2018年 06月 30日
ヤクブ・フルシャ指揮 バンベルク交響楽団 2018年 6月29日 サントリーホール



2018年 06月 29日
コルネリウス・マイスター指揮 読売日本交響楽団 2018年 6月28日 サントリーホール


2018年 06月 28日
ファントム・スレッド (ポール・トーマス・アンダーソン監督 / 原題 : Phantom Thread)






2018年 06月 27日
ゲティ家の身代金 (リドリー・スコット監督 / 原題 : All the Money in the World)












2018年 06月 24日
秋山和慶指揮 東京交響楽団 (ピアノ : マルカンドレ・アムラン) 2018年 6月23日 サントリーホール

クララ・シューマン (グリム編) : 行進曲変ホ長調 (1879年作)
シューマン : 交響曲ト短調「ツヴィッカウ」(1832 - 33年作)
ブラームス : ピアノ協奏曲第 1番ニ短調作品15 (1854 - 58年作、ピアノ : マルカンドレ・アムラン)
ここでオケの演奏についてまず述べておくと、手堅くも自由な秋山の指揮のもと、東響の自発性溢れる推進力が素晴らしかった。まさに期待通り、ロマン派の音楽の広がりをまざまざと見せてくれた演奏であり、いつもながら、本当に秋山と東響のコンビを聴く喜びを充分に感じさせてくれたのである。

最初のクララ・シューマンの「行進曲」は、もともとピアノ曲であり、ユリウス・オット・グリムという作曲家 (1827 - 1903) がオーケストラに編曲したもの。ファンファーレで始まり、同じ主題が繰り返し出て来るが、それは勇壮なもの。途中にはクラリネット二重奏という、おっと思う瞬間もあると思うと、次の瞬間には木管アンサンブルになっているという、なかなかに意表を突くオーケストレーションである。この曲はクララが友人夫婦の金婚式のために作曲されたらしい。当時クララは、作曲はあまり行っておらず、ピアニスト及び指導者としての活動が主であったようで、これは久しぶりの作品であったようだ。尚ここでは、亡き夫シューマンの歌曲「家族の肖像」のメロディが使われているらしい。いろいろな想像力を掻き立てられる逸話である。これがシューマン夫妻の写真。


さて、この日のメインは、交響曲ではなく、協奏曲である。このパターンは少し珍しいが、最近も佐渡裕指揮ウィーン・トーンキュンストラー管と、鬼才ピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフの共演でも同様のケースがあった。そのときのメインはブラームスの 2番のコンチェルト。それに対して今回は 1番のコンチェルトである。ソロを弾くのは、私の見るところ、アファナシエフに優るとも劣らない鬼才、1961年カナダ生まれのマルカンドレ・アムランである。

そんなわけで、ロマン派音楽の神髄に触れる演奏会であったのだが、プログラムには、ブラームスのピアノ協奏曲第 1番に関して、私の知らなかった面白いエピソードが記されているので、ご紹介したい。この曲は、構想の何度かの変更を経て、1859年に作曲者自身のピアノ、彼の友人として知られたヨーゼフ・ヨアヒム指揮により、ハノーファーで初演されている。ブラームスが尊敬する師であったシューマンは 1856年に死去していて、当初スケルツォが予定されていた第 2楽章が緩徐楽章に変更になった理由は、シューマン追悼のためだとも言われているらしい。だが、その楽章について、ブラームスからクララへの手紙では、「あなたの穏やかな肖像画を描きたいと思って書いた」と記されているという。いずれにせよこの曲には、ブラームスのクララへの恋慕が、強く影を落としていることは明らかであろう。そして、面白いエピソードというのは、失敗に終わった初演のあと、この曲が歴史上 2度目に演奏された機会である。それは 1861年。指揮を取ったのは作曲者自身。そしてピアノはなんと、クララ・シューマンであったのだ!! 以前も何度か書いた通り、ブラームスのピアノ協奏曲は、今日でも女流ピアニストがあまり採り上げないレパートリー。それを弾いたクララの演奏とは、一体いかなるものであったのか。もしタイムマシンがあれば、本当に見てみたい光景である。若い頃のブラームスは、こんな目を見張る美青年であったわけで、一方のクララも絶世の美女。ロマン派の鼓動を想像したい。

2018年 06月 23日
絹谷幸二 天空美術館















2018年 06月 21日
いぬやしき (佐藤信介監督)











