く、ナオミ・ザイラー。そう、あの京都の「かやぶき音楽堂」で知られたピアニスト、エルンスト・ザイラー (昨年死去) の娘である。
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それから、特筆したいのはオケの素晴らしい演奏である。今回ピットに入ったのは読売日本交響楽団 (通称「読響」)。序曲の冒頭からしてただならぬ雰囲気で、一挙に森と魔術の世界に引き込まれた。また、この序曲の終盤で、一旦音楽が静まってから大音響となり、そして休符を挟んで弦楽器が駆け抜ける箇所があり、どんな名門オケでも、わずかな乱れが出ることが多いが、今回は完璧。こういう部分がバシっと決まると、その日の演奏の士気も上がるだろう。最後まで素晴らしい表現力を保ったオケは、間違いなくこの上演の成功に大きな貢献を果たしていた。指揮のアレホ・ペレスは、アルゼンチンの若手で、既にザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮した経験もあるという (演目はグノーの「ファウスト」で、ディスクにもなっている)。堅実性とドラマ性を併せ持つ、なかなかの手腕であると思うので、今度はオーケストラコンサートで聴いてみたい。
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歌手陣は、マックスの小貫岩夫、カスパルの加藤宏隆、アガーテの北村さおり、エンヒェンの熊田アルベルト彩乃ら、あまりなじみのない若手中心であったが、いずれも大変に安定した出来であったと思う。また、隠者の小鉄和弘は客席で立ち上がって舞台に花を投げ入れるという、意表を突く登場ぶりだったが、貫禄十分の歌唱であった。ただ、全体を通して若干の課題があったとすると、日本語のセリフとドイツ語の歌詞が、時折、劇の流れをギクシャクさせたと言えるかもしれない。ただこれは作品の内包する弱点とも考えられ、上で考察した通り、このオペラの上演頻度が低いのも、このあたりが一因になっているのかもしれない。

コンヴィチュニーは、このオペラに登場する悪魔ザミエルは、「人間を搾取する資本主義時代とともに現れた、神が排除される不透明な状況を擬人化した存在」であると語る。つまり、このオペラの書かれた 19世紀初頭の社会全体の近代化を象徴するということであろうか。そうすると、最後に突然現れて物事を解決する隠者は、神ということになろうか。そういえば、「デウス・エクス・マキナ」という言葉がある (映画「エクス・マキナ」の記事で触れたことがあるので、興味ある方はご参照あれ)。このオペラもまさにそういう作りになっている。コンヴィチュニーの面白いところは、何やら小難しい理屈で説明しながらも、実際に聴衆が目にする舞台には、結構ユーモアや茶目っ気があることである。例えば、上にも少し触れたが、上演終了直前で、この悪魔と神が面白いことになる点に、この演出のこだわりがあるのだろう。つまり、19世紀から 20世紀にかけては、神の不在の時代であったところ、21世紀の現代においては、もう神も悪魔も区別がつかなくなってしまっているということかと解釈した。その他、一度見ただけでは理解が及ばなかった箇所もあれこれあるが、まあ、全体の流れには好感を持つことのできる演出であった。

さて、この「魔弾の射手」、面白いことに、日本の別の場所でも、全く違うメンバー、全く違う演出で、現在上演中である。あまり演奏されないと言っておきながら、そんな事態が起きているのを見ると、偶然とはいえ、私が嘘をついたように思われそうでいやである (笑)。ともあれ、これは千載一遇のチャンス。なんとかそちらもレポートできるよう、頑張りたいと思っております。

by yokohama7474 | 2018-07-22 23:50 | 音楽 (Live) | Comments(4)

アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団 2018年 7月21日 東京芸術劇場

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先にシューベルト 2番とマーラー 1番というプログラムをご紹介した、東京都交響楽団 (通称「都響」) とその首席客演指揮者、世界で活躍するアラン・ギルバートの共演によるもうひとつのプログラムである。実はこの日、私は厳しい決断を迫られた。というのも、池袋の東京芸術劇場で 14時開演のこのコンサートのほかにも、15時にミューザ川崎シンフォニーホールで開演するコンサートのチケットも購入していたからだ。そちらの内容は、ジョナサン・ノット指揮の東京交響楽団で、実は、このギルバート / 都響の演奏会と曲目に共通点がある。しかもノットの方は、彼らしく現代曲も取り混ぜての興味深い内容だ。実際私は、このいずれに行くべきか悩み抜いた挙句、こちらを選んだのである。やはり、都響の首席客演指揮者に就任したギルバードの指揮ぶりを聴いてみたい。会場にはこのような自立式のポスターが掲げられており、これを見ると、本当にあのアラン・ギルバートがこの都響の指揮者陣に加わったのだということが実感できる。
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今回の曲目は以下のようなもの。
 ドヴォルザーク : 交響曲第 9番ホ短調作品95「新世界より」
 バーンスタイン : 「ウエストサイド・ストーリー」からシンフォニックダンス
 ガーシュウィン : パリのアメリカ人

これはなんとも魅力的なプログラムである。共通点は「米国」ということになるだろう。コンサートには副題がついていて、「バーンスタイン生誕100年記念、ガーシュウィン生誕120年記念」とある。なるほどこの 2曲は作曲者の記念の年であることによる選択で、特に前者については、今年はバーンスタイン作品の演奏頻度が非常に高くなっている中、この「ウエストサイド」のシンフォニックダンスが取り上げられる演奏会のなんと多いこと。何を隠そう、私が諦めたノットと東響の演奏会でも、この曲がプログラムに入っていた。ノットの指揮するバーンスタイン (ほかにも、これはニアミスだが、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」も演奏された) も大変に気になったのだが、まあそれはやむなしとして、このギルバート指揮の演奏会だ。これが楽団が発表している今回の共演におけるリハーサルの様子。
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米国における芸術音楽の歴史は様々な角度から語ることができようが、ガーシュウィンとバーンスタインがその歴史において大きな貢献を果たしたことは、論を俟たない。もちろん、今使った「芸術音楽」の定義も曖昧だし、この国で生まれたジャズという分野がこのいわゆる「芸術音楽」にも多大なる影響を及ぼしていることは確かである。だがそのことは一旦脇に置いておいて、私が今回気づいたことには、ガーシュウィンとバーンスタインの生年は、わずか 20年しか違わないのである!! ガーシュウィン 1898年生まれ、バーンスタイン 1918年生まれ。年の離れた兄弟というのは少し誇張であるが、親子ほども年は離れていない。この 2人の間にはもちろん相違点もあるが、共通点も多い。このような写真の比較も興味深いではないか。
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さて今回の曲目では、この 2人の作品が後半に置かれ、前半は天下の名曲、ドヴォルザークの「新世界」である。このシンフォニーと後半 2曲の共通点は、上記の通り「米国」である。祖国チェコを離れたドヴォルザークが、異国の地、新世界で独自の民謡的な旋律に反応して書いたこの稀代の名曲の初演は 1893年。ガーシュウィンの生まれる 5年前であり、初演を行ったオーケストラはほかでもない、バーンスタインが手塩にかけ、アラン・ギルバートが昨年まで音楽監督の地位にあった、あのニューヨーク・フィルなのである。このような様々な縁によってつながった今回の曲目、素晴らしい成果を聴くことができた。ギルバートは「ウエストサイド・ストーリー」では譜面を見ていたが、ほかは譜面台も使わない暗譜での指揮。いかにも彼らしい、明快で推進力に富む演奏で、いつもながらに高い技術と重量感のある音質を持つ都響を、自在にリードしていた。部分部分で独自のテンポを取る場面はあったものの、恣意性は全く感じられず、その響きはオーソドックスで、説得力抜群だ。うーん、ギルバートと都響の組み合わせ、恐るべし。既にして個性的な指揮者とオケのコンビを多々聴くことのできる東京に、新たなコンビが加わって、ますます聴き逃せないコンサートが増えてくることであろう。また、今回もフルートのトップを吹いていたのは、ソリストの高木綾子。ほとんどの箇所では目立ちすぎることなくオケの一員としてうまく流れに乗っていたが、「ウエスト・サイド」のフィナーレの前に登場するソロの部分では、情感たっぷりの演奏ぶりで、耳がはっとするような素晴らしい出来であった。まさに演奏会に華を添えたというところであろうか。
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いやそれにしても、「ウエストサイド」のリズム感は、実に鮮烈であった。そのあまりの鮮烈さに、私の 1列前の男性などは、もうノリノリで、終始体を揺すっていたものである。東京芸術劇場の席は、背もたれ部分がかなりスリムにできているので、オジサンのリズムに合わせて椅子も前後に揺れていたのだが、正直なところ、そのリズムが実際に耳に入る音楽と微妙にずれがあるので、ちょっと気が散ってしまった (笑)。だが、これも生演奏における音楽体験のひとつのかたちであろう。リズムがずれていようがなんだろうが、音楽の楽しさに体が勝手に動いてしまう。これぞ音楽の醍醐味でなくてなんであろうか。ギルバートと都響のコンビはこれからも、コンサートホールの客席を様々に揺らしてくれるものと期待しておりますよ。彼らの次の共演は今年 12月。「春の祭典」やシュトラウスの「ドン・キホーテ」など、華やかな響きの曲が披露される。楽しみである。でもあのオジサン、「春祭」で体を揺することができれば立派なものである。頑張ってほしいものだ。

by yokohama7474 | 2018-07-22 00:16 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ロレンツォ・ヴィオッティ指揮 東京フィル (ピアノ : 小山実稚恵) 2018年 7月19日 サントリーホール

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今月の東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の定期公演を振るのは、ロレンツォ・ヴィオッティという指揮者である。むむむ、ヴィオッティという指揮者には聞き覚えがある。実は最近の私は若干バタバタ気味で、このコンサートも、事前にあまり内容をよく確認もせずに現地に赴いてから、開演前の僅かな時間に、この指揮者について思いを巡らせていたのである。ちょっと待てよ、最近名前を聞かないが、マルチェッロ・ヴィオッティという、オペラを得意とする指揮者がいたはず・・・。何か関係があるのだろうか。それから、このロレンツォ・ヴィオッティは、今度東京交響楽団でもヴェルディのレクイエムを振ることになっていたはずだ。プログラムによると、東フィルとは今回が初顔合わせのようだが、東響は以前も指揮したことがあるらしい。だがそれにしても、上に掲げたチラシに「気鋭のサラブレッド」とあるので、やはり血筋のよい音楽家なのであろう。そんなことを考え、帰宅してから調べて判明したことには、今回の指揮者ロレンツォ・ヴィオッティは、やはりマルチェッロ・ヴィオッティという指揮者の息子なのである。だが、父マルチェッロの名前を最近聞かないのは道理である。2005年に 50歳の若さで脳卒中に倒れ、死去している。私は自らの不明を恥じ、ここに改めて、今は亡き偉大なる才能を偲びたい。これがマルチェッロ・ヴィオッティ。
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この指揮者、ヴィオッティという名前から当然イタリア人だと思っていたが、イタリア人の両親のもとにスイスに生まれたという。そしてその息子であり、今回の演奏会の指揮者であるロレンツォも、やはりスイス生まれと紹介されている。より正確にはローザンヌの生まれで、生年は 1990年。なんと、未だ今年 28歳という若さである。上記の東響には 2014年に代役で登場、2016年にも同楽団を指揮していて、次回の登場でヴェルディのレクイエムを振るのは、来年 1月である。彼は 2013年に 22歳でカダケス指揮者コンクールに優勝して以来、大躍進を続けており、コンセルトヘボウ管やウィーン・フィルの指揮台にも、代役ながら既に登場している。なるほど、20代にして既に世界の一線で活躍している指揮者なのだ。これは親が誰であろうと関係ない、彼自身の能力ゆえである。このような髭面なので、20代には見えないのだが。
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そんなロレンツォ・ヴィオッティが今回指揮したのは、以下のようなフランス音楽プログラム。
 ラヴェル : 道化師の朝の歌
 ラヴェル : ピアノ協奏曲ト長調 (ピアノ : 小山実稚恵)
 ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
 ドビュッシー : 交響詩「海」

フランス音楽にも様々あるが、近代を代表するドビュッシーとラヴェルの、それぞれの代表作を並べたプログラムは、この炎暑の東京で聴くにはちょうどよい、涼やかな内容だ。特に後半のドビュッシーは、今年が没後 100年ということもあり、この 2曲の代表作をコンサートの後半に続けて演奏する例は、つい先ごろもアシュケナージと NHK 響でもあった。聴きごたえ充分の曲目である。そして演奏も、概して流れのよい、充実したものであったと思う。このヴィオッティは今回、いずれも譜面を見ながらの指揮であったが、「牧神」だけは指揮棒を持つことなく素手での指揮。しかも冒頭部分は指揮をせずに、フルート奏者がソロを吹き出すタイミングはお任せであった。つまり彼は、自らの強い指導力でオケを引っ張ろうというタイプではなく、あくまでも自然な流れを尊重して、楽員を乗せて行くタイプなのであろう。その一方で、最初の「道化師の朝の歌」では、この短い曲に様々に現れる多彩な音を、大変丁寧に描き出していたし、「海」においても、静かな部分から息長く盛り上がって行く部分には、設計の巧みさを感じさせるものがあった。なるほど、これはただならぬ 28歳だ。このような指揮者が若い頃から日本で演奏活動を展開してくれれば、私たちはもしかすると、彼がどんどん高みに達するところを目の当たりにすることになるかもしれない。考えてみれば、東フィルの首席指揮者アンドレア・バッティストーニは、このヴィオッティよりも 3歳上であるだけの、今年弱冠 31歳という、やはり俊英である。今回のヴィオッティの演奏を聴いて、さらに力強いレパートリーを聴いてみたいものだと思ったが、考えてみれば東フィルでは、そのバッティストーニが既に力強いレパートリー (ブルックナーやマーラーはないものの) をかなり採り上げている。なので、そのような対照も、年間のプログラミングの観点からは興味深い (バッティストーニが今回のようなプログラムを振るとは考えにくい)。これは 3年前、25歳のヴィオッティが、ザルツブルク音楽祭で、ネスレをスポンサーとしてのヤング・コンダクター賞を受賞したときの写真。若いなぁ。
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それから、今回のソリスト小山実稚恵は、言うまでもなく日本を代表するピアニスト。
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私は彼女のピアノは常々素晴らしいとは思っているものの、やはり抒情的な音楽に、その美感が最大限に発揮されるものと思っている。それゆえ今回のラヴェルのような、切れ味と、ある種の踏み外しが必要な曲では、その持ち味の最良な部分を聴けたかというと、正直なところ少し疑問。もちろん、タッチは澄んでいて、第 2楽章冒頭のソロのような部分では充分に美しかったのであるが、耽美性はあまりないし、全体にもっとヤンチャなピアノの方が、この曲には合っていると感じた。そういう意味では、彼女がアンコールで弾いたドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」の方が、小山独自の抒情性が感動的に響いたと言えると思う。これはある意味では、ラヴェルとドビュッシーの音楽の持ち味の違いとも言えるかもしれない。ラヴェルにも美しいピアノ曲は沢山あるが、そう、例えば、「海原の小舟」とか「悲しい鳥たち」(おっと、いずれも今回の演奏会の冒頭で演奏された「道化師の朝の歌」の原曲と同じ、ピアノ曲集「鏡」の中の曲だ。だって、「夜のガスパール」よりは抒情的ですから。笑) とか、あるいは「水の戯れ」でもいい。そこにある美しさには、華麗なる繊細さが伴っていて、ドビュッシーのような、単純そうでいて実は複雑な情緒とは少し異なる。似て非なるもの。その差を自由に感じるのが音楽の面白さのひとつだろう。

今回の東フィルの演奏を聴いて思ったのは、とても素晴らしい部分と、若干の不安定さを感じさせる部分が同居していること。弦楽器の素晴らしい音が、ふとした瞬間に、何かちょっと響き切っていないかなと思う時もあったり、木管や金管のソロには極上の瞬間もあれば、細かいミスも散見されたように思う。考えてみれば、爆裂系のバッティストーニや、カリスマで音楽を高みに運んで行くチョン・ミョンフン、ちょっと変化球で攻めるプレトニョフというこのオケの指揮者陣は素晴らしいものの、一方では、きっちり細部を締めるタイプの指揮者も迎えた方がよいのではないか。オペラの比重も重いこのオケとしては、ある種の現場主義も大事だと思うが、シンフォニーのレパートリーで鍛えられると、オペラ演奏もさらに高い水準に達するものと思う。その意味では、このヴィオッティなどは、もしかするとこのオケがもっと共演を必要とするタイプであるかもしれない。一方のロレンツォ・ヴィオッティは、ネットで検索すると、自分は父とは違うタイプの指揮者であると語っている英語のインタビューなども見つかるが、でもやはり私としては、この写真を掲載することをお許し頂きたい。これは、父マルチェッロ・ヴィオッティ 50歳の誕生日、ということは 2005年 6月の、家族揃っての写真。マルチェッロの死の 8ヶ月ほど前ということになる。もちろんロレンツォは、右から 2番目だ。母とおぼしき女性に肩を抱かれている。未だ 15歳の頃の、未来のマエストロである。家族の歴史とはまた異なる音楽の歴史に、彼がこれから名を刻まんことを。
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by yokohama7474 | 2018-07-20 00:25 | 音楽 (Live) | Comments(0)


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