川沿いのラプソディ


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イラン・ヴォルコフ指揮 読売日本交響楽団 (ピアノ : 河村尚子) 2018年 5月30日 サントリーホール

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読売日本交響楽団 (通称「読響」) のチラシは、いつも凝っている。今回も、目に入るとどうにも気になるインパクトのある装丁である。何やら肌の荒れた若くない男が顔の上下に水平に両手をかざし、その間からじっとこちらを見ている。そしてコピーが、「不安の時代と革命」。しかもそのコピーは、字の端が切れている (これは写真の具合ではなく、実際にそのように印刷されている)。というわけで、まずは今回の曲目から見てみよう。
 プロコフィエフ : アメリカ序曲作品42a
 バーンスタイン : 交響曲第 2番「不安の時代」(ピアノ : 河村尚子)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第 5番ニ短調作品47

なるほど、これは面白い曲目である。ロシアの作曲家の作品の間に米国 (もともとロシア系ユダヤ人であるとはいえ) の作曲家の作品が入っている。しかも、最初の曲はその名も「アメリカ」序曲。2曲目と 3曲目が、「不安の時代と革命」である。クラシックファンには説明するまでもなく、ショスタコーヴィチの代表作、交響曲第 5番は、「革命」の副題で呼ばれることもあるのである。私自身はこの副題を全く好まないので、ここでは採用していないのであるが。さらに面白いのは、2曲目のバーンスタイン 2番は、つい先日も、井上道義指揮神奈川フィルで聴いたもの。また、3曲目のショスタコーヴィチは、また明日以降明らかになるが、別のコンサートで近い将来に聴く予定のあるもの。東京でこれだけ過密なスケジュールでコンサートが組まれていると、そういうこともあるのであるし、今年はバーンスタイン生誕 100周年であるから、彼の作品の演奏頻度は通常よりも格段に高い。だがそれにしても、世界のほかのどんな大都市でも、こんなことは起こらないのではないか。

さて、この読響の定期演奏会の指揮を取ったのは、イラン・ヴォルコフという指揮者である。
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イランというファーストネームから、イラン人と思ってはいけません (因みに綴りは、Iran ではなく Ilan)。彼はイスラエル出身。上の写真でも明らかなように、髭を生やしていて、それが白くなっていることから、少し老けてみえるが、1976年生まれなので今年 42歳。指揮者としてはまだまだ若手の部類と呼んでもよいほどだ。彼は日本のオケとの共演は過去何度かあるようだが、私が彼の指揮をこれまでに唯一聴いたのは、2007年、ロンドンの夏の音楽祭プロムスでのこと。当時の手兵 BBC スコティッシュ響を指揮しての、確かマーラー 9番だったように思う。その時の演奏の詳細はもう忘れてしまったが、ちょっと線が細いながら、なかなかえぐりの聴いた音であったような気がする。そして今回、久しぶりに聴いてみて、彼が読響から引き出した音の鮮烈さに、驚いてしまった。これは大変な才能の持ち主である。あ、そうそう。今回のプログラムにおける彼の紹介で、「2003年から BBC スコティッシュ響首席指揮者を務め、09年に史上最年少で同響の首席客演指揮者に就任した」とあるが、これはどう考えてもおかしい。「2003年に史上最年少で BBC スコティッシュ響首席指揮者に就任した」が正しいのではないだろうか。もしかすると、首席指揮者就任前に、首席客演指揮者に就任していた可能性もあるかもしれないが、その逆の順番はありえない。因みにこれが、10数年前の彼の写真。ちょっとイメージが違いますな。
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さて今回の演奏、まず最初のプロコフィエフのアメリカ序曲からして、その音の広がりに痺れてしまった。この曲は演奏頻度の低い曲で、私も生で聴くのは初めてだと思うが、1925年にニューヨークで作曲された、なかなか楽しい曲だ。ただ明るい一辺倒の曲ではなく、何度か曲想の変化があって面白いのだが、このような珍しい曲で聴衆に強い印象を与えるのは、相当に難しいことだろう。オケの自発性が素晴らしく、まるでいつも演奏している曲であるかのように響いていた。

そして、バーンスタインの 3曲の交響曲の中でも、最近演奏頻度が高くなっている、第 2番「不安の時代」。ここにはピアノ・ソロが入るのだが、今回のソリストは、日本を代表する若手ピアニストのひとり、河村尚子 (ひさこ)。
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彼女の場合、教育を受けた場所や、その主要レパートリーからも、ドイツ物に軸足があるというイメージであり、終盤にジャズ風の音楽まで出て来るバーンスタインの音楽を弾くとは、かなり意外である。だが音楽家たるもの、狭い枠から飛び出て自由な活動をしたいと思うのは当然だし、先入観を持って聴くことは避けるべきだろう。実際ここでの河村は、洒脱な箇所から都会的なメランコリーを表現する場所まで、強い集中力で万全の演奏を披露したと思う。特に、上記のジャズ風の音楽のあと、米国音楽らしい静謐さを伴いながら、奇妙な情緒を歌う箇所には、聴き手をして身を乗り出させるほどの充実感があって、素晴らしかった。もちろんヴォルコフの指揮も期待通り、明確な線を描きながらも、どの音も立ち上がりがよく、この曲の持ち味を強い自信とともに表していた。面白かったのは、河村の弾くピアノが、通常のコンチェルトのように舞台手前に横向きに置かれるのではなく、オケに入り込むかたちで、指揮者の目の前に、指揮者の方を奏者が向くように置かれていた (もちろん、蓋は外されていた)。だが舞台を見ていると、さらに面白いことに気づいた。この曲の終盤では、このメインのピアノ以外にもう 1台、遠くから響いてくるような、ちょっとホンキートンク調のピアノが演奏される。それは、ちょうどチェレスタの隣にあるアップライトピアノで演奏されていた (解説によると、楽器の名前としてはピアニーノというらしい)。それから、あれ、なんともう 1台、ステージの端にグランドピアノがあるではないか!! これは、ソリストではなく楽員が演奏するピアノで、最初のプロコフィエフと最後のショスタコーヴィチで使用されたもの。なのでこの日のコンサートの前半では、合計 3台のピアノがステージ上にあったことになる。これは珍しい。

後半のショスタコーヴィチ 5番も、明快かつ力強い名演で、実に素晴らしかった。あまりタメを作ることなく、ある意味では淡々と進んでいるように見えながら、大変緻密な情報量の音によって、この曲の持つ独特の迫力や屈折性、あるいは緩徐楽章の哀しみから終楽章の異様な盛り上がりまで、あますところなく描き尽された感がある。第 2楽章スケルツォは、冒頭の低弦の刻みがどの演奏でも力強く響くのであるが、この日の演奏は、ちょっとびっくりするくらいの推進力であり、読響としても今回は、かなりコンディションがよかったものと思う。謎めいた終楽章の盛り上がりは、決して安易な体制賛歌などではなく、社会に巣くう空虚さが暴力的に人間を飲み込んで行ってしまうような不気味さを感じさせ、大音響で曲が終わっても、聴衆はすぐに拍手ができなかったほど、圧倒的であった。この指揮者には何かがある。これからも機会があれば聴いてみたいと思う。

さて、読響は先日、シルヴァン・カンブルランの後任として来年 4月から常任指揮者に就任するのは、1961年生まれのドイツ人、セバスティアン・ヴァイグレであることを発表し、今回のプログラムにもその旨のチラシが入っていた。これが、先日行われた記者会見でのヴァイグレ。ちょっとエリートビジネスマン風に見える。
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彼はフランクフルト歌劇場の監督として知られているが、ちょうどオケの指揮にも力を入れたいと思っていたところに読響からオファーがあって、光栄であり、嬉しかったとのこと。私が彼の指揮を聴いたのは、昨年 7月の二期会の「ばらの騎士」だけだが、その記事に書いた通り、ヴァイグレの指揮するシュトラウスは素晴らしかった。そのときのオケが読響であったが、それ以外に、純然たるオーケストラコンサートでの顔合わせは、2016年の 3回のコンサートだけだというから、やはり「ばらの騎士」での成果が、大きく評価されたのであろう。直近はフランス人カンブルランが実績を築いたこのオケで、ヴァイグレに期待されるのは、今度はドイツ物であるようだ。これはオケの懐を広げるという意味では、大変に興味深い。2019年にはベートーヴェン「英雄」やブラームス 4番、また二期会で「サロメ」、マーラー 5番などが演奏されるようだが、私が注目したのは、ハンス・ロットのシンフォニー。彼の記者会見での発言によると、この作曲家の紹介を自分の責務と考えているということだ!! おぉ、思い出した思い出した。そう呟いて CD 棚から引っ張り出してきたのは、私が持っている多分唯一のヴァイグレの CD、そのハンス・ロットの交響曲だ。オケはミュンヘン放送管。
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25歳で夭逝したロットは、マーラーの学生時代の友人であり、このシンフォニーを一聴すれば、ここからいかにマーラーが影響を受けたかがすぐに判るだろう。マーラー・ファン必聴の面白い作品なのである。実はこの曲、来年 2月にパーヴォ・ヤルヴィと N 響が採り上げるので、今から楽しみであったのだが、同じ年にヴァイグレと読響も採り上げるということは、同世代で、既に東京でも実績を積み上げているヤルヴィに対して、ヴァイグレが叩きつける挑戦状のようなものではないか!! 東京の音楽シーンは、これからもまたすごいことになって行くのである。

by yokohama7474 | 2018-05-31 00:54 | 音楽 (Live) | Comments(4)

ホース・ソルジャー (ニコライ・フルシー監督 / 原題 : 12 Strong)

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日本では年間に一体何本の映画が公開されるのであろうか。話題作から小劇場でのマニアックな作品まで、ハリウッド映画や邦画のみならず、アジアやヨーロッパの映画なども相当数見ることができる。だが、それらの中には、全く話題になることもなく公開終了となるものも多い。その一方で、大手のシネコンで映画鑑賞の機会が増えると、もううんざりするくらい、ある一定数の同じ作品の予告編ばかりを見せられることになる。これは致し方ないことなのかもしれないが、中には、一応シネコンで上映されるにしても、あまり宣伝されないために、気がつけば上映終了してしまっている作品も多い。映画との出会いには、人との出会いと同様、不思議なご縁があるものである。多くの公開作品の中から、「きっとこれは面白そうだ」と思われる作品を選び、決して暇ではないスケジュールの合間を縫って、その映画との出会いに期待をかけて、劇場に足を運ぶ。これが私の映画との基本的な付き合い方である。

そんなことを冒頭に書いたのは、この何の変哲もない邦題を持つ映画、決して大々的に宣伝されているわけではないにも関わらず、その内容には圧倒的なものがあり、戦争を通して現代社会を考えたい人には必見と言ってよいものであるからだ。いや、そんなもってまわった言い方ではなく、もっとストレートに言おう。これは実話に基づく物語であり、それゆえに、この上なく強いメッセージを放つものである。つまり、我々が暮らしているこの 21世紀の社会においても、未だに人間は戦争をするものであり、そこにあるとされる大義には、深く考えさせられるものがある、というメッセージである。これは実に恐ろしく、また重い映画なのである。それにしても、"12 Strong" (日本語ではさしずめ「12人のつわものたち」とでもいうイメージか) という原題を、何やら騎馬戦でもするかのようなお気楽な響きの「ホース・ソルジャー」という邦題にしてしまったのは、いかがなものか。いやもちろん、上のチラシにも、「9・11直後、敵勢 5万人に対し、たった 12人で挑んだ米軍騎馬隊 (グリーンベレー)」とあって、一応の説明にはなっているが、やはりこれだけではこの映画の壮絶な内容を推し量ることは難しいだろう。但し、この "Horse Soldiers" という名称は原作の題であり、ここに登場する 12名のグリーンベレーの精鋭たちが、実際にそのように呼ばれたという事実はあるようだ。もう少し調べると、原作もその後 (映画に合わせたのか) "12 Strong" に変わっている一方で、フランスでの映画の公開名は "Horse Soldiers" であったようだ。これが原作の最初の版。
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さて、邦題からその内容を推し量るのが難しく、また、予告編も見ることができなければ、この映画の真価を知るチャンスが観客に充分与えられているとは言い難いだろう。もちろん、宣伝文句をよく見ると、著名な製作者ジェリー・ブラッカイマーの名前は見えるし、主役は、マイティーソー役で知られるクリス・ヘムスワースであることから、映画好きの人たちには訴えかけるものがあるかもしれない。だが、やはり一般の人たちには、この映画の真価は想像しにくいことは確かである。なので私はこの記事で、少しでもこの、胸が痛くなるようなハードな映画について、人々に知って頂きたいのである。

物語は 2001年の 9・11同時多発テロに始まる。米国はいちはやくこのテロをオサマ・ビン・ラディンのしわざと断定、彼をかくまっているタリバンの攻撃に入ったことは記憶に新しい。この 9・11 については私も何冊かの本を読んだし、様々な思いがある。だがここではその点についての深入りは避け、映画に戻るとしよう。この映画で描かれているのは、近年まで最高機密としてその事実が伏せられてきた、12名の精鋭部隊がアフガンの地に乗り込んで敵地を制圧する、という過酷な任務の様子である。我々が報道で見る、米国が行っている近年の戦争の多くは、攻撃施設を特定し、爆撃機やロケットで攻撃するというもので、特殊カメラの映像で対象が破壊されるのを見て、まるでコンピューターゲームのようだと言うことが多い。だが、この映画を見て認識を新たにしよう。21世紀に入ってもなお、最前線では極めて危険な任務に生身の人間たちが従事していたのである。より正確には、ただ生身で攻めて行くだけではなく、雲の上から敵陣に爆弾を落とす爆撃機と連絡を取り合うのであるが、だが、その作戦が安全で万能であるわけでは全くなく、実際に、銃弾やロケット砲、はては戦車の弾丸が飛び交う戦場に入って行かないと埒が明かない。どんな感じかというと、こんな感じである。
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題名の通り、馬に乗って戦地の最前線を走っている。私には、この衝撃は大きかった。主役のクリス・ヘムズワースは、ここでは魔術的な威力を持つ金槌を振り回せば無敵、というわけではなく、一人の Motal な人間として、命を賭けて戦っているのである。実際この映画の中で、彼が演じるミッチ・ネルソン大尉は、愛する家族に無事生還すると誓ったにも関わらず、もう見ている方が目を開けていられないくらい (笑) 危険な中を疾走する。戦場においては、もちろん戦術上の巧拙もあるだろうし、その場の判断で生死が分かれる状況もあるだろう。だがこの映画を見て人々が思うことは、実際の戦場に入ってしまえば、生死の差は限りなく偶然の産物だという、過酷この上ない事実である。これは、例えば中世の戦闘を題材にした映画とか、あるいは「プライベート・ライアン」のような第二次大戦を舞台とした優れた映画においては感じるのことのあった感覚である。だが、2001年に至っても、世間一般はコンピューターゲームのような戦争しかないかのように思っているにも関わらず、本当の戦争はいささかもその性質が変わっていなかったことが、なんとも衝撃的なのだ。
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ここで米軍は、アフガニスタン奥地にあるタリバンの拠点を攻めるにあたって、現地の対抗勢力、いわば軍閥を利用する。つまり、現地で互いに争う勢力を利用し、反タリバン勢力を米軍の味方につけることで、征伐をより確かなものにするわけである。だがその場合、皮膚の色も宗教も言葉も違う現地の有力者を、確実に味方につける必要がある。アウェイの地で味方を見つける。でも、その人たちが本当に敵ではなくて味方だと、どうやって判断すればよいのか。
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この緊張感は明らかに、我々の日常生活には全くないものだ。それゆえにこの映画の持つ圧倒的なリアリティと重いメッセージには、極限的な衝撃を受けることになる。だが、そのような迫力をここにもたらしているのは、事実の重さに加えて、この映画の、映画としての完成度であると、私は思うのだ。クリス・ヘムズワースはここで、役者としての彼の実力を、大きく飛躍させたのではないだろうか。そして、上の写真で彼の右隣に写っている、現地の有力者ドスタム将軍を演じたナヴィド・ネガーバンという俳優の迫力は、もう何物にも喩え難い。イラン出身で、似たような役をこれまでも演じ続けてきたようだが、その「本物」度合いは凄まじいものだ。本物と言えば、クリス・ヘムズワースが実際の Horse Soldier たちと撮影した記念写真がある。皆よい顔をしているではないか。
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こんな圧倒的な映画を撮った素晴らしい手腕を持つ監督は、実は本作が長編デビューだという。1972年生まれのデンマーク人、ニコライ・フルシー。なんとまた北欧出身監督のハリウッド進出か。だが彼の場合は、もともとフォトジャーナリストとしてコソボ紛争を取材した実績があり、CM 製作でも活躍して来たという。なるほど、なかなか精悍な顔つきだ。
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この映画、公開劇場の数は既にかなり減ってしまっているが、まだ都内でもいくつかの劇場にはかかっている。是非多くの人たちに見て欲しいものである。

by yokohama7474 | 2018-05-30 23:11 | 映画 | Comments(0)

セルリアンタワー能楽堂 定期能五月 宝生流 狂言「樋の酒」/ 能「景清」 2018年 5月27日 セルリアンタワー能楽堂

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このブログで能についての記事を書くのは、確かこれがわずかに 2度目であると思う。どうしてもオーケストラ音楽にかなりの時間を取られてしまっていて、演劇分野については、自分の気持ちとは裏腹に、なかなか時間を見つけることができずにいるのが現状だ。だが、通常の演劇も見たいが、やはり歌舞伎も文楽も能も、年に 1回や 2回は見たい。それゆえ、この日はたまたまめぼしいコンサートもなかったので、この能を見に行くことができて、大変に幸運であった。さて、鑑賞した場所はどこかというと、こんな建物だ。な、なんなんだこの高層タワーは!!
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このビルは、渋谷の東急本社跡に 2001年に建設された、セルリアンタワーである。レストラン、オフィス、ホテルなどが入る 40階建ての複合ビルであり、渋谷で最も高いビルだという。実はこのビルの地下 2階に能楽堂があることを、東京でどのくらいの人が知っているだろう。まさかと思う方もおられるかもしれないが、このように本格的で清潔感溢れる場所が、このビルに存在しているのである。
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・・・などと偉そうに言う資格は私にはなくて、つい 1年ほど前まで私も知らなかった。Bunkamura という複合文化施設を作り、意欲的な活動を続けている東急はまた、ミュージカル専用のシアターオーブも最近オープンさせたが、このセルリアン能楽堂の運営も、その文化活動の一環であるようだ。もともと故・五島昇の構想によるもので、世界に向けた伝統芸能の発信を担う施設であることを標榜しているとのこと。これは大変に意義深いことである。この能楽堂では、公演のない日には内部を見学できたり、公演そのものも、啓蒙的な内容のものもあるようなので、能に親しむには最適な空間になっているし、加えて、様々な流派がここで上演するのが面白い。例えば観世能楽堂 (最近渋谷の松濤から銀座に移転) は文字通り観世流しか公演しないと思うが、この能楽堂では、4月はその観世流、5月は今回私が見た宝生流、7月には喜多流が公演するのである。

さて、今回の演目は以下の通り。
 狂言 : 樋の酒 (ひのさけ)
 能 : 景清 (かげきよ)

今回有難かったのは、上演に先立って、金子直樹という能楽評論家 (という呼称が正しいのか否か分からないが、能に関する一般向け著作も多い方のようだ) が演目内容、とりわけメインの「景清」について解説をし、また、手元に「景清」の台本を A4表裏に印刷して配布してくれたことだ。「景清」についてはあとで述べるとして、まずは狂言の「樋の酒」である。「ひの酒」と言っても、当然ウォッカではない。この「樋」とは、訓読みでは「とい」とも言い、「雨どい」などというように、水を流す管や溝のこと。ではなぜそんな「樋」と酒が結びつくかというと、こういうわけだ。家の主が所用で出かけるにつき、以前自分の留守中に、酒が大好きな太郎冠者が酒を盗み飲みしたことを思い出して、一計を案じる。それは、その太郎冠者を、軽物 (かるもの) 蔵と呼ばれる絹布の蔵に閉じ込め、下戸である次郎冠者を酒蔵に閉じ込めるというもの。そうすれば、酒を飲まれる心配はないはず。ところが、次郎冠者は実は下戸でもなんでもなく、酒が大好きで、グイグイと飲み始める。それを隣の蔵で聞きつけた太郎冠者は、軽物蔵で見つけた「樋」を壁の上の空間から酒蔵に通し、次郎冠者はそこに酒をなみなみと注いで、まんまと太郎冠者も酒をしこたま頂くことになる。そして、へべれけになり、それぞれが陽気に歌い踊っているところに主人が帰ってきて、二人を追い回す、という話。二人の会話も可笑しいし、樋を傾けて酒を流す次郎冠者の仕草、それを扇で受けてゴクゴクとうまそうに飲む太郎冠者の仕草、いずれもなんともユーモラス。それから、3人が一度に喋るというシーンもあって、まるで、チャールズ・アイヴスの音楽かと思ってしまいました (笑)。今回太郎冠者を演じたのは、人間国宝の山本東次郎。1937年生まれというから、実に 81歳!! 狂言は能と違って仮面をつけないので、その姿は確かに老人のものだったが、達者な芸と身のこなしの軽さには、さすがのものがあって感服した。
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尚、次郎冠者を演じた山本則俊は、この東次郎の弟で、こちらも 1942年生まれの大ベテラン。加えて主人を演じた山本則秀は、1979年生まれで、則俊の次男である。能役者の家系にも長い歴史があることを思い知る。ご興味おありの方は、「大蔵流狂言 山本家」で検索されれば、天保年間からの家系図なども見ることができる。

さて、メインの「景清」も、様々な点で大変興味深かった。私はこの演目を、随分以前にどこかの薪能で見た記憶はあるのだが、その内容はあまり覚えていなかった。ストーリーは簡単で、源平の合戦の際に平氏方について戦った景清 (かげきよ。苗字は藤原で、あのムカデ退治で名高い藤原秀郷の子孫であるという) という武将が、日向の国、今の宮崎県で隠遁生活をしている。源氏が栄える世の中を見たくないということで、自ら両目をくり抜いて盲目となっている (なんと激しい!!) のだが、そこにはるばる鎌倉から娘の人丸が訪ねてくる。落ちぶれた自らの身を恥じて一度は自らの身分を明かすことを拒んだ景清だが、里人のとりなしで娘に再会し、親子の情にほだされながらも、屋島の合戦での自らの武勇譚を語り、自らの死後の回向を頼んで涙にくれる、という話。能においては、既にこの世にはいない人が切々と情を語ることが多いが、この景清は、生きている人物。だが、これはほとんど現世と来世の間に漂う人物であるかのように、鬼気迫る面をつけている。
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もちろん、面や仕草、それからこの演目において特徴的な小道具の使い方は、流派によって異なるようだが、宝生流ではこのように髭を生やしているらしい。またその「小道具」とは、実は開演時に後見人 2人が袖から動かして来る、何やら布で囲まれたテントのようなもの。この中に既に景清役の役者が潜んでいて、出番が来ると、その布の中から不気味な声だけが聞こえてくる (解説によると、この語りは、必ずしも観客に聞こえなくてもよいそうだ)。そして、腰かけた格好で姿を現わす景清。これはほかの流派の舞台からの写真である。
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能の幽玄性は、もちろん一度見れば充分実感できるものであるが、それにしても今回の「景清」、能管と鼓の奏でる音楽に伴われて、娘の人丸役が現れる箇所で、私は身震いしてしまった。そして、延々と続く景清の唸りやその仕草、低い声で情念を漂わせる地謡、どれを取っても、能でなくては味わえないものだ。もちろん、ストーリーの進みは遅いし、手元の台本がなければ、耳だけで言葉を聞き取るのは無理である。だがその緩やかな流れの中に、現代人が普段経験することのできない、揺るぎない強い非日常の世界の表現力が潜んでいるのであり、ひたすら耳を澄まし、目を見開いていれば、そこに感じられる豊かな演劇的感興というものは、何物にも代えがたいのである。これは、録画では感じられない、その場に身を置いてみて初めて分かるようなものだと思う。その意味では、繰り返しだが、手元に台本があって本当によかった。いくらストーリーが分かっていても、言葉が分からなければ、感情移入にも関係して来る。能の場合はオペラと違って字幕を舞台に表示することは、伝統の継承の観点から、あってはならないことだろう。その代わりに、コンパクトな A4表裏の台本配布は、大いに意味のあることだと実感したものであった。

今回景清を演じたのは、武田孝史 (たかし)。1954年生まれの 64歳。日本能楽界の理事であり、東京藝大の邦楽科の教授でもある。その鬼気迫る景清の演技には圧倒された。
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因みに、ちょっと調べてみると、この藤原景清の伝承を持つ場所は、茨城から鹿児島まで、全国に沢山あるようである。この能はもちろんフィクションとはいえ、宮崎には景清と、娘の人丸の墓まであるという。広義での平家の落武者伝説であろうが、敗者に対する哀れみは、日本の文化の何か根本的なものから来ているのであろう。宮崎にある景清廟は史跡であるようだ。一度行ってみたい。
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初めて訪れたセルリアンタワー能楽堂で久しぶりに能を鑑賞することができ、何か心の中が浄化されたような気がしているのでありました。

by yokohama7474 | 2018-05-29 01:41 | 演劇 | Comments(0)

飯森範親指揮 東京交響楽団 2018年 5月26日 サントリーホール

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前項の横浜でのコンサートのあと、急いで向かった先はサントリーホール。これも私にとっては、どうしても聞き逃せないコンサートであったのだ。ここでは、東京交響楽団 (通称「東響」) の定期演奏会が開かれ、日本初演を含む現代曲が演奏される。東京の文化度のひとつに、コンサートで聴くことができる曲の幅広さを挙げることができると私は思っていて、それゆえ、ベートーヴェンやブラームスやマーラーだけでなく、このような演奏会にこそ、極力足を運びたい。今回の曲目は以下の通りであった。
 ヘンツェ : 交響的侵略 --- マラトンの墓の上で (2004年改訂版)
 ウド・ツィンマーマン : 歌劇「白いバラ」(1985年作、日本初演)

ドイツの現代作品を並べた大変意欲的な曲目である。今回の指揮者は、飯森範親。1963年生まれの 55歳。あっ、そうなのか。もっと若いのかと思っていた。このブログで彼の演奏を採り上げるのは初めてだと思うが、正直なところ、以前彼の演奏会を聴いて、ちょっと私とは相性の悪いタイプかもしれないと思い、これまで敬遠していた面は否めない。ドイツのヴュルテンベルクとか、山形や大阪での活躍ぶりは当然知っているので、このような機会に現代音楽を通して彼の真価を再認識したい。
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まず最初は、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ (1926 - 2012) の、「交響的侵略」という奇妙な題名の曲。ヘンツェは日本でもよく知られたドイツの作曲家であり、そのオペラ作品を、ゲルト・アルブレヒトとか準・メルクルが、日本での演奏会で採り上げたりもしている。私は、彼の交響曲をはじめ、オーケストラ曲をそれなりに知っているが、率直なところ、彼の作品には、ウキウキする楽しい曲はあまりなく、むしろ、聴いているうちに首がうなだれ、耳が痛くなってくるという経験を何度かしている (笑)。いわゆるシリアスなタイプの作曲家で、いかにも戦後ドイツの前衛という印象だ。
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この「交響的侵略」という作品は、もともと 1957年に、あの大演出家 (であり大映画監督) であったルキノ・ヴィスコンティが演出した「ダンスのマラソン」という演劇の付随音楽として書かれたものを下敷きにして、2001年に作曲したもの。昼夜を問わず踊り続けなくてはならない過酷なダンス大会の様子を描いたものらしい。なおこの演劇は、シドニー・ポラックが映画化しているというので調べてみると、それは「ひとりぼっちの青春」という作品 (1969年) であるようだ。ちょっと面白そうだが、もちろんそこでの音楽担当はヘンツェではない。まあそれはそれとしてこの作品、その出自を思わせるように、15分ほどの間、大編成のオケが爆走するというもので、上で書いたようなこの作曲家に対する私の印象とは、若干異なるもの。なかなか面白く聴くことができたし、飯森は期待通りに的確な棒で東響を巧みにリードしていた。やはり現代音楽は、先入観なく聴くべきものである。因みにこの曲、日本初演は 2002年にこの東響によってなされていて、そのときの指揮者は当時のこのオケの音楽監督で、私が敬愛する秋山和慶であったらしい。また、当時のタイトルは「駆け足のシンフォニカ」だったとのこと。

そしてメインは、やはりドイツの作曲家ウド・ツィンマーマン (1943 - ) の室内オペラ「白いバラ」である。ツィンマーマンという作曲家には複数おり、ベロント・アロイス・ツィンマーマンやワルター・ツィンマーマンがそうであるが、いずれも、誰もが知るほどポピュラーな名前ではないかもしれない。私としても、このウド・ツィンマーマンがどこかオペラハウスの監督をしていたとの記憶がある (調べてみるとそれは、ライプツィヒ歌劇場とベルリン・ドイツ・オペラだ) 程度で、具体的な作品のイメージは沸いてこない。
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演奏開始前に指揮者の飯森が登場し、この作品についての解説を行った。それによるとこの作品は、上演時間 1時間ほどで、1986年の初演以来、ドイツでは各地で演奏されているということである。内容は、戦時中にナチスを非難する活動を行った、兄妹を中心とする「白いバラ」というグループを題材としており、ここではバリトンとソプラノの独唱者がその兄妹の役を歌うが、既に逮捕されて処刑される前に彼らが抱く様々な思いが、テキストになっている。飯森はピアノに向かっていくつかのテーマを演奏してみせ、この曲を日本に初めて紹介する強い意気込みを垣間見せた。なお、オーケストラ編成は 15名と曲の副題にあるが、今回の演奏はもう少し規模が大きいと思ったら、スコアの指定は弦楽器は各パート 1人ずつ、つまり 5人のみのところ、今回は指揮者の判断で弦楽合奏にしていたことが原因であった。また、全曲は 16曲からなるところ、第 8曲を一部カットする (作曲者もその考えに同調している) と飯森は説明した。この曲はいきなり、金槌で金属片をカンカン叩く音を含めた刺激的な大音響で始まり、終結部には不吉で暴力的な行進曲が高らかに鳴り響いていたが、聴き終えて振り返ってみると、繊細で静謐な部分がむしろメインだったように思う。兄妹の思いが諦観になったり神への祈りになったり、あるいは死を恐れる絶叫になったりする度に、オケはその表情を変える。聴いていて決して楽しい曲ではないが、難解でもない。それはやはり飯森の熱意と技術、そしてその要求に応える東響の面々の力量あってのことであったろう。また独唱者は、バリトンが、この作品の歌唱経験豊富なドイツのクリスティアン・ミードル、そしてソプラノが、長らくシュトゥットガルト州立歌劇場専属契約歌手を務める角田祐子であり、この曲の日本への紹介という点において、最善のメンバーが揃ったと言えると思う。これが角田さん。
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さて、演奏が安定感のあるものであったせいか、聴いているうちに私の思いはむしろ、曲の背景に向かって行った。戦後 70年以上経過した現在でも、ナチスを題材とした芸術作品はあとを絶たず、このブログでも、その種の映画を沢山紹介して来た。それは、それほど悲惨な出来事が起きたということでもあろうが、それだけではなく、人間がいかに残酷になれるかという点について、ナチスという負の歴史を、我々が完全に過去のものにできたという確信が、未だないからではないだろうか。指揮者飯森も、右傾化する社会への警鐘としてツィンマーマンはこの曲を書いたと説明していたが、それは 1985年の作曲時点の話ではなく、今この瞬間にも、やはりそのようなメッセージが意味を持っているということだろう。例えば、オネゲルのオラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」もこの作品と少し趣向が似ていて、囚われて処刑される前のジャンヌ・ダルクが過去を回想し、神に訴えかける音楽だが、その作品においては、現実世界で肉体は滅びても、最後には魂の救済が訪れる。だがこの作品では、神が何か手を差し伸べるでなく、妹は「私は絞首刑で死ぬのかしら、それともギロチンかしら」と呟くところで、無慈悲にオペラは終わる (現実にはギロチンで処刑)。この救いのなさは、人の心に何か重いものを残して行くのである。飯森の解説で紹介されたことだが、終盤に現れる旋律は、ヘンデルの歌劇「リナルド」の中の有名なアリア「私を泣かせて下さい」のそれであるのだが、この典雅で美しい音楽が、なんとも絶望的に変形されて出て来る。人間の心は、たおやかにもなれば残酷にもなるということだろうか。これが実際の「白バラ」のメンバーの写真で、左の二人がこのオペラの登場人物で、ハンス・ショル (享年25歳) とその妹ゾフィー・ショル (享年21歳)。そして右端もやはり処刑された、クリストフ・プロープスト (享年23歳)。
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もしこのコンサートは聴けなかったが作品には興味ありという方には、CD 購入をお薦めしておこう。作曲者ウド・ツィンマーマンが指揮した録音が 2種類あるようだが、そのうちの Orfeo 盤がこちらである。
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と、そのように書きながらも、この作品を CD で聴いても、あまり耳に入ってこないかもしれない。やはり、実演で聴くことができるチャンスは、可能な限り逃したくないのである。

by yokohama7474 | 2018-05-27 22:39 | 音楽 (Live) | Comments(2)

バーンスタイン生誕100周年記念演奏会 井上道義指揮 神奈川フィル 2018年 5月26日 横浜みなとみらいホール

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このブログでは、基本的に私が現在見たり聴いたりするものを記事の対象にしているので、過去の演奏家について熱弁を振るう機会はあまりない。いや、より正確には、何かきっかけがないと、熱弁を振るう機会はあまりない。そんな中、確認はしていないものの、恐らく私が最も多くこのブログで語っている物故演奏家は、レナード・バーンスタイン (1981 - 1990) であろう。それには幾つか理由があって、たまたまバーンスタインは前項の記事にも登場して通り (笑)、もちろんひとつは私自身が彼の大ファンであること、それから、彼は指揮だけでなく作曲も行い、ピアノも弾き、教育にも熱心であったこと。そして、今年が彼の生誕 100周年であること、などが挙げられよう。この演奏会は、まさにそのバーンスタインの生誕 100周年 (と、みなとみらいホール開館 20周年) を記念して開かれたもので、指揮は、このところ絶好調の井上道義だ。大阪フィル、オーケストラアンサンブル金沢のポストを離れ、70代の巨匠として、これからますますの活躍が期待される。
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その井上が珍しく神奈川フィルを振って横浜で行われたこの演奏会、曲目を見てちょっとびっくり。これは普通では済まない長さのコンサートになるだろう。さすが、この不世出の音楽の巨人の生誕 100周年を祝う催しなのである。曲目は以下の通りで、作曲はすべてバーンスタイン。
 ハリル (フルート : 工藤重典)
 セレナード (ヴァイオリン : 山根一仁)
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 交響曲第 2番「不安の時代」(ピアノ : 福間洸太朗)
 「ウエスト・サイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス、トゥナイト
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 ミサ曲から 第 1曲、第 9曲、第 16曲、第 17曲

点線を引いた部分は休憩であるので、このコンサートは通常より長い 3部構成。開演は 14時であったが、既にチラシには終演予定が 16時 45分と書いてあった。実は、このあとにも別のコンサートを控えた私としては、これはちょっとタイトだと思ったのが、だが、このコンサートを聴かないという選択肢は私にはない。そして、意を決してチケットを購入。実際には終演は予定を 30分上回る 17時 15分で、つまりは演奏時間 3時間15分という長大なコンサートになったわけであるが、一言で要約するなら、バーンスタインファンでこれを聴き逃した人は大変残念だ、ということになるだろう。こんな充実した演奏会を聴ける機会は、そうそうあるものではない。

さて、濃い内容を適宜要約しながらコンサートを振り返りたいが、最初の曲は、日本を代表するフルート奏者、工藤重典がソロを務めた。
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彼がソロを吹いて演奏されたのは、「ハリル」という曲。1981年、20世紀最大のフルーティスト、ジャン=ピエール・ランパルのソロと、作曲者指揮のイスラエル・フィルによって初演された。その初演時かその前後の、同じメンバーによる録音が知られているが、私自身は、確か生演奏でこの曲を聴くのはこれが 2度目かと思う。1度目はいつかというと、1985年 9月。ランサム・ウィルソンというフルート奏者がソロを務め、作曲者自身が指揮する、初演と同じイスラエル・フィルが来日公演にてバックを務めた。思えば、当時未だ初演後たったの 4年というタイミングだったわけだ!! この 1985年のバーンスタインの来日時に私はサインをもらっているので、以前も披露したが、ここで改めて写真を掲載する。私の手元にあるバーンスタインの直筆サインは 3つなのであるが、そのうちこれだけが、実際に目の前で書いてもらったもの。ほかの 2つは、懸賞エッセイに入賞して獲得したものである。
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ともあれ、「ハリル」とは、ヘブライ語でフルートを意味する言葉で、この曲は、戦争で命を落としたフルーティストのために書かれた。演奏時間は 15分ほどで、冒頭部分はまるで武満徹の作品のように神秘的に響くのであるが、そのうちいかにもバーンスタインらしい米国的な響きに収束する。今回のプログラムでの解説は簡単なものであって、そこには含まれていないのだが、作曲者自身がこの曲について語った言葉に、私にとって忘れられないものがある。それは、上記のサイン入りプログラムから引用すると、「叶ってほしい夢、悪夢、急速 (注 : これは「休息」のタイポか?)、眠られぬ夜、夜の恐怖、そして死と双子の兄弟のように隣り合わせの眠りそのもの」というもの。当時 20歳の私は、この言葉を読んでそのイメージの鮮烈さに快哉を叫び、回りの人たちに対して、死の擬態としての眠りの神秘性を説いたものであるが、あまり相手にされず、「オマエ、惰眠のむさぼり過ぎじゃないの?」と言われたものだ (笑)。ともあれ、これは素晴らしい名作であり、久しぶりに耳にした工藤さんのフルートには輝きと奥深さがあって、感動した。

さてこの演奏会、上記の通り三部構成だが、最初はいわば協奏作品、中間はシンフォニックな作品、そして最後は声楽曲として独自性を誇る「ミサ」という構成になっているのである。第 1部はしかも、オケはほとんどが弦楽器のみ。2曲目の「セレナード」は、いわば弦楽合奏とハープ、打楽器をバックにしてのヴァイオリン協奏曲である。ソロを弾いたのは、今年弱冠 23歳の山根一仁。
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正直なところ、今回の演奏では、これまでにないほどこの曲を楽しむことができたかもしれない。山根のヴァイオリンには荒削りな迫力と、時にはっとするような鮮やかさが両立していて、大変面白かった。内省的な第 4楽章など、よく聴くと深い情念すら感じさせる音楽であったのだ。山根の今後には大いに期待したいと思ったのである。

今回のコンサートで指揮者の井上は、第 1部では指揮台を使わずに床に立っての指揮で、また、拍子をきっちり取る必要のある部分以外は、指揮棒を持たずに素手で指揮していた。そうそう、ここでオケに対する称賛の言葉を述べておこう。東京のオケのあれこれを聴くだけでかなり息切れしている私であるから、神奈川フィルのコンサートに出かけることは、残念ながらあまり多くない。このブログでは、モーシェ・アツモン指揮の演奏会をご紹介したくらいではないか。ただ、今回の演奏を聴いて、私はすっかり魅了されてしまった。誤解を恐れずに言ってしまえば、例えばこのオケの金管は、東京のオケよりも、失敗を恐れずにのびのびと吹いているような気がする。時に小さな傷があっても、そんなものは気にならず、そこで炸裂する生命力こそが耳に残るのである。もちろん弦も木管も深い表現力があって、非常に高い演奏レヴェルを誇っている。

さて、第 2部ではバーンスタインの交響曲第 2番「不安の時代」が、まず演奏された。バーンスタインは 3曲の交響曲を書いているが、ほかの 2曲にはユダヤ教のイメージが濃厚であるところ、この「不安の時代」だけは、英国の詩人 W.H.オーデンの詩に触発され、ニューヨークに暮らす人たちの孤独を描いているあたり、日本人にも分かりやすい都会性があるゆえだろう、特に演奏機会が多いと見受けられる。実際、来週もこの曲の実演を私は聴きに行く予定であるし、秋には超メジャーの外来オケと巨匠ピアニストの顔合わせもある。ここでは全編に亘ってピアノ・ソロが活躍するが、今回ソロを弾いたのは、今年 35歳の福間光太朗。まさに都会的なセンスを感じさせる演奏を披露した。
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上で書いた通り、大変のびやかに演奏する神奈川フィルを率いる井上もまた、縦横無尽の指揮ぶりだ。これは素晴らしい。あえて言ってしまえば、曲の評価すら再考させるような、陰影の濃い演奏ではなかったか。と思っていると、この「不安の時代」と次の「ウエスト・サイド・ストーリー」の間の舞台展開の際に、指揮者の井上がマイク片手に登場。みなとみらいホールの館長である作曲家の池辺晋一郎を客席からステージに呼び出して、コント、いや、対話を披露した。年齢的には池辺が 3歳上だが、同世代の 2人である。
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井上は、「今日の演奏会は長くなります。でも、きっと一生忘れられない日になりますよ!!」と聴衆に対して宣言。ただ、「やってみるとメチャクチャ大変ですけどね‼」と本音も漏らして笑いを取っていた。そしてこの 2人の会話では、バーンスタインの作曲というものを、作曲者の生前にはちょっと斜めに見ていたものだが、改めて聴いてみると素晴らしい、ということが異口同音に語られ、だがその素晴らしさには切り裂かれた自我が反映されていると、井上は熱弁していた。自分より能力の低い人たちに対する不寛容を隠そうとしなかったバーンスタイン、目の前の現実への不満を常に抱えていたバーンスタイン、それゆえに彼は、酒と煙草を手放さなかった。指揮なんてどうでもよいのに巨匠と評価され、作曲の方は正当に評価されないという、引き裂かれた個性。井上は実際にバーンスタインの教えを受けたことがあるらしく、常に酒と煙草の匂いが漂っていたが、今にして思えば、ベタベタと寄ってきたことを拒否したのは惜しかったとのこと (笑)。また井上は、バーンスタインの音楽は、未来に希望を託す音楽であるとも言っていて、これは大変に興味深かった。

そんなやりとりのあとで演奏された「ウエスト・サイド・ストーリー」のシンフォニック・ダンスは、それはそれはノリがよく、また抒情性も充分持ち合わせた演奏で、私は不覚にも途中で胸が熱くなって、目元が緩みそうになってしまった。保守的なクラシックファンの方からすれば、意味が分からないことかもしれないが、この作品に込められた、個々人と社会の間の軋轢とか、貧しさを笑い飛ばす人間の逞しさとか、そしてなんと言っても、恋に落ちたトニーとマリアの純粋さには、何かとてつもないリアリティがあるのである。これは間違いなく音楽史上に残る傑作。そんなことを改めて思い知らせてくれる名演であった。そして、シンフォニック・ダンスが終了したあと、井上はまたマイクを持って語り出したのだが、それは、このミュージカルの最も有名なナンバーである「トゥナイト」が、このシンフォニック・ダンスに含まれていないことについてであった。この点については私見を過去の記事に書いた記憶もあるが、井上いわく、やはり「トゥナイト」には歌がないといけないと。今回の演奏に際して、歌付きで「トゥナイト」をシンフォニック・ダンスに加えたいと出版社に要請したが、断られたとのこと。それゆえ、今回の演奏では、この「トゥナイト」のみ、ソプラノの鷲尾麻衣、テノールの古橋郷平をソロに迎えて、別途演奏された。舞台の照明を落としての、ミュージカルの雰囲気満点の演奏であった。

さて、第 3部は、バーンスタイン畢生の大作である「ミサ」からの 4曲である。私は去年の 7月、井上が大阪フィルと行ったこの曲の上演を聴きに行った (昨年 7月16日の記事ご参照)。これは本当に稀有な音楽体験であったのだが、きっと井上の中には、その成果を東京でも披露したいという強い思いがあるのだろう。今回の演奏は、ほんの一部のみであったが、昨年の大阪での演奏のエッセンスを伝えるものであった。つまりは、司祭役のバリトンの大山大輔は、大阪公演の成功の立役者だし、ストリートコーラスに小川里美が入っている点も同じ。井上自身による、関西弁を交えた歌詞の翻訳も同じ。そうそう、この演奏の前に井上が語ったことには、自分は随分前に (調べてみるとそれは 1994年のこと) 最初にこの曲を指揮したとき、演出を野田秀樹に依頼しようと思ったが、野田はちょうど大竹しのぶと恋愛関係に入ってしまい、仕事ができない状態だったと。そしてしょうがなく自分で演出したとのこと (因みに井上 - 野田のコンビは、それからかなり経過して、2015年の「フィガロの結婚」でようやく実現する)。井上は、昨年の大阪での公演を映像として残すのも予算的に無理だったゆえ、必ずまた上演したい、との決意を吐露していた。確かにこの曲の上演には大変な資金が必要だが、是非東京で、5公演かそれ以上、上演される日が来ることを、心から祈っております。ところで今回、面白い演出があった。それは、舞台後方のオルガンに関するもの。
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中央部、少し上の部分の左右に見える木の部分には、横浜らしく、カモメの浮彫がほどこされている。だが、場内が暗くなり、この部分にこのような照明が当てられるとどうなるか。
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そう、十字架である。これは以前からある演出なのか否かは分からないが、私は初めて見た。そして私は、これも井上の発想によるものであると思いたいのである。

このように、大変長く、大変内容の濃い演奏会であったのだが、改めてバーンスタイン作品の今日的な意味と、マエストロ井上の情熱やエネルギーに、心打たれる経験となったのである。バーンスタインを心から敬愛する者として、まさにこの日の演奏は、一生忘れられないものとなるだろう。そして私は、3時間15分に及んだコンサート会場を足早に抜け出し、次の目的地に向かったのである。

by yokohama7474 | 2018-05-27 00:55 | 音楽 (Live) | Comments(2)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2018年 5月24日 サントリーホール

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NHK 交響楽団 (通称「N 響」) とその首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィによる今月の定期演奏会の 3プログラム目。今回はまたはっきり方向性の分かるもので、オール・ストラヴィンスキー・プログラム。以下の 3曲である。
 バレエ音楽「ミューズの神を率いるアポロ」
 バレエ音楽「カルタ遊び」
 3楽章の交響曲

イーゴリ・ストラヴィンスキー (1882 - 1971) はもちろん、ロシアで生まれ、パリで活躍し、米国に渡った作曲家である。彼の代表作はなんと言っても 3大バレエ。つまり、「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」である。これらはすべて 1910年代、作曲者 20代後半から 30代前半にかけて作曲されたもの。この 3作の内容はそれぞれに全く違っているのに、いずれもが、まさに誰が聴いても素晴らしいと唸るような傑作なのである。芸術家には創造のピークがどこかにあり、それがキャリアの初期に来る人もあれば晩年にある人もある。世間一般では、ストラヴィンスキーは前者のパターンの典型のように思われている。これは若き日のストラヴィンスキー。
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さて、ヤルヴィと N 響が今回取り組んだストラヴィンスキーの作品は、興味深いことに、1920年代、1930年代、1940年代の曲で、作曲された順番に演奏された。だがこれらは一般的にはすべて、新古典主義と呼ばれるスタイルで書かれたもの。この作曲家はその 88年の生涯の中で、この後もスタイルを変えて行くので、これはある時期のこの作曲家の指向を表すプログラムである。興味深いことに、先日アレクサンドル・ラザレフ指揮の日本フィルによって日本初演された「ペルセフォーヌ」もこの時期の作品。期せずして 5月の東京は、ストラヴィンスキーの新古典主義作品を集中して聴く月となった。そして今回のヤルヴィと N 響の演奏会、演奏内容自体は実に安定したもので、このコンビの音楽づくりに慣れている聴衆にとっては、想像通りの演奏であったと言ってもよいだろう。だが、ひとつユニークであったのは、通常はヴァイオリンを左右対抗配置にするヤルヴィが、今回はその配置を取らなかったこと。指揮者のすぐ右手はチェロ。コントラバスはいつもの左手奥ではなく右手奥である。また、最初の「ミューズの神を率いるアポロ」は指揮棒を使わずに素手での指揮であり、2曲目の「カルタ遊び」では、コントラバス 6本に対し、チェロも (通常なら 8本になるところ) 6本であり、音響上の何らかの意図が感じられた。似たようなスタイルで書かれているとはいえ、弦楽合奏のみの「ミューズの神を率いるアポロ」、かなり派手な色彩でユーモラスな要素のある「カルタ遊び」、そして戦争の惨禍を暗示する 3楽章の交響曲と、3曲それぞれの持ち味は、実はかなり違っている (そう、初期の 3大バレエの持ち味がそれぞれ違っているように)。ヤルヴィはきめ細かい音響設計で、これらの曲に対峙したと評価できると思う。N 響の高い技量を指揮者がうまくドライブし、大変に鮮やかな演奏になっていた。

そうなると、曲の出来をどのように聴くかという点にも焦点が当たってくる。果たして、世間一般が思っているように、ストラヴィンスキーは若き日に創造の頂点を極め、その後の作曲人生ではついにそれを凌ぐ創作を果たさなかったのだろうか。この答えはなかなかに難しい。私はこの作曲家の作品には常々興味を持っていて、晩年の作品までそれなりに聴く機会をこれまでに持ってきているが、冷静に考えて、初期の 3大バレエの奇跡的なクオリティには、やはり終生届かなかったような気がしている。だがそれは、これらの曲がつまらないということではない。特に「カルタ遊び」(1937年初演) は、その洒脱な感覚が、いかにも両大戦間の雰囲気満点だ。3回のポーカーゲームを題材にしたバレエであることは知っていたものの、ストーリー詳細はこれまであまり知らず、解説を読んで、なるほど、ジョーカーに一度負けて、最後に勝つ話かと理解した。それから、3楽章の交響曲 (1946年初演) は、戦争中に書かれた曲なので、第 1楽章や第 3楽章には悲劇的な要素があり、第 2楽章は、決して耽溺するタイプの音楽ではないものの、静謐なものである。これは私も以前からかなり好きな曲だ。そして、「ミューズの神を率いるアポロ」(1928年初演) だが、実は私はこの曲はもうひとつ好きになれない。もちろんストラヴィンスキーの曲だから、リヒャルト・シュトラウスの弦楽合奏のような耽美性を期待するのは無理な話だが、もっと印象に残るメロディがあればなぁ、といつも思う。ただ、その 30分間の音の起伏に身を委ねるのは、決して不快な経験ではない。それゆえ、3大バレエを忘れてこれらの作品に接することは、やはり素晴らしい音楽的な体験なのである。

さて、ちょっと面白い写真を見つけた。あのレナード・バーンスタインとストラヴィンスキーのツーショットである。
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これは 1946年、ニューヨーク・フィルのコンサートの楽屋で撮られたものらしい。実は、ストラヴィンスキーの 3楽章の交響曲は、まさにこの年、作曲者自身の指揮によってニューヨーク・フィルが世界初演しているので、この写真はその前後のものかと思われる。だが、どうやらバーンスタインはこれから舞台に出ようとしている、あるいは舞台を終えて着替えているところのように見えるので、この日は 3楽章の交響曲の初演の日ではなく、バーンスタイン指揮によるコンサートで、その楽屋をストラヴィンスキーが訪ねたのだろう。だが、クラシックファンなら誰でも知っている通り、バーンスタインが一躍世界のひのき舞台に飛び出たのは、戦時中の 1943年、ブルーノ・ワルターがキャンセルしたニューヨーク・フィルの演奏会に急遽代役として登場したときである。つまり、この写真はそのわずか 3年後、衝撃のデビューの相手である、そして後年自身が音楽監督になる、ニューヨーク・フィルを指揮する機会に撮られたということになる。当時まだ 28歳のはずだが、大作曲家を前に、実に落ち着いているではないか。

もうひとつ、今回知ったネタを。これもやはり 3楽章の交響曲にまつわる話だが、奇妙な情緒を持つ第 2楽章は、ある映画のために書かれた音楽を転用しているという。それはこんな映画で、DVD は今でも中古なら簡単に手に入る。
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これは 1943年 (ちょうどバーンスタインのデビューの年!!) の作品「聖処女」で、ヘンリー・キングという人が監督。主演女優はジェニファー・ジョーンズという人である。そしてこの作品、その主演女優や音楽が、その年のアカデミー賞を受賞したという。えっ、ということは、ストラヴィンスキーはアカデミー作曲賞受賞者なのか??? と思いきや、実は彼の書いた音楽は実際にはこの映画には使用されず、有名な映画音楽作曲家、アルフレッド・ニューマンが音楽を担当したという。事情はよく分からないが、ストラヴィンスキーとしては、さぞや悔しかったことであろう。なお、この映画の原作は、フランツ・ウェルフェル。これも音楽ファンには常識であるが、グスタフ・マーラー未亡人であるアルマが (建築家ワルター・グロピウスと別れたあと) 再婚した小説家である。

こうしてストラヴィンスキーを巡る連想はあちこちに広がるわけだが、実はヤルヴィと N 響は、また来シーズン、来年 2月に、やはりサントリーホールでの定期で、オール・ストラヴィンスキー・プログラムを組んでいる。「花火」等の小品を 4曲続けたあと、メインが「春の祭典」である。これも是非聴いてみたいものだ。

by yokohama7474 | 2018-05-26 00:16 | 音楽 (Live) | Comments(2)

コンラッド著 : 闇の奥 (黒原敏行訳)

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この作品名を見て、「なんだこの本は、知らないな」と思われた方もおられよう。コンラッドという著者名はホテルとは関係ないし、いくら見透かしても闇の奥なんて見えないよという考えもありだろう。だが、よろずごった煮文化ブログの「川沿いのラプソディ」としては、もしかするとパーヴォ・ヤルヴィのストラヴィンスキーがどんな演奏であったかを知りたくてご訪問頂いた方もおられるかもしれないことを承知の上で、今回はあえてこのネタで行きたいと思う。まずは作者であるジョゼフ・コンラッドの紹介から。
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彼はいつ頃の人かというと、1857年生まれ、1924年没。英国の作家であるが、ポーランド系の家系の生まれである。父親が独立運動で捕らえられ、シベリアで強制労働させられていた (えっ、帝政時代からシベリアの強制労働はあったわけですな・・・) 関係で、当時のロシア帝国で生まれている。幼くして両親と死別し、船乗りになることを夢見て 16歳のときにポーランドを脱出、フランス商船の船員となる。そうして船乗りとなった彼は、当時世界最強の海洋国家であった英国で勤務を始め、1884年に英国に帰化した。従って、彼にとって英語は、ロシア語、ポーランド語、フランス語のあとに学んだ 4つ目の言語であったわけだが、その英語で数々の小説を執筆したとは興味深い。改めて彼の生きた時代を概観すると、まさにヨーロッパにおける帝国主義の拡大と、その膨張の悲劇的な結果であった第一次世界大戦を経て、両大戦間までということになる。例えば作曲家マーラーと比べると、3年早く生まれ、13年長生きしたと言えば、音楽好きの方にはイメージを持ちやすいだろうか。但し、マーラーはドストエフスキーなどのロシア文学には強い関心があったようだが、ロシア語を解したコンラッドは、どうやらロシア文学にはあまり興味を持っていなかったようだ。

この作品、「闇の奥」が書かれたのは 1899年。切り裂きジャックが世紀末ロンドンを震撼させたのが 1888年。その前年に「緋色の研究」で登場したコナン・ドイルのシャーロック・ホームズはその後爆発的人気を博し、「シャーロック・ホームズ最後の事件」で作者ドイルがホームズを滝壺に落としたのが 1893年。「闇の奥」が書かれた 1899年には、南アで第二次ボーア戦争が勃発している。まさに帝国主義のひずみが現れ、偉大なる大英帝国に異変が起こっていた頃だろう。だが面白いのは、この小説の舞台となっているのは、その大英帝国の植民地ではない。私がそのことを知ったのは、昨年 10月にベルギーを旅行したとき。ご興味おありの方は、今年 1月 2日の「ベルギー旅行 その 1 ブリュージュ (1)」をご覧頂きたい。そこで述べた通り、この「闇の奥」の舞台はベルギー領のコンゴなのである。1830年になって漸く国として成立したベルギーは、帝国植民地主義の流れに遅れを取るまいと、1885年にコンゴをベルギー王レオポルト 2世の私有地として列強各国に認めさせたが、象牙やゴムの収穫が充分でないと原住民の手足を切断するという極めて非人道的な支配で悪名高かったのである。これがそのレオポルト 2世が、原住民の犠牲の上で私腹を肥やしていると風刺したカリカチュア。ここで原住民は、本当に両手先を欠く姿で描かれているが、ネット検索すると、大変にショッキングな当時の本物の写真も目にすることができる。
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英国の作家コンラッドがそのような題材を取り上げたこの作品では、コンゴという地名は出てくるものの、ベルギーという「宗主国」の具体名は出て来ない。マーロウという語り部が、フランスの貿易会社の職員としてコンゴに赴くというのが物語の設定である。そしてそのうちに、コンゴ川の奥地に住むというクルツという西洋人の噂を聞き、川を遡ってそのクルツなる人物に会いに行くのである。ん? 川を遡ってクルツに会いに行く? どこかで聞いたことはないだろうか。そう、これである。
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フランシス・フォード・コッポラの 1979年の作品、「地獄の黙示録」。原題は "Apocalypse Now" で、この Apocalypse という言葉が、ヨハネの黙示録を意味している。私はこの映画を中学生のときに封切で見て、その後公開された特別完全版も劇場で見た。当時から毀誉褒貶甚だしい作品であったが、私にとっては、人間の狂気を仮借なく描いた恐ろしいほどの傑作映画であり続けている。そして、ヴェトナム戦争を題材にしたこの映画の原作が、ジョゼフ・コンラッドの「闇の奥」であることも早くから知っていて、今回、長年の念願叶って、その原作を読むことができたというわけだ。なぜにこの「闇の奥」について知っていたかというと、その原題、"Heart of Darkness" をそのまま題名にしたドキュメンタリー映画を、やはり劇場で見ていたからだ。1992年に日本公開された、この映画である。
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そう、邦題は「ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録」。もし「地獄の黙示録」が好きで、このドキュメンタリー映画を見たことのない方がおられれば、それは人生の由々しき問題であると申し上げよう。ここには、過酷な映画作りの極限が描かれている。上のチラシにある通り、コッポラが「もう死のうか」と、小道具のピストルを額に当てるシーンは、冗談になっておらず、血が凍り付きそうになったのを覚えている。

さて、このように、「地獄の黙示録」からの連想を続けて行くと、まだまだ果てしないのであるが (例えば、コッポラが撮影現場で読んでいたのが三島由紀夫の「豊饒の海」であったと聞いて、黙っているわけにはいかないのであるが)、この小説に話を戻そう。船乗りが仲間に語って聞かせるという設定のこの話は、もちろん「地獄の黙示録」と全く同じではなく、語り手であるマーロウの目的は、クルツ (映画では英語の発音で、カーツ) の暗殺ではない。だが、自らを「文明人」と任ずる人たちが、未開の地の川を遡って行くという設定は同じ。途中で原住民の襲撃に遭うとか、クルツが最後に死んでしまうのも同じ (但し、死に方は大いに異なり、その違いは本質的)。これは小説であるがゆえに、風景の描写や、何より心情の描写には大変手が込んでいて、その点はじっくり読み込む必要があるし、その甲斐もあるだろう。実際、19世紀の小説とはこんなに丁寧に書かれているものなのかと、驚くほどだ。原住民に対する視線が差別的なものであることは、時代性に鑑みて致し方ないだろう。だが、原住民たちが過酷な目に遭っていることも大変な生々しさで描かれているので、そこには非人道的な行為を冷静に見ている視点があるし、支配する側に幾分批判的になっているようにすら感じられるのである。物語の展開が遅いので、正直なところ読むのには忍耐を要したが、今そのあたりの感覚を思い出してみると、この作品の全体を通して、この時代の空気と、未知のものを恐れる人間の本能的恐怖が、よく描かれていたなぁと思うのである。時には、19世紀という激動の時代に思いを馳せながら、様々に想像力を働かせてこのような小説を読むのも、悪くない。

さて、最後にもう 1点。映画「地獄の黙示録」の中で、マーロン・ブランド演じるカーツ大佐が、"The horor! The horor!!" と口にする大詰めの場面がある。これは大変に印象に残るセリフだが、実は原作にも同じセリフがあるのである。今回私が読んだ翻訳では、「恐ろしい! 恐ろしい!」となっていたが、過去の訳では、「地獄だ! 地獄だ!」となっていたらしい。なるほどこれは面白い。つまり、いつも映画の邦題に難癖つけている私などは (笑)、なぜに "Apocalypse Now" が「地獄の黙示録」なんだよと思っていたのだが、このような事情があったのである。失礼致しました。
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ついでにもう 1点。今私の手元には、以前古本屋で購入した、ハントン・ダウンズという人が書いた「コッポラ『アポカリプス・ナウ』の内幕」という本がある。
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この本は 1979年12月に翻訳が出版されていて、そのあとがきを見ると、「この『地獄の黙示録』は、1980年の 2月に日本公開が予定されている」とあって、公開前の出版であったことが分かる。従って、書物の題名は「アポカリプス・ナウ」という原題のカタカナ表記になっている。ただ、上の写真の通り、帯には公開された際の邦題「地獄の黙示録」と書いてあるので、出版過程で邦題が決まったが、本の題名の変更には間に合わなかったということだろうか。この本をパラパラ見ていると、日本でよくあるような、作り手にオベンチャラを言うようなトーンは一切なく、冷徹なルポルタージュである。これを読むと、またあの映画の底知れなさに震撼してしまうこと請け合いだ。コンラッドの原作に、それを翻案したコッポラの映画、原作の題名を引用したドキュメンタリー映画、そして内幕を描いた書物と、多面的に人間の心の闇の奥に迫ることができることは、実に意義深い。BMG の「ワルキューレの騎行」は、もちろんこの人、ゲオルク・ショルティの指揮なのである。
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by yokohama7474 | 2018-05-25 01:01 | 書物 | Comments(0)

パシフィック・リム : アップライジング (スティーヴン・S・デナイト監督 / 原題 : Pacific Rim : Uprising)

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日本の生んだ怪獣ものというジャンルは、いわゆる空想特撮映画という分野をなし、世界的に見てもかなりの影響力を持っているように見受けられる。2013年に公開された「パシフィック・リム」はまさに怪獣 (英語で "Kaiju"。これは集合名詞なのか、映画のセリフでも複数形には決してならない) が世界を襲うという内容の映画であり、それに対して、人類が創り出した巨大ロボットが立ち向かうという設定。幼少の頃よりの怪獣好きである私は、もちろんその前作を見たが、映画としての出来にはそれほど満足しなかった記憶がある。そしてここに、2作目が登場した。前作から 10年を経た世界に、再び怪獣たちが襲い掛かる。なかなか面白そうな設定である。そして実際、細部にまでこだわった CG 満載の映像の中、サスペンス的要素や、人類を守るための戦争という大義の厳しさ、また、若者の成長というテーマも盛り込んだ、欲張りな内容になっている。予告編で展開は明らかであったが、内容も大まか予想通りであり、その見事な CG を楽しめるという点でも、見ごたえ充分だ。これは、イェーガーと呼ばれるロボットたちの勢揃いシーン。
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対する怪獣であるが、例えばライジンと名付けられた奴はこれだ。因みにこの写真、映画の中の映像ではなく、昔懐かしいバンダイのソフビなのである。ちょっと欲しいかも (笑)。
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ハリウッド映画に出て来る怪獣を見るたび、例えばゴジラもそうだが、その造形感覚の日本人との違いを思う。最近の傾向は知らないが、伝統的 (?) な日本の怪獣はもう少し明確なラインを持ち、造形もより単純で、何かの動物とか恐竜とか、既知のイメージを流用していることが多い。だがハリウッドの怪獣は、一体どこが顔やら手やら分からないような、ちょっとグチャッとしたグロテスクな造形で、これはいわば悪霊のようなイメージである。この違いはもしかすると文化史的に解明できるのかもしれないが、ここでは深入りするのはやめておこう。ともあれ、怪獣から世界を守るべく立ち上がる人類の側では、かつての英雄の息子が、過去のトラウマを克服して大活躍をするのである。演じるのは最近絶好調、「スターウォーズ」シリーズや「ザ・サークル」「デトロイト」などで、思慮深い人物を描いているジョン・ボイエガ。デンゼル・ワシントン 2世の声もむべなるかな。よい俳優である。
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彼のライヴァル役を演じるのは、スコット・イーストウッド。その名前で明らかな通り、クリント・イーストウッドの息子である。これまでにも結構な数の映画に出ていて、私もそのうちのいくつかを見ているはずだが、あまり記憶にない。だがここでは、その渋い顔立ちがなかなかよく決まっている。
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そうしてこの二人、確執を乗り越えて、最後にはこんな風に共同でロボットを動かすことになるのだ。男同士の友情。
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まあこういったところはあまり深く考えずに楽しめるし、ストーリー展開もなかなかよくできている。菊池凛子を含め、前作にも同じ役で登場していた役者たちも何人かいるが、フレッシュな顔ぶれもいる。ひとりは、最近のハリウッドへの中国資本の進出を反映し、よく顔を見る (このブログでも「グレートウォール」「キングコング : 髑髏島の巨神」の記事でも触れた) ジン・ティエン。以前の記事で、顔だけはきれいだと酷評した記憶があるが (笑)、ここではまぁ、演技が上達しているか否かはさておき、なかなか頑張ってはいる。
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それから、この俳優は正直、あまり記憶にないのだが、今後への期待を込めて紹介したのが、新田真剣佑 (あらた まっけんゆう)。カリフォルニア生まれとのことだから日系二世かと思いきや、なんと、千葉真一の息子だという。今劇場で予告編がかかっている「OVER DRIVE」における精悍なレーサー役 (「攻めなきゃ勝てねぇから。怖いと思った瞬間、(指を額の横で弾けるように突き上げて) 負けなんだよ」というセリフが印象的) もなかなかよい。
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こんな多彩な俳優陣が繰り広げるストーリーは、上述の通り、単純に楽しめるし、それでよいと思う。だが、あえて 2点、これはどうかと思った事柄を指摘しておこう。ひとつは、ロボットの操縦について。巨大なロボットの動作が、中に入っている人間の動作とシンクロするというのは、日本にも「マジンガーZ」という先駆的な作品があり、イメージとしては面白いが、だが現実世界では、この巨大ロボット (身長 80m?) がこんなに激しい動きをすると、中にいる人間はミンチ状態になってしまうだろう (笑)。因みにこの発想は、随分以前に涙を流すほど笑いながら読んだ柳田理科雄の「空想科学読本」という愉快な本の中の、マジンガーZ を操縦する兜甲児がどうなるかという分析からきている。もし幼少時のアニメヒーローの設定がいかにありえないかについて知りたい方には、この本は強くお薦めです。もう 1点は、こんな圧倒的にデカくて強い怪獣を退治する方法。
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ここでは実に大胆な方法が取られるのだが、これはあまりにもリスクが高すぎないだろうか。成功の確率は限りなく小さく、もし失敗すれば、何もかもがご破算だ。企業の投資案件なら、こんなリスクの高い案は絶対に承認されないだろう (笑)。それから、一点忘れていたが、この作品のバトルの舞台になる場所は、どこだろう。冒頭に掲げたチラシ以外のパターンのチラシはこれだ。
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おっと、ここには東京スカイツリーが写っているではないか。そう思ってよく見ると、冒頭に掲げたチラシにも、東京タワーが見える。そう、この作品の戦いの舞台は東京なのである。最近海外からの観光客にも人気のある東京であるゆえ、ここで派手に壊される東京の建物の細部に興味を抱く海外の映画ファンも、いるかもしれない。尚、前作の監督は、先般「シェイプ・オブ・ウォーター」でアカデミー賞を獲得したギレルモ・デル・トロであったが、彼は今回は製作に回り、監督を任されたのは、これが長編デビューになるスティーヴン・S・デナイト。まぁ、彼デナイトできない仕上がりかというと、そうでもないかもしれないが、CG に食われないドラマを、きっちり描けていたと思う。これがデナイトさん。こらこら、ジプシー・アヴェンジャー対ライジンか。お子ちゃまだなぁ (笑)。
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この種の映画にマニアックにのめり込む趣味は私にはないものの、しばし童心に帰るという意味では、よい気分転換になりました。

by yokohama7474 | 2018-05-24 00:46 | 映画 | Comments(2)

下野竜也指揮 東京都交響楽団 2018年 5月22日 サントリーホール

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東京都交響楽団 (通称「都響」) のサントリーホールにおける定期演奏会である。上のチラシは実は今月と来月の 2ヶ月分をカバーしていて、今回のものは左側。なになに、「ボブ・ディランの詩がオーケストラ歌曲に!」とある。なるほど、2016年にノーベル文学賞を受賞した歌手、ボブ・ディランの名前を掲げることで、ちょっと気になるものにはなっている。この演奏会を指揮するのは下野竜也。1969年鹿児島生まれの、確かな手腕を持つ指揮者である。
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このブログで彼の演奏を採り上げた回数は決して多くないが、上でも書いた通り、私はいつも彼の音楽を安心して聴いている。それは、曖昧なところやもったいぶったところがなく、ストレートな音楽性を持っていて、しかも、スタンダードレパートリーに安住せず、時に大きな冒険をするからだ。親しみやすさだけではなく、音楽の厳しさや、音楽作品を生み出す時代背景ということまでも感じさせる点で、彼は非凡な存在なのである。そんな彼が指揮する都響の演奏会は、以下のようなプログラムである。
 メンデルスゾーン : 交響曲第 3番イ短調作品56「スコットランド」
 コリリアーノ : ミスター・タンブリンマン --- ボブ・ディランの 7つの詩 (ソプラノ : ヒラ・プリットマン、日本初演)

なるほど、チラシにはボブ・ディランの名前しかないが、前半にあのメンデルスゾーンの傑作交響曲が演奏される。重くなり過ぎない抒情性が下野の音楽性にはぴったりの曲なので、それも楽しみにして会場に向かったのであるが、この「スコットランド」は実際、期待に違わず、隅から隅まで活力いっぱいの音に満たされた、実に驚くべき名演であったことをここに述べておこう。もう何度も書いてきたことであるが、この都響の音にはいつも重い実在感があって、こればかりはいくら文字で繰り返しても伝わらないかもしれないが、実際のステージで一聴すれば明らかである。どうやってこの音が出てきているのか、特に弦楽器の奏者たちを私はいつも見回すのであるが、何か無理を重ねて弾いているという感覚は皆無であり、ごく自然に、そして適度な集中力をもって演奏している結果が、これだけ充実感のある音に結実していると感じるのである。下野と都響が、これまでどの程度共演実績があるのかはよく分からないが、オケが指揮者の意向を汲んで、これだけクオリティの高い音が鳴るのであるから、相性はかなりよいと思う。私の場合、この「スコットランド」交響曲には、実際に作曲者が霊感を得たスコットランドのエディンバラで経験した抒情をひしひしと感じさせる部分が多々あって、大変に思い入れの深い曲であることは、以前もこのブログで書いたことがある。そんな私にとって、これだけクリアに、かつ美しい音でこの曲を聴けることは、本当に大きな喜びなのである。素晴らしい演奏であった。

そして、休憩のあとのメインの曲目が、ボブ・ディランの詩に基く歌曲集「ミスター・タンブリンマン」の日本初演である。作曲者は、米国を代表する作曲家、ジョン・コリリアーノ。彼は 1938年生まれだから、今年 80歳になる。
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彼の名前が一般にどの程度知られているのか分からないが、同名の父がニューヨーク・フィルのコンサートマスターであり、彼自身も、METで初演されたオペラ「ヴェルサイユの幽霊」とか、アカデミー作曲賞を受賞した映画「レッド・バイオリン」で、多少は知られているのではないだろうか。コープランドやバーンスタイン、ルーカス・フォスといった、いわゆる米国らしい音楽の系譜に連なる人で、その作風には決して難解なところがない。今回日本初演された「ミスター・タンブリンマン」は、その副題の通り、ボブ・ディランが作詞作曲した 7曲の歌から、その歌詞だけを再利用し、全く異なる音楽をコリリアーノが作曲したもの。演奏時間は 35分ほどである。ソプラノ独唱はヒラ・プリットマンという歌手で、私も予備知識がなかったが、現代音楽の分野をメインに活動しているようであり、グラミー賞受賞歌手とある。このグラミー賞について詳細を調べきれなかったが、実は今回演奏された「ミスター・タンブリンマン」は 2008年にグラミー賞を受賞していて、その部門は、ひとつはクラシック現代音楽部門 (変な部門名だ。笑)。もうひとつはベスト・クラシカル・ヴォーカル・パフォーマンス部門。もしかするとこのプリットマンのグラミー賞受賞は、このことを指しているのだろうか。ジョアン・ファレッタ指揮バッファロー・フィルと共演した NAXOS 盤がその対象であったと思われる。
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この曲は、以下の 7曲から歌詞を転用している。
1. ミスター・タンブリンマン (プロローグ)
2. 物干し
3. 風に吹かれて
4. 戦争の親玉
5. 見張塔からずっと
6. 自由の鐘
7. いつまでも若く (エピローグ)

私は残念ながらボブ・ディランの曲には大変疎く、「風に吹かれて (Blowin' in the Wind)」くらいは題名を知っているが、曲に対するイメージはない。作曲者コリリアーノは、ボブ・ディランの人気が高まった 60年代・70年代には若い世代であったので、きっとその頃から彼の大ファンだったのだろうと思いきや、プログラムに掲載された作曲者自身の解説によると、「ボブ・ディランというフォーク・シンガー / ソングライターの評判が非常に高いことはいつも聞いていた。だが私は自分のオーケストラの書法を磨くことに懸命で、世界中がディランの歌を聞いていたころ、私は彼の曲をまったく聞いたことがなかった」と語っている。そしてコリリアーノはディランの詩集を購入、そこに自分の音楽との相性を感じ、原曲を聴くことなく、これらの歌曲を作曲したという (ゲーテの同一の詩にシューマンやブラームスやヴォルフがそれぞれ作曲したことと同様との弁)。因みに、この歌曲集を委嘱したのは、名ソプラノ歌手、シルヴィア・マクネアーであり、2000年にピアノ版が作曲され、マクネアーによって初演された。そして2003年に、今回演奏されるオーケストラ版に編曲されたが、オケ版の初演者は、今回と同じプリットマンであった。
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コリリアーノによると、この曲 (のオケ版という意味だろう) はソプラノにオペラティックに歌って欲しくないために、PA の使用を指示しているという。確かに今回の演奏では、プリットマンは譜面も手にせずにステージに現れ、指揮者の右に左に、ステージの前面で右に左に、終始位置を変えながらの歌唱であり、大編成のオケの前でも繊細な表現からダイナミックな表現までを披露していた。これは PA あってのことだろう。曲はなかなかに手の込んだもので、曲の流れや響きが様々に推移する。だが作曲者はそんな中にも、連続する曲の間には共通する音型を潜ませるなど、7曲を緊密に結びつける工夫をしているようだ。プリットマンの歌唱がみごとであったのは言うまでもないが、ここでも下野と都響が充実の音楽を展開していたことが嬉しい。第 6曲では、大音響が沸き起こり、ステージ横の RA、LA ブロックのそれぞれに置かれた鐘と、ステージ上の鐘が共鳴しあって、音の渦がホール内を席巻した。かと思うと再度の第 7曲では、静かな余韻がゆったりと続き、そのまま感動的に曲を閉じたのである。客席は結構埋まっていたが、このような素晴らしい演奏による日本初演を聴衆は皆歓迎したことが、その拍手に表れていた。

というわけで、聴きごたえ充分のコンサートであった。そして、同じチラシで紹介されている次の都響のサントリーホールでの定期演奏会は、ほんの 2週間ほど先。こちらも今から楽しみなのである。

by yokohama7474 | 2018-05-23 00:32 | 音楽 (Live) | Comments(0)

プラド美術館展 ヴェラスケスと絵画の栄光 国立西洋美術館

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もう随分と昔のことになるが、1997年と 1999年のそれぞれ、1ヶ月以上に亘って出張でマドリッドに滞在したことがあった。スペイン人との交渉はなかなかに困難なのであるが、私の場合は、交渉の難航による感情的な対立のあとに、長いランチにおいてスペイン絵画やスペイン映画の話をすることで、彼らから一種の信頼を勝ち得るということができたので、ビジネスも最終的には成果を挙げることができたのだった (笑)。芸は身を助くとはよく言ったものである。そんなわけで、マドリッドにある世界有数の美術館であるプラド美術館は、私にとっては大変身近に感じる存在なのであり、今回はそのプラドから、ヴェラスケスが 7点もやってくると聞いて、大変嬉しく思った。3ヶ月を超える期間も既に最終盤に入っているが、私が出掛けたのは未だ展覧会の初期の頃で、会場の国立西洋美術館はガラガラであった。今では少しは盛況になっていて欲しいものだと思うが、さて、どうだろう。

この展覧会が、少なくとも最初の頃には大入りになっていなかった理由は何だろう。多分それは、ヴェラスケスという画家へのなじみのなさなのではないだろうか。あ、ここでひとつ注釈しておくと、展覧会の副題は「ベラスケスと絵画の栄光」であるが、私にとってはこの画家の表記は「ヴェラスケス」でしかありえないので、この記事でもそれを貫くこととしたい。そのヴェラスケス、もちろんこのプラドの「ラス・メニーナス」や、ウィーンにあるマルガリータ王女の肖像など、誰でも知っている有名な作品もある。だが、なぜだろう、イタリア・ルネサンスの巨匠たちとか、あるいはレンブラント、ルーベンスという近い時代の画家たちと比べても、その名が日本で広く知られているというイメージは少ない。ディエゴ・ヴェラスケス (1599 - 1660) は、スペインがその勢力の絶頂期を終えた 17世紀に、時の国王フェリペ 4世の宮廷画家として活躍した人。その絵画表現は時代を超えていて、王家の人たちを様々に描いたほか、貴族社会の中でそれまで描かれることのなかったような人たちを描き、神話の世界を現実に取材して描くような大胆なことを行ったのである。では、この展覧会に展示されているヴェラスケスの作品 7点をお目にかけよう。まず最初は、「フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像」(1635年頃作)。モデルとなっている人物は彫刻家である。おぉ、なるほど。この人の右下に見えるマンガのような人の顔は、制作途中の彫刻であるわけだ。それにしても、「よぅよぅ、ちゃんと彫ってくれよな」と言いたげな彫刻の表情が面白い。
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2点目は「メニッポス」(1638年頃作)。古代ギリシャの哲学者だそうである。だが彼の表情は大変人懐っこく、きっと実在のモデルがいたのではないかと思わせる。確かな人間存在を描くのがヴェラスケスの手腕である。
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さて、3点目は結構有名な作品で、「マルス」(1638年頃作)。戦いの神にしてはその露わな肌には皺がより、一体こんなところで何を休んでいるのか!! と思わせる (笑)。これは画家の資質もあるが、このような作品をギリシャ神話の神の肖像として描くことを許したスペイン王家の懐の深さが面白い。上述の通り、ヴェラスケスが活躍していたのは、既にスペインの絶頂期 (つまりフェリペ 2世の時代) を過ぎている。それゆえにこそ、このような自由な芸術が生まれたのかもしれないし、あるいはまた、ヴェラスケスこそは時代を超えたリアリズムを追求した、特別な画家であったとも言えるかもしれない。
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そのヴェラスケスが仕えたフェリペ 4世はこんな人。この作品はヴェラスケスの 4点目の作品、「狩猟服姿のフェリペ 4世」(1632- 34年作)。この長い顎はスペイン・ハプスブルク家の伝統らしいが、リアリストのヴェラスケスは、そのような王の容貌をリアルに捉えながらも、王の肖像としえふさわしい威厳には気を遣っているように思われる。左足の位置の修正が肉眼でも見えるのは、王の肖像の完成作としては少し意外に映る。この痕跡を消すことくらい、きっとできたはずだ。それをせずに痕跡を残したヴェラスケスの真意は、一体どこにあったのだろうか。
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そして 5点目。これも有名な作品で、「バリェーカスの少年」(1635 - 38年作)。一目見て分かる通り、当時宮廷にいた障害者の少年を描いている。ここにもリアリスト、ヴェラスケスの透徹した目を感じることができるが、それは貴族趣味的な感性からは極めて遠く、描かれる対象の実在感を過たず描き出している。やはりここに画家の近代性とともに、ヒューマニズムを感じることができるだろう。
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6点目は、本展覧会の目玉であり、ポスターにも使われている「王太子バルタザール・カルロス騎馬像」(1635年頃) である。これは高さ 2mを超える大作であり、フェリペ 4世の息子の凛々しい騎馬像である。背景の雲にも表情を与えつつ、空と山のブルーがなんとも目に心地よい。また、王子の表情もリアルであり、なんとも可愛らしいではないか。ただ、この王子は 1646年、17歳で病死している。王位を継承することのなかった王子は、ヴェラスケスの手によって、永遠に 10歳ほどの幼児として、歴史にその姿を残したのである。
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最後、7点目のヴェラスケスの作品は、「東宝三博士の礼拝」(1619年)。ヴェラスケスわずか 20歳の頃の作品である。この絵の聖母マリアは彼の妻フアナ・パチェーコ、キリストはこの年に生まれた娘のフランシスカ、そして跪く人物は、画家自身をモデルにしていると言われているらしい。20歳にしてこの技量は、やはり素晴らしいし、身の回りの人たちを宗教画のモデルにするあたりは、その後リアルな視点で数々の名作を描くことになる偉大なる画家の足跡として、実に説得力がある。
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さて、展覧会には、これらヴェラスケスの作品以外にも、スペインの巨匠画家の作品や、オランダやイタリアの画家たちの作品が並んでいて圧巻だ。もちろんすべてプラド美術館の所蔵品である。その中で、私が気になった 4点のみを以下にご紹介しよう。まず、エル・グレコ (1541 - 1614) とその工房による「聖顔」(1586 - 95年作)。エル・グレコはギリシャ出身ながら、スペインで活躍した画家であり、私にとっては、西洋美術史におけるベスト 10の画家に入るほどの偉大な画家だ。ヴェールに残ったキリストの顔であるが、その若干硬い線に、この画家の個性を見る。工房の手が加わっていると見られているようで、確かにエル・グレコ自身の最も偉大な作品群に比べると大人しいが、しかし、その現実を超えたドラマ性は、実に素晴らしいと思う。
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次は、スペイン・バロックを代表する画家のひとりでヴェラスケスの同時代人、フランシスコ・デ・スルバラン (1598 - 1664) の「磔刑のキリストと画家」(1650年頃作)。なんと、磔になったキリストに対し、パレットを持った画家が何やら語りかけている場面であり、これは珍しい。当然この画家はスルバラン自身かと思いきや、これまで彼の肖像画として確実なものはないらしく、その点は明確ではないらしい。だが、灰色のトーンで描かれるこの構図には、静かなドラマを感じることができる。
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それからこれは、いわずと知れたヴェネツィア・ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ (1488/90頃 - 1576) の「音楽にくつろぐヴィーナス」(1550年頃作)。似たような構図の作品が幾つかあるが、なんとも艶のある作品だ。私はいつも不思議に思うのだが、この作品でオルガンを弾いている音楽家は、ちょっと後ろに身をよじりすぎではないだろうか (笑)。これではオルガンなど弾けるわけもないだろう。よく見るとヴィーナスの左足はこの音楽家の背中に届いており、もしかすると、ヴィーナスがツンツンと突っついたために、音楽家が思わず振り向いたということかもしれない。いや、それにしても振り向きすぎだろ、これ (笑)。
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最後に異色作品を。ビセンテ・カルドゥーチという画家の作とされている「巨大な男性頭部」(1634年頃)。縦 246cm、横 205cmの巨大な作品である。これは宮殿の中に飾られていたことは確実視されているが、その題材は謎のようである。なんらかの意味があって巨人を描いたものであるらしい。西洋美術の歴史には、このような突然変異のような作品が時々現れる。そう思ってみると、これは近代のメキシコあたりの作品と言われても納得してしまいそうだ。この作品の持つ一種異様な迫力を、私は会場で存分に味わったのである。
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その他、有名無名の作品が多く展覧されていて、プラド美術館の所蔵品のレヴェルの高さが実感できるのである。そして、実際に現地に足を運んでみると、展示作品があまりに多いため、ひとつひとつをゆっくり感傷することは、時間的にも気分的にもなかなかできないので、このような展覧会で、えりすぐりの作品を楽しむ価値は、大いにあるだろう。西洋美術館での会期は 5/27 (日) までなので、首都圏の方には急いで頂く必要がある。関西の方々には、6/13 (水) から 4ヶ月間、兵庫県立美術館でこの展覧会を見ることができる。私も、もう一度見てもよいかなぁと、思い返しているところであります。

by yokohama7474 | 2018-05-22 01:23 | 美術・旅行 | Comments(0)


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